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(3)

今回から改行のしかたを変えてみます。

各行で空けてないだけなんですけど。


読みにくい、などございましたら、ご意見お寄せいただけたら助かります。

 オルフェ。

 天才。

 機械工学、情報工学、拡張現実、など、など、などの、理数系・工学系・情報系分野の、天才。

 僕は確かにこの年で大学を出ている。が、その程度なら、オルフェは、僕よりずっと早く大学「院」を出て、国立研究所だの海外の大学だので研究をしていたのだ。

 書いた論文が、次世代の情報工学、電脳コンピューティング網のシステム構築に多大なる影響を及ぼすこと、十やそこらでは足りない。エリート研究者が助教授……あ、今は準教授だったか。それに至れるだけの業績が、十やそこらでは足りない、というておるのだ。

 そこで、三つの疑問が生まれ出てくる。

 

1.なんでお前そんなに嫌な性格なの?

 2.なんで研究者としてのキャリアを伸ばさないの?

 3.なんで同人絵師なんぞやってるの?




 「ねえなんで?」

 「本人目の前にしてよくもまあずけずけと失礼な文言をたたき売りできるわねあなたは」

 「ねえなんで?」

 「邪気のない瞳が逆に底意を感じるわ」

 「姫よ……邪気眼の方がよろしいか? この紅い月の下、ルナティックなカーニヴァルを……」

 くいっ、とオルフェのちっけえアゴをナルシスティックに組んだ親指と人差し指で持ち上げる。高圧的かつ傲慢な視線を演じてみる。

 「なーんて……」

 「――うっとり」

 え。

 これ明らかに冗談やん。なに本気にしてんのこのバカ。

 なんか引っ込みがつかなくなってしまった僕。顔を赤らめているオルフェ、それをドキドキしている瞳で見ている琴さん。

 ――ええいしょうがない、小芝居を続けよう。

 「さあ――はじめようか、千年の昔から続く、エイレイテュイアの契りを……」

 主任の真似してバリトンボイスを出してみる。……出ないな。アルトがテナー気味にすらなってない。むしろ風邪気味の声。

 「佑……待っていたわ、このときを……」

 「時」じゃなくて「刻」なんだ。中二やな。そしてオルフェは僕のシャツのボタンを……っておいおいおい。

 「おめなにやってるだ」

 僕は目の前のバカ幼女に向かってチョップ。

 「……せ、世界観をブチ壊す所行……!」

 オルフェはブツブツ言ってる。

 「ぶー」

 琴さんはなんかご立腹である。

 なんぞこれ。

 「ねえ、このコント、いつまで続けるのさ。話がさっぱり前に進まないんだけど」

 「そうね、いい加減グダグダになってきたので、さっさと進めましょうか。1.に関しては、もともとじゃない、としか。2.に関しては、バカどもとつるむのが楽しかったから。3.に関しては、佑と思いは同じね」

 「話を進めろとは言ったが、一言ですべていい尽くせとまでは言うとらん!」

 これだから天才は!

 「てんてー、少し解説をお願いします」

 「よかよか。琴の頼みだからね」

 「僕の頼みは聞かんのか」

 「愚弟が涙ながらに『お姉ちゃんに僕は足コキをしてほしくてしょうがないんだよおぅっ』とか可愛らしく言ってきたら、私は……」

 「はい、解説いってみよう!」

 これ以上聞きたくねえ!

 「ぶー。まあいいわ。で、たぶん、1.については、これで説明ついたわね?」

 「ああ、お前がバカなおかげでな」

 こいつは天才だが、バカだ。それをこれ以上追求して何の益があるのか。

 「しかし、それにしても、琴が私を『てんてー』と呼んできたのには、実はオルフェたん密かなビックリマンチョコキラシールだったり」

 つっこまないぞ……。微妙にドヤ顔してるがゆえにな……。

 そう、あの喫茶店で初顔合わせ……僕とオルフェにとっては、久しぶりの再会であったあの時から、琴さんはものごっつい、オルフェに対して親しみを感じているというか、甘いというか、甘やかしているというか、溺愛しているというか……。

 なんでこいつを? と琴さんに問うたら、

 「だって可愛いじゃないですかぁ……うっとり」

 とのことであった。

 まあ見かけだけはな。見かけだけ。こいつの鬼所行を身をもって知ってる僕としては、「サドロリは我々の業界ではご褒美です!」みたいなことは、ゆめゆめ申し上げることはできない。

 で、オルフェ先生、じゃなくて、おるふぇてんてー、呼ばわりである。蒼●うめてんてーか。ひ●まりスケッチにして、血だまりスケッチの原作者か。この二大コンテンツ距離ありすぎじゃねえか? あ、虚淵のせいか。

 しかしだな、しかしだなっ!

