第13話:魔王軍の指名手配と、王城のドキドキ同居生活。
『俺の愛車がツンデレ彼女に進化して、宇宙へドライブすることになった件』
第13話:魔王軍の指名手配と、王城のドキドキ同居生活
暗黒竜を時速二百五十キロの空中体当たりで文字通り粉砕した俺たちは、ルミナス王国の国王陛下から直々に、国賓としての最大級の歓迎を受けていた。
「おお、聖女エマ様! そして神聖騎士拓海様! 我が国を、いや人類を滅亡の危機から救っていただき、心より感謝いたす!」
豪華絢爛な王城の謁見の間。きらびやかな王冠を被ったおじいちゃん国王が、家臣たちの前で俺たちに深く頭を下げていた。
「面を上げてください、国王陛下。私たちはナビゲーターとドライバーの務めを果たしたまでです」
エマは淡いピンクのドレスの裾を優しくつまみ、完璧な気品でお辞儀を返す。
人間の姿になってからというもの、彼女の「聖女モード」の演技力には磨きがかかる一方だった。
「……なぁ、エマ。地球に帰るための『空間転移の秘宝』の件、早く聞いた方がよくないか?」
隣に立つ俺――佐藤拓海がビジネススーツの襟を正しながら小声で耳打ちすると、エマは一瞬だけ聖女の仮面を外し、不機嫌そうに目を細めた。
「分かっています、拓海。焦らないでください。あまりがっつくと、怪しまれてデータにロック(警戒)をかけられます」
ツンとした態度ですぐに聖女モードに戻るエマ。
そのやり取りを、後ろに控えるクラリスは
「おお、やはりお二人のアイコンタクトに
は、常人には踏み込めぬ神聖な絆が……」
と、相変わらず都合の良い勘違いをして涙ぐんでいた。
国王陛下は俺たちに、金貨が詰まった重い袋と、王城の一等地に用意された「最高級客室」を褒美として与えてくれた。
だが、一番肝心な地球への帰還方法については、少し雲行きが怪しかった。
「空間転移の秘宝、ですか……。確かに我が国の宝物庫にございますが、あれは魔王軍の結界によって現在、魔力が完全に封印されているのです。結界を解くには、魔王城にある『中枢コア』を破壊せねばならぬのですな……」
「魔王城のコア……。つまり、魔王を倒さないと地球に帰れないってことか」
拓海がガックリと肩を落とすと、エマが助手席にいる時のように、拓海の脇腹を肘でツンツンと小突いてきた。
「落ち込まないでください、拓海。敵が明確になっただけ、ルート検索は容易です。まずは、陛下が用意してくださったお部屋で、作戦会議(急速充電)といきましょう」
案内された王城の客室は、地球の五つ星ホテルのスイートルームをさらに豪華にしたような場所だった。
ふかふかの巨大な絨毯に、金色の装飾が施された家具。
そして何より――。
「あの、クラリスさん。部屋が一つしかなくて、大きなベッドも一つしか設置されてないんだけど……」
拓海が困惑して尋ねると、案内してくれたクラリスは「はて?」と首を傾げた。
「当然ではありませぬか? 聖女様と、その絶対の守護騎士たる拓海殿です。お二人が夜も片時も離れず、寄り添って眠るのは世界の理かと。むしろ、部屋を分けるなど、神聖な絆への冒涜にございます!」
クラリスは拳を握りしめて熱弁すると、
「では、ごゆっくりお休みくだされ!」
と爽やかな笑顔で扉をパタンと閉めて去っていった。
ガチャリ、
と外から鍵が閉まる音がする。
いや、鍵までかけなくていいだろ。
静まり返る豪華な客室。
残されたのは、泥だらけのサラリーマンと、絶世の美少女ドレス姿のエマ。
「あ、あの、エマ……。車載のシートで一緒に寝るのとは、その、わけが違うというか……」
拓海が顔を真っ赤にしてドギマギしていると、エマはふかふかの巨大なベッドの上にパタンと飛び込み、枕をぎゅっと抱きしめた。
「何をおろおろしてるんですか、バカ拓海。私は元々、拓海のコンパクトカーのナビですよ? 車の中で、毎日私のすぐ隣に座っていたくせに、今さら何を照れているんですか」
エマは枕に顎を乗せ、上目遣いで拓海をじっと見つめてくる。
エメラルドグリーンの髪が、白いシーツの上に美しく広がっていた。
「それは、あの時はお前、機械の姿だったし……」
「姿が変わっただけで、私の中身は何も変わっていません。……それとも、人間の体になった私だと、隣にいるのは嫌ですか……?」
急に少し寂しそうな声を出すエマ。
透き通るような白い肌が、夕暮れの光の中でほんのりピンク色に染まっていく。
「い、嫌なわけないだろ! むしろ、綺麗すぎて直視できないくらいで……」
拓海が本音を漏らすと、エマは待ってましたと言わんばかりに、枕を拓海の顔面に向けて思い切り投げつけてきた。
ボンッ!
「な、ななな、何を恥ずかしげもなくそんなストレートなログを送信してるんですか! 不正ハッキングです! 乙女心へのウイルス侵入です! 拓海は床で寝てください、床で!」
「やっぱりそうなるのかよ!」
拓海は苦笑しながら、床に絨毯を敷いて横になった。
天井を見上げながら、激動の一日を振り返る。
宇宙へ飛び出し、ガソリンスタンドでおねだりされ、砂浜で遭難し、ドラゴンを倒して英雄になった。
「ねぇ、拓海」
ベッドの上から、エマの静かな声が聞こえた。
「ん? どうした?」
「私……人間の姿になって、拓海と美味しいパフェを食べたり、手を繋いで大空を飛んだりして、すごく、その……嬉しかったです。でも、私がこの姿のままでいると、いつか車の電力が完全にゼロになって、私はもう、ただのカーナビに戻れなくなっちゃうかもしれません」
「エマ……」
「それでも、拓海は……私の隣に、いてくれますか?」
夜の闇の中、エマの瞳が、小さな光の粒子のようにきらめいていた。
「あたりまえだろ。お前がどんな姿になっても、俺のナビゲーターはお前だけだ。一緒に地球へ帰ろう、エマ」
「……ふん。素直なログでよろしいです。保存しておいてあげます」
エマは嬉しそうに布団に潜り込んだ。車(AI)と人間という関係を超えて、二人の心の距離は、確かに一つのベッド(と床)の距離よりも、ずっと近くなっていた。
しかし、二人が心地よい眠りに落ちようとしていたその時。
王城の遥か彼方、闇に包まれた魔王城の奥深くで、一つの邪悪な魔力スクリーンが起動していた。
『報告いたします、魔王様。我が軍の暗黒竜を討ち果たした不届き者の情報が入りました。……鉄の魔獣を操る、地球人と称する男と、その傍らにいる謎の聖女にございます』
玉座に座る、巨大な角を生やした魔王が、不気味に目を細める。
『ほう……面白い。全魔王軍に通達せよ。その二人の首に、国家一つ分の賞金をかける。……地球人の首を、我が元へ持ってこい』
最高の贅沢と同居生活の裏で、拓海とエマは、魔王軍全体から『最優先指名手配』という超危険ルートへと強制的にナビゲートされようとしていた――。
(第13話・終わり)




