表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/37

リンドウ帝国の華麗なる御一行様。

「わたくしは本当に心配しましたのよ、わたくしと一緒にいながら急にいなくなってしまって。ニーノのことだから大丈夫とは思いましたけど、この目でしっかりと見るまでは安心できませんから。でも、わたくしの無事を案じるような言葉をくれるようになるなんて、成長したのですね、ニーノ」


 普段はタメ語で話してくるリーネの、貴族の場での言葉遣いに違和感はあるが、リーネがニーノを『友』としてくれていることはちゃんと理解している。


 抱き締められて、ニーノは周りから必要以上の視線は受けているが、親しく思ってくれるリーネの気持ちは嬉しく思った。

 だが、表面上、超一流の淑女であるリーネは、実はお転婆の子供のような令嬢であるわけで、そんな人から『成長した』と言われることは、釈然としなかった。


 それが顔に出ていたのだろう、リーネの婚約者であるアラン皇子がリーネに声をかける。

「リーネ。そのくらいにしておけ。お前の力でそのまま抱きついておくと、ニーノが圧死してしまう」

 

 男の、鳥肌が立つほど耳に心地よい声が聞こえる。

 その声の主もニーノに近寄ってきた。淡い金色の髪は、その主の気性とは違い、優しく揺れる。

「アラン」

 ニーノがその名を呼ぶと、周囲がざわりと声を出した。王族の名を一般の民が呼ぶなどあり得ない。

 しかし呼ばれた本人は全く気にした様子もなく微笑んだ。

「久しいな、ニーノ。お前のためにわざわざこの俺様が来てやったのだから、感謝するんだな」

 にやりと笑った天上天下唯我独尊男。

 この人が『完璧皇子』だなど、誰が言ったのだろう。

 表面ばかり完璧なこの婚約者同士は、本当にお似合いだと思う。

 

「そんなこと言って。リーネがこの国に行くというから、仕方なくついてきただけなんでしょ。それに合わせて付き合わされた黒騎士達も、いい迷惑よ」

 ニーノがツンとして言うと、アランは皮肉に顔を歪めて笑った。

「はは。どこぞの酒場の娘が買い出しの途中で拐われたりしなければ、我が婚約者も国に帰って早々、再会の感動の挨拶もそこそこに他国に渡るなどと言い出すこともなかったのだがな」


 え、と私はリーネを見る。そんなこと、私は知らない。


 リーネは完璧な淑女の笑顔で首を傾けてみせた。

「だって、わたくしが国に入るとすぐにベックに偶然お会いしたんですもの。それはまぁ、目に余るほどの騒ぎ様でして。どうしたのか伺うとニーノがいなくなったという話でしょう?いてもたってもいられなくて」

 

 ふふ、とリーネは笑うが、聞く限りそんな単純な話ではなさそうだ。


 リンドウ帝国の皇太子は、いなくなってしまった婚約者の帰りをずっと待っていた。

 もう帰ってこないのではと囁かれる中、その婚約者でないと結婚しないと言い張ったアラン皇子が、ようやく戻ってきた婚約者から帰って早々に「ニーノがいなくなったから探すわ」と言われた時のショックを考えると、不憫で仕方なくなる。


 リーネが持っていた『過去まで見渡せる千里眼の玉』は、アラン皇子とリーネ、2人のものであるらしいが、保管はアラン皇子の皇宮でしているはず。それをリーネが持っていたということは、そんか状況でもアラン皇子はリーネに玉を渡したということになる。


 アラン皇子の優しさに感動したけれど、この様子では、ただ単にリーネに甘いだけに違いない。

 

