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ゴーストバスターズに捧ぐ―4―

前回までのあらすじ


 第1回

 普通の大学生、宇田川剛はある日、悪夢を見た。

 目覚めた後でどうにも気分が晴れず、風呂に入ろうとして宇田川は驚愕する。

 巨大なウサギが、立って喋っていたからだ。

 ウサギは何だか良くわからないことを言い、宇田川は意識を失ってしまった。


 第2回

 いつの間にか羊になってしまっていた宇田川だが、ある日、不審なオオカミと畜舎の長老の話を聞いて、自分の正体に気が付いてしまう。

 シンという名前のオオカミはどうやら現王の呪殺と、クーデターを目論んでおり、実行も間近だというのだ。


 第3回

 宇田川は現王呪殺とクーデターを、強烈に、阻止しなければ、と考える。

 それはどうやら自分以外の意志のようだったが、では誰の意志か、と言う疑問を解明するためにも、行動を開始することにした。

 気が付けば場所は渋谷で、宇田川は何故かそこにあった帝国ホテルに入ってしまう。


 そして。異変に気が付いた。


タイトル 

 「例えば仰向いて、手を胸のところで組んで寝てたり、うっかり部屋と部屋の境目に寝ちゃったり。

 このお話は、そう言うときに見る夢のお話なのです。

 名前を、悪夢、と言います」




 異変に気が付いたときには、既に俺は二階へと昇るエスカレーターに乗っていた。駆け下りることも出来たが好奇心に負け、逆に上へと駆け上がる。

 案の定、そこにはレストランなど無く、結婚式なんかに使われるホールが全ての扉を閉ざしているだけだった。

 辺りに漂う線香、いや抹香臭さ。俺の中で警戒音が鳴り響く。

 非常口の場所を確認して、エスカレーターの終点から一番近いホールへの扉をそっと押す。

 まず目に入ったのは、椅子もテーブルも取っ払われた巨大な空間。カーテンを引き、光を閉ざしているせいで真っ暗なそこは、けれども無数のローソクでぼんやりと明るくなっている。

 人気は全くなく、音もない。床には白い何かで、円陣が組んであり、その中央にあるのは……あれは、アレは何だ?!

 衝撃で何も考えられない。音を立てないように扉を閉め、返す手で非常口を開ける。


 「こ~んに~ちは~」

 

 無意識のうちに青い空を期待していたらしい。だが開けた俺の目線の先には、とうてい爽やかとは言い難いものがあった。

 瞳孔が縦に長い目。いびつに、ゆがみきって軋んでる声。

 のびやかに挨拶を言われたのと同時に、俺はすごい勢いで扉を閉めた。

 鍵まで掛けて後ろを振り向き、さっきは無人だったホールからわらわらと出てきた影を認める。足にはいささかの自信があった。エントランスから上がってきたエスカレーターへと向かって走り出す。

 衝撃映像の連続に、脳の回線がぶち切れそうだった。


 俺がさっき開けたホールの中では、見覚えのある頭がそれだけで存在していた。見覚えのある…そう、最初は犬のそれかと思うような、オオカミの頭。


 シンの頭。


 そいつがだらりと舌を出し、カッと見開いたままで円陣の中央に置かれ、ダラダラと流れた血が円陣を侵略している、その光景。

のどが痛くなるような、香の匂い。

 ああいう光景を、俺は何度か漫画なんかで見ている。

 そう、悪魔や人外のモノを呼び出すための魔法陣だ。生け贄が円陣の中央に置かれていることからしても、それっぽい。

 ぶるりと上がってきた震えを殺し、俺は無造作な勢いで敵が湧いて出てくるエスカレーターを逃走先から外す。走りながら、上手く力を制御してスピードを落とさないように階段室へ。上り階段を駆け上がる。

 とにかく、新鮮な空気が吸いたかった。

 屋上へ。

 感情が、そう告げていた。


 さっきの、あの非常口には、山羊の頭を持ち、しかし首から下は人間の形をした生き物がいた。声帯にないのに、無理矢理絞り出したような声で、間延びした発音で「こんにちは」と言ったのだ。

