第51話 眠れぬ王の子守唄係
〔せっかくのお二人の夜を邪魔してはいけないので、わたしはお暇しますわね〕
アメリーがまだ【交霊の調べ】を弾いているというのに、イザベルの声は聞こえなくなってしまった。
『お待ちください!』と、アメリーは叫びたかった。
この状況でジェラルドと二人きりにするということは、期待されているものは一つしかない。まさかラウラの『心残り』に加えて、イザベルまで同じことを望むとは。
(わたし、ついうっかり『はい』なんて答えてしまったのよ!)
イザベルの声が聞こえないといっても、天に昇ったわけではない。見えないだけで、すぐそばにいるはず。そして、ラウラも黙っているだけで、事の成り行きを見守っているに違いない。
(二人のお母様たちの前で、なんて絶対に無理よ……!!)
延々と竪琴を弾き続けて、とにかく時間稼ぎをするしかないというのに、ジェラルドの手が伸びて、アメリーの手を押さえた。
「アメリー」
「陛下、イザベル様とのお話はもうよろしいのですか? まだ近くにいらっしゃるのですよ!」
「十分に話せた。ありがとう。感謝する」
何のてらいもない鮮やかな笑顔を向けられて、アメリーの心臓がトクンと鳴った。ジェラルドのこんな自然な表情を見るのは初めてだ。同時に、今の今までフル回転していたアメリーの頭もピタリと停止して、竪琴を奏でる手を止めていた。
「あ、いえ……」
ジェラルドの手を振り払うわけにもいかず、赤くなる顔を隠すようにうつむいた。
「それから、すまない。そなたが戻ってくるまでに、他の妃たちを何とかしたかったのだが」
「そのようなこと、わたしは望んでおりませんので……!!」
「分かっている。ただ、私が言いたいだけだ。そなただけを愛していると。これからもそなただけだと。その言葉に一点の嘘偽りがないことを分かってもらえるまで、態度で示していこうと思う」
「あの……陛下のお気持ち、それだけで十分うれしく思っておりますので……」
「それならよかった」と、ジェラルドはきれいな微笑みを浮かべた。
彼の熱のこもった眼差しに魅入られて、彼に触れたい、もっと触れられたいという欲求が高まるのを感じる。アメリー自身、初めてこの人の『本物の妃』になりたいと思った。
(ああ、これが『心の準備』というものなのかしら?)
「アメリー、今夜も竪琴を弾いてくれるか? そなたがいないと、私はすぐに寝不足になってしまう。ゆっくり眠らせてくれ」
(……はい?)
早々にベッドに潜り込むジェラルドを見て、アメリーは茫然としてしまった。
(わたし、きちんと『うれしい』ってお返事したわよね? そうしたら、ベッドに誘ってもらえるのではないの?)
何かが足りないような……と、その時ようやく『胸に飛び込む』がなかったことに気づいた。とはいえ、今日のところは残念に思うより、『助かった』という思いの方が強い。
(またお母様にお説教されるのは分かっているけれど……)
せめて二人の母親が雁首そろえて覗き見ている絵面が頭から消えてくれるまでは、ただの子守唄係でいたいと思う。
「――かしこまりました」
アメリーは【ゆりかごの調べ】を奏でながら、子どものように安らかな寝息を立てるジェラルドを見守った。