「甘やかすのもそこそこにした方がいいんじゃないの」

 ニーノがアランに言うと、アランは苦笑しながら、会場外で控えている黒鎧の中の大男を一瞥する。

「それはベックに言ってくれ。天地が入れ替わるかのように大騒ぎしやがって」


 ニーノとしては、ベックのパニック姿を想像するだけで、恥ずかしくて顔が熱くなる。

「ーーーうちの人が迷惑かけたわね」

 ニーノが珍しく顔を赤くしながら呟くと、ふとアラン皇子はニーノに目を細めた。


 ポンと頭に手を置き、身体が溶けてしまいそうな凛々しい笑顔で笑った。

「俺もお前を心配したんだ。見つかって良かった」


 ニーノ達の会話を注視していた人達の中の女性達までが、崩れ落ちそうなほどに顔を赤くしてざわめいた。


 リーネの兄であるジルも飛び抜けて綺麗な顔をしているが、このアラン皇子も異常なほど整った顔をしている。

 リンドウ帝国ではアラン皇子の笑顔だけで天下統一できるのではという冗談も一時期出ていた程で、婚約者がいなくなってからはアラン皇子のパートナーの席を狙って、高位貴族の女性陣が凄絶な陣取り争いを繰り広げているのだと聞いた。

 リーネが戻ってきたことで、その争いにも終止符を打つことになるだろうが、今、この瞬間にも、この会場でその争いの種は生まれていそうだ。


 ニーノは撫でられた頭を手で触る。何度か酒場にやってきては楽しそうに笑って酒を飲んで帰る男が、リンドウ帝国の皇太子だったと知った時は冗談かと思ったけれど、それ以降もアランは普段と変わりなくニーノと接してくれた。

 ニーノからしたら、アラン皇子は少し高飛車だけど憎めないお兄ちゃんという感じだ。


「アラン。いつまでも私を子供扱いしないで」

「ニーノは今、何歳だ?」

「13」

「はは。じゃあまだ子供じゃないか」

 また頭を撫でられる。


「ニーノ。アラン殿下はそういう機微が理解できないようだから、許してやってくれないか」

 更に近づいた男性にニーノは目を向ける。

「ジル様」


 金色の髪。アランよりも濃く、緩くカーブしたその髪の下にあるのは、正統派王子様という整った顔立ち。


 ニーノは、このジルこそがこの世の最上位の人物である気がしている。優しく強く賢く、そして正しい。アランと違って無意味にニーノをからかってくることもないし、何をするにもスマートで気品がある。


 ジル自身が皇位継承権を拒否しているので皇帝になることはないが、皇族の血を引いている証拠である金の髪をしている以上、皇帝の座はいつどうなるかはわからないと言う人もいる。

 

 そのジルの横に、ピンク色の長い綿飴のような髪の聖女、スミレが並んで歩いてきた。にっこりと花咲くようにスミレは優しく笑ってニーノに話しかける。

「今日もちゃんと可愛くできてますね。昨日はあれから大丈夫でしたか?」

「ありがとうございます。おかげさまで」

「それは良かったです」

 ふふ、と笑うスミレもまた、相当な猫を被っている。だがその瞳にニーノへの侮蔑は含まれていない。


 ニーノはこの人達を好ましく感じていた。

 貴族だというのに、全くニーノを下に見ることはない。身分どころか男女の差もなく、年の差もない。

 1人の人間を、ちゃんと1人の人として扱ってくれる人達。

 

 やっぱり私はリンドウ帝国の人達が好きだとニーノは心の中で呟く。


 善悪や思想、習慣などは、その土地によって違ってくる。オルトルーヤを否定するわけではないけれど、ニーノはリンドウ帝国の思想の方が好ましいと思うのだ。

 リンドウ帝国の全ての人がリーネ達のようではないし、その逆としてオルトルーヤも同じことがいえる。


 でも、今もニーノをみるオルトルーヤの貴族の人達の瞳は好意的でない。

 平民であるニーノが、こうやってリンドウ帝国の王族、高位貴族達と普通に話をしていることが、そんなに驚愕することなのだろうか。

 リンドウ帝国の人達とお近づきになりたいのに、平民と話をしているだけで遠巻きに眺めるだけで近寄ることもできない。

 口元を隠しながらザワザワと静かに騒ぐ姿は、感じが悪いの一言に尽きる。

 もしこの場にベックがいたら、見聞も気にせず暴れまわるに違いない。


 オルトルーヤ国以外の国の人は、そんなリンドウ帝国民とオルトルーヤ国民の溝を前に、戸惑って動けないでいるようだ。


 会場が、そんな状態で異様な雰囲気に包まれていた頃、パパー、と金管楽器の音が会場に響いた。


「お待たせいたしました。我が国の太陽であるオルトルーヤ国王が御入場なさいます」

 

