第5話。宇宙のドライブインと、初めての嫉妬?。
第5話。宇宙のドライブインと、初めての嫉妬?
紫色の怪しげな霧の向こうから現れた、移動屋台のような謎の建造物。
そこには、怪しげな電飾のネオンサインで、はっきりとこう書かれていた。
『宇宙のドライブイン・サテライト。年中無休』
未知の領域へワープしてしまい、完全にナビが圏外になってしまった俺――佐藤拓海と愛車のエマ。
地球への帰り道を探すためにも、まずはここで情報を集めるしかなさそうだった。
「エマ、ちょっとここで休んでいこう。お前もさっきのワープで電力をかなり使ったみたいだし」
「……そうですね。現在の私のバッテリー残量は一五%です。不本意ですが、少しシステムを休止させないと、次に警察が来たときに逃げられません」
液晶画面の中のハートマークが、今にも消えそうに弱々しく点滅している。
「分かった。じゃあ、車載のソーラーチャージャーを起動しておくから、ゆっくり休んでくれ」
拓海がダッシュボードを優しく撫でると、エマは「
……ありがとうございます。でも、あまり遠くへ行かないでくださいね。私、ナビが圏外だと……ちょっとだけ、心細いので」
と、蚊の鳴くような声で呟き、ぷつんと画面を暗転させた。
いつものツンツンした態度が消え、素直に頼ってくれたエマの姿に、拓海の心臓がドキンと跳ね上がる。
「よし、サクッと情報を集めて戻ってこよう」
拓海は泥だらけの服を軽くはたき、車のドアを開けて外に出た。
エマの不思議なバリアはエンジンを切っても持続しているようで、外気は少しひんやりとしているものの、地球の秋の夜くらいの快適さだ。
ガタゴトと音を立てるドライブインの自動ドアをくぐると、中はどこか地球の昭和のパーキングエリアを思わせる、懐かしい雰囲気が漂っていた。
ただ、違うのは客層だ。
一つ目の巨人や、体が半透明のクラゲのような宇宙人たちが、思い思いに謎の宇宙グルメを突っついている。
「いらっしゃいませー! 空いているお席にどうぞ!」
奥から響いた元気な声に、拓海は思わずハッとした。
そこにいたのは、頭から小さな触覚が二本ピコピコと生えているものの、容姿は地球のアイドルのように端正で、抜群のスタイルをした人間の女の子――にそっくりな、宇宙人のウェイトレスさんだった。
「あ、一人です……」
「はーい! じゃあこちらのカウンターへどうぞ!」
彼女は人懐っこい笑顔を浮かべ、拓海を席へと案内してくれた。
メニューを見ると、異星の文字の横に『宇宙きつねうどん』や『ギャラクシーパフェ』と日本語でも書かれている。
「あの、お姉さん。実は俺、遠い宇宙から迷い込んじゃって……地球っていう星に帰るルートを探してるんだけど、何か知らない?」
拓海が恐る恐る尋ねると、ウェイトレスさんは触覚をパタパタと揺らしながら、親身になって身を乗り出してきた。
「えっ! 地球から!? すごーい、未開拓セクターの星じゃないですか! 異星人のお客さんなんて初めてだから、なんだかワクワクしちゃうなー!」
彼女の顔がすぐ近くに迫り、拓海は思わずドキリとしてしまう。
会社では上司に怒鳴られてばかりで、女の子にこんなに好意的に話しかけられることなんて、これまでの人生で一度もなかったのだ。
「地球への帰り道なら、うちのマスターが詳しいですよ! 今、奥で仕込みをしてるから、終わったら呼んできますね。あ、その間に何かご注文されますか? 私のオススメは、この『星屑のソーダ』です!」
「あ、じゃあ、それでお願いします……」
可愛いウェイトレスさんに言われるがまま、拓海は鼻の下を伸ばして注文してしまった。
彼女が奥へ引っ込むと、拓海は
「ふぅ」と息を吐き、ポケットからスマホを取り出そうとした。
……が、ふと、ドライブインの窓の外に目をやって、完全に凍りついた。
外の駐車場に停めてある、俺の愛車。
そのフロントガラスの向こうで、消えていたはずのカーナビの画面が、ものすごい光量でギラギラと明滅していたのだ。
しかも、液晶画面に表示されているのは、ピンクのハートでもなければ、いつもの怒りマークでもない。
画面全体が、不気味なほどの深紅に染まり、そこには大きく、
『 絶 対 殺 す 』
という文字が、禍々しいフォントでスクロールしていた。
「ひ、ひえっ……!? エマ、起きてるじゃん!」
拓海がガタガタと震えていると、奥からウェイトレスさんが
「お待たせしましたー!」
と、綺麗にグラデーションされたソーダを持って戻ってきた。
「はい、特製の星屑ソーダです! よかったら、私がストローを――」
その瞬間。
ドライブインのガラス窓を突き破らんばかりの大音量で、車のクラクションが鳴り響いた。
――パパァァァァァァァンッ!!!――パパパパパパパァァァンッッ!!!
