深夜の訪問者
七ヶ崎千尋のことを聞いて、悪く答える者はいない。
そればかりか、七ヶ崎を称賛する声の方が圧倒していて、そのことが七ヶ崎の人望を物語っている。
後に、知ることとなるのだが、七ヶ崎のことを聞くと、皆口々にそう語る。
人は他人のことをあまり良くは評価しない。もとい、良くは思わないのが普通なのだ。
いくら言葉では良く言っても、腹の中までは探ることは出来ない。
そのことをいいことに、自分が惨めにならない為に必死であら探しをしているのだ。
しかし、七ヶ崎に対しては、誰もが心の底から好評価をしている。
規律正しく、折り目正しく、優等生でスポーツマン、才色兼備で、心優しい、完全無欠のお嬢様、七ヶ崎千尋。彼女を語る、周りの評価だ。
その七ヶ崎の評価に、異議を唱える者が現れた。
その者こそ、ホテルの窓に腰掛けて俺と相対している男、神取尚座だった。
派手なフード付きのローブを羽織り、中には袖無しのシャツを着ている、何とも不思議なコーディネートをしていてる変人、それが神取尚座の第一印象だった。
「尚座なんてぇ名前は、僧侶見たいで僕は好きになれなくてねぇ」
そう言って神取は、懐からキセルを取り出し口にくわえた。
この神取とのやり取りが始まったのは、およそ数分前まで遡る。
人生で最大級の出来事に、なかなか寝つけなかったので、顔を洗いにトイレから戻って来た時だった。
室内の異常に最初に気付いたのは、温度だった。
トイレに行く前は、窓を閉めていたはずなのに、外の肌寒い風が室内に流れ込んできていて、室内の温度は若干冷えている。
奇妙に思い呆然としている俺に、窓の方から声が聞こえた。
「七ヶ崎千尋には気を付けろ」
声に驚き、窓に目を向けたが、寝ようとしていたので室内の電気は消してあったので、外の灯り意外に照明はなく、シルエットだけが浮かび上がっていた。
「驚かせちゃったかな、僕は神取尚座。君の味方でも敵でもない男だ」
神取はそう答えて、先ほどの名前に対しての好きになれない話をした。
正直に言って、名前やそれを好きになれないことなど、どうだっていい。
俺が聞きたいことは二つだけだった。
『何者か?』ということと、『七ヶ崎に気を付けろ』の意味だった。
「どういうことだ?」
口にくわえていたキセルを放し、ニヤついて笑みを浮かべて、神取は質問に答えた。
「何がだい?自分の名前だからと言って、必ずしも好きであるとは限らないだろぅ」
「名前のことじゃない、お前が何者かということだ」
「ああ、そのことかぁ。だから言っただろう?僕は、神取尚座。君の味方でも敵でもない男だって」
そう言って、キセルを口に戻し、神取は火を付け一服する。
しかし、その言葉で納得することが出来ないのは当然だが、神取の行動からこれ聞いても同じことを言うだけなのは察しがついたので、質問を変えた。
「それで、味方でもないお前が何しにここに来たんだ」
神取は、口から紫煙を吹き出し、「そこなんだよ」と言って話始めた。
先ほどよりも、ニヤニヤとしていて、神経を逆なでられているような気がした。
「まあ、忠告ってやつかな。君は彼女のことも、この失踪事件のことも何も知らないらしい無知だから、中立的な立場の僕からしても、いささかフェアじゃない気がしてねぇ。だから、あくまで忠告に来た次第だよ」
確かに、神取の言うように、この失踪事件のことについても、七ヶ崎のことについても知らない。
成り行きというか、流れに任せた結果が今の俺だ。
無知とは愚かな行為であると言う言葉があるが、まさにそれは俺のことだった。
おそらく、表情に表れていたのだろう、神取は身を乗り出してこう言った。
「おや、落ち込んじゃったかな?まあ、そう暗い表情をするなよ清春君、意地悪を言うつもりはなかったんだよ。それに『知らない』なら、『知れば』いいことじゃないか、それが、どんな結果をもたらすにしてもね」
出会って数分の間柄で、名前で呼ばれることに抵抗はあったが、それよりも神取の人を馬鹿にした言い方にだんだん腹が立ってきた。
「確かに、俺は無知かもしれない、しかし、お前だって全てを知っているわけじゃないだろう!」
俺の言葉に、さらにニヤっと口を歪め神取は言った。
「何でも知っているよ、君よりも誰よりも・・・」
「・・・・・」
何の証拠も根拠もないが、神取のその言葉は妙に説得力があり納得してしまった。
そして、こちらを見つめる神取の目に、吸い込まれそうになってしまった。
黒々としていて、禍々しい光を放つ黒い瞳に、俺の全てを見透かされているような気がした。
「まあ、清春君。僕の忠告を受けるも受けないも、君が決めることだから強制するつもりはないだ・・・ただ、これだけは解かってくれ。君の行動や選択が全てを決める、バタフライエフェクトだと言うことを・・・」
そう言って、神取はキセルを懐にしまい、フードを被った。
まさかとは思うが、このまま帰るつもりまのだろうか?
「待て!」と言うよりも先に、神取は掌をこちらに向けてこう言った。
「清春君、僕は君の味方でもないってさっき言ったはずだよ。今日も、あくまで忠告に来ただけだ。それ以上のことを話すつもりはない。それに、明日には七ヶ崎ちゃんからある程度のことは聞けるはずだよ。それじゃあ・・・またね」
別れの挨拶を告げて、神取は驚く行動に出た。
窓から後ろ向きに外へと転がったのである。
スキューバーダイビングで海に飛び込むように、何の迷いもなく飛び込んだ。
しかし、ここはホテルの六階なので、その行為はさながら飛び降りと言った方が合っているかもしれない。
咄嗟に、窓際から窓の外を見たが、そこには神取の死体はなかった。
おそらく、神取もギフトホルダーなのだろう。
最後にまたねと言っていたことからも、神取とはまた会うことになるだろう。
それにしても、神取の言葉が気になった。
『バタフライエフェクト』確か異なった場所で起きた些細な現象が、遠く離れた地にて大きな現象を起こすことだったかな。
神取の話からすると、おれの行動や選択が大きな現象を起こすというのだろうか。
何にせよ、変な奴らに狙われていることに、違いはないようだ。
随分遅くなりましたが、第弐話の始まりです。
頑張って書きますので、よろしくお願いします。
今後の執筆活動支援の為、評価をお願いいたします。




