第7話。包囲網を突破せよ! 隣の席のナビゲーター。
第7話。包囲網を突破せよ! 隣の席のナビゲーター
『未登録の実体化AI、および地球人ドライバー! おとなしく投降するナ!』
ドライブインの割れた窓から、宇宙警察の無骨な拡声器の音声が響き渡る。
店内にいた一つ目の巨人やクラゲ型宇宙人たちは、
「ひぇっ、本物の警察だナ!」
と蜘蛛の子を散らすように裏口へと逃げ出していく。
カウンターの向こうで、特大の『ギャラクシーパフェ』をスプーンを持ったまま固まっているエマの顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。
エメラルドグリーンの美しい髪が、不安げに小さく震えている。
「拓海、どうしましょう……。まだエネルギーは半分しか回復していません。この姿のまま捕まったら、私は本当に消去されて、ただのチップに戻されてしまいます……」
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。さっきまで、俺の腕をぎゅっと抱きしめて
「拓海は私の専属ドライバーですから」
と、あんなに嬉しそうに微笑んでくれていた女の子だ。
「……ふざけるな」
拓海はエマの前に一歩踏み出し、彼女を背中に隠すようにして、窓の外のUFOパトカー群を睨みつけた。
「エマはただの機械じゃない。俺の大切な相棒だ。誰がどこの宇宙の法律で裁こうが、俺の車からお前を奪わせるもんでか!」
「拓海……」
「エマ、パフェを一気に口に詰め込め! 走るぞ!」
「ふぇっ!? む、むぐっ……!」
エマが頬をリスのように膨らませたのを確認し、拓海はその細い手首をしっかりと掴んだ。
柔らかくて、少し冷たい、人間の女の子の肌の感触。
それを確かめるように握り締め、拓海はドライブインの正面出口へと飛び出した。
「あっ! 逃げたナ! 威嚇射撃を用意するナ!」
外はすでに、十数台のUFOパトカーが放つ赤と青の光で埋め尽くされていた。
拓海はエマを引っ張り、紫色の霧の中に佇む愛車――中古のコンパクトカーへと猛ダッシュする。
レーザービームが二人の足元をかすめ、地面の岩石がパチパチと弾けた。
「助手席のドアを開けるぞ、飛び込め!」
「はいっ!」
拓海が助手席のドアを開け、エマを滑り込ませる。
間髪入れずに自分も運転席へと飛び込み、ドアを叩き閉めてキーを回した。
――ギギギ、キィィィン……!
高級ストロベリーオイルの残光が、メーターパネルを微かに光らせる。
だが、エマが実体化しているせいで、車の出力はいつもの半分も出ていない。
「出力五〇%……! でも、動きます! 拓海、前方の二台のパトカーの間、一メートルほどの隙間があります。そこを突っ切ってください!」
助手席から、エマの生の声が響く。
いつもならダッシュボードのスピーカーから聞こえていた声が、すぐ真横から、臨場感を持って耳に飛び込んでくる。
「一メートル!? 擦るだろ普通!」
「擦りません! 拓海の毎週末の丁寧なワックスがけのおかげで、今の車体表面は宇宙摩擦をゼロにする滑らかさ(ハイパー・コーティング)になっています! 自分と私の愛を信じて、アクセルを床まで踏んでください!」
「クソ、信じるよ! 行けぇぇぇッ!」
拓海がアクセルを限界まで踏み込むと、コンパクトカーは咆哮を上げ、前方のUFOパトカー二台の間へと突っ込んだ。
ガガガガガガッ!!!
激しい火花がフロントガラスの向こうで散る。
だが、エマの言う通り、車体はまるで石鹸のようにパトカーの隙間をつるりと抜け、包囲網を突破した。
「な、何ぃ!? すり抜けたナ! 追え追えだナ!」
バックミラーの中で、十数台のUFOが一斉に反転し、猛スピードで追尾してくる。
「拓海、次の角を斜め右……って、ああっ! 身体が動くと、マップのデータが頭の中でシェイクされて上手く読み込めません!」
エマが自分のエメラルドグリーンの頭を押さえながら、助手席で座席にしがみついている。
人間の身体を手に入れた弊害が、こんなところで出ていた。
「おいおい、しっかりしてくれナビゲーター!」
「うるさいですバカ拓海! G(重力)がすごくて、さっきのパフェが逆流しそうなんです! ……うぅ、右です! 次の紫のビルの角を右!」
「了解!」
拓海は必死にハンドルを回す。
右へ左へ、怪しげなネオンが光るエイリアン街の裏通りを、時速百キロを超える猛スピードで駆け抜ける。
いつもなら、こんな危険な運転は絶対にできなかった。
だけど今は、助手席にエマがいる。
バックミラーを見るたびに、恐怖で顔をこわばらせながらも、必死に頭の中のマップを絞り出そうとしている彼女が見える。
(守らなきゃ。俺がコイツを、絶対に地球へ連れて帰るんだ!)
