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#47 第五十五噺


ぎりぎり2時限目の途中に間に合った3人の少女は、愛衣花《めいか》のたっての願いで、念のため本当にプールの授業をやっていないか、校舎の裏手を確認しにいっていた。


蛍が破いたトタンの壁の辺りには規制線が張られ、早速用務員さんが用意したのか、タタミ一畳分くらいの板が2枚立て掛けられている。

蛍は、そこに首を突っ込んで中を覗き込み、「……やっぱり今日は中止みたいね。みんなは体育館かしら。」と言った。

水の入れ替え作業も止められていて、静かに風に揺れる水面(みなも)には、つがいになったトンボが波紋を立てながらお尻をつけて飛んでいる。

「……にしても、なんだか水量が少なくなってきたわね。やっぱり水不足の影響が出始めているのかしら。」

「え?!それは困ります……」と、念のためお受験ワンピースの下に、蛍から譲り受けたスク水を着てきた愛衣花《めいか》・エル・ターナーが言う。

「プールが中止になってしまう前に、一度泳いでおいた方がいいでしょうか……」とワンピースを首まで捲り上げながら金髪女子が呟(つぶや)く。

長袖セーラー姿の紬が、「……ホタル…今日はメイカちゃんに可哀想なことをしたから、ちょっと泳がせてあげるのはどう?」と言った。「遅刻はいいの?」と蛍が驚いたような顔をして聞き返す。

「……うん。どうせ2時限目も途中だし。3時限目の数学から出席しましょ。課目的には体育は一番どうでもいい授業だし……。」

「へえ……ツムギがそんなこと言うなんて意外ね。まあ、ホタル的には全く問題ないわよ。なんなら数学もバックレて構いませんし!」「いや、それは駄目よ。テストが近いでしょ……」


**************


壁の裂け目を内側から板で塞ぎ、蛍と紬は屋根のあるプールサイドに体育座りをすると、

キャ、キャ♪と1人で水しぶきを上げてはしゃぐ金髪スク水女子のことをぼんやりと眺めていた。

濃い色のセーラー服に、高くなってきた陽がポカポカと当たり、

昨夜は殆ど一睡も出来なかった紬の頭が、

……コクリコクリ……と舟を漕ぎ始める。

その優しいリズムにつられて、蛍もうつらうつらと瞼を半目にして首をふらつかせ始めた。


……やがて本格的に眠ってしまった半袖セーラーと長袖セーラーの少女達を見て、

愛衣花《めいか》・エル・ターナーはしばらく静かに遊泳をしていたが、

……キョロキョロ……と辺りを見渡すと、

おもむろに水中で宮代印(みやしろじるし)の黒い水陸両用ロンパースから器用に脱皮して、

背中から続く白い小さなお山2つを浮かべながら平泳ぎで進み出した。

……あ~きもち~~。


愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、水の上でクルリ!と仰向けになり、腕をクリオネのように羽ばたかせながら青い空を見上げた。

雲一つない良いお天気。張りのある白いお腹の上で染み込まずに弾ける水滴に、仲良しトンボのシッポがツンツン……と当たり、愛衣花《めいか》はくすぐったそうに笑みを噛みしめる。

空の青さが、少女の瞳の中に染み込み、半分まで水に浸かった耳に、コポコポとくぐもった血液の流れるような音が聞こえた。

白身魚少女は、ガムテープで赤くなった肌を冷たい水で冷やしながら、ゴムボートのようにぷっくりと膨らんだ身体の部分にピチャピチャと当たる波を感じてうっとりとしていた。