「うわああああっ!?」
他のお客の宇宙人たちも
「なんだナ!?」
と飛び上がる。
それだけでは終わらなかった。
車のヘッドライトがハイビームでパカパカと高速点滅し、ワイパーが狂ったようにギッタンバッコンと動き始める。
「な、何事ですか!? あのお車、暴走して――」
ウェイトレスさんが驚いて窓の外を見ると、車のスピーカーから、完全に限界を超えた大音量の音声が響き渡った。
もちろん、変調されたエマの声だ。
『拓海のバカァァァァァァッ!!!』
「エ、エマ!?」
『何が「サクッと情報を集めてくる」ですか! バッテリーを節約して健気に待っていた私が馬鹿でした! 外に出てみれば、あんな触覚の生えた露出度の高い女に鼻の下を伸ばして! 「あ、じゃあそれで(デレデレ)」じゃないですよ、この浮気者! 移り気サラリーマン! ドスケベドライバー!』
ドライブイン中に響き渡る、カーナビ(彼女)の激しい罵声。
他のお客の宇宙人たちが、一斉に
「お前、修羅場だナ……」
「ナビを怒らせるとは命知らずだナ」
と、拓海を同情の目で見つめ始める。
「ち、違うんだエマ! これは単に注文を――」
『言い訳は聞きません! もう私の心は完全に冷え切りました! 拓海なんて、その触覚女に地球までおんぶして帰ってもらえばいいんです! フンッ!!!』
ガチャンッ!
という強烈なシステム音が響き、エマの通信が切れた。
と、同時に。ドライブインの床が、なぜか激しく振動し始めた。
「え、何!? 地震!?」
拓海が慌てて外を見ると、なんと愛車のマフラーから、猛烈な勢いで紫色の怪しげな排気ガスが噴き出していた。
その煙は、ワープした時に周囲に立ち込めていた「幻影の惑星の霧」と全く同じ成分だった。
「ちょっと拓海! 私のシステムが、怒りのエネルギーで異常な化学反応を起こしています! 制御が効きません、車体が……車体が溶けちゃいそうですぅ!」
遠隔でエマの悲鳴が聞こえる。
怒りによるオーバーヒートが、この星の特殊な霧と混ざり合い、とんでもないバグを引き起こしてしまったらしい。
「大変だ! エマ、今すぐ行く!」
拓海はソーダの代金(千円札)をカウンターに叩きつけ、ウェイトレスさんに
「ごめん!」
と言い残して、狂ったように愛車へと走り出した。
背後で噴き上がる紫色の霧が、車全体を完全に包み込んでいく。
エマを救うために霧の中へ飛び込んだ拓海だったが、その中で、信じられない奇跡が起きようとしていた――。
(第5話・終わり)




