第16話:無人コンパクトカーの広場大暴走と、魔王軍幹部の影
第16話:無人コンパクトカーの広場大暴走と、魔王軍幹部の影
――ピッピピッ!!!
宿場町の駐車場から響き渡った解錠音。
次の瞬間、夕闇に包まれつつあった広場に、太陽と見紛うほどの眩い純白の光が差し込んだ。
ヘッドライトから放たれる聖なる魔力障壁が、周囲の出店を昼間のように照らし出す。
「な、何だあの鉄の魔獣はぁぁぁっ!? 誰も乗っていないぞ!?」
手配書を握りしめていた賞金稼ぎたちが、驚愕して背後を振り返る。
彼らの視線の先で、駆動輪である前輪を激しく空回りさせ、白煙ならぬ「いちごの香りのする聖なる霧」を巻き上げながら、俺の中古コンパクトカーが無人のまま突進してきていた。
「エマ、遠隔同調だ! スマートキーの魔力出力を最大にしろ!」
「了解です拓海! 私のメインCPUを一時的に車体の自動運転システムへ割譲! 拓海のスマートキーの軌道データを元に、完全自律型突撃モード(ナイトライダー)を構築します!」
エマは両手に食べかけの串焼きを持ったまま、エメラルドグリーンの髪をきらめかせて叫んだ。
拓海がスマートキーを構え、親指で施錠・解錠のボタンをテンポよく押し込むと、その動きに連動して、無人のコンパクトカーが急ブレーキと急ハンドルを生き物のように繰り返す。
キキキキィィィィィンッ!!!!
「うおわぁぁっ!? 突っ込んでくるナ! 避け
ろぉ!」
時速百キロを超える鉄の塊が、広場の石畳の上で鮮やかなスピンターンを決めた。
遠心力で大きく振られた車のリアバンパーが、逃げ遅れた賞金稼ぎたちの尻を正確にパコーンとはじき飛ばしていく。
聖なる魔力障壁に触れた男たちは、電撃を食らったかのように火花を散らしながら、次々と広場の噴水へとへなへなと飛び込んでいった。
「す、すげえ……! ラジコン感覚で俺の車が最強の武器になってる!」
「当然です! 私たちの同期率は現在過去最高値です! 拓海、次はスマートキーを左へ大きく振ってください! 広場の障害物を巻き込んで一網打尽です!」
「よし、これで終わりだ!」
拓海がスマートキーを左へ一閃する。
車のフロントタイヤがカチャリと限界まで切れ、猛烈な勢いで円を描くように円運動を始めた。
激しい摩擦音と共に、聖なる光の輪が広場全体に広がり、残っていた賞金稼ぎたちをまとめて光の彼方へと吹き飛ばした。
わずか数分の出来事だった。
さっきまで下品な笑い声を上げていた男たちは、全員が噴水の中で白目を剥いて泡を吹いている。
「ふぅ……。データの消去(お掃除)完了です。拓海、なかなかキレのあるスマートキー捌きでしたよ。ちょっとだけ見直してあげました」
エマは串焼きをモグモグと咀嚼しながら、満足そうにドヤ顔を決めてみせる。
「ありがとよ。さあ、こいつらが目を覚ます前に、車に乗ってここを出よう」
拓海が自動で開いた運転席のドアへ足を進めようとした、その時だった。
パチ、パチ、パチ……と。
静まり返った広場に、ゆっくりとした、けれど底知れぬ魔力を孕んだ拍手の音が響き渡った。
「見事だ。鉄の揺り籠をこれほど自在に操るとはな、地球人の小僧」
通りの屋根の上から、一人の男が静かに飛び降りてきた。
男は漆黒の外套をまとい、頭部には不気味な二本の角が生えている。
その紅く光る双眸からは、さっきの賞金稼ぎたちとは次元の違う、圧倒的な『死の魔力』が放たれていた。
「お前……まさか魔王軍の……」
拓海が息をのむと、助手席へ回ろうとしていたエマが、鋭い生の声でその男を睨みつけた。
「拓海、下がってください……! 対象の魔力レベルを測定不能! 私のデータベースにある『魔王軍四天王』の一人――幻影の魔将『ゼノン』のデータと完全に一致しました!」
「四天王……!? 幹部が直々に来やがったのかよ!」
ゼノンは冷酷な笑みを浮かべ、右手をそっと前に突き出した。
彼の周囲の空間が、歪むようにして紫色の不気味な霧に包まれていく。
それは、拓海たちが異世界へワープしてきた時に見た、あの『幻影の惑星の霧』と酷似していた。
「暗黒竜を討ち果たしたというから如何なる英雄かと思えば、衣服の防御力すら持たぬ矮小な人間か。だが、その隣にいる実体化せし精霊聖女……お前のその濃密な魔力源は、我が魔王様の新たなるエネルギーとして召し上げるに相応しい」
「ふん、お断りです! 私は拓海の専用ナビですから、魔王なんていう時代遅れのバグまみれのシステムに乗り換える気はありません!」
エマは拓海の前に立ち、胸を張って言い返した。
だが、人間の体になった彼女の肩は、男の放つ圧倒的なプレッシャーの前に、微かに震えているのを拓海は見逃さなかった。
「エマ、車に乗れ!」
拓海はエマの細い腕を掴み、強引に助手席へと押し込んだ。
自分も運転席へ飛び込み、ドアをロックしてギアを入れる。
「逃がさぬと言っている。この街ごと、我が幻影の結界に沈むが良い」
ゼノンが指を鳴らした瞬間、広場全体が激しい地鳴りと共に、天地が逆転したかのような錯覚を起こす『紫色の迷宮』へと姿を変え始めた。
周囲の建物が生き物のように歪み、道が壁へと変わっていく。
「ナビゲーターエマ、緊急起動! 拓海、前方の壁は幻影です! 騙されずにアクセル全開で突っ込んでください!」
「おう! お前が道だと言うなら、壁だろうが何だろうが突き進むだけだ!」
魔王軍四天王の罠によって、街全体が巨大な『幻影の迷宮ドライブコース』と化したオアシス・ルンド。
地球への帰還をかけた旅は、異世界最強の幹部との、命がけの迷宮脱出レースへと突入しようとしていた――。
(第16話・終わり)