「誰だ!!勝手に入っているのは??!」


怒鳴り声が響き渡り、頭を寄せ合って涎を垂らして眠っていたセーラー服の少女達が飛び起きる。

逆M字に白い脚が跳びはね、ポチャン!とプールの底へ白いカエルのように潜っていった。

プールでの異変に気付いた様子のない用務員が、ズカズカとプールサイドに入ってきて、「コラ!君達は授業をサボって何をしているんだ??!」と厳しい声で言った。

寝ぼけていた蛍は、視界にプカリと浮いて漂う黒い水着を見つけ、ハッ!と目を覚ますと「……あのバカ…」と小さく呟(つぶや)いた。

……ここからでは光の屈折でプールの底は見えない。

……この屈折が子供がプールで溺れた時にすぐに発見されない原因なのだ。

プールに背を向けた用務員が、後ろを向かないように蛍は「あ!用務員さん?あそこの壁どうして壊れたんですか?用務員さんが直してくれたんですか??スゴ~イ♡」と注意を引き付けながら、横にいる紬に目で合図を送った。

紬(つむぎ)は、最初理解出来ず、ぼんやりと蛍を見つめ返していたが、……彼女も水面に浮かぶ黒い布の固まりを見つけ、顔を青ざめさせた。

「こら!君達!早くここから出なさ…」

「ちょっと待って用務員さん!この子は御(おん)宮代(みやしろ)様の処(ところ)の女子であります!」と紬が彼の言葉を遮る。

「ん……。そう言われてみれば………ああ君だったか、宮代様の娘さんは……。お母様と良く似ていらっしゃる。宮代様もお若い頃は喪不(もぶ)っぽいお顔で目立たなかったからな……確かに。貴女は宮代様の女の子っぽいね。」ムッとした様子の蛍を引き留めながら紬は「ここは宮代の次代巫女様にお任せください!」とビシ!と手のひらを真っ直ぐにしてボサボサ髪の巫女を紹介した。

「任せるとは……?」と用務員が怪訝な表情をする中、「いーから、いーから……」と蛍がプールの外へ彼を引っ張っていった。


フェンスの穴を跨(また)いで蛍と用務員のおじさんの2人が外へ出ていくのを見届けると、

紬は一層真っ青になった顔に、長い三段結びの髪を振り乱して、なりふり構わずセーラー服のままザブーン!!とプールに飛び込んだ。


ブクブクブク………


メイカちゃん…………どこ?


ブクブクブク………どこ?


ザッバァーー………


あれ?メイカちゃん??ホントどこよ??

波間に揺れる黒いスク水を回収し、ずぶ濡れになったセーラー服に足を取られながら、

紬はプールを横断していった。


―――――――――――――――――


その頃、愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、

高い壁に覆われた腰洗い槽で、腰まで塩素消毒水に浸かりながら息を潜めて、唇を紫色にして寒さに震えていた。

用務員さんと、蛍達がいざこざを起こしている間に、愛衣花《めいか》は自慢の透明感のある美肌を利用して、反対側のプールサイドに上り、何喰わぬ顔をしてここへ避難してきたのだった。


さ、寒い………。正直、プール好きのメイカちゃんでも、10秒以上ここに居ることは出来ないわ………。さ、さすがに寒過ぎる……ガチガチガチガチ………。

歯をガタガタ言わせながら、愛衣花《めいか》は、……も、もうそろそろ用務員さんは出ていったかしら……と考えていた。


―――――――――――――――


「これでバッチリ補修出来ました!」と宮代の若い巫女蛍(ほたる)は、得意のガムテープ工法でベタ張りした板壁を指差して、「この強粘着テープで塞がれた壁は、何人(なんびと)足りとも侵入することは出来ません。」と自信を持って説明していた。

「………そうかい……まあ、宮代様のご息女様がそうおっしゃるなら間違いはないのだろうね。ありがとう。これで3限目からプールが再開出来るね。」と用務員は言ってヤレヤレ……と疲れたように用務員室へ戻っていった。「……仮眠を取らせてもらうよ……ふわぁぁぁぁぁぁ…………」

