第17話:幻影を見破れ! 聖なるフロントガラスとゴールド免許の奇跡
第17話:幻影を見破れ! 聖なるフロントガラスとゴールド免許の奇跡
「ナビゲーターエマ、緊急起動! 拓海、前方の壁は幻影です! 騙されずにアクセル全開で突っ込んでください!」
「おう! お前が道だと言うなら、壁だろうが何だろうが突き進むだけだ!」
俺――佐藤拓海は、エマの叫び声に応えるようにアクセルペダルを深く踏み込んだ。
時速百キロを超えるコンパクトカーが、オアシス・ルンドの広場を埋め尽くした不気味な紫色の壁へと突っ込んでいく。
ドォォンッ!
激しい衝撃を覚悟して目を瞑ったが、車体は何の抵抗もなく壁をすり抜けた。
エマの言う通り、目の前に見えていた巨大な石壁は、四天王ゼノンの生み出した幻影だったのだ。
「や、やったか!?」
「喜ぶのは早いです拓海! 次は右方向、……いえ、左方向!? ダメです、ゼノンの幻影魔力が強すぎて、私の脳内マップの座標軸がめちゃくちゃにかき乱されています!」
助手席のエマが、エメラルドグリーンの美しい頭を両手で押さえながら悲鳴を上げた。
フロントガラスの向こう、歪む空間の中から、今度は何十本もの巨大な槍や、底の見えない大割れ目が交互に現れては消えていく。
どれが本物の障害物で、どれが偽物の幻影なのか、高性能なエマのセンサーですら識別不能に陥っていた。
『フハハハ! 惑え、地球人の小僧。我が幻影の迷宮から生きて出た者は一人としておらぬ。お前たちが信じるその『道』すら、私が作り出した虚構なのだからな』
歪んだ空間の至るところから、ゼノンの冷酷な嘲笑が響き渡る。
車は完全に視界を奪われ、いつ本物の壁に激突してもおかしくない絶体絶命のデッドヒート。
拓海の額から、タラリと冷や汗が流れ落ちた。
(クソ、どうすればいい……! エマのナビが封じられたら、俺の運転じゃどうしようもない……!)
パニックになりかけた、その時だった。
拓海の脳裏に、地球のサラリーマン時代に、毎日毎日死に物狂いで営業車を走らせていた記憶が、鮮明に蘇ってきた。
夕暮れ時の歩行者の飛び出し。
雨の日のハイドロプレーニング現象。
そして、前方を走るトラックの影に隠れた、見えない歩行者の気配。
(……そうだ。俺は毎日、見えない危険と戦ってきたんだ。営業マンにとって、運転とは『目に見えるもの』だけを信じることじゃない。……『危険を予測すること』だ!)
拓海が五年間、一度も事故を起こさずに守り抜いてきた、財布の中に眠る一枚の輝かしいカード。
それこそが、無事故無違反の証――『ゴールド免許』だった。
「エマ! 俺のスマートキーを、ダッシュボードのフロントガラスの端子へ近づけてくれ!」
「えっ!? 拓海、何を……」
「いいから早く! 俺の『安全運転の概念データ』を、お前の魔力と同調させるんだ!」
エマは拓海の真剣な眼差しに気圧され、
「わ、分かりました!」
と、拓海のポケットからスマートキーをひったくるように取り出すと、フロントガラスの基盤へと押し当てた。
「エラー、未確認の概念ログを検出……。いいえ、これは、圧倒的な『無事故無違反の因果律』!? 拓海の聖なる安全運転の記憶が、ガラスの魔力回路を書き換えていきます!」
その瞬間、コンパクトカーのフロントガラスが、ブワッと神々しい黄金色の光を放ち始めた。
キィィィンッ!!!!
