#45 第五十七噺
避暑地の白セーラー服(校則違反)を着た愛衣花・エル・ターナーは、
意気揚々とランドセル型の茶色い通学鞄を背負い、水色のプールバッグをぶんぶん振りながら登校してきた。
まだ誰も来ていない中学校の正門に、箒を持った用務員のおじさんが立ち、夏色少女がやってくるのを待っている。
「お早う、ターナーさん。」と用務員さんが声をかける。愛衣花は「あ、はい、お早うゴザイマス。」と目は合わせず、かと言って無礼にならないような高い声のトーンで返事をした。
「日直かい?」
「あ、はい。そーです。」
「今朝は冷えたね。」
「そーですね。………あ、用務員さん?プールの水温はどーでしたか??今日はプールやれそうですか?」
「ああ、大丈夫そうだよ。さっき確認してきた。もう少し日が昇れば、まだまだ暖かくなると思うよ。」
「良かった。じゃ、私、ウサギのエサやりがあるので……」
「はい、いってらっしゃい」と用務員のおじさんは手を振ると、金髪碧眼の少女は軽くスキップしながら校庭の外周から校舎の裏側の方へ進んでいく後ろ姿を見送った。
愛衣花・エル・ターナーは、少し日陰になった建物の裏手に回ると、
「う………」と唸って鼻を摘まんだ。
……ナニよこれ……。
透き通るような白い肌の西洋人少女は、学校のシンボルツリーである大きな銀杏の木を見上げ、
まだ葉が青々としているのにも関わらず、秋の銀杏特有の、堆肥のようにキツい臭いのする空気を吸い込み息を止めていた。
……蟲姫様の影響で、植物の生育が早くなっているせいかしら……。
愛衣花は、「くっさ!」と思わず口に出して感想を述べ、
同じように臭いウサギ小屋の中を軽く掃くと、腐ったニンジンを捨て、新しい水とキャベツを餌箱に置くと、
そそくさと小屋から退出する。
切り株の上に置いておいた通学鞄一式を肩に引っ掛け直し、愛衣花は気分転換にプールの方へ歩き出した。
昨夜は少し曇っていた空も、今は爽やかな青空を覗かせ、用務員さんの言う通り今日は暑くなりそうだった。
夜中に部屋の窓の外で一瞬雨音が聞こえた為、愛衣花は(…これで雨乞いの儀式は不要になったかしら)と考えていたが、ママ・ターナー曰く、すぐに止んでしまったということだ。
プールのフェンスに沿って目隠しに張られたトタンの壁の錆を見つめながら、
愛衣花は塩素の匂いを嗅ぎ、先ほどの臭い銀杏の残り香を打ち消そうとする。
クンクンクン………。
プールに向かうコンクリートの坂道にも、銀杏の破片が転がっているのか、そこはかとなく臭いが続いていた。
……用務員さんの靴の裏に付いていたのかしら……。
プールに水を注いでいるドボドボドボ……という楽しげな音が聞こえてきて、愛衣花の心に否応なしに期待感が膨らむ。
まだ作業の途中なのか、プールサイドに続く金網の扉が半開きになっていて、南京錠が下に落ちているのが見えた。
楽しみ♪と愛衣花が笑みを浮かべながら踵を返そうとすると、
『……(メイカちゃん!)』
と、囁くような大声がトタンの壁の向こうから聞こえてきた。
(ん?)と金髪少女は振り返り、頭をあちこちに向けてもう一度聞き耳を立てる。
『……(メイカちゃん!……こっち!)』
「その声は………ツムギ??どこにいるの?」
「こっち!こっちだよ!」
「プール??」
「だ、だめ!こっちに来ちゃ!壁のところで立ち止まって!!」
「?」
愛衣花は言われた通りに立ち止まり、曲がったトタンの隙間から白い手がニョキッ!と伸びてくるのを見て「ギャ!」と叫び声を上げた。
「ど、どーしたのよ、ツムちゃん??プールは二時限目よ!?まだ早くないデスカ???」
