↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/33

(4)

 「嘘泣きだけどね、な、なにを本気にしててててるのかしら、この童貞ワナビは」

 「だったらどもるなや。僕だって嘘泣きの方が扱いやすかったっちゅうねん」

 草木もスリーピンなウシミツドキ。ガチ泣きのあとのわりには、僕らの間には、気恥ずかしくも、あたたかい何らかのアトモスフィアが存在していた。

 「……まあ、今となっては、お前と組むことには、特に異存はない。僕、この絵好きだし、あの喫茶店で会って、今日に至るまでの短時間で、こんだけのラフだのキャラデザだのあげてくれた仕事熱心さもだし」

 「ゆ、佑……ぐすっ……」

 「ああもう泣くな泣くなっ。さっさと僕は仕事したいんだっ」

 「ツンデレ超特急ですねえ、ゆうせんせい」

 妙にニマニマした顔で琴さんが僕に告げてくる。

 「何がだよ」

 「『仕事かよ!』ではじまったこのパーティですけど、やる気になってるじゃないですか」

 「はいはい。はいはい。はーいはいはい」

 わかったわかった。わたくしが悪うございましたよ。

 「オルフェ」

 「……ぐすっ?」

 「『遊びたい』っていうたな、お前ほんとに僕に対してのベクトル、変わってないんだなぁ」

 「……変わるわけ、ないじゃない。佑は、私のはじめての、友達……親友、悪友、バカやれる友達、なんだもの」

 ずいぶん素直になってるなこいつ……一度決壊したツン子はどうしようもない、って、各種エロゲラノベ漫画で学んだが、しかし実際こうくると、結構テンパるよ。

 「はじめて会ったときもそうだったよな」

 「そうね、懐かしいわね、あの白い丘――」

 空は青と黒のちょうど狭間の藍色、群青、研ぎ澄まされて。風は冷たく、星も冷たく、尖りきった三日月のもと、一面の白い花が咲き乱れる丘の上に、オルフェは立っていた。僕と彼女はそこで出会った。そして透き通る声で彼女は言ったのだ、

 「――ねえ、遊ぼうよ?」

 ……と……。

 あれが僕とオルフェの原風景だった。それ以来、僕とオルフェは「遊んだ」のだ――何のことはない、僕も僕で、遠慮を一切することない、自分というものをさらけ出せる親友を求めていたのだ。その結果がLAOであった。

 かつて琴さんに、LAOを「夏休みの同人活動」とつっこみをくらったことがあった。あながち、間違いでもない。僕ら……まあ他のガンホー階梯の連中の思惑は知らんが、少なくとも僕とオルフェにとっては、LAOは「遊び」だった。

 「そうだよね、僕とオルフェは、ただず~っと遊んでただけなんだよね」

 僕はひとりごちる。

 「あの、ゆうせんせい」

 「ん?」

 「せんせいとてんてーにとって、『遊ぶ』って、それほど重要なことだったんですか? 簡単に世界を変えてしまうほどの」

 「何を言っても自慢話になるけど……」

 「そうよね。まあ琴も『持てる側』の人間だから、みっともないenvyはしないと思うけど」

 「えんいー?」

 「それは任意。古いな! 『鋼●錬金術師』の、ホムンクルスの……」

 「ああ、『嫉妬』ですね!」

 「そっちの方が通りがよくなってしまったこのセカイってなんなのかしら」

 「Welcome to this crazy world♪ このイカレた世界へようこそ、ってやつですね!」

 「なんでそっちがすらすら言えて、ってつっこんだらいけないのかしら」

 「ええい話が前に進まんっ」

 「遊び、のお話なんですけど」

 「ん、話ずらした責任とったわね。えらいえらい」

 そう言ってオルフェは琴さんの頭をなでる。どう見ても妹がお姉ちゃんに背伸びしてる情景である。

 僕は代表していう。

 「まあ、ヒマしてたんだよね」

 「そんな、退屈のあまり世界を創造した、って、ダンセイニ卿のペガーナの神々みたいな……」

 「マニアックな例えね……クトゥルーがデモ●ベインとニ●ル子さんで市民権を得ても、ラヴクラフトのルーツであるダンセイニ卿にまで遡る人間がどれほどいるのかしら。いくら河出文庫で復刻されたとは言え」

 ただの天然つっこみ役で終わらない美少女、それが比良野琴! シビレる、実に憧れるッ!