 「2.と3.は、結局同じ問題なのよね。研究者やめて同人絵師になったのは」

 そう、そこだよ!

 よりにもよって何でこいつが僕の担当絵師になるんやねん!

 僕は初顔合わせのときから、さんざっぱら琴さんに詰め寄った。なんでこいつなんだ、と。

 琴さんは答えましたね。実力があって固定ファンがいて仕事にまじめで僕の小説に理解がある、と。確かにそりゃ、理想的だよ。……それが、ふつうの絵師だったらな。だが、こいつは来歴が来歴なのだ。

 「研究者やめて絵描きかね」

 僕は非難がましく皮肉めいた口ぶりでオルフェに言う。

 「批評家やめて小説家かね」

 まったく同じ口まねをしてオルフェはオウム返し。

 ムカつく……が、理屈はそうなんだよな。じゃあ……

 「オルフェ、お前も、学問だけでは飽き足らない、中二魂の咆哮を……」

 だとしたら、彼女も僕と同類であって、ある種の仲間である。心相通じるところがあるだろう。ひとよりももっともっと……。

 「でも私はコミケで島中まで行ったけど? ワナビさん?」

 「おまえ――――――――――っ!」

 パジャマに覆われたちっこい肩をがくがく揺さぶる僕。あ、すっげえいい手触りと香り。柔らかさ。

 「ほんとにゆうせんせいとおるふぇてんてー、仲がいいんですねえ」

 琴さんが、うっとりしたような、しみじみ感じいるような声色で僕らに語りかける。

 「お目が高いわね、琴。さすがは私の編集者。そう、私たち姉弟は、いつもこのように愛あるののしりあいを繰り広げるのよ」

 「ののしりあい! ののしりあいって言った!」

 「佑、大好きよ(はあと)」

 「うれしくねえ!」

 こいつの相手はすげえ疲れる! 

 どういうわけだか、オルフェは僕の姉を自称してやまない。が、サギだと思う。まず確実に血縁関係も、義理の家族関係もないわけだし、第一この風体。いくら僕が女顔で華奢でチビだからといって、幼女とたいして変わらんこのロリ博士よりはタッパがあるわ。

 僕がよく見ていたエロゲレビューサイトで、とある姉ゲーがレビューされてたとき、「あまりにロリロリしい姉は、なんちゃって姉にしか見えない」と評されていたが、まさに同感である。

 が、そんなことは一向に介せず、オルフェ(僕は一度もオルフェのことをお姉ちゃんと呼んだ覚えはない)は僕を姉として可愛がる……というより、からかう。いじる。

 いいじゃないかむしろご褒美じゃないか、なに不満言ってんのこのリア充、幼女姉にいじめられるだなんて、と、言う向きもあるだろう。だが、この舌鋒を、数ヶ月も数ヶ月も一年も二年も、延々と聞かされてみろ。具体的には、ヘタレ童貞ショタと呼ばれなかった日が年間五日くらいだということだ。

 基本的に二日に一回は「一生包茎」とか、「ハッスルスティックフォーエバーアンダー10cm……ぷぷっ」とか、「あなたは誰をも失望させるのね、性的な意味で」とか。その手の類の言葉で僕をののしるのだ。下ネタばっかじゃねえか!

 バカで、くだらないことばっかり頭の回転が早くて、しかし当然のことながら研究の主幹として、チームの頭脳として365日フル回転して、世紀の異常発明「ラノベアートオフライン」を、現出させてしまった、天才。

 「にしても、さんざん私は説明したじゃない。LAOが世間に浸透しきって、私のプログラマ生活は一気にヒマになってしまったの。世界を旅してその成果を確認するのも、すぐに飽きてしまったし」

 飽きるかね。これだけのものを。この世には、この設定(LAO)を使ったラノベだってあるんだぞ。どこのなにとは言わんが。どこのなにとは言わんが。どこのなにとは言わんが。

 「そしてヒマだったから絵を描いてみたら、これが結構楽しくて、同人誌即売会に出してみたら、あれよあれよの間に中堅に。どこぞのワナビとは偉い違いね」

 「ぎりぎりぎりぎり……」

 僕は血走った目で歯ぎしりをする。くそがぁああぁぁぁあ。

 「で、かわいいかわいい弟のことが大好きなお姉ちゃんは、また佑と遊ぼうと思って、いろいろ調べていたところ、なんという偶然でしょう、空庭社・星辰文庫の火野編集長と比良野琴女史が、私にコンタクトしてきて、めでたく私と佑は、感動的な再会を果たしたというわけ」

