#49 第五十三噺
仲良し少女3人組は、村外れに近い二本松交差点の脇にある大きな赤レンガ屋敷に辿り着くと、
「長い1日だったわね……」と蛍が呟くのを聞いた。
館の住人、愛衣花・エル・ターナーは、「ちょっと待ってて。パパとママに話を通してくるから。」と言い、先に家へ入っていく。
数分後、金髪の少女が、黒髪の女性を引き連れて戻ってきた。
「あ、こんばんは。メイカちゃんのお母さん。お久し振りです。」と蛍が言う。
「あら、木守さんところの紬ちゃんもいるじゃない。蛍ちゃんもお久し振り。そしてこんばんは。」と、髪の伸びる日本人形のような佇まいのママ・ターナーが、ニッコリとしてアーモンド形の目を細くする。
「メイカからだいたい話は聞いたわ。おうちが工事中だとか。どうぞ、どうぞ。終わるまでうちに泊まっていってください。部屋はイッパイ余っていますので。」
「……急なお願いなのにホント申し訳ございません。しばらくお世話になります。どうぞ宜しくお願い致します。」と蛍が頭を下げる。
「パパ・ターナーさんはどちらに?」
「ああ、夫は今準備しておりますので、少々お待ちください。」とママも頭を下げ、「……メイカ?お友達をお部屋へご案内して差し上げなさい。」と娘に言って、自分はキッチンの方へ向かっていった。
「こっちです!」と嬉しそうに愛衣花が2人の背中を押し、家に上がらせようとする。
玄関には大きな桜の樹を描いた日本画が飾ってあり、中国なのか日本なのか、よく分からない巨大な壺が、……でん!と中央に据えられている。
建物内の作りは純西洋風で、外と内の間に日本家屋のような段差はなく、玄関からすぐに繋がるホールには、左右に伸びる曲線の階段があって、その中央には大きな白いシャンデリアがかかっていた。
「派手なのはここだけですよ!」と 愛衣花が説明する。「ダイニングとかキッチンは普通だから。ビビらなくても大丈夫です!」
「と、ところでメイカちゃん?……く、靴は履いたままで上がるの……?」と紬が怯えた様子で尋ねてくる。
「ん?」と、すでに土足でロビーに足を踏み入れていた蛍がこちらを振り返りながら「もう上がっちった♡」と言った。
「ええ。基本、バッチイ民族であるうちの人達は、家に土足で上がりますけど、……汚ないのでメイカは家用の靴に履き替えて上がっています。ツムギ?もしうちに靴下で上がったら、取り返しがつかないほど真っ黒に汚れていしまいますよ?ここはほぼ屋外と同じですから。どちらかと言うと、絨毯とか敷いてる分、よりタチが悪いデスね。パパのお仕事はフィールドワークが中心ですし、犬のフンとか滅茶踏んで帰って擦り付けてマスね…多分…」
「お祖母ちゃん……私、大変な所へ来てしまったかも……」と紬は、不安そうに髪のおみくじを触わりながら独り言を言った。
色々なことが立て続けに起こったせいで、紬は今日1日だけで大吉のおみくじを3本、小吉を7本、凶を5本も使用してしまっていた。
……家の工事が終わるまでの間、おみくじは足りるのかしら………。
「メイカちゃん?その……アナタは家用の靴に履き替えてるって言っても……土足で上がっていることに変わりはないよね……それってどうなの?」
「どうとは?」
「……いや、やっぱり私、靴を履いたまま家に上がるの無理かも……は、背徳感が半端ない……」と言って紬は、玄関の扉の前で回れ右をした。
「大丈夫だよ、紬!全然へーきだよ?」と蛍がドスンドスン!と汚れた靴で、ターナー家のロビーを飛び跳ねる。
「アナタは少し遠慮してほしいです……」
と愛衣花が土埃にむせ返りながら言った。
「いえ、とにかく無理……ごめん、メイカちゃん。私は靴を履いたまま家に上がれないよ。正直………ふ、不潔に感じてしまうの。」と、紬は、万が一ターナー家の面々に聞こえないように、愛衣花の体をグイッ!と引き寄せてから彼女の耳元に囁いた。
引っ張られて伸びたワンピースの胸元を、だらん…と開いた金髪の少女は、
背中に片翼の堕天使のような肩甲骨を剥き出しにして「その感覚は普通だと思いますよ。メイカも、うちはフケツだと思ってますから。」と同意した。
紬は友人の肩紐を掛け直してやると、「メイカちゃん。ごめんね……アナタのおうちが汚ないって言ってるわけじゃないの。どちらかと言うと靴で上がる自分自身が不潔な気がしてしまって……」
「ナニをごちゃごちゃ言っているの?」と蛍が戻ってくる。
