第五話 外へ
「いや、いやああぁあ!!!」
走ろうとした矢先、悲鳴が聞こえた。まさか、もう来た!?
驚いて振り向くと、何人かの者が、泣きながらへたり込んでいた。どうやら、敵が沢山迫っているという恐怖で、錯乱しているようだ!
まずい、本当にまずい!早く逃げないと、それこそ敵が来てしまう!だからといって、下手に刺激してしまうと更に錯乱してしまうかもしれない。
どうすれば…どうすれば…。
「うろたえるな!お前たち!!」
そんな中、とても大きく、強い声が響く。サロウの声だった。
「不安なのはわかっている!私だって怖い!だが、私たちは解放された!!そして自由を手に入れるため、ここで立ち止まっている場合ではない!!
立て!!まだ間に合う!全員で、ここから逃げるんだ!!!」
サロウの一喝で、先ほどまで錯乱していた者たちが、徐々に落ち着きを取り戻し、サロウの言葉が終わる頃には、全員が立ち上がっていた。
この人数を一瞬で…本当に、すごい人だ。
いや、感心してる場合じゃない!
「みんな!僕についてきて!!」
皆が走ってきているのを確認した後、全速力で走り出す。たくさんの木々の間を抜け、出口を目指す。
徐々に左右の足音が大きくなっていく。少しでも間違えば、一巻の終わりだ!
そうして2分ほど走ると、少しずつ光が前方から見えてきた。
「っ!あと少し!あと少しで森を出られるよ!!」
「…も、森を…抜けて…もっ!追いかけて…くるんじゃ…!」
リリィが息を荒げながらこちらに問いかける。
「いや!もう夜明けだ!陽が出てるうちは、ゴブリンは目立つ行動はとりにくい!他種族に狙われちゃうから!!」
そう答え、ひたすら走る。出口付近には、大きな川がある!そこを越えれば!
「…水の音!もうすぐだ!この先の川の橋を渡れば!僕らの勝ち……え…?」
大きな川が見え、驚愕した。
「橋が…ない?」
掛かっているはずの橋が無くなっていた。いや、正確に言えば壊されていた。辺りに橋の残骸が残っていたからだ。
「これはこれは…あと少しじゃったのになぁ…。」
立ち尽くしていると、後ろから悪意の満ちた声が聞こえた。…最悪だ…追いつかれたか…。振り返り、声の主を見据える。
「…長。」
「いやしかし、見事な脱出劇じゃったと思うぞ…現に、ここまで逃げられたんじゃからなぁ。
警戒できてなきゃ、この川を迂回される時間もあったかもしれぬからのぅ…ぬはは…。」
大勢のゴブリンを従え、その前に佇むのは、僕らのリーダーであり、村の最古参、『長』だ。名前は誰も知らない。
にたりと口角を上げ、長い髭を弄りながらこちらを醜い笑顔で見ている。
“警戒“…ということは、とっくに僕たちのやることはバレてたのか…甘く見すぎていた…長の勘の鋭さ、賢さを。
「この橋は…あんたがやったのか…?」
「口の利き方がなっとらんぞ、
ジェナアァド……知らんわい。
あんなでかい橋、わしらじゃ何日かかっても壊せんし何よりメリットがない。
外の連中がやったんじゃないかね?
わしらは随分嫌われとるようじゃしの。
その結果、囚われてる者が逃げられんのが実に馬鹿らしいがのぉ!ぬはははははは!」
…今、ある作戦を思いついた。
でも一か八か、だがやらなきゃ一は見えすらしない…!
「リリィ。」
「…えっ…はい…?」
目線を笑い続けてる長に向けたまま真横で怯えているリリィに小さな声で作戦を伝える。
「…!…わかり…ました。」
そういうと、サッと僕の背後にリリィは隠れた。
「おやぁ?その金髪ちゃんに、随分懐かれとるようじゃのう。この短時間に、よくそこまで仲良しになれたのう。」
後ろで小さく、ぽちゃんと音が聞こえた。後は任せよう。
今の僕にできるのは、時間稼ぎ…!
