第12話 久しぶりのボス部屋
前回のあらすじ「2ヶ月ぶりの続き」
―「ナノリスの洞窟 最下層・ボス部屋内」―
「ここに魔王がいたのですね……」
「今は綺麗さっぱりただの広い空間だけどね……」
ボス部屋前までやって来た私達が中に入ると、そこにはただの広い空間だけが広がっていた。死闘で流れた元魔王の血痕、その激しさゆえに付いた岩肌に残る傷も、10年という歳月の中でダンジョンが持つ自己修復機能によって元の状態に戻されていた。唯一、戻らなかったのは本来いるはずのこの部屋の主であった元魔王だけである。
「ここに魔王の死体が転がっていて……周囲は血だらけだったはずなんだけどね」
「ここで魔王が……」
私の説明を聞いて、元魔王の亡骸があった場所へと立つファーレ。そこから周囲を見渡すのだが、元魔王と私の熾烈な戦いがあったという形跡はどこにも見当たらず、私の言うような激闘があったとはにわかに信じられずにいた。
「倒した直後は凄かっただけどな。今を思い返すと凄い血の量で臭いも酷かったし、岩壁や床もボロボロだったし……今はその痕跡が1つも残っていないや」
ファーレの後ろで、私は額に手を当て周囲を見渡してみる。誰よりもその時の光景を覚えている私なのだが、やはりあの時の戦いの跡を見つけることは出来なかった。ふと、私の後ろで3人が何やら話しをしているのが聞こえたので、そちらへと振り返り訊いてみる。
「喋ってるけど……何か見つけたの?」
「いえ、やっぱりお二人は似ているな……と思いまして」
「俺もだ。やっぱり雰囲気というものが……な」
私達の姿を見て、そのような感想を述べるテノールとクロム。一方、ショルクはファーレの方を向いたままだった。
「ん? ショルク殿、静かに傍観されていますがどうかされましたか?」
「ああ……少し疑問があってな。気になっただけだ」
何が気になったのか。そのことに対して私はショルクに訊いてみるのだが「いや、気のせいだ」と話を切られてしまう。すると、ファーレが小さな悲鳴を上げたので私はテノール、クロムと一緒にファーレの傍へと向かう。その時、ショルクは何かボソッと呟いていた。
「(新……出……。だ……だにし……)」
やっぱり何かを隠しているショルク。だが、追求してもはぐらかされるだけなのと、もし今回の逃亡に影響を及ぼす内容だったならすぐに話すとは思っているので、私は特に気にすることなく、ファーレの元へと向かった。
「どうかされましたか?」
「いえ、転びそうになっただけです」
「ああ、もう……病み上がりなんだからしっかりしなよ」
私は熱で足元がふらついたのではないかと思い、自分の前髪を掻き上げ、自分の額をファーレの額に当てる。
「……熱は無さそうだね」
「あ、あのカーゴ……?」
「どうしたの……って、なんか顔赤くない?」
熱が無いことを確認した私が頭を下げると、そこには頬を真っ赤にしたファーレの顔があった。どうしたのかと思っていると、テノールが咳払いをしてからその理由を話し始めた。
「カーゴ様。いくら同じ女性とはいえ、そのような顔を近付かせる行為は……」
「え? このくらい……いや、そういうことか」
ここは私のいた地球の日本ではなく、別世界であるフィルダウスのトライザル王国。私の当たり前はこっちでは非常識になることもあるのだろう。
「ゴメン。熱を計る方法だったんだけど……配慮するべきだったね」
「いえ……お気になさらず……」
そう言って、さらに頬を赤くするファーレ。これが漫画なら頭上から湯気が出る演出がされていたかもしれないほどに恥ずかしがっていた。
(こっちの常識を知っておかないと……)
これから人の世に紛れるのだ。魔王ということがバレないように、少しでも非常識な行為は避けるべきだろう。私はクロムとテノールの2人がファーレの介抱をしている様子を見ながら、この世界の常識を再度勉強しようと決めるのであった。それから、ここに何も無いと判断した私達はそろそろ外に繋がる転移魔法陣へと向かう……。
「って……ショルク! そろそろ行くよ!」
「む? あ、ああ……」
ショルクは口元に手を当てながら何かを考えていた。その視線は私達が入って来た大きな金属の扉がある方向だったのだが、特に変わった所は私には見つけられなかった。
「さあ、行くか」
そこにショルクがやって来たので、全員でボス部屋から続く狭い通路へと向かって歩き出す。
「ねえ? 何か見つけたの」
「いや、特に何も……」
「ふーん」
そう言って、頭をポリポリと掻くショルク。そのあまりにも露骨な態度に何か隠しているのは間違いないのだが……。
(こういう時、頑固だからな……)
