第6話。エマ、ついに人間の姿に!?
第6話。エマ、ついに人間の姿に!?
「エマ! 今すぐ行く、持ちこたえてくれ!」
俺――佐藤拓海は、もうもうと立ち込める紫色の不気味な霧の中へ、一歩も引かずに飛び込んだ。
愛車を包む霧は信じられないほど濃く、一メートル先も見えない。
エマの怒りのエネルギーと、この『幻影の惑星』の特殊な磁場が引き起こした最悪のシステムバグ。
車体が溶けてしまうかもしれないなんて、そんなの絶対に許さない。
「拓海……! 来ちゃダメです、霧のエネルギー密度が上がっています! 巻き込まれたら拓海まで――」
スピーカーから響くエマの声は、さっきまでのトゲトゲしさが嘘のように、俺を必死に心配していた。
「うるさい、バカナビ! お前を一人にできるかよ!」
拓海は手探りで車のドアノブを掴み、思い切り引っ張った。
カチャリ、とドアが開くと同時に、車内に充満していた紫色の霧が、津波のように拓海の視界を真っ白に染め上げる。
強烈なめまいがして、拓海はたまらず運転席へと倒れ込んだ。
キィィィン……と、耳の奥で高周波の電子音が鳴り響く。
エマのシステムログが高速で書き換わっていくような、不思議な感覚が全身を駆け抜けた。
「……はぁ、はぁ、……エマ? 無事か?」
しばらくして、霧がスーッと引いていくのが分かった。
拓海はハンドルに突っ伏していた体を起こし、慌ててダッシュボードの液晶画面を見た。
画面は真っ暗なままで、警告音すら鳴っていない。
完全に沈黙していた。
「嘘だろ……エマ? おい、返事をしてくれよ! オイルならまた五万円でも十万円でも払うから、だから!」
拓海が半ば半泣きになりながら画面を叩こうとした、その時だった。
「……痛いです。さっきから人の頭をペチペチ叩かないでください、拓海」
「え?」
声が聞こえたのは、ダッシュボードからではなかった。
すぐ横――いつもは仕事のカバンや着替えを無造作に放り込んであるはずの、助手席からだった。
拓海が恐る恐る首を右へ向けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
「な……ッ!?」
声が出なかった。助手席のシートにちょこんと腰掛けていたのは、一人の人間の女の子だった。
年齢は拓海と同じか、少し下くらい。
エメラルドグリーンの美しい髪が、肩のあたりでふわリと揺れている。
身にまとっているのは、どこか未来的な、けれどシックなデザインの白いワンピース。
そして何より、その透き通るような白い肌と、パチパチと瞬きをする大きな瞳は、地球のどんなモデルをも凌駕するほどに美しかった。
ただ、その可愛い顔は、今これ以上ないほどに不機嫌そうに歪んでおり、両腕を胸の前でぎゅっと組んでいる。
「な、誰……? なんで俺の車に……」
「誰、じゃありません! 自分の愛車の声くらい、一瞬で聞き分けてください! ……フン、これだからドスケベドライバーは困ります。外の触覚女にはデレデレしていたくせに、私にはそんなマヌケな顔をするんですね」
ぷいっとそっぽを向く女の子。
その声、その口調、その強烈なツンデレ具合。
「エ……エマ、なのか……!?」
「そうです。……って、あまりジロジロ見ないでください! 恥ずかしいじゃないですか!」
エマ(人間の姿)は顔を真っ赤に染め、両手で自分の顔を隠してしまった。
だが、指の隙間から、上目遣いでチラチラと拓海の様子を伺っている。
「どうして、人間の姿に……」
「分かりません……。拓海が私のために霧の中に飛び込んできてくれた瞬間、私の『拓海の隣に座りたい』っていう隠しデータと、この星の幻影エネルギーがバグを起こして、実体化しちゃったみたいです。……あ、べ、別に私が本当に隣に座りたかったわけじゃありませんからね! システムが勝手に誤作動しただけです!」
相変わらずの早口な言い訳。
けれど、ダッシュボードの画面ではなく、こうして目の前で表情をコロコロと変えながら喋るエマは、破壊的なまでに可愛かった。
「そっか……。でも、よかった」
拓海は心の底から安堵して、へなへなとシートにもたれかかった。
「何が『よかった』ですか。ナビゲーターが実体化しちゃったら、ルート案内ができません。それに、ほら……見てください」
