第48話 片付かない問題
「間に合わなかった……」
ジェラルドの大きな吐息が、デスクの上に置いた手紙をふわりと浮かせる。
『大聖堂の方の悪霊はすべて天に送りました。明日には王宮に戻ろうと思います』
待ちに待ったアメリーからの報告なのだが――。
「おや、せっかくのアメリー妃からのお手紙なのに、何か不都合なことでも書かれていましたか?」
執務室の書類を片付けていたディオンが、からかうように聞いてくる。
「いや。明日には戻るそうだ」
「それはよかったです。アメリー妃がいないと、陛下の片付けられる仕事の量が激減しますからね」
「そうでなくても、片付かない問題だらけだからな……」
「マレナ妃の処遇はあれでよかったと思いますよ。マレナ妃にセリーヌ前王妃が憑いていた、しかも陛下を恨んでのことだった、などと正直に公表したら、大騒ぎになるところでしたし」
その事実を知らなければ、マレナはルクアーレ国王を襲おうとした大罪人。国に仇なす存在として、即刻処刑を言い渡さなければならなかった。ガルーディアの王女という身分を考慮しても、国外追放はまず免れない。
ジェラルドもできればそうしたかったが、マレナはアメリーがイーシャ族の末裔だと知っている。そんなマレナを野放しにしておくくらいなら、目の届くところに置いていた方が安全だ。
そう判断して、事件そのものを公にしないことにした。
罪に問うのは、すでに公然の事実となっているアメリーの暗殺未遂事件のみ。
そこで、マレナとは一つ取引をした。処刑も国外追放もしない代わりに、アメリーをイーシャ族の末裔だと思い込んだと証言すること。自分が呪い殺される前に、アメリーを葬ろうとしたと。
アメリーの言葉を借りれば、イーシャ族の末裔であることを証明できるのは死者の魂のみ。マレナも夢の中で知ったとしか言いようがない。公の証言としては認められないものだ。
もともと狂言や妄言の多かったマレナだっただけに、周りは『またか』と肩透かしを食らう結果となった。
今ではもう、アメリーが『呪いの竪琴』を弾くなどと、誰も信じていない。そして、自室での幽閉を言い渡されたマレナは、暗殺未遂犯ということで、今や話題にも上らない存在になっている。
アメリーが残りの悪霊を天に送るまで、マレナとの接触を控えた方がいいと言っていたので、これでジェラルドも会わなくて済む。
「確かにマレナは事実上の離縁だから問題ないが、他の妃たちがな……」
アメリーをたった一人の妃にするために、ジェラルドは早速他の妃たちにもその旨を宣言した。アメリーを王妃とするにあたって、今後、寝室に呼ぶことも、二人きりで会うこともないと。
リーゼルとテレーサからすれば、そんな後宮にいるより、国に戻ってしかるべき相手のもとに嫁ぐ方が幸せだと思ったのだが――
『陛下にお会いできなくなるのは嫌でございます。陛下が王妃を決められても、側室としてこの先もおそばに置いてくださいませ』
『わたくしはこの国に骨を埋める覚悟で参りました。今更、国に戻りたいなどと思いません。側室として後宮の片隅に住まわせていただければ、それで十分でございます』
三年前に離縁を言い渡した時は、王妃も決まっていない状態で、妃たちの立場は同列だった。未来の可能性にかけて、居座るのも不思議はない。しかし、誇り高い王女たちが、まさか側室でもいいから置いてくれと言い出すとは想定外だった。
ナディアは国のしきたりで妃になった身。元聖女は何歳であっても後宮に迎えなければならないので、追い出すことはかなわない。もっとも、そういう経緯で後宮に入るので、必ずしも夫婦の関係は必要ない。
『形だけでも陛下の妻でいたいのです。陛下のお気持ちがわたくしに向けられる日が来ることを気長に待っておりますわ』――と、余裕な返事が戻ってきた。
まだ十八と若いエリーズこそ、このまま愛されることのない後宮にいる意味はないだろうと思ったのだが、逆に強気に出られた。
『寝室が駄目だとおっしゃるのでしたら、一緒にお食事はいかがですか? アメリーとできない話も中にはありますでしょう。わたしはそういう側室でかまいませんの』
普段はいがみ合っている妃たちが、この時ばかりは一致団結して、寝室での一時間の代わりに夕食を共にとることを要求してきた。場所は食堂になるので、二人きりというわけでもない。ジェラルドとしても穏便に済みそうなこの案を受け入れるしかなかった。
今では夜七時に食堂に行って、日替わりで妃たちと食事をとっている。仕事の効率を考えれば、一時間ただ会話をしているだけよりは悪くない。仕事の片手間に食べるより、食事というものも大事にできる。
とはいえ、アメリーに『すべてが片付いた後、気持ちを聞かせてほしい』と言ったものの、ほぼ――何も片付いていない。
「明日、アメリーとどのような顔で会ったら良いのか……」
「別にいつも通りの顔で良いと思いますが。そもそもアメリー妃の方から、自分だけを妃にしてほしいと言ってきたわけではないのでしょう?」
「そういうことを言う女ではない」
「ならば、他の妃たちのことなど気にせず、アメリー妃を王妃にすればいいだけのことです」
「それでは私の気持ちが収まらないというか……。私が彼女だけを愛していると言っても、他に妃がいる状況では、嘘とまでは言わなくとも、真実味が伝わらないだろう」
「愛は言葉だけではなく、態度でも示すものだと思いますが。言葉だけで伝えようとするから、嘘くさくなるのではないですか?」
「……ほう、なるほど。態度とはたとえば?」
「私に聞かないでください。そういった経験は皆無ですので」
ディオンはニコリと笑って、ドサッと書類をデスクの上に置いた。
「陛下がお悩みの間も、時間は刻々と過ぎていっています。やるべき仕事をされていれば、アメリー妃のことを考えている間もなく、明日はやってきますよ」
その時初めて、ディオンのこめかみに青筋が立っていることに気づいた。
(怒っていたのだな……)