 その一言を始めとして、一斉に様々な楽器の音色が高々と会場を明るく盛り上げて包む。


 招待客の入場口とは反対の、会場一番奥の特等席に向けて注目された。

 しばらくして、厳かに王の姿が会場の中に入ってくる。老人の見た目は変わらないが、昨日とは違う、赤く分厚い立派なマントは王の威厳を放っている。

 王冠を被り、その眼光は昨日よりも鋭い。

 

 会場の人達は膝を曲げて身体を床に近づけ、屈んで頭を下げて王の許しを待つ。オルトルーヤ国民だけでなく、リンドウ帝国の人達やその他の国の人達は床に膝はつかないが黙ってそれを静観した。


 王が特等席の前までたどり着くと、右手を上げて演奏を止めた。

「皆の者、顔をあげなさい」

 白髪の王が声を出すと、オルトルーヤ国民は俯いた顔を上げて王を見る。 

 王は堂々たる佇まいで会場の人達を眺めていた。


「わしの生誕50年を、このように多くの方々に祝ってもらえ、心から嬉しく思う」

 一旦王が言葉を途切るとパチパチと拍手が起こる。

 王は白い髭の中でやんわりと微笑んだ。

「しかも、今年は更に嬉しいことに、長年探していた人物が見つかった。わしの孫だ」

 

 その王の言葉に、ザワリと大きく会場が揺れた。

 王に子供はいないはず。

 なのになぜ孫の存在が出現してくるのだ。


「もうわし以外に王族はいないとされた中でのこの事実に、皆も戸惑うであろうが、その詳細は今、ここで語ることはできぬ。だが、これは紛れもない事実であり、この先のオルトルーヤ国を存続するにあたり、隠すわけにはいかぬこと」

 

 王の手前、騒ぐわけにはいかないが、会場の空気は只事でなく揺れていた。


 王の血縁がいないことで、この先の国をどう動かすのか、その政権を握るのがどの貴族か、様々な憶測とともに、すでに主力の派閥は水面下で動き出していた。

 だというのに、今頃になって血族の存在を聞かされて、動揺しないはずがない。


「わしはその子にこの国を任せることを決めた。その子の名は、ニーノ。わしが長年探しておったから、その特徴は誰もが知っておろう。緑色の瞳をした少女だ。この会場にも参加しておる。ニーノよ、こちらに来るが良い」

 