 叫ぶ余裕もなかった、が正解だろう。


 階段を上り続けるのには体力がいる。息が切れてきた俺は咄嗟に通路を曲がり、ホテルの客室があることを確認してそのうちの一部屋に入って鍵を掛ける。

 息を殺して数瞬後、ばたばたと足音がして例の間延びした声が聞こえた。

 ドアの魚眼レンズから覗く。見たものに驚ける状況じゃないんだけど叫びたい。追っ手の全員が山羊頭をしてるんだよ。

 バクバクと音を立て続ける心臓をなだめようとして、水を飲むため震える手でコップを探す。ふと、電話が目に付いた。客室備え付けの、薄っぺらいあれだ。

 警察だ! と閃いて、俺は受話器を手に取った。番号を押そうとしてあることに気が付き、思わず叫ぶ。


 「警察なんて、あてになるのか?」


 しまった! と思ったが、一度出た声は二度と喉に戻りはしない。俺が声を上げたことで部屋の外の足音が一斉に止まった。それに続く、不気味な静寂。


 鍵を持ってこい、と呼ばわる声がする。


 ドアに備え付けの防犯ストッパーを掛け、俺は窓際に後ずさる。がちゃがちゃと耳障りな音を立てながら隙間から人間の手が俺に向かってさしのべられる。色白で筋張った手。男らしい指の持ち主は、山羊の頭をしていると、俺は知っている。

 もう駄目だ、と観念したとき、凄まじい揺れと、破壊音が聞こえた。

 山羊頭共は驚愕したように顔を見合わせ、口々に「下だ!」とか「降臨か?」などと叫ぶ。あっという間に声が遠ざかった。廊下からも素早いことに姿を消したらしい。声がしない。

 その間も揺れは続き、俺は立っていられなくてベッドにしがみつく。生贄の円陣といい、映画でしか見られないような情景だ。なんたって目の前をコンクリートの細かい破片が落ちていくんだからな。


 「我が事、なれり」


 呆然としていた俺に、声が聞こえたのはその時だった。

 まだ若いであろう声は張りが良く、イイ声をしている。イケメンボイスって奴だ。

 俺は、この声を一度だけ聞いたことがあった。


 低いくせに良く通る……シンの声だ。


 ようやく、俺は気が付いた。この部屋の惨状は、魔法陣から呼び出されたものの仕業なのだ。シンが願ったこと。それは現王の暗殺にクーデター。

 それが今、成就したのだ、と声が告げたのだ。

 よろよろと俺は立ち上がり部屋を出る。階段は上のほうがやけに明るい。外灯に引き寄せられる蛾のように、吸い寄せられて上っていく。


 疲れが、急激に俺の体に溜まり始めていた。だってそうだろう? 結局、呪殺は止められなかった。いやいや呪殺って言ってるわりにはあからさまな暴力だけどな? ど派手な手段を取ったもんだって、心のどこかが呟く。呪殺って表現よりは、生贄を用意して人間よりも高位の存在を呼び出し、自分たちには無理な行動を代行させたってあたりだろうか。


 悪魔だか精霊だか知らないがそいつは実際に現れ、このホテルを壊している。


 重たい足を引きずって、俺は階段を上り続けた。

 途中、足音がするので振り返ると、山羊頭が項垂れて、俺と同じように階段を上ってくるのが見える。目が合うとノロノロと「階下はもう、通れなくなったよ。壊されてね」と、例の間延びした調子で告げた。

 投げやりな気分が俺を支配する。ほんの少し前までは敵対関係にあったのにな。俺がまた前を向いて歩き出すと、山羊頭も距離を詰めるでなく、同じ歩調で歩き出す。

 辺りはどんどんと明るくなり、ついには風を感じられるようになった。なんと、ホテルは途中の階から、斜めにもぎ取られていたんだ。目の前の、シンの頭をした何者かに。

 初めて見るそいつは、宙に浮かんで、階段を上ってくる俺を見ていた。目線が会う。


 「残念ながら」


 ヤツが目を細めてシンの声で言った。笑ってる……のか?


 「お前に、ゲートを見られた。よって契約の半分は無効とする。老人を殺した、それをもって新たな契約とする。我は既に契約を果たした。今度は、我の方の契約を告げよう。……そうだな、そこのお前に免じ、この地上の半分の命、で良かろうよ」


 そんな…と俺の後から上がってきていた山羊頭が呻いた。コイツは、この外見に反して頭の回転はいいらしい。ぷかぷかと宙に浮いているヤツの言葉を理解し、焦っている。なんのことだかわからない俺に説明までしてくれた。