「メイカちゃん!!貸して!ほら!前に言ってたでしょ??水着貸して!今すぐ!!」と壁の向こうから木守紬の必死な声がする。
「はい??そんなこと突然言われても!メイカもpool楽しみにしてたんですけど??今日は男子と合同だから、さすがの純真無垢なメイカちゃんもスク水で参加しますよ??」
「いいから!!今それどころじゃないの!とりあえずスク水を貸して!!」グイッ!と指を反らして白い手のひらがこちらに迫ってくる。
「それに、ツムギ?朝イチでプールに不法侵入なんかして!そんなにプールに入りたかったら、やせ我慢seysに、今までだって見学なんかしなきゃ良かったのに!!」「いいから!」と壁の隙間から、肩の近くまで素肌の腕が伸びてくる。
「んん?」と愛衣花は眉間にしわを寄せ、「ツムちゃん?アナタ、今どんな(括弧)してるの?」と言った。
「まさか、誰もいないのをEことに、童心に帰って、『じゃぶじゃぶ元気っ子遊び』をしてるんじゃないでしょうね?!それ、ツムギみたいなボデーの女子がやったら犯罪ですからね??!ちょっとそこで待ってなさい!!今からそっちに行きますから!!」
「や、やめて!」と紬が叫び、隙間から腕を抜こうとするが、…ガッチリと嵌まってしまって身動きが取れなくなっていた。「う…ぬ、抜けない!!こ、来ないでメイカちゃん!?ダメ~~~~!!」
☆☆☆☆☆☆☆
☆シュパン☆
何かが空気を切り裂き、
バタム……と金髪女子がコンクリートの坂道にうつ伏せに倒れる。
「紬??遅くなったわ、ゴメン!」と、……一夜にして髪がボサボサに戻った宮代蛍が、巫女装束で片膝をついて、鞘に収まったままのマキリの柄を水平に構えながら、倒れた愛衣花・エル・ターナーの背中を一瞥していた。「刀背打ちよ!悪く思わないで!」
「ホタル??た、助かったわ……遅いわよ!何か着るもの持ってきた?!」「服?ああ、そっか。ツムちゃんはお風呂上がりのままだったわね。ここにメイカっちのプールバッグがあるわ。……いやあ…それにしても今朝は蟲姫様が盛大に大洪水を起こしてね……。ふた部屋くらい流されて目が覚めたわ!!それよりツムギ?腕が抜けないの?今すぐ壁を切断してあげるから!」
「待って、待って!?水着が先よ!!上から投げて!!」
マキリを鞘から抜いていた蛍は、いったん刃を納め、プールバッグに入った水泳道具一式を、ポ~~イ……と壁の向こうに投げ入れた。
……ぼちゃん……
と、音がして、紬が悲鳴を上げるのが聞こえた。
「ちょっとホタル?!何でそんなに勢い良く投げたのよ??プールに落ちちゃったじゃない!」
蛍の耳がピクリと動き、「……マズイわ!用務員のおじさんがこっちに向かってきている!」と叫ぶ。
「ホタル!!お願い!何とかしてよ!このままじゃお嫁に行けなくなるわ!」「それは大変!」と許嫁の少女は真剣な顔になり、
迅速に行動を開始すると、気絶した金髪女児の腕を無理矢理上げて、……シュポン!!と夏色セーラー服を剥ぎ取った。そのまま少女の体を引き摺って草陰に寝かせると、シュパパパパパパパ……と素早く手を動かす。
「ホタル!早くして!」「待ってて!今急いでるから!」
宮代の巫女は、愛衣花・エル・ターナーの装備を、白い靴下と黒いエナメルの靴だけを残して全部解除すると、
お情けで、まん丸お腹の上から土をかけて隠してやり、
「少し小さいけど我慢して!」と怒鳴って、もう一度丸めた服一式を投げた。
「ツムちゃん!せめてそのパンツを履いてくれれば、すぐに壁をぶち抜くから!急いで!」