 「実際、私たちのようなハイレベルな人間にしたら、この世なんて実に退屈なわけで」

 「ほーらその言い分が、完全に凡夫にしたら、傲慢に聞こえるんだよ。まー、例えるとしたら、味のない延びきったラーメンを毎日毎日真っ白な部屋で食わされる感じ? おかしくもなるわ」

 「そんなものなんですかー?」

 「だから僕らは思ったわけさ――面白きこともなき世を面白く、ってね」

 「現実そのものがどうしようもないクソゲーだったら、それをチート改造してしまえ……もうとっくに歪みきった世の中なんだから、カンフル剤注射して、喜ばれることはあれ、恨まれる道理はない――ってのが、私たちガンホーの信条よ」

 「それで、LAOを作った、と」

 「そうだね」

 「そうよ」

 ほけー、といったある種の放心状態で、琴さんは聞いている。やがて口を開いたならば、

 「実は、そんな感じなんじゃないか、って、どこかで思ってた節はあったんですけど、ほんとにそうだった、って聞かされたら、けっこう衝撃ですねえ」

 「思ってた?」

 それは意外である。僕は問うた。

 「あの、どこかに天才と呼ばれるひとたち――愉快犯の集団がいて、で、LAOを作ったんだろうな、って予測、私ひとりが思ってたことじゃないです。私たち世代の子なら、みんなどこかで感づいていたと思います。オトナたちはまた別でしょうけど」

 「なんでだろう?」

 それは、純粋なる疑問だ。

 「単純に言って、そんな時代の空気だったんだと思います。皆、『誰か俺らと同世代のすげえ奴らが静かに世界を破壊してってる』って、思ってる節がありました。私が凡人代表だって言うつもりはないですけど、まあ一応話の流れで。で、例えばニコ動ですっごい表現するひと、Pix●vでさらっと神絵を描いてしまうひと。ラノベデビューを高校生でしてしまうひと……」

 「僕のことだね?」

 「私のことね?」

 「実際そうなんですけど、話のコシを折らないでください、そこな姉弟」

 「「ごめんなさい」」

 調子のっちゃった……。

 「世の中が、ちょっとずつ変わっていった……前進していった、先行世代がビッグになって、オールドタイプが駆逐されていって、世の天秤が、ズレてきている、って感触、鋭いひとほど気づいてたと思うんです……そこに、LAO」

 「そうか……タイミングとしては、絶好だったのか、ウチらは」

 琴さんの言ってることは、わからなくもない。そんな時代の雰囲気は、感じ取っていたから。でも、そのときは、僕らは、実際にシステムを構築していたから、誰かとそれについて語り合うヒマさえなかった……なんていったら、また高みからの発言ととられるんだろうが。

 オルフェと僕は、遊びでLAOを作った。そこにまつわる、様々な思惑を完全に計算して。Twitt●rや2ちゃ●ねるやニコ動の、「全人類参加の批評ゲーム、ネタコミュニケーション」第一至上主義的な構造を、僕らは早い段階から見抜いていた。

 オルフェはそれら「批評」「ネタ」の一切合切を、具現化するシステムを構築した。高度に発達した科学は魔法と区別がつかない、といわれるが、まさにそれである。僕にも具体的な理屈はいまいちわからない。理系分野が苦手ではないが、僕のように大学文系学部出たくらいの人間には、理解ができない。理論が、数世代先をあっさりいっちゃてるからだ。