紬は、泥のついた通学靴の裏を、絨毯にこすり付ける蛍のことを見て「不潔……」と再び呟いた。
「ちょっとホタル?せめて玄関マットにこすってから入ってくださいよ?!銀杏の欠片とかを持ち込んでませんよね??」 と愛衣花が言う。そして振り返り、
「ツムギ?安心してください。メイカのお部屋にまで行けば靴を脱いでも平気ですから。そこまでは我慢してください……」と困り顔で言ってくる。「Soda!いったん荷物を置いたらお風呂にでも入ってください。そうすればスッキリしますから。」
「お風呂!」と紬が叫んだ。「そうよ、お風呂よ!お、お祖母ちゃんが言ってたことだから、事実かどうかは知らないけど……メイカちゃん??アナタのおうちってユニットバスなんでしょ?!御手洗いとお風呂がくっついているんでしょ?!」
「ああ、その件に関しては前にもどこかで説明したことがありましたよね。メイカはそれが嫌だからお部屋で自分用のおトイレを使っています。勿論ツムギとホタルもそれを使ってEですよ。」
「じゃあ、お風呂の方はどうすればいいのよ……?」と紬がまだ外に立ったま聞く。
金髪碧眼の少女が「…外人はお風呂とトイレが一緒ですからネ。そこは仕方がないと割り切っています。」と言った。「まあでも西洋には元々湯船に浸かる文化はないデスから。メイカもシャワーを浴びるだけにしています。
……ただママなんかはいつも『お風呂に浸かりたい…』と言っていますから、浅い水の中に無理矢理身体を丸めて入ってるみたいdeathよ。」
紬は心の中で、ママ・ターナーが背中を丸めながら白い陶器内の水に片足を突っ込んでいる姿を想像し、身震いをした。
そこに蛍が分けいってきて「……まあまあ、人様の文化には文句を付けられないから……」と紬の肩を励ますように軽く叩き、「確かに、節水という意味では、お風呂とトイレを同じにしてしまうというのは理に叶っているよね。まさに西洋人の知恵よね。」と言った。
「ところでメイカっち?メイカっちのお部屋には自分用のおトイレがあるって聞いたけど、それって単体なの?共用なの?」
愛衣花・エル・ターナーは、「high。独立した物です。小さい頃からずっと使っている物です。」と答えた。
紬が「…うちのお祖母ちゃんが言ってただけだから、……まさかとは思うけど……それってアヒルの形とかしていないよね?」と静かに問いかける。
「いいえ、ツムギ。よくある誤解なのですが、アヒルの形の物は日本特有のデザインなのです。どうしてあの形になったのかには諸説あるようですが……、海外によくある水に浮かべて遊ぶアヒルのオモチャから着想を得たみたいですね。水イコールアヒル…みたいに。半面、うちは基本西洋文化に準じていますから、メイカのやつは自動車の形をしています。アメリカは車文化ですからね。」
紬の脳裏に、幼稚園生の頃、児童館で遊ぶ愛衣花・エル・ターナーが足で漕ぐブウブウに乗りながら、開けた蓋の中に大量のオイル漏れを起こしてスリップしている映像がフラッシュバックしていた。
……あれにはそういった理由があったのね……。
「とにかく。」と紬が口を開く。「メイカちゃんちに泊まるのは無理かも……私、野宿するわ。」
「なんで??」と愛衣花・エル・ターナーが驚いたような顔をし、蛍も「え?本気で言ってる??」と言いながら外に出てきた。
「……でもツムギ?野宿の方が、よっぽどお風呂とか御手洗いに困るわよ?あと食事も。」と蛍が続けて言う。
「どうしたんだい?何かお困りのようだけど。」と、奥から声がして、スッ……とパパ・ターナーが3人の少女の前に現れる。
彼の姿を見て「パ、パパ?!」と愛衣花が叫び、「ブーッッッ!!」と蛍が我慢出来ず吹き出した。
……少女達の前に出現したのは、サラサラの金髪のカツラを被ったパパ・ターナーの姿だった。
「パパ?!?ナ、ナニよ、その格好は?!」
「……いや、愛衣花のお友達が来てるって言うから、ママがこれを付けろって……」
すぐ後ろからママ・ターナーがついてきて、そのまま金髪の娘の傍まで近寄ってくると、彼女の耳にこっそりと囁いた。
