ゴーストバスターズに捧ぐ―1―
「例えば仰向いて、手を胸のところで組んで寝てたり
「お前等に、滅びへの選択肢を与えよう」
声がそう続けた瞬間、俺達は相対した物があまりにも大きかったことを始めて思い知った。人間には出せそうにもない、あまりにも重々しく、荘厳ですらある声と、街全体に恐怖を知らしめるかのような内容。
「何も考えるな!」
メガネが叫んだ。パニックを表に出すのはあいつの悪い癖だ。俺だって、焦ってない訳じゃない。ただ、うろたえるより先に硬直する癖があるだけで。
ギョロ目とメガネは何故か両手を広げ、目を閉じ、何かを押さえるような仕草をする。
それを見ながら、俺は不意に、自分が酷く疲れていることを思い出した。だってそうだろう?背中には馬鹿げて重たい機械。エレベーターも動いてない高層ホテルの最上階へは、階段を自力で上がらなきゃならなかった。
それだって小物のゴースト共を吸い込みながら、なんだし。
こういうときは、ついつい馬鹿げたことを考えるのが人間って物だろう。そう、例えばこう、ふわふわした、攻撃力なんてまるでなさそうな、真っ白いヤツなんて……。
「願いは、かなえられた」
俺が、そのイメージを脳裡に思い浮かべるのと同時に、例の声が告げた。
俺達の視線が錯綜する。ギョロ目とメガネが首を振りあう。
うわ、なんかヤバイかも……。たらりと冷や汗が背中を伝わるのがわかった。
「何を考えた?」
絶望的な顔でメガネが俺に聞いた。 ギョロ目は首を振っている。
観念して、小声で告げた。
「マ、マシュマロマン……」
ゴースト・バスターズ!
一拍遅れて。テーマ音楽が、大音量で、鳴った。
ばちり、と音がしそうな勢いで俺は目を見開いた。
ものすごく息が荒くなっていることに気が付く。意識的に深呼吸に切り替え、恐る恐る目を動かして、景色を確かめる。
まだ真っ暗な室内に見慣れた白い壁紙、掛け布団のカバーの模様は安っぽいストライプだ。冷や汗をかいたせいでじっとりとしたパジャマの感触、頭の形に沈んだ枕。
最後に、背中に何も背負ってないことを確認してゆっくりと布団から起きあがる。大きい溜息が漏れた。
「夢、か……」
良かった、と心底思う。まだ夢の中での恐怖心が残っているのか、手が微かに震えている。
「マ、マシュマロなんて今日は食えない……」
一人暮らしを始めて癖になった独り言で呟くと、やっと少し落ち着いた。しつこくもう一度深呼吸をして恐怖心を追い払う。
ほっとすると同時に、理不尽だ、という思いが頭を占めた。
そう。大体何で、今更ゴーストバスターズなのか。別に俺がここ最近あの映画を見たわけじゃなし、何かの選択を迫られている訳でもない。
と、いうより。
何故に俺が、あのハゲにならんといかんのだ。
「俺的にはギョロ目でしょう……」
髪を掻き上げて立ち上がる。
起きたばかりなのに、眠気なんぞ、最初から欠片も残ってなかった。
顔を洗うとさっぱりする。タオルで顔を拭きながら髭をチェック。無精髭がもっさーって生えてるのって、ぽつぽつ生えるのと同じくらいに女の子に嫌がられるよな。
鏡の中の顔はちゃんと俺で、密かにまだビビッていたのを、ようやく全部払拭する。
鏡に向かって笑ってみる。反射するガラスの向こうから、にぃっと同じ表情を返してくる、少し頼りない外見のひょろい男。
ん、おっけー。顔色はちょっと悪いけど、ちゃんと大学生の顔をした、二十歳の俺がここにいる。
パジャマを脱いで、少し迷ったあげくトランクスまで脱ぐ。変に汗をかいたせいで気持ちが悪い。どうせ脱いだのなら、と顔を洗ったばかりなことを気にせずにシャワーを浴びることにした。
ユニット式ではなく、トイレとバスが別になっている作りのアパートを探したせいで俺の部屋は少しだけ狭い。だけど風呂とトイレが一緒ってのはどうも嫌いなんだよ。俺しか使わなくてもね。
さっきまでの恐怖心をすっかり忘れ、俺は鼻歌を歌いながら素っ裸で風呂のドアを開く。
途端、思考が、停止した。
「うだがわ、たけしさんですね?」
あまりのことに、何も考えられない。取りあえず頷くのが精一杯だって。こういう場合。
「あなたの番号はキューマルイチ。畜舎番号は五番になりますね」
目の前で、ベストを身に着けたウサギが手に持ったボードに何かを書き込みながらちらりとこっちを見上げて確認してくる。でも、身長が俺の腰ぐらいまでしかないせいで目線どころか首ごと上を向く羽目になってるけど。そこまで冷静に考えて、激烈な違和感を感じた。
って、いや、………え?
ここは何処だ? 宇田川君の家の風呂。正確に言うとその入り口。え、じゃ、俺って誰よ? ……宇田川君、いや、だからボク。
剛君、でしょう?
すごい勢いでぐるぐると俺の中で俺同士が会話を進めていく。オイオイ、ちょっと待ってくれ。目の前にいるウサギは何なのよ。っつか誰よ。
自分の確認に俺が答えないと見て取って、嫌味ったらしく腰に下げた懐中時計なんて確認するこのちび、いやデカウサギはっっっ。
顔に出ないまま静かにパニックしてる俺を鼻で笑い、にたりと笑ってウサギが告げる。
「悪夢の始まりはいつだってウサギですよ、剛さん」
と。
俺の意識は、畜舎の番号となにかの番号を告げた後、にやりと笑うデカウサギに持ってかれた。
つまり、情けないことにそこで暗転した。




