第13話 星夜への逃避行
前回のあらすじ「10年越しのダンジョンクリア」
―真夜中「ナノリスの洞窟・入り口」―
私の視界に映る白い光が徐々に弱くなっていく。白い光が完全に消えた後、私の目に映ったのは、無数の篝火に照らされる鬱蒼とした木々と、木々の隙間から見えた空高く上る2つの月、そして鎧を着た無数の騎士達。
「……」
私は無言のまま、遅れて現れたショルクも静かに騎士達と対峙する。
(驚く素振りは……ないか)
今、ショルクの横には高さ3mほどのゴーレムが2人の大人を担いで佇んでいる。普通ならそれだけで何かしらのリアクションを取ってもおかしくないはずなのだが、騎士達は銅像のようにこちらを向いているだけだった。
「おやおや……どこのどなたかしら?」
すると、銅像のように佇んでいた騎士達が左右に整列して道を作り、そこを1人の騎士……いや、化け物が私達の前に現れた。
見た目は女性騎士なのだが、皮膚の一部が人間とは違う別のもの……昆虫のものなのか分からないものに入れ替わっており、その体は鎧の替わりに昆虫のような外骨格を俗にいうビキニアーマーのように纏っており、人間よりの昆虫人間のため、その騎士として鍛え上げられたナイスプロポーションが強調されていた。それを見た私の感想だが……。
(痴女!? 変態じゃん!?)
あまりにも場違いな姿に心の中でそう叫んでいた。一応、何の昆虫なのかも考えている。が、あまりにも刺激的過ぎるというか、実用性皆無なその鎧姿に集中できずにいた。
「ふーん……そいつらを担いでいるって事は、そこのアンタが担いでいるのがお姫様ってところかしら? 一体、アンタは何者かしら?」
謎の女性騎士に何者かと問われた私はすぐさま気持ちを切り替え、声を変える音魔法で男の子のフリをしながら、さっそく打ち合わせ通りに魔王を演じ始める。
「……魔王。こいつらがそう呼んでた」
その一言に女性騎士だけが若干の警戒を強めた。やはり、他の騎士達は地下に侵入した連中と同じ状態のようだ。となれば、こいつさえどうにかすれば逃げきれる。
「まあ予想通りね。ねえ、その子をどうするのかしら?」
「うーーん……さあ。その時の気分次第?」
私はおどけた振りをする。そして、女性騎士が何かを話すよりも早く魔力を周囲に放出する。魔力の放出を感じ取った女性騎士は両手に身に着けていた外骨格から鋭い鉤爪を展開し、さらに警戒を強めた。
「何を……!?」
「……根城にはちょうどいい」
私はそう言ってフワリとその場で浮かび始める。それを合図にショルクも無言のまま自身とゴーレムを浮かび上げる。そして、当初の予定通りここから南側の方向へと飛び立とうとする。
「待ちな……!」
「うるさい……」
こちらへと襲い掛かろうとする女性騎士に爆撃魔法を撃ち込む。それを女性騎士は外骨格で防ぐのだが、こちらの攻撃が外骨格に当たった瞬間、周囲の空気を大きく振動させながら大爆発を起こす。
これで倒せればよし、倒せなくても行動不能になればいい……と、その位の気持ちで爆撃魔法を放っている。すると、女性騎士は爆発によって起きた煙から素早く出て来て、再度こちらへと攻撃を仕掛けようと構えを取った。
「仕留め損ねてるぞ?」
「……興味ない」
私は訊いてきたショルクにそう言って、すぐに上へと飛んで逃げる。そして、一度女性騎士を見下ろしてから、ゆっくりと南へと向かって飛び始める。
「待ちなさい!!」
「ふん……」
私は風魔法で強烈な旋風を起こして女性騎士らの視界を塞ぐ。これ以上、相手にする必要はないし、むしろこの情報を持ち帰っていただき、ぜひとも首謀者と一緒にどうしようかと頭を捻っていて欲しい。
「このクソガキーー!!」
後方から聞こえる女性騎士の叫び。魔王をクソガキ呼ばわりとは……なかなか大したたまである。が、そんな負け犬の遠吠えに振り返ることなく私は真っすぐ南側へと飛ぶ。
「うわぁ……本当に飛べるんですね。」
すると静かにしていたファーレが被っていたフードをずらし周囲を見渡し始める。人工の明かりは無いのだが、夜空に輝く月と眩いほどに煌めく星々のおかげでファーレの驚く顔をハッキリと見ることが出来た。
「まあね。お姫様も練習すれば飛べるかもよ?」
「本当ですか!!」
飛べるかもしれないと言われて目をキラキラさせるファーレ。そのあまりにも眩しい笑顔を向けられた私は実際に出来るかどうか分からないのに飛べるかもと言ったのはヤバかったかなと心の中で思っていた。
「……上手く逃げられたのか?」
「一応、アイツらから引き離せたと思うけど……」
クロムに訊かれた私が後ろを振り返ると、ゴーレムに担がれながら気を失っているフリをしていたクロムは目を瞑ったまま、額に汗を掻いた状態で前を向いていた。
「何で目を瞑ってるの?」
「まだ周囲に敵がいるかもしれないからな……」
そう言って、目を瞑ったまま変な笑みを浮かべるクロム。その体をよく見ると小刻みに震えており、あからさまにどんな状態なのかが分かる。
「単純に怖いからですね」
「そうだね」
「その通りですよ」
「姫様!? って、テノールもか!?」
「はい。全く騎士なのに情けないですね……」