「……ねえ愛衣花……アナタもお友達と一緒にお風呂に入ったり、お着替えしたりするのなら、下にカツラを付けなくて大丈夫?まだツルツルでしょ?恥ずかしくない?」「へ?」「ほら、これ見て。ママが作っておいてあげたから。先々修学旅行で竜神の湯に行く時の為に準備しておいたんだけど、……予行練習よ。今から試しておきなさい。ぜぇったいにバレないクォリティの物を用意してあげたから。」そう言ってママ・ターナーは、娘の手に金髪のタワシのような物を押し付けた。「お肌に優しい粘着テープで付けられるから安心して使って。」
「……ナ、ナニこれ……パパのカツラに比べてやけにリアルなんだけど……」「そりゃそうよ。パパのおヒゲから作ったから。」「ウギャァァ??!!」と愛衣花は叫んで、それを空中に放り投げると、……ぺたり、と毛の固まりが天井に張り付き、それをママ・ターナーがらあらまあ……と見上げていた。
「ツ、ツ、ツムギ!!メイカも家出します!!こ、こんなフケツな家には1秒だっていられません!!行きましょう!!」と髪の長い友人の手を引き、制止するパパ・ターナーの声を振り切って金髪の少女が歩き出す。
「え?そうするの?ホントに?」と蛍も2人の後を追いかけ、振り返りながら「なんか…私のトモダチが失礼しました!」とターナーのご両親に向かって叫ぶ。
「どーすんのよ!?アナタ達、簡単に野宿とか言うけど、三々賀村の夜は怖いんだからね?!丑三つ時にはお化けが出るからね??」
ママ・ターナーが背中から「ごめんなさいね!蛍ちゃーん、うちの娘を宜しくねーー」と怒鳴り、パパ・ターナーに身体を寄せながら手を振っていた。
蛍は「知らないからね!」と言うと、キャリーバッグを引き摺りながらズンズンと遠ざかっていく2人の後を急いで追いかけていったのだった。
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「………と、言うわけで。」
と、宮代蛍は、中学校の宿直室で、用務員の立花さんに巻物状の委任状を突きつけながら、
「昨夜の不審者の侵入を許した責任を取るという名目で、一週間の謹慎処分に処します。」と言い放った。
用務員の立花さんは、「ええ?」と絶句し、和紙の上に墨でなぐり書きされたミミズ文字と、見紛うことなき宮代の朱色の落款を凝視していた。
「ご安心ください。謹慎中もお給料は出ますから。さ、家に帰って家族サービスでもしてください。」「いや、それ実質有給休暇では……」
「いいから、いいから。長年の昼夜逆転生活お疲れ様です。……て言うか関係ないけどここ銀杏臭いですね……あの木、切っちゃダメですか……」「いえ、あれはここのシンボルツリーですからダメです……」と立花さんは言い、「ではお言葉に甘えて……」と言って鍵の束を蛍に手渡した。
殆どスキップする勢いで、用務員さんが校門を出ていくと、
数分後入れ替わりで金髪の少女と、長い黒髪を後ろで3段結びにした少女が入ってくる。
「嘘を言って大丈夫なの……?」と紬が不安そうに辺りを見回しながら言う。
「まあ、この際仕方がないでしょ。うら若き乙女が安全に宿泊出来る施設と言えば……ここ学校しかないでしょ。食事は家庭科室、トイレはそれこそ使い切れないほどあるし、寝る時は体育館の体操マットをベッドの代わりに使えばいいんじゃないかしら?宿泊室は臭いみたいだし。」
「お風呂はどうするの?」と紬が尋ねる。
「そうねぇ……それこそプールの腰洗い槽とかはどう?夜だし、みんなで入れば露天風呂みたいで楽しいかもよ?」
「……メイカ、水風呂はイヤです。」
蛍は胸の前で腕を組んで考え込み、「メタンガスを大量に使えばお湯が沸かせるかもしれないけど……今から三神丘裏の肥溜めに取りにいくのも面倒だし……ちょっと色んな意味で危険な気がするからやめておきましょう」と言う。
「お風呂かぁ………」と蛍がもう一度呟く。
「この際、私は水風呂でもいいわ。」と紬が言う。「でも、みんなで入るのは嫌。誰かが入っている時は、他の人が見張りに立ちましょう。」
「ツムギ??本気ですか?腰洗い槽の冷たさは想像を絶しますよ??ホタルだって知ってるでしょ??」と愛衣花が青ざめながら叫んだ。「例え3人が中に温かいものを注ぎ入れてもタカが知れています!クラス全員のを注ぎ入れても怪しいくらいdeath!」
「……ちょっと待ってよメイカちゃん……アナタ腰洗い槽でもシていたの……?」「あ、high。あそこは特に塩素消毒が完備されていますから、問題ないかと……?」
「ダメダメ!なしなし!!腰洗い風呂は無し!!」
