第5話 再び白球を手に
日曜日。
親川は有無を言わさずに拒否をしているわけではない分、そこは進歩であるかもしれない。しかし最後の手札は切った。あれほどまでに説得してなおも拒否であるならば、これ以上の説得は無意味であるとも言える。ダメ押しとなる一手はもう持ち合わせていないのである。
『(もしかしたら雄太さんなら、私たちに夢を見せてくれる。そう思ったのに……)』
親川は織田が言うには、フォームを崩し、精神を乱したことで力を失っている状態でもある。だが彼女が初めて彼に出会った時のワンプレー。それは野球人としての勘から、「彼なら何かしてくれる」との期待をさせてくれた。もちろん彼に匹敵する実力を持つ者など、この狭い日本ですら、それどころか高校野球の規模が全国最小の鳥取ですら、ザラにいることは言うまでもない。しかしそれほどの潜在能力を持ちながら、草野球へと身を投じる高校生がどれほどいるのだろうか。
彼の潜在能力は、高校球児としては並みである。
しかし高校球児を除く高校生としてはトップクラスである。
もし彼が力を見せてくれたならば……
「ち、千嶋っ」
河川敷に近づいたその時、前から声がかけられた。聞きなれた声の主は赤羽である。いつもの『氏』がないあたり、ちょっと動揺している感じを受け取ることができる。
「赤羽さん。おはようございます」
「あれを見てくれ。あれを」
指さした先。自分たちが野球をしようと思っていたグラウンドには先客がいた。そこにいた男は金属バットを手にして構える。するとしっかり腰の入ったスイングで振り切る。初心者のスイングではない素振り。それを見た瞬間、千嶋は赤羽をよそに走り出す。そして赤羽も彼女を追った。
「ゆ、雄太さんっ」
高く大きな通る声。その直後、スイングをやめた彼は振り返る。
あれ以降、1週間以上はこのグラウンドに姿を見せなかった親川。
その彼の姿がグラウンドにあった。
「来てくれたんですね」
「千嶋。約束だ」
「約束?」
彼は右拳を突き出す。
「僕がみんなに、勝利の楽しさを教えてやる。その代り、僕に勝ち負けにこだわらない面白さを教えること。約束は守るんだぞ」
彼女は固くなっていた表情を崩す。
自分の説得に彼が応えてくれたのである。
だからこそ彼女は笑みを浮かべて右拳を突き出し合わせた。
「はい。のぞむところです」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
「えっと。改めまして、親川雄太です。今日からよろしくお願いします」
一度はチームを離れた身である。彼を待っていた千嶋や赤羽はともかくとして、他のメンバーは迎え入れてくれるかどうかは甚だ疑問であった。しかしその懸念はいらぬ心配だと思い知らされる。
「よっ、天才様。待ってたぜ」
「いいね。最高」
「もう会えないかと思ったよぉ」
お調子者の武田は彼を煽り、長尾はしっかりサムズアップ。最年少の長谷崎は安堵の表情。皆がそれぞれ異なる反応を行いながら彼を迎え入れてくれた。決して彼を拒絶しようなんて動きはなく、野球を愛する者として懐の深い対応であった。
「2回目だから大丈夫だと思うけど、親川氏。質問は?」
「そういえばチーム名って何かあるの?」
ただの友人グループにわざわざチーム名を定めてはいないかもしれない。ただ見る限り、ヘルメットやキャッチャー防具などしっかり道具がそろっているあたり、ただの友人グループとは言い難い点もある。
「よくぞ聞いてくれた」
「我ら」
赤羽が妙なポーズを決め、さらに武田が対照的になるようなポーズ。そしてその中心から長尾が右腕を突き上げ、息を大きく吸い込み、
「日野川ウォーターフロンツです」
千嶋が答えた。
その一連の流れを無視され先に答えられたことで、赤羽・武田・長尾の3人がコントのような豪快なずっこけ。
「千嶋ちゃ~ん」
「武田さん。前振りが長いです」
武田から崩れた表情を向けられるも、千嶋は事務的な無感情フェイスで答えた。ただそれも親川の方を向けば、いつも通り、彼女の代名詞でもある満面の笑みフェイス。
