第3章 もうひとつの扉
精神障害者保健福祉手帳、3級。
結果が出たあと、私はいつものように心療内科へ向かった。
診察室に入り、先生の前に座る。
いつもの問診がひと通り終わったところで、私は切り出した。
「先生、障害年金、申請したいと思うんです」
先生が、少し慌てたように顔を上げた。
「え、年金?」
それからすぐにパソコンへ目を戻す。
「そうか。どれどれ」
カルテを開き、これまでの経過を確認しているようだった。
私は先生の横顔を見ながら待った。
手帳のときとは違う緊張があった。
障害年金。
名前は知っていた。
調べてもいた。
それでも、まだどこかで思っていた。
――本当に、私が?
私は働いている。
休むことはあっても、仕事を辞めたわけではない。
家事もする。
友達とも出かける。
それなのに、年金を申請していいのだろうか。
また、あの「もっと大変な人」が頭の隅から顔を出しかける。
私は、その考えを追い払うように先生へ言った。
「おかげさまで、手帳は3級、通りました」
先生が顔を上げた。
「そうか、通ったか」
そして、もう一度カルテを見た。
「じゃあ、いけるでしょう」
あっさりしていた。
私は少し拍子抜けした。
私の中では、障害年金というものは、とても大きなものだった。
働くことも、日常生活を送ることも難しい人が受け取るもの。
そんなイメージが、まだどこかに残っていたのだと思う。
だから先生から、
――あなたには必要ない。
――そこまでではない。
そう言われる可能性も考えていた。
けれど、先生はカルテを確認し、手帳が3級だったことを聞いて、
「いけるでしょう」
と言った。
その言葉で、私はまたひとつ、自分が勝手に作っていた境界線を越えた。
働いているから、だめ。
笑えるから、だめ。
一人で生活できるから、だめ。
そうやって対象になるかどうかを、自分で決める必要はない。
手帳の申請で、一度覚えたはずのことだった。
それでも私は、障害年金という言葉を前にすると、また同じところへ戻っていた。
もっと大変な人がいる。
ずいぶんしぶとい言葉だった。
けれど今度は、その言葉に従わなかった。
先生が「いけるでしょう」と言ってくれた。
ならば、申請してみよう。
そう決めた。
ところが。
障害年金について調べ始めた私は、すぐに知ることになる。
申請したいと思うことと、実際に申請できることの間には、ずいぶん長い道がある。
そして私の場合、その道の入り口にあったのは、
十年以上も前の「初診日」だった。




