第11話 旅芸人 ヨークの大仕事-1
前世の頃と変わらない。東から西へと太陽が王都を囲う防壁の向こうに沈んでいく。段々と夜の帳が下りる街にはまだ、人々が溢れている。そこかしこから屋台の煙が上がり、いい香りが立ち込め、談笑の声が響く。
今日は祭りの最終日、人々の盛り上がりも最高潮である。
全くみんな、何も知りもせず暢気なものだ。こっちはこれから大舞台を控えているというのに。皆が楽しそうに祭りを周っているのを見ていると苛立ちと焦燥感の様な嫌な感情が沸き起こる。何度も手を握るように指を動かしてみる、身体が緊張で強張っているのが分かった。
『フーッ』と深呼吸をし、肩をぐるぐると回してみるが、落ち着かない。
「くそっ、いつもの舞台なら……」
こんな風にはならないだろうに。ひとりごちる。
ただ、それもしょうがないのかもしれない。六歳から九年もの間、必死に生き残るには当然、汚い事にも手を染めてきたし、意に沿わないこともした。しかし、私がこれからやろうとしていることは、おそらくこの国の歴史に残るほどの大悪事である。そりゃそうだ、貴族を含めた大勢をこの手であの世に送るのだから。
ふと、周りを見てみる、大勢の出場者が自分の出番を待ってソワソワと辺りをうろついている。他人があたふたしているのを見ると少し落ち着いてくるから不思議だな。
ここは、王都中央の大舞台で行われる大会出場者の待機場所である。
当然だが、この大会は全ての旅芸人たちが出場できるわけではない。しかし、そこはそれ、カイカ王女様が手を回してくれたらしい。入口で警備をしている眠そうな顔をした騎士のおっさんに王女から渡された書状を見せるだけで潜り込めた。まったく、やる気のない警備だな。
大会では、旅芸人たちが王族・貴族の前で各々の芸や技を披露し、その優劣を競い合うのである。優勝すれば賞金は勿論、王族に認められることは、その後の人生も補償もされたようなもの。どんな街に行こうとも大きな舞台を踏めるようになるし、王族御用達の看板で連日大入り満員間違いなしである。
つまり、この大会への出場は流れ者の男たちの憧れと言っても過言ではない。
そう、男たちにとっては。
ここ王都では女性の見世物はふしだらだとか風紀を乱すという理由で行うことはできない、それはこの大会に於いてもである。なので私は、この男たち溢れる待機場所の中に男のふりをして潜り込んでいる。
王都に潜り込む前にキップに頼み込み、髪は前世以来、初めて短く刈り込んだ、まるで角刈りだな。眉を太くゲジゲジに、男らしくなるよう化粧してもらった。東京下町の某有名巡査長もかくやと言うような感じだ。更に、ジンに頼んで、喉を焼いて声を低くするための薬を調達してもらった。
おかげで、アイリは妙によそよそしくなるし、カイカ王女にはニヤニヤと小馬鹿にされたような目で見られることになったが。まったく、あんたの計画が下でこんな格好になっているというのに困ったもんだ、あの王女様は。
現代日本ならば、こんな程度の変装で男に完璧になり替わるなんて、難しいかもしれない。しかし、これならば確実にいけると私は確信していた。
なぜなら、この世界、特にこの国の王都には現代日本では古臭い旧態依然とされる価値観が大勢を占めているからだ。もっと言うなら女の髪は神聖な物らしく女が髪を短く刈り込むなんて考えられない事だし、声が男のように低いなんてあり得ないと考える人々なのだ。
それになんといっても、私は前世で一度、男として生きてきたのだ、なんなら、男であった時の方がまだ長い。男の振りなんてお手の物、見破られない自信がある。案の定、周りの人々は気にもしてないようだし。成功だな。
「おーっ」やら、「わーっ」といった歓声が会場の方から響いている。観客たちはかなり盛り上がっているようだ。
「では次の方っ」
段々と出場者が減っていく。順番が近くなってきた。しかし、強張り
はまだ残っている。こんなに待ち望んでいた時なのに、おかしいな。いまさら、怖いなんてことはないはずだ。悩み過ぎるくらい悩んできた、もうそんな時期は過ぎ去ってしまった。