「というわけで、日野川ウォーターフロンツです」
「何、ユニフォームあるの?」
「それはないですけど……」
道具は買い込んでいるものの、ユニフォームはまだ作っていないとのことである。
「他に質問はありますか?」
「特にはないかな? ま、あったらその時に改めて聞くよ」
「はい。あとで連絡先も伝えておきますので、いつでも連絡ください」
楽しそうに会話を重ねる千嶋に対し、今の今までずっこけていた赤羽はようやく立ち上がり、ジャージに付いた砂を払いながら提案。
「それで親川氏だけど、せっかくなんだしキャプテン、やってみる?」
いきなりの無茶振りである。
「はぁ? 僕がキャプテン? 無理無理。そんないきなり」
「大丈夫です。雄太さん。雄太さんならキャプテンも務まりますし、きっとみんなも認めてくれますよ」
手を振って拒否する親川であるが、そんな彼を必死にフォローする千嶋。すると隣にいた野里が彼女を突っつく。
「あれぇ? 由香ちゃん、妙に親川先輩を買ってるけど~、もしかしてその気があるの?」
「ち、ち、違うよ。そうじゃなくて、雄太さんなら、きっと私たちを勝たせてくれる。そんな気がしていて……」
傍から見る分にしては、まるで的を射られたツッコミに対し、自らの本音を隠そうとした必死の言い訳にも思える。ただ一方でみんなの意見は彼女と同じところがある。このチームメンバーの中で、草野球以外の野球経験があるのは千嶋のみ。それ以外はせいぜい体育レベルの野球しかしたことがないメンバーなのである。そしてその千嶋自身も決して野球スキルが高いわけではない。つまり彼らはそもそもとして、自らに野球のイロハを教えてくれる教科書が欲しかったのである。もしそんな存在がいれば、勝てるようになるかもしれない。
だからこそ、その意を理解していた赤羽は千嶋の言葉に頷いた。
「うん。自分も同意見。でも、親川氏自身はキャプテンをやりたくないと……どうしようかな?」
「はいは~い。じゃあ、副キャプテンとか~、もしくは参謀とかいいとおもいま~す」
勢いよく手を挙げる野里。彼女の挙げた左手が隣にいた長尾のあごをクリーンヒットしたが、彼女はそれを気にするそぶりを見せない。野球部あれば先輩にしばかれる後輩の光景が見られるであろう事案だが、そこをなぁなぁでごまかすのが上下関係の薄いこのチームゆえか。
「じゃあ、今のチーム構成を崩すのもなんだし、親川氏。このチームの参謀ってことでどうかな?」
「それでならいいよ。仕事としては、キャプテンや副キャプテンの補佐ってことでいいのかな?」
「OK、バッチグー。補佐と言っても、僕は親川氏ほど野球に詳しくないし、しっかり引っ張っていてほしいな」
「私もよろしくお願いします。副キャプテンとして、参謀を補佐できるように頑張ります」
「あれ? いつの間にやら僕が補佐されてないか?」
名目上は参謀・親川が、キャプテン・赤羽、副キャプテン・千嶋を補佐するはず。しかし早くもその名目が崩れ始めている。
「さぁさぁ、ずっとこうしているのもなんだし、さっそく練習を始めよう」
「待ってくれ、議員。補佐する立場なんだよな。補佐される立場じゃないよな?」
その点を小一時間ほど問いただしてやりたい親川だが、都合のいいことは適当にごまかすのが議員というもの。だてに『議員』のあだ名を持ってはいない。
「で、参謀。いつも通りの練習スケジュールでいいかな?」
「う~ん。まずはいつも通りのスケジュール、というものを見せてほしい――じゃなくて、僕の立場は」
「さぁ、練習を始め――」
「おい、聞けよ」
「待て。話せば分かる」
一触即発の空気に右往左往する千嶋の一方、お互いに笑みを浮かべている親川・赤羽の両名。本気のケンカではなく、あくまでもじゃれ合いの延長線なのである。
なお親川参謀の立場は、あくまでもキャプテン・副キャプテンの補佐ということで「前向きに検討される」そうである。ただその協議内容等『個別の込み入った事案については、回答を控えさせてほしい』とのこと。つまるところがもうダメである。