拓海の脳内に、かつてないほどの集中力が満ちていく。
上司の理不尽な命令に耐え、都内の複雑な一等地の狭い道路を、営業車で毎日毎日走り回ったあの地獄の日々。
そのすべての経験値が、今、宇宙の裏通りでの超絶ドライビングテクニックへと昇華していた。
「拓海……すごいです。今の急カーブ、私の計算よりコンマ二秒早いです……」
エマが目を丸くして、運転する拓海の横顔を見つめる。
「惚れ直すのは後にしてくれ! 警察がまだ後ろに張り付いてる!」
宇宙警察のUFOは、裏路地だろうとお構いなしに、ビームを撃ち込みながら追ってきた。
街灯が次々と爆発し、霧が赤く染まっていく。
「……拓海、前方に巨大な崖が見えてきました。この街のセクターの終点、行き止まりです」
エマの声が絶望に染まる。
フロントガラスの向こう、紫の霧の先には、底の見えない漆黒の宇宙空間へと続く、巨大な断崖絶壁が迫っていた。
「行き止まり!? 囲まれたら終わりだ……」
後ろには十数台の警察。
前方は底なしの崖。
拓海がブレーキに足をかけようとした、その時。
助手席のエマが、シートベルトを跳ね除けるような勢いで拓海の方へ身を乗り出してきた。
エメラルドグリーンの髪から、いちごの甘い香りが、拓海の鼻腔をくすぐる。
「ブレーキは踏まないで、拓海! このまま、あの崖に向かって最大加速です!」
「はぁ!? 自殺しろって言うのか!?」
「違います! 私のバッテリーが、さっきのパフェの効果で五五%まで回復しました! あの崖から飛び出す瞬間の無重力を利用すれば、一瞬だけ車を『完全な宇宙巡航モード』にシフトできます! そうすれば、ここから別の安全なセクターへハイパーワープできる計算です!」
エマの大きな瞳が、まっすぐに拓海を射抜く。
そこには、機械としての正確な計算だけでなく、一人の女の子としての、拓海への絶対的な信頼が宿っていた。
「私のナビを、信じてくれますか?」
エマが差し出してきた小さな手を、拓海は左手で、もう一度強く握り締めた。
「当たり前だろ。お前は俺の世界一のカーナビだ!」
拓海はシフトレバーをローに入れ、アクセルを限界のその先へと踏み込んだ。
「システム、ラスト・スパートです! 行っけええええええええッ!!」
エマの叫びと同時に、コンパクトカーは、紫色の霧を引き裂きながら、断崖絶壁の向こう側――何も存在しない漆黒の虚空へと、美しく跳ね上がった。
「あいつら、飛び降りたナ! バカだナ!」
宇宙警察の通信が、遠ざかっていく。
車内は一瞬にして、完全な無重力空間へと変わった。
エマの身体がふわリと浮き、エメラルドグリーンの髪が美しく広がる。
「ワープコード入力……! 拓海、手を、離さないで……!」
二人の繋いだ手が、眩い虹色の光を放ち始める。
崖の下の暗闇が、一瞬にして光の粒子へと変わり、車全体を包み込んでいった。
ドゴォォォォンッ!!!
光が弾け、激しい衝撃のあと、車は再び「何か」の上に激しく着地した。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
拓海は慌てて周囲を見回した。
あの怪しげなドライブインも、宇宙警察の赤色灯も、影も形もない。
窓の外に見えるのは、一面に広がる、どこか見覚えのある……青い海と、静かな砂浜だった。
「ここは……地球、か?」
「……いいえ」
助手席から、弱々しい声が聞こえた。
拓海が隣を見ると、そこには、エメラルドグリーンの髪をしたエマが、まだ人間の姿のまま座っていた。
だが、その身体は、まるでホログラムのように少しだけ透き通り始めていた。
「エネルギーが、もう限界です……。ここは地球ではありません。地球によく似た……パラレルワールドの、南の島のようです……」
エマは力なく微笑むと、そのまま拓海の肩へと、コテンと頭を預けて眠り込んでしまった。
「エマ……? エマ!」
人間の姿のまま眠りについたエマと、見知らぬ異世界のビーチに取り残された拓海。
二人の、地球への長すぎるドライブは、ここから本当の第二章へと突入しようとしていた――。
(第7話・終わり)