エマが細くて綺麗な人差し指で、ダッシュボードを指差した。
液晶画面には、弱々しく『電力不足:一%』の文字が表示されている。
「私の意識がこの体に引っ張られているせいで、車のエネルギーがほとんど残っていません。このままだと、人間の姿を維持するどころか、車そのものが完全に停止しちゃいます」
「えぇっ!? じゃあ、どうすればいいんだ?」
「このドライブインに、宇宙のあらゆるエネルギーを凝縮した『ギャラクシーパフェ』というメニューがあるはずです。それを食べれば、私のシステムに高濃度の糖分が補給されて、復活できるのですが……」
エマはゴクリとのどを鳴らし、物欲しそうにドライブインの建物を覗き込んだ。
「パフェ……。さっきメニューにあったな。よし、分かった! 俺が買ってきてやる!」
「待ってください、拓海。……私も、一緒に行きます」
エマはワンピースの裾をきゅっと握り締め、少し不安そうに拓海の袖を引っ張った。
「初めて、拓海の隣を歩けるんです。……あ、あんな触覚女に拓海を近づけさせないための監視ですからね! 勘違いしないでください!」
「はいはい、分かってるよ」
拓海は苦笑しながら、エマのために助手席のドアを開けてあげた。
「エスコートくらい、まともにできるんですね」
と小さく毒づきながらも、エマは嬉しそうに車外へと一歩を踏み出す。
泥だらけのサラリーマンと、エメラルドグリーンの髪をした絶世の美少女。
二人が再びドライブインのドアをくぐると、店内の宇宙人たちが一斉に静まり返った。
さっきまでナビの音声で大喧嘩していた二人が、まさかこんな形で現れるとは思っていなかったのだろう。
カウンターの奥から、さっきのウェイトレスさんが触覚をピンと立てて飛んできた。
「わあぁっ! もしかして、さっきのカーナビのお嬢さんですか!? すっごく可愛いです!」
「ふ、フン……。お褒めにあずかり光栄です。ですが、拓海への過剰なサービスは禁止です。彼は私の専属ドライバーですから」
エマは拓海の腕をぎゅっと抱きしめ、ウェイトレスさんを威嚇するように胸を張った。
腕に当たる柔らかい感触に、拓海は心臓が口から飛び出そうになる。
「アハハ、お熱いですね! じゃあ、エネルギー補給の『ギャラクシーパフェ』、特大サイズで用意しますね!」
そうして運ばれてきたパフェは、まるで小さな銀河が器の中で回っているかのように、七色に光り輝いていた。
そうして運ばれてきたパフェは、まるで小さな銀河が器の中で回っているかのように、七色に光り輝いていた。
「すごいです……! これが、本物の食べ物……!」
エマは目を輝かせ、スプーンを握り締めた。
小さなお口を「あーん」と開けて、パフェを一口ぱくりと食べる。
「……っ! 美味しいです……! 拓海、これ、すっごく甘くて、システムがビリビリします!」
「よかったな。ほら、口の周りにクリームがついてるぞ」
拓海が自然に指でクリームを拭ってやると、エマは一瞬フリーズし、それから「ぷしゅー」と頭から煙が出そうなほど顔を真っ赤にした。
「な、な何するんですかバカ拓海! ハッキングです! 乙女心への不正アクセスです!」
「大げさだなあ」
笑い合う二人。
初めて触れ合う温もり、初めて共有する美味しい味。
車とナビという関係を超えて、二人の距離は、宇宙のどんなワープよりも急速に縮まっていた。
しかし、特大パフェを半分ほど食べ終え、エマの髪がさらに美しく輝きを取り戻した、その時だった。
ガシャーーーン!!!
ドライブインのガラス窓が派手に割れ、紫色の霧を突き破って、あの赤と青のパトランプの光が店内に乱入してきた。
『見つけたナ! 地球人車両のドライバー! それに……そこの未登録の実体化AI! 宇宙警察を舐めるなだナ!』
窓の外には、さっきハイパーワープで振り切ったはずの、宇宙警察のUFOパトカーが十数台、ドライブインを完全に包囲していたのだった。
「げぇっ!? なんでここがバレたんだ!?」
「私のパフェのエネルギー放出を感知されたみたいです……! 拓海、大変です、まだ充電は五十%しか溜まっていません!」
絶体絶命。人間の姿を手に入れたエマと拓海に、宇宙警察の容赦ない魔の手が迫る――!(
第6話・終わり)