さて、練習内容はというといきなりキャッチボール。普通の野球部ならば「まず走れ」となるところだが、陸上競技ではなく野球をしたくて集まっているようなメンバーがそんなことするわけがないのである。
11人となった結果としてチームは奇数に。いつもの組み合わせだと新規の親川が漏れてしまうので、彼は赤羽―千嶋コンビと合わせて3人でやることに。
前回はやる気なく事務的にやっていたため気付かなかったが、前向きにやっていると分かることも増えてくる。何より初めてではないはずの千嶋とのキャッチボールだが、まるで初めてかのように彼女の野球を一から知ることができる。彼女だけではない。彼の隣にいる赤羽、さらに他の組のメンバーも視界に入ってくる。
「やっぱり、みんなあまり……」
ただやはり親川の開口一番はそれである。
「そりゃあ、野球部に入らなかった時点で察してほしいよ」
先ほどから10分近くキャッチボールを続けているが、その短時間でも暴投・後逸によってボールを追いかけていく姿が度々見ることができる。11人いてボールを後ろに逸らしていないのは、まずは守備の上手い親川。さらにもう1人の野球経験者・千嶋。加えて意外にも経験者でないはずの女子・野里。ただ彼女については人一倍ボールを弾いており、なんとか前に落として処理していると言ったところである。
ただ赤羽の意見ももっともなところ。野球をしたけりゃ部活に入るのが一般的な状況において、わざわざ草野球チームを設立しているあたり、その実力などたかがしれているのである。
「でも議員はまぁまぁ上手いよなぁ」
「ありがと」
千嶋がボールを後ろに逸らさないのは彼女自身の守備能力の高さもあろうが、キャッチボールの相手である赤羽が意外とコントロールがいいことが挙げられる。あまり大きく投球が逸れないのである。
「ただ千嶋はコントロール荒いなぁ。本当にピッチャー?」
「わ、私は本来外野手なので……」
キャッチボール相手の千嶋に言ってみると、彼女は慌てて釈明するかの言い様。確かに本職ピッチャーでも制球難の人はいるため、本職外野手ならば制球難はもっと当然であるとも考えるべきかもしれない。ただ親川には気になることが。
「というより、そもそも投球フォームがおかしいよな。本当に経験者か?」
「経験者です。雄太さんに比べると短いかもしれませんけど、少年野球でしっかりと」
「経験者が見たら直されそうなフォームではあるけどな。小中では直されなかったってことかな?」
言ってみればマサカリ投法である。もちろんそれ自体が決して悪いわけではないが、下手なマサカリ投法なのだ。いまいち重心が安定しているとはいえず、極端なアウトステップで、しかも肩を開いて投げているのである。
「そんなにおかしいですか? 小学校の頃、コーチにはきれいなフォームって言われていたんですけど……」
「どこのチーム?」
「日野川少年野球団です」
「あそこってたしか……」
親川の記憶が正しければ、元プロの投手がコーチをしている地元でも有名なチームである。もっとも元プロと言っても、育成契約で入団しそのまま支配下登録なく引退したため、まったくの無名選手である。ただプロには違いない。たかだか少年・中学野球ですごかった程度の親川が気付くほどの乱れを、元プロが見逃すどころか、「きれいなフォーム」と称するとは思えない。
『(中学のアレで崩したかな?)』
親川はただただ、自分を野球から遠ざけたあの忌々しい顔を思い浮かべるのみである。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
チームの思いとしては「一に楽しみ、二に勝ちたい」とのこと。
そこであまり楽しみ度外視の行動はできないが、多少は勝つための行動も出たいところである。
「ちょっと、千嶋」
「はい。なんですか?」
キャッチボールが終わった直後のシートノック。いつもは打撃練習をしているそうだが、赤羽から「ノックを打ってほしい」との提案があったのだ。なんでも経験者の千嶋を含めてもまともにノックを打てる人間がチームに1人もおらず、こうした練習をしてみたかった。とのことだ。どおりで初めて練習に来たとき、千嶋が手投げでやっていたわけである。
