第9話:異世界の女騎士と、鉄の魔獣コンパクトカー。
第9話:異世界の女騎士と、鉄の魔獣
「な、何だ、あの鉄の魔獣は……!? 眷属を体内に取り込んでいるのか!?」
きらめく金髪をポニーテールに結い、白銀の鎧をまとった女騎士が、本物の剣をこちらに向けて構えている。
彼女の後ろに控える兵士たちも、見たこともない鉄の塊――俺の中古コンパクトカーを前に、ガタガタと震えながら槍を構えていた。
「ちょっと拓海! あのお堅そうな女、私を『魔獣』って言いましたよ! 失礼しちゃいます、私は最新鋭のツンデレナビなのに!」
助手席のエマが、エメラルドグリーンの髪を怒りで逆立てながら、窓ガラスに顔を押し付けて外を睨みつけている。
「そこ怒るところじゃないから! 剣持ってるよあいつら! 完全にファンタジー世界の住人だろ!」
拓海は冷や汗を流しながら、どうにかこの場を切り抜ける方法を考えた。
宇宙警察からは逃げ切れたものの、エネルギーを回復させたハザードワープの行き先は、魔法と剣が支配する見知らぬ異世界だったのだ。
「おい、鉄の魔獣の中にいる者たちよ! 私はこのルミナス王国の聖騎士、クラリスである! 命が惜しくば、大人しくその魔獣の腹から出てくるが良い!」
女騎士――クラリスが凛とした声で警告を発する。
「……拓海、どうします? 私のデータバンクには、この世界の言語(アルカディア語)の翻訳データが一瞬でインストールされましたが、あんな物騒な人たちとまともに話が通じる気がしません」
「出ないわけにはいかないだろ。下手に警戒されて、車を傷つけられたらたまらないし」
「私の車体を傷つける……? もしそんなことをしたら、あの金髪女の鎧を車載のジャッキでペッちゃんこにしてあげます!」
エマが物騒なことを言うのを宥めながら、拓海は意を決して運転席のドアを開けた。
泥だらけのビジネススーツ姿の青年がのっそりと現れると、騎士たちは一斉にビクッと肩を震わせた。
「出たな、魔獣の使い手……! む? なんだ、その奇妙な衣服は。衣服の防御力がゼロに等しいではないか。布の服一丁で魔獣を操るというのか!?」
「あ、いや、これはただのスーツで……。あの、俺たちは怪しいものじゃありません。ちょっと道に迷っちゃって」
拓海が両手を上げて弁明していると、続いて助手席のドアが開き、エマがしずしずと外へ出てきた。
その瞬間、ビーチにいた騎士たちの空気が、一変した。
「な……っ!? なんという清らかな気配だ……!」
クラリスが息をのんだ。
エマの持つエメラルドグリーンの髪と、白いワンピース。
そして、先ほど光る古代の魔力果実(いちご味)を丸ごと一つ完食したせいで、彼女の身体からは、常人には感知できないほどの濃厚な『純粋魔力』がオーラのように微かに立ち上っていたのだ。
「あの美しい髪、そして圧倒的な魔力の波動……。お、お前はもしや、失われた伝説の『精霊聖女』様、ではないのか!?」
「は……? せいじょ?」
エマがポカンと口を開ける。
「そうだ、間違いない! 私たちの予言にあった、鉄の揺り籠に乗って現れる、世界を救う聖女様だ! 聖女様、不躾に剣を向けてしまい、大変失礼いたしました!」
クラリスは突如として剣をサッと鞘に収め、その場に大真面目な顔でガシャリと膝を突いた。後ろの兵士たちも、慌てて槍を置いて平伏する。
「ちょ、ちょっと拓海、何なんですかこの人たち。さっきまで魔獣って言ってたのに、急に私を拝み始めましたよ。やっぱり頭の回路がバグってるんじゃないですか?」
エマが拓海の袖を引っ張りながら、小声でヒソヒソと耳打ちしてくる。
「いや、どうやらお前の髪の色とか、その溢れてる魔力っぽいので勘違いしてるみたいだ。……でも、これを利用しない手はないぞ。怪しまれるより、聖女ってことにしておいた方が、地球に帰る情報が集めやすいかもしれない」
「むぅ……。拓海がそう言うなら、少しだけ話を合わせてあげます。……コホン」
エマはすっと背筋を伸ばし、年頃の女の子らしい可憐な微笑みをクラリスに向けた。
「面を上げてください、騎士の皆さん。私はエマ。……ええと、迷える子羊たちを導く、自律型のナビゲーター、じゃなくて聖女です。私の隣にいるのは、私の専属ドライバー、じゃなくて従者の拓海です」
「おお……! やはりお言葉がどこか高潔であらせられる……!」
クラリスは感動に目を輝かせながら立ち上がった。
完璧に騙されている。
拓海は内心で
(エマ、意外と演技派だな……)
と感心した。
「聖女エマ様! 現在、我が王国の街道は、凶悪な魔獣『ギガント・ボア』の群れによって封鎖され、王都との連絡が途絶えております。どうか、その鉄の魔獣……いえ、聖なる神の乗り物の力をお貸しいただけないでしょうか!」
クラリスが切実に訴えかけてくる。
どうやらかなり困っているらしい。
「魔獣の退治、ですか……。拓海、どうします? 私の現在のエネルギーは一二〇%。最高級オイルと魔力果実のシナジーで、最高出力の三百倍をさらに超える、スーパー・チャージ状態ですが」
助手席に戻ったエマが、ダッシュボードの画面を見ながら拓海に尋ねる。
「街道が封鎖されてるなら、どっちにしろ俺たちも通れないからな。よし、エマ。異世界初のドライブといくか!」
「了解です! 目的地:ルミナス王国街道・魔獣出現ポイント。……ふふん、私の高性能なナビに、しっかりついてきてくださいね、拓海!」
エマが助手席から生の声で微笑むと、コンパクトカーのエンジンが「キィィィン!」と神々しいほどの光の駆動音を響かせた。
クラリスたちを車の後部座席に乗せ、拓海はアクセルを踏み込んだ。
時速ゼロから一瞬で百キロに達する加速に、後ろの女騎士は
「ひゃあああああッ!? 神の速度ぉぉぉ!?」
と見たこともないような情けない悲鳴を上げて座席にしがみついている。
「拓海、三百メートル先、右方向から大型の魔獣データ接近中! 衝撃に備えてください!」
「おうよ! 異世界の魔獣がどれほどのものか、俺とエマのコンビで見せてやる!」
真珠色の砂浜を飛び出し、異世界の平原を爆走する俺たちのコンパクトカー。人間の姿になった最強のツンデレナビを助手席に走らせ、拓海の異世界無双(?)ドライブが、いよいよ本格的に幕を開けるのだった――。
(第9話・終わり)




