#48 第五十四噺
3人の少女は川の字になって、宮代の母屋にある広い和室で眠っていた。
この部屋には、小さな日本庭園に面した縁側があり、紬が持ってきていた蚊取り線香の煙が静かに立ち昇って、空に結界を張っている。
少女達のお腹の上には掛け布団の代わりにバスタオルがかけられており、枕元には通学鞄が半開きで散らかっていた。
歯磨き粉の匂いを口から発しながら、木守紬が寝息を立てるその横で宮代蛍が寝返りをうち、
愛衣花・エル・ターナーのお腹のバスタオルを引っ張って、彼女のおへそをちょこんと覗かせる。
愛衣花は、肩紐が長いワンピースに着替えており、それがはだけて、脇からあばら骨の形が見えていた。
ボサボサの髪に寝癖をつけた宮代蛍は、半袖セーラー服姿のまま眠っており、頬には畳の跡が思い切りついていて、枕にした二の腕に涎を垂らしている。
紬は濡れた制服を脱いだ後、タオル地のシュシュで髪を緩い三つ編みにしており、白い半袖シャツとUMAのロゴの入った短パン姿で、髪を身体の下敷きにしないように真っ直ぐな姿勢で寝ていた。
柱時計が夕刻の時を告げた後、静まりかえった部屋には、蛍のいびきだけが聞こえていた。
軒下には愛衣花が貰った蛍の水着と、紬の長袖セーラー服が掛けられており、ポタポタと水滴を垂らしている。
一瞬目を覚ました金髪の少女は、蛍にバスタオルを奪われていることに気付き、
少しムッたした顔をすると、セーラー服の巫女からタオルを剥ぎ取り、それをマントのように肩に羽織ると、
今度は無理矢理、紬と蛍の間に入り込んできて、髪の長い少女の方にぎゅ…と抱き付いた。
そして頭からタオルを被ると、汗ばんだ白シャツに顔を寄せ、「ムニャ………」と温かい膨らみに唇を寄せる。
「ひゃ??!」
と叫んで紬が飛び起きる。乳飲み子を抱いた夢を見た紬は、嫌な汗をかいて辺りの薄暗がりを見回し、
「……ちょ、ちょっと2人共!!起きて!もう夕方よ!」と叫んだ。
「「ふわぁぁぁぁぁぁぁ………」」と残りの少女達も目を覚ます。
「おはよ~」「オハヨ~」
「お早うじゃないわよ!!学校終わっちゃってるわよ!?」
紬は縁側の方で干されたセーラー服に駆け寄り、それがまだ全然乾いていないのを確認した。
手を水平にして青い目をこする愛衣花・エル・ターナーは、ヨレヨレのワンピースの肩紐を肘のところまで落として、貧困地区(B)の子供のように痩せた身体をこちらに見せている。
「メイカっちはちょっと痩せすぎよ。骨が出てるじゃない…」と寝ぼけ眼の蛍が言った。
「で、そのわりに腹が出すぎなのよね。中年男性みたいに……」
「え?今朝はメイカはモデルみたいだと言っていませんでしたか……」
「メイカちゃんは外人だから、ハンプティダンプティ体型なのよ。身体は細いのに、お腹とお尻が丸くて、そこからまたヒュッと細い脚が突き出している。背は低いけど、全体のバランスでは顔がちっちゃくて手足が長いんだよね。」と紬が言った。
「……そんな……あんまり褒めないでくダサイ……」と愛衣花がポッ…と頬を染める。金髪碧眼少女は、紬から返してもらった魔法少女装備のゴム部分が食い込んだせいで、キャタピラ状になったお腹をポリポリと掻き、
「そんなに褒めるとナニか出ますからね?」と言った。
「……いや、それは、『ナニも出ませんからね』の間違いだから。て、言うか…もう何も出さないで。全てを永久にしまっておきなさい。」と紬が静な怒りを声に滲ませながら言った。
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3人は、蟲姫のおしめ縄を含む洗濯物を手分けして持ち、今度は正規のルートで通学路を歩いて戻っていった。
「……ところでメイカちゃん?ホントに突然行って、アナタのおうちに泊めてもらえるの?」
「大丈夫です。パパは基本、若い女の子が大好きですから。きっとバナナの下を伸ばして大喜びするはずdeath!」
「鼻の下では……?」と紬が指摘し、「ご飯とか、いきなりお御馳走になるのも悪いから、先に食べてから行きましょうか?」と蛍の方を見ながら言った。
「て言うか、今日は朝食も給食も何も食べていないから、お腹ペコペコよ……」と蛍が言う。「今なら蟲姫様のご飯も食べられそうよ…アハハ…」
し~~~ん………と、2人の少女がドン引きして蛍のことを眺め、