そうして自らバットを手にノックを打っていた親川だが、彼ら彼女らの守備に疑問を抱く。
「今の守備位置って、フルメンバーでのポジション?」
振り返ったところにいたのは千嶋。よくチームを分からない親川の為に、今回は守備に就かずにノック補助をやっている。
「そうですね。今日は休んでいる人がいませんから。しいていうなら、私はピッチャーをやって、キャッチャーは赤羽さんがやっています」
「ふ~ん」
彼はサードの位置につく赤羽に対し、気持ちライナー気味の打球を飛ばしてみる。するとまさかの打球に驚いた赤羽は体を避けながら動いてしまい、打球をレフトに抜かしてしまう。
「どうかしましたか?」
「いや、守備位置が合っていない気がしてな。これってどうやって決めた?」
「インターネットを見て、みんなで相談して決めました」
「例えば?」
打球をショートの武田へ向けて放つ。弱いゴロであったために難なく捕球した武田は、1塁へと山なり送球。胸元をやや逸れた送球であったためか、ファーストの住屋は後逸してしまう。それを見てまた唸り声を上げる。
「左はファーストがいいということなので、やまぐすくさんをファーストに」
「ん? やまぐすく? どんな字を書くの?」
「沖縄の方の名前だったと思います。山のお城で『山城』さんです。みんな『やましろ』『やまぎ』さんと呼んでますけど」
「そ、そっか」
よくよく考えればチームメンバーの名前をほとんど知らない。今のところ覚えているのは、目の前にいる千嶋。クラスメイトの赤羽くらいか。そして今聞いた山城に、最初に来た時に一緒にライトを守った女子2人の名前をふんわりと。
「それでファースト以外の内野で左投げはダメなので、八恵ちゃんは外野に」
「ふむ」
山城晋也、野里八恵。2人はチーム内においては数少ない左投げである。その左投げをファーストor外野に配するのはセオリー通りと言えるだろう。
「でも今のファーストは右だな」
「住屋さんですね。山城さんが外野をしたいということだったので代わりに住屋さんを」
「住屋をファーストにしたその理由は?」
「八恵ちゃんがファーストは嫌だとのことで。それで、失礼なんですけど……ファーストは誰でもできるので」
「なるほど」
「あと、外野は足が速いので~」
以降も彼女の説明が続く。確かにその説明を受ければセオリー通りであるのだが、どこか違和感を覚える。
「それと、ピッチャーは一番、野球が上手い人ということなので……その……」
「千嶋がピッチャーか」
「はい……」
自分で自分を上手いと言うのは憚られたのであろう。千嶋は少し声を落としながら弱気の反応。
「因みに千嶋は、僕をどこに置く?」
「雄太さんをですか?」
「自分が監督ならどこに置きたい?」
「守備が上手いので、キャッチャーかショートでしょうか。私が他に動いてピッチャーもいいかもしれませんね」
「なるほど。ピッチャー、ショート、ねぇ」
歯切れの悪そうな反応でノックを飛ばす。
「あの、私、変なこと言いましたか?」
「いいや。参考がネットなら当たり前の、至極当然の教科書通りの答え」
「よかったです」
彼はまた打球を飛ばしながら目を細める。
『(あぁ、ネットが参考なら、なぁ)』
ネットは誰でも情報を流せる世界である。ゆえにその手のコネが無くても、経験者に助けを求めることができる。ただし基本的に顔が見えない・匿名であるだけに、本当に相手が経験者であるかどうかは分からない。それに経験者であっても正しい意見を言ってるとは限らない。野球界の『常識』ですら時代によって大きく変化するのに、個人の意見とあらば同じ経験者の中でもばらつきがあってしかるべきなのだ。
それでも、親川は自らの『経験』をもって彼らの選択は誤りであったと否定する。
『(ネット意見はプロみたいな『最低限ができているチーム』についての話だよな。最低限もできていないチームなら、状況は別。あとで議員や千嶋に相談してみるかなぁ)』
彼はそれから意味を込めたノックを行った。
個人の打球への反応は?