えっへん!と偉そうに用務員を見送る蛍の視界の隅に、ずぶ濡れのセーラー服少女が入ってくる。

「ツ、ツムちゃん?!大丈夫?!プールに入ったの??で、あのアホはどーしたの??」

「そ、それが……どこにもいないの……」

「へ?」

「これを残して忽然と消えてしまったの……」そう言って紬は、元は蛍の物だった水着を掲げてみせた。

「まさか!か、神隠し??!」と蛍が顔から血の気が引いて、殆ど真っ白になりながら言う。

「……まずいわね……メイカちゃんの無垢っぷりは前々から気になってはいたのよ……。何て言うか……あれは神に好かれ(▪▪▪▪▪)やすい(▪▪▪)タイプよ……」

「え??じゃあメイカちゃんは……」と紬はスカートをジュブゥゥゥゥゥ……と搾(しぼ)りながら震える声で言った。


「……メイカちゃんは多分、なにかしらの神に捕えられたかも知れないわね。」

「ど、どうしよう?!ホタル……何とかならないの??」と紬がプールを振り返りながら言う。

「そうね……。」と蛍は深刻な顔をしてセーラー服のお腹を捲り上げて脇腹をポリポリと掻くと、腰巻きに隠し持っていたマキリを引き抜いて「…確かに神隠しの気配を感じるわ………。ツムギ、気を付けて…」と言った。


その頃、愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、体が冷えたせいで、今度は更衣室に隣接したコンクリート作りの暗い御手洗いに入っていた。そして急降下したお腹から再度die(公開)&show(処刑)を終わらせると、木のサンダルを履いた足に剥き身の全(ぜん)愛衣花(めいか)・エル・ターナーを乗せ、スッキリとした空っぽの下腹部を凹ませていた。


……さて。ホタルのおうちでは、ガムテープに閉じ込められて出し切れなかった実力も…全部出し切れたし、対応に色々と不満はあったけど……これで全部水に流しましょう………。

満足げな表情で、金髪の少女は銀色の無機質なホルダーに手を伸ばした。

そして蓋をカパッと上に上げると、虚しく指が空を切る。

ん?

んん?

おやおや………?


カミ(▪▪)がごさいませんが……。


ちょっとちょっとちょっと………??

まさかカミを隠された?!

ガムテープに続きどーいうことデスカ、これ??

ま、まさかメイカちゃんはイジメられてる………??………この日本(ジャパン)の閉鎖的村社会では、メイカは可愛いすぎるのかも知れません………。上履き隠し、縦笛隠し……ランドセル隠し等々、色々聞いたことはありましたが、……まさかこの私がカミ隠しにあうとは……。思ってもみませんでした。


……しかし今のメイカは…幸いなことに、穢れを知らぬ身一(みぃひとつ)つの身(みい)……。

しかもここはプール。何とかなるでしょう……。


愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、慎重な足取りでいったんコンクリート部屋の外へ出ると、隣にある男子用施設の方を確認してみようかしばらく悩んでいた。

……いや、それはやはり良くないわ……。いくらまだメイカが、男女の境界線が曖昧なchildだからと言って、こっちに入るのはさすがに抵抗がある………。だってメイカは女の子だモン!

金髪碧眼の少女は、丸いお腹を見下ろして紛れもない事実を改めて確認すると、

……男の子は変なのがくっついてるからね……。詳細は知らんけど…と考えていた。

それに引き換え、女の子にはそういったhe(ヒー)-why?なモノがついてないから……まったくイヤらしくないわ……すべからく、すべすべ……。Y褻物チン列罪とはよく言ったものですね……女子にはチン列するものがない分、邪(よこしま)な概念が入り込む隙間はないのデス……。と、たてしまな概念を見つめる愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、

……ふと、今朝初めて体験した宮代家での未来設備のことを思い出していた。

あれは噂に聞いた『人間洗濯機』deathよね……。大阪で開(ひら)かれた万博でお披露目された未来の家電……。スイッチ一つで体を綺麗に出来るのには驚きました………。何故、宮代家にあれがあったのかはシリませんが…… 、カミを否定したあの未体験の使い心地は衝撃的でシタ……。


そっか………。


カミ隠しにあっても、この手(▪▪▪)があったか。いや、手では拭かないけど。


愛衣花《めいか》は、プールにしかない、ある特有の流し台にスタスタスタ………と向かっていき、……これ、形も丁度いいですね。さっさと終わらせてしまい魔性(ましょう)…と準備を開始した。


