学園戦場
東京湾に埋め立てられた人工島。
縦に2㎞、横に3㎞の広大な敷地に建てられた魔法師を育成を目的とした「高度魔法師養成高等学校」。
魔法の進化と同時に法整備など環境が整い始め、国がさらに魔法師に力を入れるための計画の一つとして組み込んだ。対抗心を燃やすための様々な工夫がされ、個々の能力も向上している。
現在はシーラス王国が指揮をとっている。
全寮制のこの学校にマリーは権力を行使し、娘と一緒に樹を送り込むことに成功した。樹にとっては迷惑な話だ。
気がつけば、あと数時間で入学式が挙行される。一足先に娘と一緒に学校にいた。案内された部屋にはマリーが先に優雅に紅茶を楽しんでいた。
「おはようございます。」
「おはようございます。お母様」
「おはよう。マリー」
母娘が挨拶をかわすが樹は不機嫌だ。物申したいことがいろいろあった。
「なぁ、マリー。いくつか聞きたいことがあるのだが……」
「何ですか?」
「まず、この学校はなんでシーラス王国が指揮をとっている?」
「日本といろいろと交渉した結果ですよ」
(どういう交渉したら国の計画を奪うことができるんだよ)
「じゃあ、クラス分けはどういう基準で行われている?」
「魔法能力や性格など総合的に評価して行っています。」
「なぜ、俺はEクラスなんだ?」
「総合的に評価した結果です」
「そうか……最後に」
これだけは何があっても言わなくてわいけない。
心の片隅から怒りが沸いてきた。
「なんで俺の拠点が女子寮なんだよ」
「言いませんでしたっけ?」
「そんなことは一言も言ってない。」
「娘の身にもしものことがあってはいけないですのでしかたないのですよ。もしものことがあれば責任をとってくれるのであればいいですよ」
もちろんスパイなどから狙われていた時の話ではない。冗談混じりの微笑みには何が隠されているのか樹にはまだわからない。
(しかし、娘の前でなんてことを言っているんだ)
声にしてはいけない。護衛をする身としては首を横に振ることは許されない。
しばらくするとマリーの護衛役の鳳 紅羽と生徒会長の夷川 時雨が入学式の最終打ち合わせにやってきた。
打ち合わせは順調に進み、終われば式まであと30分と迫っていた。
「では、私達はこの辺で」
紅羽は周辺警備で、時雨は 式の指揮をとるために退席した。
3人になるとマリーが小声で衝撃的な一言を放つ。
「樹、あなたは式を欠席してもらいたいの」
学校の一番最初の行事に参加することを拒否されるということはこの学園の生徒ではないといわれているようなものである。樹の場合、しかたのないことだが納得がいかない。
「どういうことだ」
「第8小隊が私の挨拶のときに襲撃します。邪魔でもされたら後始末が大変なんですよ。」
「式中に襲撃とか何考えているんだよ」
「アドイドが普及してから魔法師の能力は衰退しています。平和ボケして生温い世界で育った子供への再教育が必要なのですよ。そのための第一歩です」
「なにもそこまでしなくても」
いつもは冷静でおっとりとしたマリーが珍しく冷静さを失っている。
さすがにやりすぎなのではと思う樹。
しかし、そうもいっていられない状況が現実になると知っていたのは、マリーぐらいだろう。
「説明する時間がないので後日話ししますが、そこまでしないといけないところまで緊迫しているのです」
「わかった。それで俺は何をすればいい?」
「この機密文書が保管されている図書館棟をお願いしたいです。」
ようやく冷静さを取り戻したマリーは一つの端末を渡す。
そこに載っていたデータは実に興味深いものが多い。他国が狙う理由には十分すぎるほどの代物だった。
こんな代物をA級魔法師が大勢いる日を選ぶのかという疑問は残る。
「これはあくまでも保険です。気が楽な依頼なのでもちろん引き受けてくれますよね?」
何もなければ気は楽だが襲撃される可能性が高いと分かっていて引き受けるには気が進まない。ただ、首を横に振ることはできない。首を横に振れば、何をされるか分かったものではない。
「ありがとうございます。何かあれば連絡してくださいね。これで私達は失礼します」
もはやゴリ押しである。樹の気が変わる前にさっそうと部屋を出ていった。
(樹には悪いことしましたね。しかし、見せびらかすには早すぎなのです)
機密文書がこの学園に保管されているということはでっち上げである。ありもしない文書を樹は勝手に納得していた。
樹の存在をおおやけに公表すれば世界が破滅に向かうことだろう。それだけは何としても避けたかった。
樹は深くため息をつき、ありもしない機密文書を守りに重い足つきで図書館棟へ向かった。
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学園のすぐ側の海上に一隻の船が停泊していた。
船内では沈黙が流れていた。沈黙を打ち破る一通の連絡が入る。すぐさま部下が上司に報告する。
「A1から連絡。予定通り式の挙行を確認。会場周辺では武装部隊が会場周辺を警戒している模様」
「予定通り作戦を決行する。全部隊に告ぐ。総員、出撃」
低く貫禄のある声が響き渡る。
それを合図に大多数が陸から学園に侵入、戦場とかす。
戦闘が始まっているが、この状況に会場内にいる誰もが気づいていない。マリーがあらかじめ結界を張って外の状況に気づかせないためだった。
樹はというと死んでからもどってくるまでの空白の30年間について調べていた。
(やっぱり何かおかしいな)
樹が死んでからすぐに戦争は終わり、かつての仲間は絶大な権力を保持するようになっていた。これだけをみれば何もおかしい箇所はない。おかしいのはアドイドの登場と普及するスピードだった。
アドイドは魔法起動補助装置である。見た目や大きさはスマートフォンとあまり変わらないが魔法の使用を手助けし、安定して魔法を使える機能が備わった次世代型のデバイスだ。現在は時計や武器などにも小型化されたものを取り付けられている。
それについて考えていたが銃撃戦が始まればそんな余裕もない。
(敵は10人、武装兵か……やっかいだな)
あらかじめ懐に隠していた拳銃のデバイスを武装兵に向け、引き金を引く。1人、また1人と左胸を撃ち抜かれ、倒れていく。あっという間に武装兵はたおれる。
(ここまで兵がきたとなるとさすがにまずいな……)
樹は急いで式が行われている講堂へと向かった。