 「いいおはなしですよねほんとに」

 しみじみと告げるのは、その編集者・比良野女史。

 僕は琴さんのほっぺをみにょーんと引っ張って、

 「何を考えていたのかなー? 僕を困らせるのがそんなに楽しいのかなー?」

 「ひ、ひはいへふよぉ」

 うーん、どりーむな触り心地である。

 「都合よくそんなことを……むぐぐ」

 オルフェのほっぺもみにょーんと引っ張る。バカのくせに、柔らかいほっぺしてるじゃないか……。

 手を離す。

 「ううっ、ゆうせんせい、確かに私たちにも、底意があったことは事実です。ガンホー第一階梯さえも仲間に引き入れたら、この世に敵はなし的な」

 「悪党どもめ……」

 「でも、それとはまったく別で、おるふぇてんてーの仕事ぶりと、私の個人的愛好ぶりは本物なんです! 見てください!」

 そう言って、琴さんは本棚に向かっていって、何冊もの同人誌を持ってくる。

 「ひょっとして……琴さん」

 「はい、てんてーの同人誌ですっ!」

 すごい。何冊も何冊もあるぞ。

 「私が出した同人誌……ほぼ全部あるじゃない。さすがに最初期の『フォックストロット』や『アルジャーノン♯13』はないのは、まあ、コピー誌だったからね」

 「絶版の上に、ま●だらけやK―BO●KSでも見かけませんもん……」

 「データあるわよ? 自分でコピ」

 「一冊5000円でどうですかっ!?」

 「琴さーん、自分からボラれにいってどうする?」

 言い終わる前にインターセプトかよ。しかし、確かに、琴さんの、オルフェファン歴は、相当なものがある。

 確かにね……確かに、

 「オルフェ、お前、絵、うまかったんだなぁ……」

 それだけは、本気で認めないわけにはいかない。

 えーとね、具体的に言うと、風体と同じく、ちょいロリっぽいのである。絵柄が。ガチロリではないけれど。言い換えるならば、繊細な少女美、って感じ。藤原●々や笛みたいな、柔らかさとシャープさとコケティッシュさと幻想性を同時に兼ね備えている、一種精霊的な感じすら。

 で、デッサンすごい正確。小物やメカのデザインも、手抜かりないどころか、手が入っている。それが息苦しくないのは、独特のデフォルメと色使いで「微妙にどんくさく」してるからだ。無論計算。

 美少女絵のくせして、土の臭いや風の雰囲気までも、描写しきるスキル。ふっつうに西洋画描いてもものになるぞこりゃ。言うまでもなく的に、男だの獣だのおっさんだのBBAだのも味わい豊かに描ける。器用すぎる。

 ハッキリ言おう。ラフ画だけで金払う価値がある。

 「……とは、絶対言わんけど。本人目の前にして」

 「せ、せんせい、天然ですか? 演技ですか?」

 「何が?」

 「『本気で認めないわけにはいかない』から、『金払う価値がある』まで、延々とてんてー論を……」

 「……え。口にしちゃってた?」

 「……はい。いや、自覚的にやってるものだと」

 「………………おああああああぁぁぁあああ!?」

 い、言っちまってたってーか? あ、あ、あ、しまった、絶対オルフェに聞かれた、絶対いじられ……

 ……と、オルフェをのぞき込んだら、

 「……ひっぐっ……ぐすっ……ええっ……ううっ……」

 ガ チ 泣 き。

 大粒の涙をボロボロこぼして、嗚咽をこらえきれず、いや、こらえる気さえない様子で、ガチ泣き。

 え? オルフェ?

 「どしたお前?」

 あのオルフェが。

 傲岸不遜なオルフェが。

 こんな姿を見せるなんて。

 「う……うれしくて……佑にそんなに誉められるなんて……」

 「じょ、冗談だろ? 嘘泣きだろ? あとで言質とってさんざんいじるための、ほら、あれだろ、あれ。第一このくらいの批評、島中くらいのサークル主催絵描きなら、言われ慣れてるだろ。あれだろ、あれ。ほらあれあれ」

 あれってなんだ。僕は簡単にテンパってしまった。

 「佑に言われるのは特別特注に決まってるじゃないっ! ……ひぐっ、えぐっ、ほんとうにうれしかったんだから……ぁ……私、こっち方面では『天才』じゃないから、本気で却下されるんじゃないかって……そうなると、今度は佑とは、あのときのようには遊べなくなるから……っ!」

 大絶叫&マジLOVE2000%ガチ泣き。

 僕は固まってしまった。

 「よかったですね、おるふぇてんてー」

 琴さんはオルフェの小さな体を、そっと包み込んで優しく抱いた。部屋には小さなすすり泣きの声が響く。

 え。

 え。

 なんぞこれ。

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