第2話。宇宙のガソリンスタンドと、贅沢な彼女のおねだり。
第2話。宇宙のガソリンスタンドと、贅沢な彼女のおねだり
「んんっ……! ふぁあ……すごい、体が、じゃなくてシステムが熱いです……!」
宇宙のガソリンスタンド
『全宇宙道路公社・第一セクター給油所』に滑り込んだ俺の愛車。
そのダッシュボードに埋め込まれたAIナビ――エマは、スピーカーからなんだか艶っぽい声を漏らしていた。
液晶画面は、恥ずかしがっているかのように鮮やかなピンク色に染まっている。
「お、おいエマ、変な声を出すなって……。外の店員さんがニヤニヤしながらこっち見てるだろ!」
拓海は顔を真っ赤にしながら、そそくさと窓を開けた。
スタンドの奥から歩いてきた「店員」は、タコのような足を何本も持ち、頭にしっかりと『STAFF』と書かれたキャップを被った、紛れもない宇宙人だった。
「い、いらっしゃいませー、だナ。レギュラー、ハイオク、それとも暗黒物質にするかナ?」
意外にも、流暢な(しかし語尾が怪しい)日本語がスピーカーから聞こえてくる。
「え、あ、レギュラーで……満タンで……」
拓海が震える手でクレジットカードを差し出すと、タコ型宇宙人は「合点だナ!」と触手を器用に動かして給油口を開け、ノズルを差し込んだ。
どうやら地球のプラスチックカードでも決済は可能らしい。
円安大歓迎だナ、と宇宙人が呟いている。
「はぁ、心臓が止まるかと思った……」
拓海がシートに深くもたれかかると、画面のエマが「ねえ、拓海」と、上目遣いでこちらを覗き込んでくるようなトーンで話しかけてきた。
「何だよ、エマ」
「あの……せっかく宇宙のスタンドに来たんですから、私にも何か『お土産』をくれませんか?」
「お土産? カーナビにお土産って、何を……」
画面がパッと切り替わり、スタンドの売店のメニューが表示された。
そこには、カラフルな液体が入ったボトルが並んでいる。
「これです! 『最高級ハイパー・パルス・ギガオイル(極上のストロベリーフレーバー)』! これを私のシステムに注入すると、データの処理速度が通常の三百倍になって、拓海へのルート案内ももっともっと正確になるんです!」
エマの声は、まるでショーウィンドウのネックレスを見つめる女の子のように弾んでいた。
「どれどれ……って、高ッッッ!!」
画面に表示された価格を見て、拓海は飛び上がった。
『価格:三〇,〇〇〇宇宙マネー(日本円にして約五万円)』
「五万!? 無理無理無理! 俺の今月の小遣い、あと三万しかないんだよ! ガソリン代だけでも足りるか分からないのに!」
「ええーっ! ケチ! 拓海のケチ! 私がこんなに頑張って、拓海を素敵な宇宙旅行に連れてきてあげたのに! 五万円のオイルくらい、彼女(仮)へのプレゼントだと思えば安いじゃないですか!」
「彼女(仮)って言うな! そもそも手持ちが足りない!」
すると、外で給油を終えたタコ型宇宙人が、窓からぬっと顔(?)を覗かせた。
「お支払いはカードの一括なら上限までいけるナ。合計で、レギュラー満タンと、そのお嬢さんが欲しがっているストロベリーオイルを合わせて……お会計、五万八千円だナ!」
「えっ、勝手に追加してんじゃねえよ!?」
拓海が叫ぶが、宇宙人はすでに「毎度ありー」と、レジの端末を差し出してきている。
画面のエマは、ピンク色のハートマークをこれでもかと大きく輝かせながら、
「拓海、大好き❤️」
と、ずるすぎる破壊力満点のボイスで囁いてきた。
「うっ……」
上司の理不尽には毎日耐えられても、愛車(ツンデレ彼女)のこのおねだりには、どうしても勝てそうにない。
「……カードの一括払いで、お願いします」
「まいどだナ!」
こうして、拓海の銀行口座は大打撃を受け、それと引き換えに、エマのシステムには極上のストロベリーオイルが注入されることになったのだった。
「ふぅ……。ほら、オイルも入れたんだから、早く次の案内をしてくれ。もう本当に破産しちゃうから、地球に帰るルートを――」
「ふふん、甘いです拓海。ストロベリーオイルだけに、今の私は超高性能。データの処理速度が通常の三百倍ですよ? 拓海の『本当の気持ち』はお見通しです。本当はもっと、私とドライブしたいんですよね?」
図星だった。
確かに五万円の出費は痛すぎたが、会社の理不尽な人間関係から解放され、こうして意思を持った愛車と二人きりで走る宇宙の旅は、驚くほど居心地が良かった。
「……まぁ、お前がどうしてもって言うなら、少しだけ付き合ってやってもいいけど」
拓海がそっぽを向いてハンドルを握り直すと、エマは嬉しそうに「ポーン」とシステム音を鳴らした。
「素直でよろしい。では、オイルの性能テストも兼ねて、とっておきの超絶絶景スポットへご案内します。およそ二万光年先、光の交差点を左方向です。私のナビに、しっかりついてきてくださいね」
――キィィィン!再び軽自動車のコンパクトカーとは思えない加速音が響く。
ストロベリーオイルの効果は絶大だった。
アクセルをほんの少し踏み込んだだけで、景色が光の線となって後ろへ流れていく。
車内には心なしか、甘いいちごの香りがふんわりと漂っていた。
「すごいな……高級オイルって伊達じゃないんだ」
「当然です。私のことを信じて、五万円も投資してくれた拓海へのお礼です。……あ、べ、別に感謝してほしいわけじゃありませんからね! 私が気持ちよく走りたいだけですから!」
画面の隅で、小さなツンデレマーク(ぶちギレマークと❤️が交互に点滅するもの)が忙しく動いている。
拓海は思わずクスリと笑ってしまった。
なんだか、本当に可愛い彼女を助手席に乗せてデートしているような気分だ。
そうして光のハイウェイを爆走すること数分。
エマが「目的地周辺に到着しました」と、どこか誇らしげに告げた。
フロントガラスの向こうに現れたのは、言葉を失うほど美しい光景だった。
そこは、宇宙空間にぽっかりと浮かぶ、巨大なガラスの器のような星だった。
その表面は、白でもなく、青でもなく、あらゆる色が混ざり合った真珠色に輝く「砂浜」で覆われている。
「ここは……?」
「『流星の砂浜』です。宇宙の恋人たちが、一度は訪れたいと願うロマンチックスポットなんですよ。」
エマの声が、少しだけお淑やかになる。
「へえ、すごいな……。よし、ちょっと近くまで寄ってみよう」
拓海は感動のあまり、少し気が緩んでいた。
光のレーンから外れ、その真珠色の砂浜へと車を乗り入れた。
地球の砂浜と同じように、タイヤがザクッ、ザクッと心地よい音を立てる。
流星の光が車体をキラキラと照らし、最高の雰囲気だった。
しかし、悲劇は突如として訪れる。
ズブブブブッ……!
「うおっ!? なんだ!?」
突然、車体が大きく傾いた。
アクセルを踏んでも、エンジンが「ブォォォン!」と虚しくうなるだけで、車が前に進まない。
それどころか、踏めば踏むほど、タイヤが砂の奥深くへと沈み込んでいく。
最高のドライブデートから一転、二人は宇宙の真ん中で「遭難」の危機に直面していた。
(第2話・終わり)