 緑色の瞳。

 確かに、その色の瞳の少女を5~6年前に探した記憶が彼らにはある。

 しかし見つからないまま、緑色の瞳をした少女はこのオルトルーヤ国内ではいなくなったという話で終わったはずだ。


 そしてその色の瞳の少女を、実際、この会場に来てから見たと誰もが思った。

 平凡な容姿の中で、唯一、その瞳だけが輝く宝石のように印象深いために記憶に残っている。


 さっき注目したばかりの少女が、その瞳をしていなかったか。

 パラパラとニーノに視線が集まり始めた。

 隣国リンドウ帝国の要人達に囲まれて、親しげに話をしていた少女。


 リンドウ帝国の人達にばかり集中していた視線が、一気にニーノに集まった。

 まさか、という思いも勿論捨てきれないようだが。


 ニーノは、そんな視線を冷静な顔で眺めていた。

 ニーノに視線が集まって、やけにニヤニヤとしている皇太子とその婚約者は放っておいて、ちゃんとニーノを心配してくれているジルと目を合わせる。


「、、、ニーノ。無理して行かなくてもいいんだぞ。そのために俺達がこうやって足を運んだのだから」

 本当に心から優しいジル様。笑いたいのを我慢している皇太子達も、本音はジルと同じなのだろうが、あの顔をされると素直に感謝したくなくなる。


 ニーノはアランとリーネを一瞥した上で、ジルに「気にしないで」という意味の手を振った。


「いいえ、行ってくるわ」

 ニーノはズンズンと、とても淑女とは言えない足取りでオルトルーヤ国王に向かって歩き始めた。


 ジルはそれを心配げに眺めるしかできない。

 その横にアランが並び、微笑ましそうに笑った。

「ニーノはニーノだからな。オルトルーヤ国王の良いようにはされないだろう」

 ジルは呆れてアランを見る。

「アラン、気付かなかったのか?ニーノ、物凄く怒ってたぞ」

 それをアランは更に笑ってみせる。

 限りなく整った顔を笑みに歪ませ、ジルに首を傾ける。

「俺の目を侮るな、ジル。あのニーノがこれだけのことをされて怒らないはずがないだろうが。ニーノはこの俺が認めた子だからな。本当は俺の側近として働いてもらいたいのを我慢してやっているんだ。今さらオルトルーヤの人間などに渡してたまるか」


 本気のアランの言葉に、ジルは首を竦めてしまう。

 小さくため息を漏らして、ジルはニーノを心から不憫に思った。

「、、、ニーノはとんでもない男に目をつけられていたものだな。前にはオルトルーヤ国王。後ろにはリンドウ帝国時期皇帝か。可哀想に。せめて俺だけでも、ニーノの幸せを心から願うよ」


 その言葉はニーノには届かない。


 ニーノは王のいる台座まで近寄ると、完璧とは言えないまでもそれなりのカテーシーをしてオルトルーヤ国王に頭を下げた。


()()()()


 凛とした声でニーノは国王をあえてそう呼ぶ。


 無礼者と言われて斬られてもおかしくない状況だったが、それをオルトルーヤ国王は崩れた顔で喜び、ニーノを手招きしてみせた。

「おぉ、おぉ、そうか。ニーノ。よく来てくれた。もっとこちらへ。わしの傍に来るが良い」

「はい」

 ニーノは王のいる台座にあがる。そして微笑んだ。

 滅多にないニーノの愛想笑いに、アランとリーネは驚きを隠せず身体を強張らせた。


 ニーノは自分の顔がひきつりそうになるのを堪えて、目をゆっくりと細める。

「お祖父様。お祖父様は私を孫だと言われます。お祖父様がそう言われるのであれば信じたい気持ちはありますが、お祖父様が私に望むことは、この国の中心を担う方々はご存知なのでしょうか」

 王の近くで陣取る貴族達に目を向ける。


「この平民育ちの私が、ジャタニール公爵家の方と結婚し王妃になるなどということなど、到底許されることではないかと思います」


 王から直接言われるよりも、平民あがりの少女からその事を言われた方が、反感は買うに違いない。


 案の定、会場は驚愕のために、王を前にして大きく騒ぎ始めた。

 王の孫はともかく、どこの娘かわからない人間が王妃になるなんて、あってはならないことだ。

 この子は本当に王の孫なのか。


 ニーノは内心、したりとほくそ笑む。

「お祖父様の息子によく似ているという私を可愛がってくれることは有難いのですが、この国のことを全く学んでもいない私が王妃になれば、混乱は免れないでしょう。お祖父様の誕生祝いにこのようなことを申し上げるのは心苦しいのですが、、、」