「ええ?!これホントに履くの??」
「いいから早く!」
片腕を外に出した紬が、踠きながら苦労して足に布を通しているのが、気配で分かった。
「履いた??」「は、履いたわ……」
返事を聞いた蛍は「いくわよ!ツムちゃん動かないでね!」と叫び、ズバン!!とトタンの壁をフェンスごと切り裂く。
片手で上半身を抑えた紬が、一昔前の魔法少女がプリントされたパンツを履いた姿で、足元に散らばった服をかき集めると、ダッシュで逃げていくのが見えた。
それを見届けた蛍は、いったん深く屈み込むと、脚のバネを使って空高く宙返りをし、愛衣花・エル・ターナーが埋葬された叢へ着地すると、急いで身を隠した。
「なんの騒ぎだ?」
箒を持った用務員が歩いてくると、すぐに何者かに破られたプールのフェンスを見つけ、「大変だ!!」と叫んで駆け寄ってくる。
生い茂った草の後ろで、愛衣花・エル・ターナーが「う、う~ん……」と唸り声を上げ、後頭部をさすりながら土をこぼしつつ上半身を90度に立てた。
「ん?ホタル…??いつの間に来ていたのですか?」
「しっ!!静かに!見つかるわよ!」
「見つかるって、なんの話ですか……」そう言いながら金髪少女は自分の体を見下ろし、「なんでメイカはナニも着てないのですか??!」と大きな声を出した。
「誰かいるのか?!!」と、プールサイドに入って状況を確認していた用務員が首を出す。彼の手には、先ほど蛍が投げたプールバッグが握られており、ポトポトと雫が滴っている。
「マズイわ。あの袋を確認されたら私達が疑われる!メイカちゃん!ちょっとそこで待ってて!!」
「あれはメイカのプールバッグですか??早く取り返してきてくダサイ!!」
白衣と緋袴姿で目立ちまくった蛍は、「とう!!」と再び跳躍すると、クルリ!と無駄に空中で一回転して用務員の背後に立つと、
……シュパシュパシュパ!!とマキリをジグザグに動かし、
彼の手に提げられた水着を、バッグごと粉々に切り裂いた。
用務員が「なんだ??!」と叫んで後ろを振り向くと同時に、蛍は彼の股の下をズザァァァァァァ……!と滑り抜け、顔を見られる前に、この憐れな用務員さんの背中を蹴飛ばしてプールに突き落とした。
ザブゥゥゥゥン!!
シュタ☆
と愛衣花の元に戻ってきた蛍が、「証拠は隠滅したわ!」と言う。
「で、メイカのスク水は?」
「いや。取り返すのは危険すぎたわ。こちらの顔を見られる恐れがあったし……」と蛍が言い、改めて金髪碧眼□リの身体をしげしげと見つめた。
「……さ、行きましょうか……」と蛍が巫女装束に付いた埃を、パンパン……とはたきながら立ち上がる。
「……ちょっと待ってください……。メイカにこのまま校内を歩けと……??」と移民の少女が言った。
「……何か問題がある?アナタ、すグぬグでしょ?今さら誰が気にするのよ?」
「イヤイヤイヤ………」と愛衣花・エル・ターナーは手をぶんぶんと振り「Jordanはよし子さん……」と笑いながら言った。
「そりゃあメイカはこの通り、子供らしく微笑ましい身体をしていますよ??邪な考えが入り込む余地などどこにも無いことは百もショウチしております。」
と、英語ネイティブらしく(?)脚をM字にしてしゃがむ愛衣花・エル・ターナーが、片方の靴下を引っ張り上げながら言った。
「なら、いいでしょ。用務員さんに見つかる前に教室に戻りましょ。これ以上ここにいたら逆に怪しまれるわ。」
「マテマテマテ………。少し不公平じゃないですか?ホタルは可愛い巫女装束。それに引き換えメイカはスッパ・ダカら……。」
「靴下と靴、履いてるじゃない。」「あ、そうか……」