そう言って、クロムの苦し紛れの言い訳を一蹴するテノール。テノールは既に目を開けており、見たことのない空からの眺めを楽しんでいるように見えた。
「いい眺めですね……日の出ている時間はもっといい景色を見れそうですね」
「そう? 私は今がいいかな。ほら、こうやって手を伸ばせば星に手が届きそうじゃない?」
「え? うわぁ……」
私の言葉に反応してファーレが夜空を見上げる。いつもより月と星が近くに存在し、それらを遮る物が全くない晴れた夜空。手を伸ばせば本当に触れられそうなくらいに眩く星々、そして、それらに彩られつつ一番輝いている2つの月。この時だけは私もその光景に目が釘付けになってしまっていた。
「綺麗……」
「逃げるには都合が悪いけど……悪くない景色だね」
「ええ……」
私とファーレは静かに夜空を眺める。よく考えると、とても逃亡中とは思えないこの雰囲気。何か漫画の逃避行みたいである。
「カーゴが男性だったら、お伽噺にある魔法使いとお姫様が駆け落ちしている風にしか見えないな」
「ショルク殿!? いくらなんでもそれは……!!」
「お二人とも。姫様達の邪魔をしてはいけませんよ」
私達の会話を邪魔するなと2人に注意をするテノール。そこまでしてもらう必要は無いし、そろそろ次の行動に移らないといけない。
「ショルク、周りに敵は?」
「反応は感じ取れない。カーゴはどうだ?」
「同じだよ。そうしたら……」
「だな」
そして私達はそこから大回りして南から北へと進路を変える。当初の予定通りマジョレーヌ公国へと向かうために。
「これで奴らが引っ掛かってくれるといいけど……」
「あの五月蠅い女騎士がいたんだ。しっかり南方向に飛んで行ったと報告するだろう。まさか、姫様と魔王が結託したなど誰も思わないだろうしな」
「後は、私がうっかり漏らした「根城」って言葉に反応してくれるといいんだけど……」
そう、これが私の計画である。これであの女性騎士は私達が南側の根城に出来る場所を探すだろう。そして、ファーレの情報から先ほどまで飛んでいた方向に今は廃城となった山城があるとのことだった。
「おとりの城がどれだけ時間稼ぎしてくれるかな……」
「あのお城だったら若い頃に遠征で行ったことがあるが、今の季節なら雪で道がまだ封鎖されていて、まともに登れないだろうな。その麓に小さな村もあったが……利便性が良くないって事で廃村になったから被害は出ないだろう」
「それを聞いて安心したけど……どうして廃城になったの? 山城を建てるってことは何か守る物があったんじゃないの?」
「ああ、あの城は山道の警備のために建てられていた。だが……やっぱり山道は不便でな。その後、近くの森を開拓して新たな道を開通させたんだ。それと同時にあの城の役割が終わった感じだな。あそこを栄えさせるには少々厳しい立地だったしな……」
クロムは顎に手を当てながら、その山城のことを思い出していた。その目をしっかり閉じているので、より思い出しやすいのだろう……いや、もしかしたらこの状況から気を逸らすために一生懸命思い出そうとしているのかもしれない。
「クロム。お前の見立てだと1月は持つでいいんだな?」
「はい。今年は寒さが厳しかったので、あの山城への道の雪が溶けるのは時間が掛かると思います……それだから1月は稼げるかと」
「よし予定通り、そうしたら、まずはこのまま飛んでマジョレーヌ公国へと密入国し、そこから陸路で魔導帝国ルーナシアへと向かうとしよう。予定通りの日程ならちょうど1月で着くはずだ」
「このまま飛んで行ければいいのに……」
「止めといた方がいいよ。あまり高いと高山病になるし……何より目立つし」
一応、逆に言えば目立たない場所なら飛んでもいいと思っているので必要なら飛ぶつもりである。それと、夜はしっかり休息を取りたいので、今日以外の夜間飛行は無しである。
「姫様。カーゴ様の言う通りです。せっかく連中を廃城に注意を逸らしたのに、空を飛んだらすぐさまこちらに注目が集まってしまいます」
「そうですね……ちょっと残念です」
「そんなにがっかりしないで、一応ショートカット目的で飛ぶ時は飛ぶから。ただ、あまり目立つ飛び方はしないってだけ」
「……分かりました。色々、理由があってそのような方法を取っているとは分かっていますので」
「その点だけど……明日、理由をゆっくり歩きながら教えてあげる。いい暇つぶしになると思うし」
「はい。是非ともご指導をお願いします」
そう言って、私に笑顔を向けるファーレ。同じ顔なのに、こうも私より愛嬌があるのはこの子の性格がそうさせているのだろうか……。
「うわ……」
そんな私の考えなどお構いなしに夜空の旅を楽しむファーレ。しかし、何となくだが心から楽しんでいるようには見えなかった。顔は笑顔だし、星に手を伸ばす仕草からしても楽しんでいるように見えるのだが……その夜空が映る瞳にはどこか影が差している気がした。
(……辛いよね)
これから1月の旅で、彼女が心に抱えた闇がどのような悪さをするのか、少しでも晴らす事ができるのか、そんな事を思いつつ……。
「凄いですね……」
「そうだね」
私は笑顔でファーレに返事をするのであった。