蛍は「じょ、じょーだんよ、じょーだん!!もう!洒落が通じないんだから!」と手を振りながら言った。
「……今ので一気に食欲がなくなりましたが……どうでしょう?アイスキャンデーでも食べていきませんか?お昼寝して喉が渇きましたし。」と愛衣花が提案する。
「それいいかも。」と蛍が嬉しそうな顔をすると同時に、愛衣花が畳み掛けるように「ツムちゃん、どう?三途河商店のアイスキャンデーをみんなで食べませんか?」と言った。
「でも、通学路で買い食いするのはちょっと……」と紬が言う。
「今日は学校帰りじゃないからいいのよ!紬固いこと言わない!ん?……よく考えたら、お母さんのいない今、私は甘いものを買い食いし放題じゃない!ウハッ!!盆と正月が一緒にやってきたわ!さ、行きましょメイカちゃん!」
2人はズンズンと歩き出し、紬は「お金あるの?」と言いながら小走りについていった。
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愛衣花・エル・ターナー御用達、粉ミルク缶から各種おしゃぶり、哺乳瓶までが棚に並ぶ三途河商店には、表の道路にはみ出した軒先にアイスの冷凍ボックスがあり、季節を問わず、オリジナルアイスキャンデーを食べることが出来た。
「おじさん!新しい味入りましたか??」
商店のレジを任された18歳の時から、すでに『おじさん』と呼ばれていたアルバイト慈光亘は、長年身に付けている色褪せたエプロンで濡れた手を拭き、「やあ、いらっしゃい。」と笑顔で少女達を出迎えた。
「今入っているのはね、え~っとぉ、パイン味と……、チョ…ん?コ味かな?……確かチョコ味だ。あとは、うちの一押しっ!凍らせたカレピス味だね。でもこれはミルクセイエキの味がするから愛衣花ちゃんは苦手だったよね。」
「いつもと変わらない品揃えですね」と愛衣花が言うと、慈光亘は優しい目をして、金髪少女のずれた肩紐を斜めに見下ろし、「…ペチャパイン」と小さな声で呟いた。
アイスボックスを覗き込む少女達の動作がピタリ…と止まる。
紬がゆっくりとヒンヤリたした扉を閉め、蛍も顔を上げ真顔で彼の顔を見返した。
「…………。」
最初に口を開いたのは、常連客の愛衣花・エル・ターナーだった。
「も~う!慈光のおじさんったら!いっつもそんな駄洒落を言って!」
「ホンット、ジコウさんって面白いですよね。」「アハハハハ……」と蛍が爆笑した。
「子供を愛する三途河商店のアイスは、暑い夏でもカチンコチンで1本百マン円です!」と慈光亘(32)が、おどけて言うと、
3人の少女達はクスクスと楽しそうに笑った。
「100万円なんか持ってないよー!」と蛍が言い、「じゃあ、マン引きするのかな~?」と亘が肩を触ってこようとするのを「しませんよ~」と蛍が瞬時によける。
白い薄手の半袖シャツの背中側に視線を感じて、紬が振り返り「あ、ホタルだけ制服ですけど、学校帰りじゃないですよ。」と言った。
「アハハ……確かに制服で買い食いは感心しないけどね。蛍ちゃん達なら大目こに見てあげるよ。」
「|三途河さんは、昔から私達に優しいですよね。」と紬は言って、汗をかいた背中側が透けるのを気にして、服と肌の間に風をパタパタと入れていた。
「ふうん。…紬ちゃんは、もうお姉さんだね。」と亘が言う。
再びアイスの種類を選びながら愛衣花が「おじさんは、結婚しないんですか?」と唐突に聞いてきた。「ほら、おじさんって子供好きで凄く優しいのに、なぜか全然モテないですよね。」「コラ!メイカちゃん?失礼だよ。」と紬が金髪頭をポカリと叩き、「三途河のおじさん、ごめんなさい……」と謝った。
「いやいや、気にしてないから。……じゃあ、紬ちゃんが大きくなったらボクがお嫁さんにしてあげよーなかなあ…。」
アイスを漁る3人の少女の手がピタリ…と止まる。
そして無言で顔を見合せると、……アハハハハ……と涙を流して大笑いした。
「そう言えば慈光おじさんってさ、お人形さんが大好きだったよね?そーいうところからもホント優しいってのが伝わってくるよね。」と蛍が言う。
「そうそう……小さい頃、チカちゃん人形でイッパイ遊ばせてくれたよね。懐かしい。」と紬も言う。
「お人形さんを愛するゼペドおじさん。メイカ達はSo呼んでました。」
「あと、よく私達の写真を撮ってくれましたよね……。可愛い服をイッパイ持ってて。おじさん?あの服って親戚の子の物とかだったんですか?」