 ニーノが話をしている間に割り込んで、頭に髪のない男がむきになって王に進言した。


「王よ。王妃というものは国の象徴となるもの。血の繋がりのみで成り立つものではありません」

 うんうん、とニーノは頷く。

「しかも平民育ちというではありませんか。平民の感覚や知識をこの貴族社会に持ち込まれたら、この国の気品を損ね、これまで築き上げてきた誇りも失いかねません」


 それに加えて、髪をモジャモジャにして長くカールさせたオジさんも食ってかかる。

「オルトルーヤ国を支えているのは貴族です。それ以下の者に国を任せられるはずがない。彼らは知識がなく、知能も低い。野蛮で愚かなことしか考えられません。そんな者の中で一時でも育ったものにこの国の王妃など」

「クソオヤジ」


 大きな一言に、会場が一瞬、静まり返った。

 それは王の横にいる少女から発せられたものであり、貴族達は眉をひそめる。


「、、、今、何と、、、?」

 顔をひきつらせた男達は、ニーノを睨み付ける。ニーノはそんなに睨まれても全く怖くないと鼻を鳴らした。

「ハゲオヤジでも構わないわ。ちょっと聞き捨てならないわね」

「ハゲオヤジ、、、」

 貴族にハゲという言葉はないのか、髪のない男はポカンとしてキョロキョロと辺りを見渡した。

「貴方のことよ、サナンビル伯爵。国を作り育てるのに、そんなに気品が必要なの?気品を必要とするなら、夜に逢う女の趣味から改善した方がいいんじゃないの。気品の欠片もない女でしょ」

 髪のない男はギョッと目を剥く。

 品行方正をモットーとし、清く正しいと周知されているサナンビル伯爵は、女性との関係だけが最悪だった。だがその話は誰にもしておらず、女にも高い金を払って口止めをしている。バレるはずがないのに。

 

 そして髪をモジャモジャにした男にもニーノは指をさした。

「あと、その隣のモジャ髪のカマーリン侯爵もよ。知識がないのはともかく、知能が低い?何を根拠にそんなことを言っているの。バカにするにも程があるでしょう。そんなことを言ってる方が知能が低いんじゃないの。だから領地の経営が悪化するのよ。下の人間に責任を押し付けて言い逃れなんて、みっともないったら」


 ニーノが言うと、カマーリンと言われた男も口に手を当てた。経営が悪化しているのは事実であるが、それがバレたら悪循環になってしまう。裏の人間を使って自転車操業を行っていた。こちらも表ではバレていないはずだった。


 ニーノとは初対面である。

 彼らの裏事情など、知り得るはずがないというのに。


「、、、な、な、、、な何を」

「で、デタラメだ。こんな平民に何がわかるというのか」

 二人は明らかに動揺している。

 その二人の様子をみて、幾人かは自ら後退りしてみせた。うっかり自分も巻き添えを食らったらたまらない。


 オルトルーヤ国王はニーノをポカンとした顔で見つめていた。

「、、、ニーノ。お前は確か、リンドウ帝国にいたはずだろう?それなのになぜサナンビル伯爵とカマーリン侯爵のことを知っているのだ。しかも、その、今言ったことはデタラメでなく事実か?」


「嘘だ!私らを陥れるための口実に決まっているだろう!!!」

 サナンビル伯爵が声を荒げると、コロコロと軽やかな笑い声を上げる女性がいた。


 そこに視線が集まる。

「、、、ふふ。失礼致しました。あまりに可笑しくて、我慢ができませんでしたの」

 言ったのは、白銀の髪にスカイブルーの瞳。女神とはさもありなんと言われるこの女性は、リンドウ帝国の時期后妃にして、リンドウ帝国の宝石と吟われる公爵令嬢だった。

 

 薔薇の色をした唇から発される声に会場の人は酔い、その美しさに眩暈を感じる。

 彼女が一歩前に出ただけで、貴族の若い男の一人が倒れた。

 それを気にせず、リーネはやんわりと口の端を浮かせた。

「オルトルーヤ国の明星。輝く太陽である国王様にご挨拶致します。わたくし、リンドウ帝国がグランドロス公爵の娘、リーネと申します。ニーノ様とは以前より交流を持たせていただいておりますので、少し彼女についてお話させていただきたく存じますが、宜しいでしょうか」