「この子が特別優しいだけだよ。それはともかく、なんで気づいたんだ?バレないようにしていたのに。」
「今回の件に気づけたのはそもそも、ラーガス、そしてお前を気にかけていたからじゃ。」
「ラーガスはまだ分かる。けど、僕はなんだ。僕はちっぽけで、弱いじゃないか。」
「よく喋るのぉ…まぁいい。お前の厄介なとこ…それはまさしく、その知性じゃ。
ラーガスにばかり注目しているが、お前も十分に異質な存在なんじゃよ。ゴブリンにとっちゃな。」
…!背中を叩かれた。実行完了の合図だ。
「お喋りはもう終わりじゃ。そこのメスどもを連れ帰って、今日の種付けをせにゃならん。お前らも再教育せねばな。」
「そう……でもね…長…。」
「あん?」
「僕達はまだ、これっぽっちも諦めていない!!ラーガァスッ!!!」
「ウオオオオオラアアァァアァッッ!!!!!」
合図とともに、ラーガスが川の中から飛び出し、大きな塊を長達に向けて投げつけた。それは、橋の残骸をひとつの塊にした大きな鉄塊だった。
塊は風切り音を立てながら、凄まじい音を出し高速で長に向かう。
「ングォハァ!!」
鉄塊が直撃した長は、情けない声を上げながら倒れ込んだ。
直撃した塊は、衝撃で割れ、他のゴブリン達に降り注ぐ。
突如として起きた鉄クズの流星に、ゴブリン達は大パニックだ。
「良いぞラーガス!次も作戦通りに!!」
「任せろォ!お前ら、乗りな!」
そう言うとラーガスは、奴隷を1人ずつ抱え、大ジャンプで川を跳びこえ始めた。
やっぱり彼は規格外だ。化け物に近い。
「ざけんじゃねェ!」
「全員捕まえろォ!!」
群れの後ろから数多のゴブリンがこちらに走ってくる。やっぱり鉄クズの流星は全員には当たらないか…!
でもこのためにまだ手は考えてる!
「サロウさん!出番だ!」
「本当にこれで大丈夫なんだな!?」
「うん!それをすればあいつらは封じれる!」
「…了解だッ!…スゥ━……
グ“ ル“ ヴ“ ア“ ア“ ア“ ア“ ア“ ア“ !“ !“ !“ !“ !“ !“」
「ッ!?ガアァ!!」
「う、うるせェ!!耳がァ!!」
目の前で爆音が轟き、ゴブリン達は耳を塞ぎ怯んでいる。
さっき気づいたのだが、サロウの声はとてつもなく大きい。先ほどの一喝の時、森すらほんの少し揺れていた。
そしてゴブリンは遠くの危険を察知するため獣人程ではないが、耳がいい。
詰まるところ鉄クズ作戦の2の矢は音爆弾というわけだ。
そうこうしているうちに、サロウも川の向こう側に行き、残るはリリィと僕のみとなった。
「…こんの…クソがァ…!
「逃がさね…ェぞ…!」
く…復活が早い…急がないと…。
「リリィ!さぁ、次は君だ!」
「でっですが、ジェナードさんは…!」
「僕は最後でいいし間に合わなくてもどうにでもなる!ほら!準備して!」
「いかせるかァ!!」
怒号が響き、一体のゴブリンが棍棒を手にこちらに向かってくる。
いくら非力とはいえ、喰らえば気絶くらいはしてしまう!僕は咄嗟に、全身でリリィを守った。
「オッ……ラァ!!!」
「ごふぉぉ!!」
棍棒が振り下ろされた瞬間、ラーガスが、向こう岸から直接跳び蹴りを敵の顔面に喰らわせた。喰らったゴブリンは後ろの集団にまで吹っ飛び、またも混乱が起きた。
「ラーガス!!」
「大丈夫かァ!?2人とも!」
「うん!ありがとう!」
「ありが、とうございます…!」
「じゃあラーガス、先にリリィを!」
「あぁん?何言ってんだァ?」
「へっ?」
ラーガスはニカッと笑いながら、僕とリリィを、両脇に抱え、膝を曲げ始めた。
「ちょちょちょラーガス!?」
「えっえっえぇ…!?」
「オメェらは軽いんだからァ……
同時に持って跳ぶなんざ、楽勝だァ!!」
ダンッ!!!
「うわああぁぁ!!!!?」
今まで僕は、森から出たことがなかった。
本で外のことはある程度知っていたけど、今、僕の目に映るのは、何もかも初めてのものだった。
美しい程の草原、空高く見える陽の光、遠くに見える大きく荘厳な建造物。
そんなもの達をはっきりと目にして、僕は今日、はじめて、
世界を、『エラシア』を、知った。