目を閉じる。これまでのことが頭を駆け巡る。殺された両親の姿、焼けた村、両親を想い泣き続けるアイリ、どれもこれも胸を締め付ける。やらなければならない、これから私たちが安心して、愉快に楽しく暮らすためには。
「フーッ」大きく息を吐き出した。やっと強張りが解けてきた気がする。
「では、次の方、準備を」
ついに呼ばれた。黒い外套を羽織り、黒い仮面を身に着ける。強盗仕様のいつもの格好。そして、立てかけてあった杖を手に取り、広い廊下を歩く。杖を持つ手に力が入る。
いよいよだ、いよいよ始まる。大きな歓声がより大きくなる、耳をつんざくようだ。舞台の中央まで進んで立ち止まる。大きく息を吸い、
「さぁ、お集りの王族・貴族・王都の皆さん、これから夢のひと時をお届けいたします」
会場を見回す、ひときわ燃える様に輝く赤髪が目に入る、カイカ王女だ。笑顔ながらも、こちらを凝視しているのがわかる。
王女の斜め前方に、豚のように肥え太った男が何人もの男に守られながら座っている。こいつが最初の標的のクソ貴族。
「では、ここに取り出しましたのは……」
次々と、マジックを披露、正体がばれない様いつもの見世物はなるべく封印した、魔法の存在するこの世界ではウケないかとも思ったが、意外にも会場は沸いた。前世で忘年会の出し物に練習したものがこんなところで役に立つとはね。
そして最後のナイフ投げを披露し終えた後、拍手に包まれながらナイフを回収しつつ、客席に向かって歩み出る。
「本当はここで終わりのはずでしたが、最後にもう一つとっておきの芸をお見せしたいと思います」
司会、進行をしていた芸人は慌てふためいていたが、構わず、
「それではこれから、インシュール王国の王族・貴族諸君を見事、この世から消し去って見せましょう」
会場全体に戸惑いとザワザワとしたどよめきが満ちた。
私はゆっくりと杖を顔の位置まで持ち上げ、杖の取っ手を右手に持ち、左手は先端近くに軽く添える。
左目を閉じ、右目を杖の先端から取っ手の延長線上に持ってくる。
右手の人差し指は、本来杖の取っ手にはないはずの引き鉄に乗っている。
スーッと深く息を吸い、止める。何度も練習した。視線の先には奴がいる。
そして、右手の人差し指を引き絞った。
瞬間、杖から爆発音と炎が生じた。そこから先はまるでスローモーションの様だった。杖の先から飛び出した銃弾は狙い通り、標的の貴族めがけて一直線に進み、命中。標的の頭は爆ぜ、血飛沫と脳漿をまき散らした。
この日のために用意した、仕込み小銃の威力は絶大だった。
一体何が起こったのかと会場全体が唖然とし、一瞬の空白の後、騒然となった。追い打ちをかける様に客席から煙幕玉が投げられ辺りは一気に煙に包みこまれる、さらに混乱の極みだ。
客席にいるサイとウータもいい仕事をしたな。先程ナイフ投げに使用したナイフを手に取り、舞台を降りる。腰を抜かしたのか、それともすでに死んだ主を守るためなのか貴族の私兵たちはまだその場に立ち尽くしていた。
一人、また一人と貴族の私兵たちの首を掻き切っていく。ほとんど抵抗もしない、余程主の死にざまがショックだったのか、棒立ちだ。
四人ほど斬りつけたところで猛烈な風が起こり煙幕を消し飛ばした。
チッ、どっかの貴族が魔法を使ったらしい。もう限界か。頭の中でリストにチェックをつけていく。ここはこんなもんだろう。更に用意していた煙幕玉をばら撒きつつ、さっき通ってきた廊下にさっさと引き返す。
あんな大勢の王族たちに魔法で狙われたら、ひとたまりもない、混乱のうちに素早く退散しなければ。
大舞台の外に出ると、すでに大騒ぎになっていた。会場から逃げ出した観客たちが周囲に混乱の輪を広げていく。この騒ぎを聞きつけたのか、騎士たちも大勢集まってきている。
ちょっとすると事態を把握したらしい騎士が数人、大通りを大急ぎで南下していく。おそらく騎士庁にこの非常事態を報告しに行くのだろう。
そうとなれば、こんなところでゆっくりはしてらんないな。まず、早急に武器を手に入れる必要がある。インジとの合流地点に急がなけば。
黒い外套と仮面といういかにも目立ちそうな衣装をはぎ取り、まとめて袋に詰める。合流地点に向かって駆け出した。
「さて、まだまだ仕事はこれからだ」