 つまり呼び出されたヤツは、現王を首尾良く殺したが、それで義務は果たした、と言ってるのだ。山羊頭達が俺に魔法陣を見られるような失態をしでかしたせいで。

 契約の内容を半分にし、そのくせ、その代価として最初の報酬である予定の倍、地球の人口の半分を寄越せ、と言っている。らしい。


 「なんとまぁ…」

 

 呆れ果てて俺は口を開けてしまう。なんて図々しい言い方だ。勝手に契約内容を変更して、おまけに報酬を倍増しだ? 悪魔なんて、契約に縛られる者だと思ってたのに。

 目線を遙か中空に上げる。ホテルの幅と同じぐらいの大きさをしているそいつの表情は、元がオオカミなだけにわかりづらい。それでも今、彼が上機嫌なことはわかる。

 そして、その余裕が何故だか俺にあることも。

 ……って、……え?

 それを見て取って次の疑問が浮かぶのと、驚いた俺を見つつヤツが宙でぐるりと回転するのが同時だった。ついでにヤツの本体であろう姿に戻る。

 漫画や小説とかに出てくる、まがまがしい姿、がそこにあった。


 「そうだな……お前に、滅びへの選択肢を与えよう」


 変身したヤツがそう続けた瞬間、俺は、相対した物が実はあまりにも大きかったことを始めて思い知った。

 人間には出せそうにもない、あまりにも重々しく、荘厳ですらある声。


「何も考えるな!」


 山羊頭が振り返り、精一杯緊迫した調子で俺に怒鳴った。咄嗟に俺も、自分の思考に蓋をする。

疲れているせいで、思考を放棄するのは簡単だった。

その場に座り込み、元は壁であったろうコンクリートにもたれかかる。


 ひたひたと、絶望と疲れが俺を浸食する。


 ヤツは、人間には手に余るような、巨大な存在だったのだ。ヤツがその気になれば、俺も含めてこの瞬間にでもみんな死んでいるだろう。

 日本なんて国は、無くなってしまうのかもしれない。

 そんな考えにぼんやりとする俺に、ヤツが、楽しそうに俺に話しかけてきた。


 「どうした? お前。そう、その若者の中に入ってるお前だよ。『正義の意志』だったかな?」


 ウサギの格好までして、ご苦労だったな…と邪悪な笑い声を上げる。

 ウサギ、ウサギ……では、あの生意気なウサギは、『正義の意志』なんてモノだったわけだ。道理で俺がクーデター阻止なんて思うはずだよ。

 俺はなんだか、急におかしくなった。正義なんて必ず勝つ筈なのに。その使者がウサギ? か弱さの象徴であるような、あの愛らしい姿を思い浮かべてつい、くすりと笑ってしまう。


 「願いは、かなえられた」


 俺が、そのイメージを鮮明に脳裡に思い浮かべるのと同時に、ヤツの声が告げた。

 俺の視線がヤツの姿と宙を往復する。


 「何を考えた?」


 絶望的な顔で山羊頭が俺に聞く。俺は首をすくめて「スマン」と答える。

 その途端、不意に頭に浮かんできた記憶に、俺は先程からの笑いの衝動をつい開放してしまった。

 馬鹿らしい。なんてこった。

 この状況はそもそもの始まりの、あの悪夢にそっくりじゃないか。そう、俺の役割まで。

 俺は例の悪夢を思い出した。あれから何日経ったのだろう。もしくはこれも、夢の続きなのかもしれない。ほら、いかにも悪夢らしい展開じゃないか。

 現王が呪殺にクーデター。極めつけが山羊頭。

 ズシィン、と俺の後ろで地響きがする。振り向かなくてもわかる。ウサギの怪物だよ。


 「何を考えた?」


 山羊頭が同じように前を向いたまま口調を鋭くして同じ質問をする。コイツも怖いんだろう。確かめるのが。

 俺は観念して、あの悪夢の時と同じ口調を心がけつつ小声で山羊頭に告げた。



 「ウサギだよ……」



 ゴースト・バスターズ!

 

 一拍遅れて。テーマ音楽が、大音量で、鳴った。

   



はい。そういうお話でした。


読んでくださいましてありがとうございました。ふとしたきっかけで自分のHPから引き揚げてみましたが、まさかココまで学生さんらしい小説だったとは。


あの時の私が見た悪夢を説明しようとして、こういう羽目になったんですよ。ほぼ、こういう形で夢を見てました。

映画仕立てのね。


ちなみにこれ、会報用の連載小説でした。懐かしい。

本当に。ここまで読んでいただけで、ありがとうございました。


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