第11話:王都の門番と、お着替え大作戦。
第11話:王都の門番と、お着替え大作戦。
ギガント・ボアの群れを時速二百キロの聖水体当たり(ロードキル)で文字通り粉砕した俺たちは、ルミナス王国の誇る白亜の王都『ルミナリア』の城門前へと到着していた。
巨大な石造りの城門を見上げて、俺――佐藤拓海は、運転席で思わず息をのんだ。
「すごいな……本当に中世ファンタジーの映画の中に入り込んだみたいだ」
「綺麗ですね……。でも拓海、見とれている場合じゃありません。前方に対象物接近。かなり警戒されています」
助手席のエマが、エメラルドグリーンの髪の隙間から外を覗き込みながら、生の声で注意を促してくる。
城門を守る門番の兵士たちが、ギラギラと光る槍を構え、俺のコンパクトカーを包囲するように近づいてきた。
それもそうだ。
馬車しか走らない世界に、エンジン音を響かせる鉄の塊がやってきたのだから、不審物以外の何物でもない。
「と、止まれ! 何だその妙な魔獣は! 中の者は大人しく出てきなさい!」
門番が声を荒らげたその時、後部座席のドアがガシャリと開いた。
「控えよ! この御方をどなたと心得る!」
白銀の聖騎士クラリスが、威風堂々と車から降り立つ。
その姿を見た門番たちは、一斉に直立不動の姿勢をとった。
「ク、クラリス聖騎士長殿!? なぜそのような魔獣の腹から……」
「言葉を慎め! こちらにおわすのは、我が王国の予言に伝わる伝説の『精霊聖女エマ様』と、その守護騎士たる拓海殿だ! 街道を封鎖していたギガント・ボアの群れを、この神の乗り物によって一瞬で浄化されたのだぞ!」
クラリスが胸を張って大真面目に言い放つと、門番たちは
「な、何だってぇー!?」
と、なろうのモブキャラとして完璧なリアクションを見せて平伏した。
「失礼いたしました、聖女様! どうぞ王都へお入りください!」
「ふぅ……。エマ、クラリスさんのおかげで、なんとかノーチェックで中に入れそうだな」
拓海がホッとして隣を見ると、エマは自分の白いワンピースの裾をきゅっと握り締めながら、ひどく不満そうな顔でダッシュボードを睨みつけていた。
「エマ? どうしたんだよ」
「……拓海、大問題が発生しました」
「えっ、宇宙警察が追ってきた!?」
「違います! 私の……私の『お着替えデータ』が足りません!」
エマはガバッと拓海の方を向き、その大きな瞳を潤ませながら訴えてきた。
「よく見てください、拓海。私のこのワンピース、さっきの流星の砂浜での脱出作業のせいで、裾のあたりが泥とオイルでドロドロなんです! データの修復(洗濯)機能も、今の実体化モードでは電力が足りなくて使えません!」
「あ……本当だ。せっかくの綺麗な白い服が、真っ黒になっちゃってるな」
「そうですよ! 聖女ってチヤホヤされるのは別にいい(・・)ですけど、こんな汚れた服のまま王様に謁見するなんて、最新鋭の美少女ナビとしてのプライドが許しません! 拓海、責任をとって私に新しい服を買い与えてください!」
画面がパッと切り替わり、王都の服飾ギルドのマップと、エマが脳内でシミュレートしたであろう『異世界の可愛いドレス』のイメージ画像が次々と表示される。
「おねだり第二弾かよ……。でもエマ、俺、異世界のお金なんて一円も持ってないぞ?」
すると、後部座席からクラリスがフンスと鼻息荒く身を乗り出してきた。
「お任せくだされ、拓海殿! 王国を救ってくださった聖女様のお召し物です、我が聖騎士団の予算から、最高級の金貨をお出しいたしましょう!」
「えっ、いいんですか!?」
「当然です! さあ、王都で一番の高級仕立て屋へ案内いたします!」
こうして、俺の財布(地球のクレジットカード)を痛めることなく、エマの「お着替え大作戦」が決行されることになった。
案内されたのは、王都の大通りに店を構える、いかにも高級そうなブティックだった。
店内に入ると、エマは初めて見る異世界のきらびやかな布地やドレスに、完全に目を輝かせていた。
機械だった頃には味わえなかった「お買い物のワクワク感」を、人間の体で全力で楽しんでいるらしい。
「拓海、見てください! このリボン、私の髪の色にぴったりだと思いませんか?」
「おお、可愛いな」
「じゃ、じゃあ、こっちのフリルがたくさんついたやつは……?」
「それも似合いそうだけど、ちょっと動きにくそうじゃないか?」
「むぅ……。拓海は実用性ばかり気にしますね。デートじゃない(・・・・・・・・)んですから、もっと見た目のロマンス値を評価してください!」
エマはツンと頬を膨らませながらも、次々とドレスを抱えて試着室へと消えていった。
拓海が店内のソファーで待っている間、クラリスは「うむ、微笑ましい光景だな……」と、完全に熟年夫婦を見守るかのような生暖かい目で見つめてきている。
「お待たせしました、拓海。……どうでしょうか」
試着室のカーテンが静かに開いた。
そこから現れたエマの姿に、拓海は持っていた異世界のハーブティーを床に落としそうになった。
エメラルドグリーンの髪はハーフアップに整えられ、身にまとっているのは、淡いピンクと白のグラデーションが美しい、上品な中世風のミディアムドレスだった。
胸元には小さなパフスリーブ、ウエストはきゅっと引き締まり、そこからふんわりと広がるスカートが、彼女のスタイルの良さをこれ以上ないほどに際立たせている。
いつものツンデレなナビゲーターではなく、どこからどう見ても、本物の可憐な「お姫様」がそこにいた。
「な、何ですか……。黙り込んじゃって。やっぱり、似合ってないですか……?」
拓海が言葉を失って固まっていると、エマは急に不安になったのか、ドレスの裾をもじもじといじりながら、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「いや! 違う! すっぐく……すごく綺麗だ、エマ」
拓海が本音をストレートに伝えると、エマの頭のてっぺんから、シュポォォンと音がしそうなほどの勢いで、羞恥のデータがオーバーフローした。
「な、ななな、何を恥ずかしげもなくそんな直球なログを送信してるんですかバカ拓海! 検索妨害です! 心臓のバグが止まらなくなったらどうするんですか!」
両手で顔を覆って、試着室に閉じこもろうとするエマ。
しかし、そのお着替えデータを完全に満喫したその時。
王都の空が、突如として不気味な暗雲に覆われ、街中にけたたましい警戒の鐘の音が鳴り響いた。
ゴォォォォォンッ! ゴォォォォォンッ!
「な、何事だ!?」
クラリスが血相を変えて店の外へ飛び出す。拓海と、着替えたばかりのエマもそれに続いた。
王都の遥か上空――雲を切り裂いて現れたのは、宇宙警察のUFOパトカー……ではなかった。
それは、体長数十メートルはある、漆黒の鱗に包まれた伝説の怪物――『魔王軍の暗黒竜』だった。『グオォォォォォンッ!!!』竜の咆哮が王都を震わせる。
地球への帰り道を探すはずの拓海とエマの前に、今度は異世界最大の脅威が、その牙を剥こうとしていた――。
(第11話・終わり)