「ん?何か言ったかな?」と亘は少女達の背後で、手を低い位置にして持った折り畳み式の手鏡を閉じながら言った。
「あ、おじさん、お洒落~」と愛衣花が言う。「男の人がそういう鏡持って身だしなみを気にしてるのって、いいと思いますよ~パパも見習ってほしいわー。」
「さあ、どのアイスキャンデーにするの?」と微笑みながら亘が聞いてくる。
悩んだ末、愛衣花はパイン味を、紬はカレピス味を、蛍はチョコ味をそれぞれ取り、100万円ずつ支払った。
少女達は汗をかいた個包装の袋を握り、手荒に袋を剥いていく。
レジ台に戻った慈光亘は、その様子をじっと見つめ、収まりのいい位置を見つけると片手を台の下に下ろし、後は温かい眼差しでこの女子中学生達を見守り始めた。
筒状の包装紙を剥き終えた蛍が「……こんなに小さかったっけ?」と呟く。
「小学生の頃に見た時はおっき~って感じたのになぁ~……なんかちっちゃくね?」と呆れたように袋を更にずり下ろす。
「……そうね……笑っちゃうくらい小さいし、それにちょっと柔らかすぎない?こういうのってもっと固いものでしょ?おじさん?アイスボックスの温度高くないですか?少し柔らかいし、若干フニャフニャしてますよ?固さが全然足りません。」と紬が言った。
「あ、味はいいはずだから……」とアイス担当のアルバイト慈光亘は、息を止めたように言葉を詰まらせながら答えた。
「固くないし、小さいから食べやすいんじゃないですか…」ハァ…、わかってないなあ……と愛衣花が頭を振り、両手でアイスキャンデーを抱えると、すぼめた小さなお口に細い先端をチュプ♡と咥えた。そしてゆっくりと上下に動かし始める。
チュプ……チュプ……チュプ………
「あ、あ、紬?!もう溶け始めてるよ!」と蛍が叫んで、手に垂れてきた汁を掬うように、紬の顔の横から、ペロリ…とアイスキャンデーの側面を奪うようにして舐めた。同じタイミングで舌を出していた紬が、「や、やめてよ蛍??私のよ!取らないでよ!!」と急いで反対の側面を舐め取る。
「あーあ……」と蛍が言うと同時に、アイスの先端がポキリと折れ、ベタベタになったジュースが拳の中に流れて落ちていく。「もうおしまい??これで100万円なの?だっさ……」「……ちょっと早すぎるよね……これじゃ舐める暇もないよ……」と紬も口を揃える。
「うっ……うっ……」と三途河のアルバイトおじさんが、泣いているようなしゃくり声を上げ、レジ台に顔を伏せた。
「2人とも!おじさんが可哀想でしょ??おじさん泣いてるよ?…ね?おじさん、気にしないで!メイカは小さくて可愛いおじさんの細いアイスが好きですよ?果汁もイッパイ出ますし。」
「え~。でもこれは無しだよ~。果汁って言っても、うっすいじゃん?いったい果汁何パーセントよ?それにほとんど皮じゃん?包装紙ばっかり大きくて、過剰包装がだだ余りしててさ?でも肝心の中身がこれじゃ女の子は満足出来ないわよ?おじさん、お金取ってこれは無しだよ。ツムギもそう思うよね?」「うん、子供騙しにもホドがあるよ。子供サイズにも限度があるからね。なんかガッカリ……小さい頃の思い出のままにしとけば良かったかなあ……」
「ツムギにホタル……なんか辛辣……アイスのクォリティに厳しすぎませぬか?」
「いや、ありがとう……蛍ちゃんに紬ちゃん………そんな風に言ってもらえて、おじさん…久しぶりに目が覚めたよ……おじさんが目指していたものを改めて思い出せたような気がする……。ふう……。君達みたいな子供からこんなことを言ってもらえるなんて夢にも思わなかったよ……本当にありがとう……」と亘は言って、満足そうにティッシュを何枚か取った。
「おじさん、泣かないで。もう!ツムにホタル??アナタ達なんて意地悪なの?!もう二度と連れてきてあげないから!」と愛衣花は言って、ベタベタになった指をペロペロと舐めた。
「……でも長年食べて、一度も当たりが出たことないのよね……」と独り言を呟いた後、愛衣花は仕上げに小指程度に細い棒を甘噛みし、じゅぅぅぅぅぅ……と唾液を染み込ませる。
その言葉を受けて蛍が「おじさん?ホントにこれ、当たり入ってるの?」とアイスボックスをもう一度開けて調べ始めた。
「……トイレに入った後、手を洗わないで食べたら、当たりは当たりでも、食あたりになっちゃうからね~。」とおじさんが小さな声で言い、