蛍が「我が儘ね……」と言い、「じゃあ、こうしましょう。確か給食室に大鍋があるはずよね。全校生徒分の豚汁とかを作れるやつ。……あれに水を張ってお風呂にするのはどう?」と、閃いた!と人差し指を天に向けながら言った。
「それGood-idea!」と愛衣花が大きな声で相槌を打つ。
「待って待って待って……明日から給食も食べれなくなるじゃない?!ナニ言ってんのよ??」と紬が叫ぶ。
「長い髪をケアするのも大変ね……」と、蛍が得意気に上げていた指を下ろした。
「百歩譲って、身体はお湯に浸したタオルで拭けばいいとしても……、髪だけは洗いたいわ!昨日だってまともに洗えてないんだから?!」と紬が言った。「……もう、いっそ私、蟲姫様の所へ行こうかしら……。あの綺麗なお屋敷だったらお風呂は清潔でしょう……?」
「いえ、ツムギ……最近の蟲姫様の暴走状況だと、あそこは9割がたゴミ屋敷に戻ってると思うわ。やめておきなさい……」
「じゃあどうすればいいのよ??!」
「話は戻るけど、プールのシャワーじゃ駄目なの?」
「……出来たら、髪はぬるま湯で洗いたいのよ…。水だけだと泡立ちも悪いし、毛穴が閉じて汚れが取りきれないから……」と少し冷静になった紬が答える。
愛衣花・エル・ターナーが珍しく諭すような口調で、「ツムちゃん?もう妥協しませんか?メイカもあの不潔な家に帰るくらいなら水風呂に甘んじますので…。」と言った。「腰洗い槽じゃなくて、みんなで25mプールの方に入りません?あれだけ広ければ中で石鹸使っても大丈夫ですよ……」
蛍が割り込んできて、「不潔って……。自分のうちでしょ??さっきのママ・ターナーさんはメイカちゃんのことを思ってカツラを用意してくれたのではないの?せめてもの親心でしょ?分かってあげなよ……。」
金髪の少女は少しショボン……として、「……私だって分かってます。ママがメイカのことを考えてくれているというのは……。でも正直モジャモジャは結構です。て、言うかさすがにパパのおヒゲ製はデリカシーがないと思いませぬか??!」と言った。
蛍は次に紬の方を向いて、「紬?アナタもちょっと失礼だったわよ?」と言った。「土足はね、外国の文化なんだからね?それに外人は基本、脱ぐと足の臭いが凄いから、脱がないことがマナーなのよ。何でもかんでも脱いでいたら、それこそメイカっちみたいになっちゃうじゃない?て言うか、ひょっとしてメイカちゃんがすぐ脱ぐのってこの習慣への反動?強迫観念かナニかなの??」
蛍の熱弁を聞いた紬が歩み寄ってきて「……ごめんね。メイカちゃん。アナタのうちの人達の習慣を不潔だなんて言って…」と頭を下げる。「確かにホタルの言う通りだわ。履いたままより、脱いで丸出しにした方が、よっぽど不ケツよね。(チラッ)」
「メイカは、ちゃんとおケツを洗っていますが……」
「ほら、2人共!仲直りして!握手、悪臭!」と蛍が、無理矢理お互いの手を握らせる。
「いや、別に喧嘩してないけど……」
「いや、喧嘩してた!異文化にもっと敬意を払いなさい!」と蛍が偉そうに言った。「メイカっちも自分の文化にもっと誇りを持ちなさい!」
反省した様子の愛衣花・エル・ターナーが荷物を置きに教室の方へ引き上げていくのを見送り、紬は蛍に向かって「……私も結局お祖母ちゃんと同じ……古い偏見に囚われていたんだわ……自分が情けない……ホタルもたまにはいいこと言うわね。」と恥ずかしそうに言った。
しばらくの間、何となく2人は愛衣花が戻るのを待ちながら、今夜の食事の予定やお風呂の順番について話し合っていた。
ガタン……
机のずれる音がして、蛍と紬が顔を上げる。
……そこには、一矢も的に当たらない姿の、穢れなきお稚児さんならぬ、馬子にも衣装状態の、靴下と上履きだけを履いた愛衣花・エル・ターナーが立っていて、
「靴を脱がないのって……やっぱりEですね……。足首だけキュッと……ゴム紐から開放されたお腹はポン……と……」と頬を赤らめながら言った。
「どうして?、いつも?、アナタは?、最終的に!そうなるのよ?!」と紬が大声で叫び、
蛍が笑いながら「アハハハ……靴を脱がないのは外人のアイデンティティよね!」と言った。そして「メイカっちは自国の文化を守れて偉いわ!」と手を叩き、
褒められた愛衣花は「アメリカも白人もガイジンも捨てたものじゃないですね!お2人も異文化交流(略してインコウ)しますか?」と嬉しそうに言った。