 代わりに僕は、オルフェが構築したシステム(ようするにハード面である)に、どのような要素を詰め込んで、どのようにバランスをとるか、ということをやった。それは、明らかに僕の方が得手だった。オルフェは一介のオタクであったが、それを越えるまでにはいってない――「批評家」ではないのだ。

 例えるなら、総合ゲームデザインをオルフェと僕が設計し、メインプログラムをオルフェが組み、全体のゲームバランスを僕が調整した、そんな具合だ。他のガンホーの連中は、それを現実化するために様々に努力した。彼らがいなくては、LAOは現実化しなかったのだから、かけがえのない同士である。……不遜で申し訳ないが、しかし、それでもみんな納得していたのは――結局、このゲーム(設定)を作ったのは、僕とオルフェだ、ってことだ。

 それが、LAOの創設だった。ガンホーのみんなが今どうしているか、僕にはわからない。「広報」のねぎ焼き屋くらいの知識しかない。オルフェと僕とが没交渉だった時点で、押して知るべしである。

 それでも……それでも、僕たちは仲間だという思いを今でも抱いているし、ガンホーをやってたときは、LAOを作っていたときは、楽しかったんだ。うん。

 少なくとも……ヒマじゃなかった。倦むようなヒマじゃ。


 「ふつうのひとからしたら、考えられない話ですねえ」

 「でも、結局私も佑も、ふつうのひとになってしまったのかしらね。ねえワナビ?」

 「黙れ泣き虫絵師」

 僕らは夜更けをなんのその(若さか……)、一晩中語り合っていた。天上から地上に降りたと言わば言え。これが僕らの選んだ道だ。 

 であるからこそ、自分で選んだ第二の人生だからこそ、きっちりと歩んでいきたいのだ。

 てなわけで。

 僕はオルフェのラフ画を逐一チェックしていく。琴さんは、主任からの指示書を元に、挿し絵指定を起こしていく。

 さすがに僕の好みの絵柄だけあって、手前味噌だが、文章・物語とマッチしている。品が良く、地味一歩手前だが暖かみがあって可愛らしく、じっと絵を見つめているだけで、世界観が立ち上ってくる。

 「……いっそ、風景や建物の描写を削ってしまうのもアリかもなぁ……」 

 「え、ゆうせんせい、そこに命かけてたじゃないですか?」

 「これだけ描かれているんだったら、ビジュアルを事細かに文章で書き込む必要ないんじゃないか、って。例えば都市シリーズとか、境界線上のホラ●ゾンみたいな、川上稔先生とさとやす先生のコンビの作品って、完全に『おたがいありき』で作られてるじゃない。川上先生がビジュアルコンセプトやデザインを丸投げするんじゃなくて、二人+編集者で世界デザインを構築してる……みたいにさ」

 「ゆ、佑……ぐすっ、うれし……」

 「泣くな泣くなっ」

 こいつキャラ崩壊激しすぎじゃなかろうか。

 僕はオルフェの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 「ほら、仕事だぞ。今のお前は絵しか取り柄ないんだからちゃんとやれバカ」

 「ゆう――――――――――っ!」

 がば――――――――っ!

 いきなし抱きつかれたし。すんげえ涙ながらに抱きつかれたし!

