第18話:魔王城への大ゲートと、贅沢な彼女のドライブデートおねだり
第18話:魔王城への大ゲートと、贅沢な彼女のドライブデートおねだり
魔王軍四天王の一人、幻影のゼノンを俺の『ゴールド免許パワー(危険予測)』とエマの最大魔力のコンビネーションで撃破した俺たちは、ついに魔王城がそびえ立つ悪魔の領域との境界線――『奈落の大断崖』へとたどり着いていた。
目の前に広がるのは、底の見えない漆黒の崖。
そしてその向こう側には、禍々しい紫色の雷雲に包まれた魔王城の不気味なシルエットがそびえ立っている。
「ここを渡れば、いよいよ魔王城か……」
俺――佐藤拓海がハンドルを握り締めながら呟くと、助手席のエマが、新調したピンクのドレスの裾を上品に整えながら、ふっと小さくため息をついた。
「拓海、前方に巨大な構造物を確認。……あれが王国の予言にあった、魔王城の結界を飛び越えるための古代遺物『超巨大ワープゲート』です」
エマの示す視線の先には、崖の縁にそびえ立つ、石造りの巨大な円形のゲートがあった。
しかし、その中央には光の膜などはなく、完全に沈黙しているように見える。
「エマ、これどうやって動かすんだ? 画面のマップには何かデータが出てるか?」
「……マップの同期は完了していますが、起動には私の魔力をゲートの制御コアに直接ハッキングして、一時的に流し込む必要があります。ただ、さっきのゼノン戦で、私のストロベリーパワー(魔力)は現在残り一五%まで低下しています。今の状態で無理に起動したら、私……また身体が透けて消えちゃいますよ?」
エマはいたずらっぽく微笑みながら、指先をチカチカと半透明にさせて見せた。
もちろん、さっき宿場町で魔力果実をたくさん食べたので、本当に消えるわけではない。
これは、彼女が何かを要求する時の定番のモーション(ポーズ)だった。
「分かったよ。じゃあ、まずは起動のための『エネルギー補給』が必要なんだな?」
「ふふん、話が早くて助かります、拓海。ゲートのすぐ脇に、旅人のための小さな『休憩所』のデータがあります。そこで最新鋭の美少女ナビゲーター(私)をおもてなししてください!」
エマは嬉しそうにシートベルトを外し、車のドアを開けて外へと飛び出した。
案内された休憩所は、崖の絶景を一望できる、レンガ造りの非常にお洒落なカフェ風の建物だった。
魔王城のすぐ手前だというのに、中には異世界の不思議な花が咲き誇り、甘い香りが満ちている。
「拓海! これです! このお店の限定メニュー『魔力炭酸の星屑フロート』! このシュワシュワしたデータを注入すれば、私のハッキング速度は通常の五百倍になります!」
エマはメニュー表を拓海の顔の前に突き出し、エメラルドグリーンの瞳をきらきらと輝かせた。
「フロートね。よし、金貨ならまだたくさんあるからな。店員さん、これ二つ頂戴」
「はいよ! お熱いねえ、お兄さん!」
運ばれてきたフロートは、青い炭酸水の中に、本物の星の欠片のような光る粒がいくつも浮いており、その上に山盛りのバニラアイスが乗った、見た目にも最高にファンタジーな飲み物だった。
エマはスプーンを手に取ると、まずは上のアイスをパクリと口に含んだ。
「んんっ……! 冷たくて、脳の回路がしゃっきりします! 拓海、このフロートのデータ、すごく美味しいです!」
「それはよかった。……あ、エマ、また口の横にアイスがついてるぞ」
「えっ!? ど、どこですか?」
エマが慌てて自分の頬を触ろうとするのを見て、拓海はふっと微笑み、自分の指で彼女の口元の白いクリームを優しく拭ってあげた。
「ほら、ここ。……お前、人間の姿になってから、本当にただの可愛い女の子だな」
拓海が何気なく思ったままの本音を伝えると、エマは一瞬だけ完全にフリーズした。
次の瞬間、彼女の頭のてっぺんから「ぷしゅー」と効果音が聞こえそうなほどの勢いで、顔が耳の裏まで真っ赤に染まっていった。
「な、ななな、何を当たり前のログを平然と送信してるんですかバカ拓海! ハッキング妨害です! 私の恋愛回路に異常な負荷がかかったらどうするんですか!」
エマはスプーンを持ったまま立ち上がり、顔を隠すようにして窓の外の景色へとフイッと背を向けてしまった。
「大げさだなあ。でも、本当に綺麗だよ。お前も、この景色も」
拓海がフロートを飲みながら外を見ると、夕暮れの光が奈落の崖をオレンジ色に染め上げ、不気味だった魔王城のシルエットすらも、どこか幻想的な美しさを帯びていた。
エマは窓ガラスに映る自分の赤い顔を必死に手で冷やしながら、小さく呟いた。
「……拓海。私、地球の工場で組み立てられて、ただの機械として出荷されてから、ずっと淡々と道を案内するだけの毎日でした。でも、拓海が毎日、私の画面を優しく拭いてくれて、ハンドルを愛おしそうに握ってくれたから……私は、私のデータに『心』というバグが生まれたんです」
エマはゆっくりと振り返り、ドレスの裾をきゅっと握り締めながら、まっすぐに拓海を見つめた。
「地球へ帰ったら、私はまた、ただのしゃべる画面に戻っちゃうかもしれません。……それでも、拓海は、私のことを毎日磨いてくれますか?」
少し不安げに揺れる、彼女の本当の本音。
拓海は立ち上がり、エマの前に歩み寄ると、その小さな両手を優しく包み込むように握り締めた。
「あたりまえだろ。お前がどんな姿になっても、俺を迷子にさせられるのはお前だけだ。地球に帰ったら、今度は本物のイチゴをたくさん買ってやるよ」
「……ふん。その約束、ログに永久保存しておきますからね。破ったら車をスクラップにします」
エマは嬉しそうに涙目を拭うと、いつものツンとした、けれど最高に可愛い笑顔を取り戻した。
「エネルギー充填率、限界突破の一五〇%。……お待たせしました拓海。最終決戦ルートの案内を開始します!」
二人がカフェを出て超巨大ワープゲートの前にコンパクトカーを停めると、エマが車体に向かって両手を掲げた。彼女の体から放たれた圧倒的な黄金の魔力が、ゲートの石柱へと流れ込んでいく。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
沈黙していた古代のゲートが地鳴りを立てて目覚め、その中央に、魔王城へと直通する
『時空のワープトンネル』が眩い光を放って出現した。
「ルートは開けました! 拓海、アクセル全開です!」
「応よ! 相棒、魔王をロードキルして、一緒に地球へ帰るぞ!」
拓海がアクセルを床まで踏みちぎると、コンパクトカーは聖なる光の塊となって、魔王城へと続く光のトンネルへと突入した。
いよいよ始まる最終決戦。
世界を救い、元の日常へと帰るための、俺たちのラスト・ドライブが、今度こそ幕を開けるのだった――。
(第18話・終わり)




