第49話 死者の声は竪琴の音色に乗せて(前編)
ジェラルドにあとひと月ほどかかると告げた通り、その頃にはアメリーがリュクス大聖堂の墓地で呼べる魂はもういなくなっていた。残るは王宮の墓地のみ。アメリーは王宮に戻る日を迎えた。
王宮に到着したのは昼過ぎで、護衛の近衛騎士たちには、まずジェラルドの執務室に案内された。
「ただいま戻りました」
ジェラルドに会ったらどう返事をしようかと頭を悩ませてきたが、今優先すべきことは、イザベルの声を聞かせること。そのために里帰りまでして、ジェラルドに憑く悪霊たちを天に送ってきたのだ。
(後継者作りは後回し、なんてお母様には言えなかったけれど)
おかげで気持ちも切り替わって、こうしてジェラルドの前に立つことにも気持ちに余裕が持てる。
竪琴を脇に抱えて淑女の礼で丁寧に挨拶をしようとしたところ、いつの間にか近づいていたジェラルドに右手を取られた。
(え、なに?)
ジェラルドのいつもとは違う行動に、アメリーはとっさに後ずさってしまったが、そのまま手の甲に口づけを落とされた。
温かい唇とかすかな息が触れて、身体がむず痒いような感覚に襲われる。危うく『ひゃっ』と変な声を出してしまうところだった。
「戻ってくるのを待っていた」
顔を上げたジェラルドは、ぎこちなくも口元に笑みを浮かべていた。
至近距離で見つめられると、アメリーの胸は張り裂けそうなほどドキドキして、その手を振り払って逃げたくなる衝動に駆られる。しかし、今日のアメリーは足を踏ん張って、一つ深呼吸することで自分を抑えた。
「その……お待たせいたしました。あとは王宮の墓地に眠っている方たちを天に送るだけとなりました。終わり次第、陛下はイザベル様とお話ができるようになると思います」
ジェラルドの身体が緊張したようにピクリと反応した。
「そうか……。いよいよなのだな」
「はい。その時が来ましたら、お知らせいたします」
***
アメリーが王宮に戻って三日ほどで、『すべて終わりました』とジェラルドのもとに報告が入った。
後宮でも竪琴を自由に弾けるようになった今、アメリーがジェラルドの寝室にいなければならない理由はなくなった。おかげで、『後宮のお部屋が慣れていますから』と、寝室で生活することは一度もなく終わった。
逆に、もっと一緒にいる時間がほしいと、アメリーが言ってくれることを期待していたのだが――相変わらず彼女からのアプローチはなくて、ジェラルドは残念な思いをしている。
もっとも、もうすぐイザベルと話ができると報告を受けていたので、そちらの方が気になっていた。アメリーと一緒に過ごしていても、楽しい時間になったのかは分からない。
アメリーの方はいつでも良いと言っていたので、次の土曜の夜、寝室に来てもらうことにした。その日はいつもの十一時ではなく、夕食の後。時間はゆっくりあった方がいいだろう。
ジェラルドは寝室に入ってきたアメリーをイスに座らせて、自分も向かい合うようにベッドに腰を下ろした。
「それでは、早速弾かせていただいてよろしいでしょうか?」
アメリーが言いながら竪琴をひざに乗せて、弦に手を添える。ジェラルドはひざの上で組み合わせた両手が、緊張に冷たくなるのを感じた。
一つ深呼吸してから、「頼む」とうなずいた。
八年前、ジェラルドがリュクス大聖堂の墓地で耳にした曲が響き始めた。耳障りでおかしな曲。今まで聞いてきた彼女の演奏に比べると、わざとヘタクソに弾いているのかと思ってしまう。魂になるとこんな調べが耳に心地よく聞こえるのかと、不思議な気分にもなる。
「静かになりましたね」
アメリーは口元にほんのりときれいな笑みを浮かべていた。
ジェラルドがここで初めて【交霊の調べ】を聞いた時、竪琴の音など全くしなかった。ひどい騒音の中に放り出されたようで、苦痛でしかなかった。
最後に聞いた時は、それでも音色は聞こえるようになっていたが、そこには悪霊たちの『殺せ』、『死ね』という大きな怒声がかぶっていた。アメリーとセリーヌの会話を必死に聞き取らなければならない中、竪琴の音にまで注意を払う余裕はなかった。
「ようやく竪琴の音だけが聞こえるようになった」
少なくとも現時点で、ジェラルドを呪う悪霊たちはすべて天に送られたのだ。
「では、イザベル様、陛下とゆっくりお話しください」
アメリーが軽く目を伏せて、つぶやくように声を発した。と同時に、ジェラルドは自分を呼ぶ声が聞こえて、ドキリと心臓が鳴った。