 リーネの視線が流れて、王の後ろにいた騎士もまた膝をついて倒れた。

 国王は異様な状態に気付きながらも「許す」と返事をした。リーネはこれ以上ないほどの美しい仕草で頭を下げてそれを受け取る。

「ニーノは、類い稀なる才能の持ち主ですの。一度見たこと、聞いたことは決して忘れることは御座いません。また、培ってきた経験から、その人の思考、趣味、状況などを深く読み取ることが可能なのでございます」


 会場の人達は、リーネの話を聞いて少し鼻で笑っていた。そんな人間がいるはずないと。


「ニーノ様がこの会場に来てから時間が多少経っておりますでしょう?ここは会場に入る方の名前を高々と宣言されますし、挨拶や会話の中で名前をおっしゃられ増すわね。ニーノ様は、そういったものを全て記憶しておりますの。ねぇ?ニーノ様」

 いきなりリーネにふられて、ニーノは苦笑する。

 この流れは嫌な予感がした。


 ホホホとリーネが笑う。

「ニーノ様。皆様が信用できないそうよ。片っ端から名前を言ってあげて。メンツもあるだろうから、その人の特徴は必要ないわ」


 ニーノは「わかったわ」と言って、目の前の男から順に名前を呼んでいった。

「ラガード伯爵ーーー酒癖が悪い。ラガード伯爵婦人ーーー刺繍が上手。スタナビア男爵婦人ーーーバイオリンが得意。スタナビア男爵ーーースタナビア男爵婦人の尻に敷かれている。メドラナー侯爵、、、」


「ま、待て。待ってくれ。わかった。充分わかった」

 ストップをかけたのは、次に呼ばれるメドラナー侯爵だった。

 何か後ろめたいことがあるのか、必死な形相でニーノの言葉を遮った。


 くすくすとリーネが笑う。

「あら。特徴は言わなくてよいと言いましたのに、わたくしの友が、ちょっとしたイタズラも交えてしまったようですわね。失礼致しましたわ」

 

 国王は女神のようなリーネの姿に少し苦笑しながら、メドラナー侯爵に声をかけた。

「ふむ。その慌てよう。何か言われて困ることでもあるのか、メドラナー侯爵?」

 メドラナー侯爵は慌てて王に頭を下げる。

「滅相も御座いません。私がそんな隠し事をするなどとても」


「言ってみよ、ニーノ」

 メドラナー侯爵の言葉は無視され、王はニーノを促す。

 ニーノは目を細めて、メドラナー侯爵の姿を上から下まで眺めた。無駄にきらびやかな姿。

「、、、メドラナー侯爵は、ノズワルド男爵より白銀貨を1枚、握手の隙に渡されていました。私が見たのはそれだけ。ただ普通のお金の貸し借りだけなら、そんな隠すようには渡さないはずだとは思います」


「な、、、、!?」

 メドラナー侯爵の表情をみたら、それが事実ということが明白だった。

 白銀貨といえば、硬貨のなかで最高額の硬貨。金貨の100枚分にあたる。

 

 王は顎の髭を撫でる。

「ふむ。確かに金額は大きすぎるか」


「憶測ではありますが、メドラナー侯爵領地とノズワルド男爵領地は隣同士。そこがその秘密と関係するものだと推測します」

 ニーノが言うと、また会場がざわりと揺れた。


 人の名前と特徴だけでなく、国の地理にまで詳しいのかと。まだ見た目は少女のように小さいというのに。


「ふむ。そうか、確か、ノズワルド男爵の領地は、今年の税の支払いが気候のせいで悪かったと申告しておったはずじゃな。わかった、詳しく調べさせてもらおうか」


 王がそう言うと、メドラナー侯爵はみるみる真っ青な顔になり、否定する声もはじめの威力は全く感じられなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