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第10話:街道の魔獣と、時速二百キロの聖水体当たり。

第10話:街道の魔獣と、時速二百キロの聖水体当たり


「ひゃあああああッ!? な、何なのだこの神の速度はぁぁぁ!?」


後部座席から、白銀の女騎士クラリスの、およそ聖騎士とは思えない情けない悲鳴が響き渡る。


それもそのはずだ。


最高級ストロベリーオイルと異世界の魔力果実をチャージした俺の中古コンパクトカーは、今や異世界の未舗装の平原を、時速百五十キロを超える猛スピードで滑るように爆走していた。


「クラリスさん、静かにしてください。拓海の運転の集中力が削がれます。あと、シートに手垢をつけないでください。私の車体表面(お肌)が汚れます」


助手席のエマが、エメラルドグリーンの髪を揺らしながら、後部座席を一瞥してツンと言い放つ。


「す、すまぬ聖女エマ様……っ! しかし、この鉄の魔獣、いや神の乗り物は、あまりにも恐ろしすぎる……っ!」


クラリスはガタガタと震えながら、シートベルトを命綱のようにぎゅっと握り締めていた。


「拓海、前方に魔獣の生体反応多数! データの解析を完了しました。数はおよそ三十。……来ます!」


エマの声がピンと張り詰める。フロントガラスの向こう、砂煙を上げながら平原の向こうから現れたのは、軽自動車ほどもある巨大な漆黒のイノシシの群れ――凶悪な魔獣『ギガント・ボア』だった。


一本一本がナイフのように鋭い毛並みと、車をも紙屑のように引き裂きそうな巨大な牙。


それが地響きを立てて、こちらに向かって突進してきている。


「うわぁっ! デカいな……! おいエマ、本当にこいつらに突っ込むのか!?」


拓海は思わず足がブレーキに伸びそうになる。いくら宇宙を飛んだ車とはいえ、中身はただの1300ccの中古車だ。


まともに衝突したら、こちらが大破してしまう。


「バカ拓海! ブレーキを踏んだら自重で押し潰されます! さっきも言った通り、今の私の車体表面は、宇宙摩擦すらゼロにする『ハイパー・ストロベリー・コーティング』が施されているんです!」


エマは助手席から身を乗り出し、メーターパネルをバンと叩いた。


「さらに、さっきの果実の魔力がバンパーの先端に集中して、一種の『聖なる魔力障壁(バンパー)』を形成しています! 相手は闇属性の魔獣。聖なる光をまとった私たちの突撃なら、豆腐のようにすり抜けます! アクセル全開です!」


「……分かった、信じるよエマ! 営業マンの執念、見せてやる!」


拓海はギアをセカンドに叩き込み、アクセルペダルを床が抜けるほど踏み込んだ。


――キィィィンッ!!!!


車内のエアコン吹き出し口から、爆発的な量の、甘くて濃厚ないちごの香りが吹き出す。


同時に、車のヘッドライトから、太陽のような眩い純白の聖なる光がブワッと照射された。


フロントバンパーを中心に、虹色の光の障壁が展開していく。


時速はついに二百キロを突破した。


「全車、突撃(チキンレース)です! 三、二、一……衝撃に備えてください!」


「いっけええええええええッ!!!!」


拓海がハンドルをガチガチに固定し、絶叫する。


コンパクトカーは、光の塊と化して、ギガント・ボアの群れのド真ん中へと正面から突っ込んだ。


ドゴォォォォォンッ!!!!


激しい光の爆発が四方に飛び散る。


だが、拓海の体に衝撃は全く来なかった。


それどころか、まるで水溜まりに突っ込んだかのように、車体は何の抵抗もなく巨大な魔獣の群れを次々と「貫通」していく。


「ギギィッ!?」


「ブモォォッ!?」


聖なる光をまとった時速二百キロの鉄の塊に激突された魔獣たちは、その圧倒的な魔力の拒絶反応によって、触れられた瞬間に光の粒子となって次々と消滅(ロードキル)していった。


バックミラーを見ると、あれほど恐ろしかったイノシシの群れが、綺麗な光のチリとなって夜空へと消えていくのが見える。


「な……ななな、何という神聖な一撃……!」


後部座席のクラリスが、呆然と口を開けてその光景を見ていた。


王国の一軍が束になっても苦戦する魔獣の群れが、布の服を着た男の操る魔獣によって、一瞬で駆逐されてしまったのだ。


「目的地周辺の魔獣、すべて消滅しました。ふふん、私の完璧なナビのおかげですね!」


エマは助手席でふんぞり返り、自慢げに胸を張った。


人間の姿になったおかげで、そのドヤ顔が余すことなく拓海の視界に入ってくる。


それがまた、最高に愛らしかった。


「お疲れ、エマ。本当に凄かったな」


拓海が速度を落とし、優しくエマの頭を撫でようと手を伸ばす。


「あ……っ!」


エマは一瞬、気持ちよさそうに目を細めかけたが、すぐにハッと我に返って拓きの手をパシッと叩き落とした。


「な、何をするんですかバカ拓海! どさくさに紛れて聖女の髪に触るなんて、不敬罪でデータ消去(デリート)ですよ! ……まぁ、運転の技術だけは、少しだけ、本当にちょっとだけ認めてあげますけど……」


顔を真っ赤にして、シートベルトをきゅっと抱きしめるエマ。


そんな二人の様子を見て、後部座席のクラリスは確信していた。


(やはり、この男は聖女様を守護する、伝説の『神聖騎士』に違いない……! なんという固い絆なのだ……!)


「聖女エマ様、そして神聖騎士拓海様! 街道の脅威を取り除いていただき、王国を代表して深く感謝いたします! 是非、このまま我が王国の王都へお越しください! 国王陛下も、必ずや皆様を大歓迎されることでしょう!」


クラリスが座席から身を乗り出し、熱く語りかけてくる。


「王都、ですか……。拓海、どうします? 私の圏外だったマップ機能に、この世界の主要都市のデータが今、少しずつ同期され始めています。王都の宝物庫には、もしかしたら私たちが地球へ帰るための『空間転移の秘宝』があるかもしれません」


エマが真面目な顔になって拓海を見つめる。「地球に帰る手がかりか。よし、決まりだ。


クラリスさん、その王都へ案内してくれ」


「おお、受けてくださるか! では、この街道を真っ直ぐ進んでくだされ!」


こうして、魔獣を時速二百キロで蹴散らした拓海とエマは、異世界の王都へと向かうことになった。


しかし、異世界の日常は一筋縄ではいかない。


王都に到着した二人が、今度は「車の駐車スペース(魔獣の係留所)」や「エマの服の着替え(おねだり第二弾)」で、さらなる大ドタバタに巻き込まれるとは、この時の拓海はまだ知る由もなかった――。


(第10話・終わり)

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