眩い光がガラス全体を行き渡ると、驚くべき変化が起きた。
今まで紫色に歪んで見えていた槍や割れ目の幻影が、フロントガラスを通した瞬間に、まるで陽炎のように完全に透き通って
(・・・・・・・・)消え去ってしまったのだ。
代わりに、ガラスの向こうには、ゼノンが必死に隠そうとしていた『本物の出口への一本道』が、くっきりと赤くハイライトされて浮かび上がっていた。
「な……何ですかこれ!? どんな高位の探知魔法よりも正確に、幻影の嘘だけが綺麗に消去されています!」
エマが助手席で大きな瞳を丸くして叫ぶ。
「これが俺の、五年間磨き続けた危険予測の力……『ゴールド免許パワー』だ! どんなに空間を歪まされようが、本物の危険(障害物)の位置さえ分かれば、俺の運転で絶対に回避してみせる!」
拓海はハンドルを力強く握り直し、黄金のフロントガラスが示す『真実の道』へとアクセルを蹴り込んだ。
「拓海、すごいです……! 次、十メートル先、右から本物の瓦礫が崩れてきます!」
「見えてる! シフトダウン、回避!」
キキキィィッ! と、コンパクトカーは最小限の挙動で崩落する瓦礫を紙一重ですり抜けた。
ゼノンがどれだけ新しい幻影の壁を作り出そうとも、ゴールド免許仕様となったフロントガラスの前には、すべての嘘が暴かれていく。
車はマッハの速度で、迷宮の最深部を突き進んだ。
『な、何だと……!? 我が最高位の幻術を、一介の人間が完全に見切っているというのか!? 馬鹿な、そんな魔法の体系は存在せぬぞ!』
上空から響くゼノンの声が、初めて明らかな動揺に震え始めた。
「これでお前もおしまいだ、四天王! エマ、出口の手前にいるゼノンの本体へ、ストロベリーバンパー最大出力だ!」
「了解です拓海! 拓海のゴールドな心に、私の最大魔力を上乗せします! いっちゃええええええええッ!」
エマが助手席から身を乗り出し、ダッシュボードを両手で強く押し込む。
車のフロントバンパーから、いちごの香りをまとった黄金と虹色の混ざり合う、特大の聖なる衝撃波が前方に照射された。
フロントガラスの向こう、迷宮の出口に立って必死に魔力を練っていたゼノンの本体が、眩い光に照らし出される。
『ぎゃ、あぁぁぁぁぁっ!? 聖なる光が……我が幻影の魔力を溶かしていくぅぅぅ!』
ドゴォォォォォンッ!!!!!
宿場町の広場を包んでいた紫色の迷宮が、ガラスが割れるような美しい音を立てて木端微塵に砕け散った。
ゼノンは最強の衝撃波を正面から食らい、受け止めきれずに遥か彼方の夜空へと星のように吹き飛ばされていった。
気がつくと、車は元の宿場町の静かな街道へと戻っていた。
バックミラーを見ても、四天王の姿はどこにもない。完全なる大勝利だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。やった、のか?」
拓海がスピードを落とし、車を路肩に停めると、車内には心地よい静寂といちごの香りが満ちていた。
黄金に光っていたフロントガラスも、静かに元の透明なガラスへと戻っていく。
「拓海……」
助手席のエマが、シートベルトから身を乗り出して、今度は照れ隠しのツンツンした態度を一切見せずに、拓海の顔をじっと見つめてきた。そのエメラルドグリーンの瞳は、微かに潤んでいる。
「お前のおかげで助かったよ、エマ。ありがと」
拓海が微笑むと、エマは急にポロポロと大きな涙をこぼし、そのまま拓海の胸の中へと、ぎゅっと飛び込んできた。
「バカ拓海……っ! 本当に、本当に怖かったんですからね! マップが圏外になって、拓海を危険にさらして、私、もう消去されちゃうんじゃないかって……っ!」
エマの小さな手が、拓海のビジネススーツの背中を強く強く握りしめる。
人間の体になった彼女の温もりと、小さな心臓の鼓動が、拓海の胸にダイレクトに伝わってきた。
「ごめんな。でも、俺たちは最高のコンビだろ? どんな迷宮だって、お前のナビと俺の運転があれば、絶対に切り抜けられるさ」
拓海は優しく、エマの温かい背中に手を回し、彼女の頭をそっと撫でた。
今度はエマも、拓形の手を叩き落としたりしなかった。
「……ふん。今回だけは、特大の感謝ログを保存しておいてあげます。……でも、次は絶対に迷子になりませんからね!」
拓海の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で強がるエマ。
魔王軍四天王をゴールド免許の奇跡で撃破した二人は、世界を救う英雄としての絆をさらに深め、いよいよ魔王城へと続く『最終決戦ルート』へと、アクセルを踏み出そうとしていた――。
(第17話・終わり)