 「がんばるから、私、もっといい絵描くからっ。一緒に……一緒に遊ぼ?」

 「ああもう、わかったわかった」

 困ったな……琴さんを見る。あーもう照れくさい。そして担当編集者女史は、とても穏やかな瞳で僕らを見ている。ほほえんでいる。

 「で、琴さん、どしましょかね? 僕としてはそんな見解ですが、編集者の意見を聞きたいかな」

 「ゆうせんせいとおるふぇてんてーはほんと、ベストカップ……いや、ベストタッグだと思います」

 「究極の姉弟かしらね。あるいは至高の姉弟かしらね」

 お前は美味●んぼじゃなくていやしんぼだ。話が前に進まんっ。

 「でも……」

 「でも?」

 「でも?」

 僕ら一同、逡巡する。言葉が濁る。はて、琴さんは……

 「川上×さとやすコンビにあって、塔乃森×黒井コンビにないものがあります」

 「それは……」

 「それは……」

 「色気です。もっと言えばエロ」

 あ――――――――――――――――――。

 僕ら二人、それにおもっきし頷いてしまった。

 そういえばそうだった。実力とか、雰囲気のよさとか、そっちばっか見ていて、現代ラノベシーンにおいて最重要科目ともいえる、エロースについて忘れてた。

 「……やっぱ、致命的っすかね」

 「中高生相手ですからねー。私も、昨今の過剰ラッキースケベはどうかと思う人間ですけど、つまらない正論を言えば、やっぱりここが魔改造の着手すべきキモになるんです」

 「私はどんな絵でも描くわ」

 「てんてーの力強い言葉は、ほんと心強いんですけど、でも『黒井オルフェ』の柔らかなビジュアルの世界を損ねてまで、することなのかどうか。『塔乃森佑』の丁寧な筆致を損ねてまで、することなのかどうか。……私は、迷っています。主任も、迷っています」

 そっか……。ここか。ここなのか。

 前の打ち合わせのときにした改造方針は、全体のバランスを整えるようなもので、キモはやっぱここだ。

 いかにして、媚びを売るか。

 媚びのない商業作品なんて、ない、ってことは、僕もオルフェもよーく知ってる。とくに僕は知りすぎてる。

 ただ……バランスの問題だ。そして、心意気の問題だ。

 「やるなら、私はがっつりやらせてもらいます」

 琴さんは言う。

 「けど、中途半端に『周りが肌色率高いから、ウチらも高くしてみました』程度の覚悟なら、やりません。……ここに関しては、やるかやらないか、だと考えてください。本当のエロは、たぶんその覚悟からしか出ません」

 道理だ。僕も、そのような覚悟がなさそうなラッキースケベが潰えていく現場をよく見てきた。

 「……」

 「……」

 僕とオルフェ、黙る。

 恥ずかしい、とか、そういう問題ではない。琴さんが、主任が、僕らの作品の「地味に良きところ」をきちんと評価してくれていて、僕ら自身も、そこを大事にしようとしていること。

 持ち味を殺してまで、すべきなのか。

 すべきなのはわかってる。それが商業なんだって。

 でも、それは「商品」であっても、「作品」なんだろうか。

 「商品であり、作品である」ラインを見定めることがプロだ……そうだ、そうだ。その通りだ。

 どこで……どこで見極める? 

 オルフェは、僕の顔をじっと見つめている。彼女が自分の責任を放棄したわけではない。原作者の……物語を作った、世界の基礎設定を一応作った人間の、方針を聞きたいのだ。

 僕は悩む。ワナビだったころも、同じことを悩んだ。そしてプロになったらまた悩むんだろうな、と思った。想定はできてた。

 じゃ悩まなくてすむのか、という理屈じゃ……ないんだよね……

 どうするか……

 ちゃちゃーちゃ、ちゃちゃちゃちゃ、ちゃっちゃっちゃー。

 ゆずソフト「DRACU―RIOT!」のテーマソング「Scarlet」が鳴り響く。琴さんの着メロだった。ゆず信者なのだろうか、琴さんは……

 「あ、主任です。ちょっとお電話失礼します」

 こんな夜中に……いや、これが出版業界当たり前なのかもな……。

 「はい。……え? 外見ろって?」

 外?

 僕はカーテンを開ける。するとそこには。

 紅(あか)い、満月が、あった。息をのむほどの、血の色の、月が。

 「ルナティッククリムゾン……主任、これって……え? 窓枠曲壁が?」

 ドラゴンワナビがどうしたって? もう捕まったんじゃないのか。

 「また暴走!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。