得意な打球処理方法は?
肩の強さは? コントロールは?
打球の強弱、左右、バウンドの高低を付けながら彼ら彼女らの実力を計ったのである。
千嶋と勝たせる約束をしただけに、いかに勝たせるかのヒントを得ようと試行錯誤。加えて以前の参加と違ってのびのびと前向きに好きな野球ができる心境。どうも自分の気になるところばかりに集中してしまう。
「雄太さん。雄太さん」
「は、はい。どうしました?」
ノックに相当集中していただけに、急にかけられた声につい敬語になってしまう。
「多分、そろそろ終わりかと」
「もう終わり?」
「ノックは終わりです。あとはバッティング練習だけです。別に練習内容は変えてもいいですけど……」
「いや。僕は初めてだし、今までのやり方でやろうか。千嶋に任せるよ」
「はいっ。みんなぁ、ラスト」
今日に関しては守備を見られるのはこれでラスト。打撃練習でも見れなくはないにせよ、自分でみたい打球処理を見られるわけではない。その大事な最後の守備練習もしっかり終わらせて締める。
「雄太さん。お疲れ様でした」
「ありがと」
バットを千嶋に渡して袖で汗を拭う。本格的に、そして真面目に体を動かしたのは今回が久しぶりなだけに、疲れたという感覚が懐かしく思う。面倒くさがりながらやった前回とは、同じようで違う疲れ方。いわゆる気持ちのいい疲れと言うやつだ。
「雄太さんが来てくれて助かりました。ウチにはノックを打てる人がいませんから」
「確かに最初に来た時も千嶋が手で投げてたっけ?」
「覚えてくれていたんですね。嬉しいです」
「そりゃあ、下手なノックだったしな。外野に届くころにはボールが死んでたし」
「し、仕方ないじゃないですかぁ」
彼女はほんのり恥ずかしがるような表情で反論。
「私、肩が強いほうじゃないんですよ」
千嶋は女子であることに加えて体も小さめ。肩がそれほど強くないのも理解できる。
「でも、ずっとあぁして外野に遠投を続けていたおかげで、肩も強くなりましたよ」
「遠投?」
「はい。最初は外野に届くころには打球が止まっていたんですけど、今では問題なく届きます。ボールは死んじゃってますけど」
「あぁ、それで」
親川は納得いったかのような表情を浮かべる。
「そのおかげで今ではチームのピッチャーです。雄太さんを除けば、チーム1の強肩ですから。ついでにみんなの返球をホームで受けていたので、今では捕球も得意です」
遠投を行ったからこそ肩が強くなったと主張する千嶋。しかし彼が納得したのはその点ではなかった。
『(なるほどね。小学校や中学校の時点で投球フォームを崩したかと思ったけど、草野球で崩したか)』
口には出さないものの心中でしっかり理解の言葉を発する。
遠投は肩を強くするかのような意見もあるが、一方でかなりの仰角で投射するために投球フォームが極端に狂うリスクもある。例えばリリースポイントの乱れや、肩の開きなどが挙げられる。千嶋の場合はリリースポイントこそ比較的安定している方であるものの、肩の開きを始めとする遠投の弊害であるフォームの乱れがあり、それが彼女の制球難を生んでいるものと推測されるわけである。
「それじゃあ、決まったかな」
ただできることならば、忘れないうちにやっておきたいことがある。
「雄太さん、どうしたんですか?」
「千嶋。チームメンバーの名前と、さっきの守備練習でのポジションを全部教えて」
ベンチに腰かけた親川が、自分のカバンから大学ノートとボールペンを取り出したのである。早くメンバーを覚えるためのメモ帳として持ってきていたが、まさかこうして役に立とうとは。
「いいですけど……どうしたんですか?」
彼女の問いに彼は自信を持って答える。
「ポジションを変える」