――――――――――――――


「メイカちゃ~ん!」「メイカっち~!返事して~~!!」

そこら辺の時空の狭間に女児が嵌まっていないか、蛍とずぶ濡れの紬は、プールの排水溝や、マキリで突き刺したビート板の間を捲りながら、必死に神隠しにあった少女に呼びかける。


蛍が、プールサイドに並んだベンチの下を覗きにいく中、紬は背丈ほどあるコンクリートの壁を曲がり、シャワーのパイプが並ぶ場所に向かった。


「メイカちゃ………」


呼びかけようとした声をピタリと止め、

紬は、目の前の流し台に乗っかる金髪少女を見つけると、その場で固まった。


このブロンドヘアの肌色妖怪は、目を洗う為に設置された二股の蛇口を使って、アクロバティックな体勢で跨がりながら、前後同時に未来の洗浄を試みているところだった。

「メ、メ、メ、X、X、X、✕、✕、✕、✕イカちゃぁん???!」

「あ、ツムギ。どーしたの?そんなずぶ濡れで。」…見られてしまったからには、平静を装おうしかない金髪碧眼の少女は、何でもなさそうに笑顔で話題を逸らす。

「い、い、今スグそこを降(お)りなさい!!そしてこれを着なさい!!」と紬は叫んで黒い水着をビチッ!と目(め)以下の価値しかない少女の肌に叩きつけた。


「いった~い(涙)」と愛衣花《めいか》・エル・ターナーは言い、もぞもぞと水泳服に体を通し始める。

「どったの、どったの??」と蛍が背後から駆け寄ってきて、「あ、メ以下っち!神隠しから戻ってこれたんだ!良かった~~」と安堵のあまりケラケラと笑いながら言った。


「A(ええ)。…恐ろしいカミ隠しでした。でもホタルのおうちで見た、あの未来の洗浄方法で事なきを得ました。」

「そう?」と蛍は分かったような分からないような顔をして言い、「紬(つむつむ)?なあに?そのこの世のもの(▪▪▪▪▪▪)ではない(▪▪▪▪)もの(▪▪)を見たような表情は?」と背中を叩きながら笑った。

「………私、もう2度と目洗い蛇口を使うことは出来ないわ……」と紬が疲れたように呟(つぶや)く。


「ん?ツムちゃん、それで正解よ。」と蛍が言った。「今はね?水道水で目を洗っちゃうと角膜を傷つける恐れがあるということで、全国の小中学校で、このタイプの蛇口は廃止されているようなのよ。やっぱり定番、漏斗コドモ目薬がいいみたいよ。……ちなみに腰洗い槽を使用しているのも、今では三々賀(みさんが)村くらいみたいね。

まあ、これに関しては塩素(しお)による邪気の浄化という側面が強いから、今後も宮代の管理の元、継続していくけど……」

「メ以下ちゃん、聞いた?……今回は神隠しにあったからしょうがないけど…アナタは、もう2度と目洗い器を使用しないこと……」

「は~い。」


キンコン・カンコ~ン………


「2時限目が終わったわね……」

3次元世界に戻ってきた愛衣花《めいか》・エル・ターナーをタオルでくるんで拭いてやりながら、紬は「はっくしょん♡」とクシャミをし、「ホタル……悪いけど、もう一回戻りましょ……着替えたいわ……」と言った。

蛍が「ツムちゃん……もういっそ今日はお休みにしましょうよ……帰って一度みんなでお昼寝しましょ……それからメイカっちのおうちに行くんでどう?」と提案する。

「あ、メイカも喉が渇きました。粉ミルクが飲みたいデス。」


はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………

と、紬は特大の溜め息を吐き、蛍の前髪を風で揺らした。外国人らしく前髪を作っていない愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、飾り気のないdecoを光らせて、まだ湿った水着の上からお受験ワンピースを着込むと、

「ツムギ?寝不足ですか?ちょっとオクチ臭(くさ)いdeathよ?」と言い、

光の速さで頭をはたかれると、意識を失って蛍の腕に倒れ込んだ。


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