蛍と紬が、……プッ!と吹き出し、「も~ぉ!おじさんったら!本当に面白いんだから!」と言ってアハハハハハ………と2人で肩を叩き合って大笑いした。
「うふふ……慈光おじさんは最低ちん金の独身だけど、とっても楽しい人だから、女の人にモテると思うんですけどね……ちっともそういう噂を聞きませんよね。いつか結婚出来るとEですね!メイカも応援してます。」
「あ、そろそろ塾の時間じゃないですか?」と笑いすぎていた紬が、呼吸を整えながら言う。
ここ三途河商店の奥にあるお座敷は、土日はもんじゃ焼きを食べるスペースになっていたが、
平日の放課後の時間には、慈光亘による小学生向けの学習塾が開かれていた。
そこは昔から主に勉強の遅れた子供達が集まり、この場所で6時まで集まって勉強をしている。
小学生当時、外人らしく靴下が臭かった愛衣花・エル・ターナーを男子達がからかってきたのを、慈光亘が庇ってくれ、
別室で脱がしてもらった後、泣いている愛衣花の足を丁寧に拭いてくれ、帰るまでに靴下に柔軟剤の甘い香りを付けてくれたのはいい思い出だ。
「慈光さん?」
突然、3人の少女の背後から、落ち着いた雰囲気の声がして、
振り返ると、パーマをかけた肩までの髪と細縁の丸眼鏡を掛けたスーツ姿の女性と目が合った。
「あ、齋籐先生、お久し振りです。」と紬が言う。
小学校教諭、通称『難しいほうのサイトウ先生』(25)が、「あら、木守さん、ターナーさん、宮代さん、お久し振りですね。」と言って眼鏡の縁をクイッと持ち上げる。
「あ、はい、なんでしょう……」とエプロンの皺を直しながら三途河商店のアルバイト(32)が、気だるそうな重い腰を上げ、こちらに歩いてきた。
愛衣花が、あ……という顔をして、紬の服の裾を引っ張る。「……ひょっとして、このお二人……」紬もパァ……と嬉しそうな顔をして「あ、そうか!この2人、独身だし、お似合いかも!」と言うと、ボケっとした蛍の手を引っ張って、向かいのバス停のベンチに避難した。
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「……慈光さん。少し宜しいでしょうか。」「はい……」
「うちのクラスの保護者の方々から、苦情が来ています。」
「はあ。」
「お心当たりがおありでしょう?」
「あ、いえ……なんでしょうか。」
「貴方がやっている塾のことです。言い逃れは出来ませんよ?」
「何か問題でも?」「大有りです。………子供達から報告が上がってきているんですよ。」「だから何なんですか?」
「慈光さん……貴方………、女の子ばっかり贔屓していらっしゃるでしょ?」「………。」
「聞いていますよ。男子達から『依怙贔屓だ~、女子にばっかり優しくして!』と。この男女平等が叫ばれる今の社会で、それは教育上宜しくありません!」「いや、それは……」「黙らっしゃい!ちなみに女の子達からもクレームが来ています。小さい子に甘くて、上級生になるほど冷たくなるって!この件は私にも心当たりがありますからね!憶えていらっしゃいます?ここに入塾した当時、私はまだ5年生でした。慈光さんは18……くらい…でしたっけ?あの頃は貴方はお優しかった!それがどうです??高校生になる頃には冷たい態度を取り始めて!……そういうの、子供はとっても傷付くんですよ??分かってます??」難しいほうの齋籐音奈先生は、耳を真っ赤にして叫んでいた。
挙動不審で、三途河商店の棚に貼られたアニメの女の子のポスターの方に目を逸らす慈光亘は、「わ、分かりました。えこひいきはしませんので……もう帰ってください……その……香水とか、お化粧の匂いは、子供達が集中出来なくなるので……お帰りいただけませんか……」と言った。「え?そ、そうですか?それは申し訳ございませんでした……」と、音菜は、教育者として不要な化粧をしてきてしまった自分を恥じて俯くと、「ごめんなさい……」と小さい声で言った。真っ赤になりながら急ぎ足で走り去っていく、難しいほうのサイトウ先生を見送ると、3人の少女はニヤニヤしながら慈光亘の顔を見て、
ヒューヒュー!と囃し立てた。
「こら!大人をからかわない!もう帰りなさい!」と三途河商店のアルバイトおじさんは言い、ベンチに座った少女達を真正面から、カメラをパンするようにジッと見つめた。




