第3話。流星の砂浜と、初めての共同作業(大げんか)。
第3話。流星の砂浜と、初めての共同作業(大げんか)
「うおっ!? なんだ!?」
突然、車体が大きく傾いた。
アクセルを踏んでも、エンジンが「ブォォォン!」と虚しくうなるだけで、車が前に進まない。
それどころか、踏めば踏むほど、タイヤが砂の奥深くへと沈み込んでいく。
感動のあまり気が緩み、真珠色に輝く『流星の砂浜』へと車を乗り入れてしまったのが完全に仇となった。
最高のドライブデートから一転、俺たちは宇宙の真ん中で「遭難」の危機に直面していた。
「ちょっと拓海! 何やってるんですか! スタック(砂にハマる現象)してますよ! バックです、バック!」
「分かってメッセージを出すなって! ……くそ、バックもダメだ! 完全に空回りしてる!」
液晶画面のマップが真っ赤になり、警告音が車内にけたたましく鳴り響いた。
「バカ拓海! だから手前で止めておけばよかったんです! 高性能な私が『この先、足場が不安定です』って脳内でアナウンスしようと思ってたのに!」
「脳内かよ! 喋ってくれなきゃ分かるか! お前が綺麗だなんて言うから、見とれて近づきすぎちまったんだろ!」
「えっ……み、見とれて……?」
エマが一瞬、言葉に詰まる。
だが、すぐに怒りモードに戻った。
「な、何私のせいにしてるんですか! 運転してるのは拓海です! この、運転下手くそヘタレサラリーマン!」
「へ、ヘタレって言うな! 誰のせいでさっき五万円払ったと思ってんだ! この、おねだり高級ストロベリーナビ!」
「な、なんですってー! もう知りません! 拓海なんて、一生この砂浜で流星に打たれて干からびればいいんです!」
ぷつん、と画面が消え、お馴染みの巨大な怒りマーク(ぶちギレ)が表示された。
エマが再び、完全に内部に引きこもってしまった。
エアコンからは、心なしか冷たい風(設定温度一八度)が吹き付けてくる。
「はぁ……やるしかないか」
拓海はため息をつき、ドアを開けて外に出た。
宇宙空間のはずだが、エマの不思議なバリアのおかげで、車の周囲だけは普通に呼吸ができる。
外に出て確認すると、駆動輪である前輪が、見事なまでに流星の砂に埋まっていた。
地球の砂浜と同じなら、車を押すか、タイヤの下に何かを敷いて摩擦を生むしかない。
拓海は車体の前に回り、ボンネットに手をかけた。
「よし……ふんぬぬぬぬっ!!」
顔を真っ真っ赤にして力を込めるが、一トンの鉄の塊はピクリとも動かない。
足元が滑って、逆に拓海がひっくり返りそうになる。
「うわっとっと……」
情けなくよろめく拓海。
その姿を、車内からエマが見つめていた。
画面の怒りマークが、少しずつ小さくなり、心配そうな(・ω・`)のようなマークに変わっていく。
「……拓海」
スピーカーから、小さくエマの声が聞こえた。
「エマ! 気づいてくれたか?」
「べ、別に寝てたわけじゃありません。拓海があまりにも無様で、見ていられなかっただけです。……車載工具のトランクを開けました。中に、私が昔使っていた、スタック脱出用のプラスチック製のラダー(板)が入っています。それをタイヤの下に敷いてください」
「えっ、本当か!? 助かる!」
拓海は急いでトランクから二枚の赤い板を取り出し、前輪の砂を素手で掻き分けながら、タイヤの隙間に深く差し込んだ。
手はすぐに真珠色の砂でドロドロになったが、拓海は気にしなかった。
この愛車を、こんなところで傷つけたくない。その一心だった。
「よし、エマ! 板を敷いたぞ。俺が外から押すから、お前は車内からタイミングを合わせてアクセルを開けてくれ!」
「えっ? 私が……ですか? 自動運転システムをその部分だけ同調させるなんて、やったことありません……」
エマの声が不安げに揺れる。
「大丈夫だ。今のエマは、五万円の最高級オイルが入ってるんだろ? 三百倍の処理速度があれば、絶対にできる。俺とお前なら、息を合わせられるさ!」
拓海のまっすぐな言葉に、エマの画面が再びポッとピンク色に染まった。
「……分かりました。データの同期を完了。拓海、合図を」
「よし……いくぞ! 三、二、一、せーのっ!!」
「いっけええええええええッ!」
拓海が全身の体重をかけてボンネットを押し込む。
同時に、エマのシステムが正確にタイヤを駆動させた。
――ギギギギ、ギャギャギャギャ!
タイヤが赤い板を噛み締め、猛烈な摩擦音を立てる。
砂が激しく飛び散り、拓海の顔や服にかかった。
それでも拓海は目を瞑り、限界を超えて押し続けた。
「動いてくれ……エマァァァッ!!」
「拓海ぃぃぃぃッ!!」
ズドォォン!!
次の瞬間、軽自動車はロケットのように砂浜から飛び出し、安全な光のレーンの上へと見事に脱出した。
勢い余って、拓海は砂浜に大の字にひっくり返る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。やった、やったぞ……!」
泥だらけの拓海が空を見上げると、降り注ぐ流星が、まるで祝福の花火のようにきらめいていた。
バタン、と車の運転席のドアが、自動で優しく開いた。
「拓海、早く乗ってください。風邪をひきます」
エマの声は、さっきまでのトゲが嘘のように優しかった。拓海が車内に入り、シートに座ると、エアコンから温かい風と、心地よいいちごの香りが包み込んでくれた。
ダッシュボードの画面には、今までで一番大きくて、一番綺麗なピンクのハートマークが浮かんでいる。
「泥だらけにしちゃってごめんな、エマ」
「いいえ。……拓海、カッコよかったですよ。ちょっとだけ」
「え?」
「な、何でもありません! ほら、さっさと地球へ帰りますよ! 私のストロベリーパワーで、一瞬で送り届けてあげますから!」
照れ隠しに怒るエマを見て、拓海は心の底から、このカーナビ(彼女)に出会えてよかったと思った。
しかし、二人が一息ついたその時。
フロントガラスの向こう、美しい流星の夜空を切り裂くように、赤と青の不気味な光が激しく明滅し始めた。
ウゥゥゥゥゥゥゥン――――!!
宇宙空間に、おどろおどろしいサイレンの音が響き渡る。
『前方の地球人車両! 本セクター内での危険な空回り走行、および砂浜の違法荒らし行為を確認した! 直ちに左側に寄せて停車しなさい!』
現れたのは、巨大なパトランプを頭に乗せた、UFO型の「宇宙警察」のパトカーだった。
「げぇっ!? う、宇宙警察!?」
「拓海、大変です! 捕まったら、私の違法宇宙改造が没収されちゃいます!」
「それは困る! 五万円もしたんだぞ!」
最高のドライブデートは一転、宇宙警察との命がけの逃走劇へと突入しようとしていた――。
(第3話・終わり)