言わないと決めたら言わないのがショルクなので、これ以上何かを訊くのは無駄だろう。とにかく、それが逃亡に影響しなければ問題無い。そう思い、私はこれ以上の追及は止めとくのであった。
「……何とも簡素な場所ですな」
そして辿り着いたこのダンジョンの最奥。10年前、私が何も無くて絶望したこの空間には1つの光る魔法陣が現れただけで、それ以外は変わっていないようだった。そして、クロムはこの空間を見てそのような感想を述べていた。
「そうなの?」
「ああ、ダンジョンで任務をこなす事があったんだが……もう少し飾り気のある空間だったと思うぞ?」
「そういえば……そうだったな。私も知る限りではもう少し装飾のある部屋だった」
「……ここを作ったのが神様なら随分手抜きしたもんだね」
一度、この世界の神様とあったことのある私からして、あの聞く耳持たない神様ならこのぐらいの手抜きはしそうだなと、テノールとファーレの2人に罰当たりとツッコまれながらも考えていた。一方、ショルクはまたしても何やら考え込んでいるようだが……まあいい。
「ほら、準備を始めるよ」
私はパンパンと両手を叩き、早速、逃亡のための準備を始める。
「クロムとテノールの2人は私が運ぶ。カーゴはファーレ姫を……魔王がお姫様を担いだ方が箔があるだろう」
「顔を見せない魔王様だけどね……」
私はそう言って、着ていたケープマントに付いているフードを深く被る。そして、ショルクに私の正体がバレるようなところが無いかチェックしてもらう。
「ふむ。これなら女とは一目ではバレないだろう」
「そういえば……ショルク様は何か羽織らないのですか? まさかそのまま?」
「もちろん羽織るぞ」
すると、ここでショルクは背負っているリュックから、どう見てもその鞄の容量では入らないだろうと思われるマントを取り出し、それを羽織るとその姿が醜悪な魔物の姿に変わった。
「悪魔!?」
「ふっ、クロムのその様子からして問題無いようだな。これは着用した人の姿を変えられる魔法のマントでな。これはその知性の高さと強力な魔法が使える悪魔の姿になれる希少なマントだ」
「聞いた事がありますけど……かなり希少性の高い物ですよねこれ?」
「他国の王家で国宝扱いで保管されているという噂がありましたね……」
「今の時代もそうか。これもとあるダンジョンでたまたま発見されたローブだからな。数は少ないだろう。さて……」
ショルクは自分の姿が悪魔になっている事を確認した後、続いて土魔法と闇魔法の合成魔法である『ゴーレム・クリエーション』で3m級の体格の良いゴーレムを作り出す。
「クロムとテノールはこいつに担がれてくれ。気絶したフリで頼むぞ」
「分かりました。けど……本当に飛んで逃げられるのですか?」
「もちろんだ。飛翔魔法は上級魔導士になるための一歩だぞ。そういう意味ではカーゴはその条件を満たしてるな」
「私、魔導士になる気無いし……」
「なる気が無くても、すでにその域にいるのだがな。さて……これで俺の方は準備完了だ。カーゴとファーレ姫の準備はいいか?」
「問題ありません」
「私も大丈夫だよ。それではお姫様……」
私はそこで風魔法を使って、初めて会った時に着用していたボロボロのマントを羽織ったファーレを浮かび上げて、そこからお姫様抱っこをする。
「私に攫われて下さいませ」
「は、はい……!」
白馬の王子様のノリで、私は凛々しい表情を浮かべ、少しだけ低い声で自分に攫われる許可をファーレに懇願する。すると、ファーレはその頬を真っ赤にさせながら上ずった声で返事をしてくれた。
「何、口説いてるんだ」
「いや、おふざけのつもりだったんだけど……」
予想以上の反応をしたファーレに戸惑う私。同じ女性、しかも顔も一緒な私にときめいてどうするのかと思いつつ、ファーレに自分の顔が隠れるようにマントを調整してもらう。
「どうですか……?」
「オッケー! バッチリだよ。じゃあ、皆いい?」
転移魔法陣の中に入る前に一度確認する。そして皆の準備が整ったのを確認してから、私とファーレは転移魔法陣の中へと入って行く。そして転移魔法陣が強く発光し始め、白い光が私達を包み始める。
「へえ……」
私はその自分の目に映る初めての光景に思わず感嘆の声が漏れる。白い光が渦を描きながら自分達を包むなど、前世ではありえない光景なのだから。
「カーゴ……いえ、魔王様。ご準備を」
「うん」
後ろにいるショルクに言われて、私は気持ちを切り替える。ここからの作戦……恐らく数分で終わるだろうこの作戦を成功させるために全力を尽くす。そう気持ちを引き締めるのであった。