「悔しいけどさ、確かにメイカっちは西洋人だけあってさ……、なんと言うか、生々しさがないのよね。」と、蛍が少し言いにくそうに口を開く。「……ほら、下着モデルが外人ばっかりなのと同じよ。生活感がなくて、アートっぽくなるっていうか……。それに比べて日本人なんかは英語が苦手なくせに足もO脚かX脚だしね。 ……言いたかないけど、アナタは脚も長くて真っ直ぐでいいわよねー。名画みたい。肌も透明感があって、……ほとんど透明人間よ。あーメイカちゃんどこにいるのー?見えないわー。」
「そ、そうかしら?」と言って愛衣花は立ち上がりながら、叢から半歩足を踏み出した。
丸いお腹からニョッキリと生えたカニのように細い脚に、レースの付いた白い靴下と、黒いひだがデザインされた踵のある通学靴を履いた少女は、
少し自慢気に自慢気ではない自動人形を突き出しながら、エッヘン!と腰骨に手をあてがって立ちハダカっていた。
八重歯ともう一つのチャームポイント、de・bethodをお腹の中心にツン(怒)と勃ち上げて、愛衣花・エル・ターナーは「ま、まあね?ホタルもたまにはEこと言いますね?」と言う。
金髪碧眼のリアルQPちゃんは、植木の後ろに転がっていた茶色い通学靴を背負い直すと、「そんなに言うなら……ちょこっとこのまま校舎に行きましょうか?まだ朝早いし、誰も登校していませんしね。」と赤い顔で言って歩き出した。
「ええ、とにかく急ぎましょ。用務員のおじさんに見つかると厄介だわ。」と巫女姿の蛍は言い、「……ホント、メイカっちはお肌もキレイで現実味がないわね……」と感心しながら白いお尻の後ろをついていった。
「じゃ、私はこれで。」と昇降口の所で巫女が言う。
「ん?」と上履きに履き代えながら愛衣花が顔を上げた。
「私、何処かに隠れたツムギを回収して一度家に帰るから。蟲姫様の誤解も解けたし、なんか今朝の大洪水が恥ずかしかったのか、姫様すぐに帰っちゃたから。」
「なんのことを言ってるんですか?」とお尻に付いた下駄箱の砂をパンパン!と落としながら愛衣花が言った。
「いや、あのね、実はツムギのおうちが改装工事に入るから、しばらくうちに泊まることになったのよ。あ……でもうちもお風呂壊れちゃったんだ……あれ?今夜からどうしよう………」
愛衣花は、保健室の橫に付いた大きな壁掛け鏡に全身を写しながらブロンドの髪を撫でつけると「じゃあ、今日からうちに来ますか?」と鏡越しに言った。
「え?いいの?突然押し掛けてパパ・ターナーさんは大丈夫なの?」「多分、大丈夫です。それに雨乞いの儀のこともあるし、一度みんなで打ち合わせしておいた方が良くないですか?パパの意見も聞けますし。」
「………そうね。」と蛍は腕を組みながら言った。
愛衣花は、廊下にキュ♡キュ♡と上履きのゴムを鳴らしながらお尻を振って歩き、「じゃあ、決まりですね!今日からうちにみんなでお泊まりしましょう!それにしても……小学校低学年の時はよく学校で脱い活して、みんなを笑わせたりしてましたけど、さすがに中学生ともなるとそうもいかなかったですからね……」と呟いた。「……でもこうして久々に、普段みんなが授業している教室で、同級生が顔を並べているのを想像しながら脱い活してみると……やっぱり清々しいものですね?
同じことをすると今や犯罪になってしまうホタルやツムギが可哀想……」そう言うと愛衣花・エル・ターナーは黒板を背に、イッチ、ニ!とラジオ体操第2を始めた。
蛍は「………ゴメン……ここまで天然だと……なんかこちらこそ、アナタが可哀想になってきたわ……さっき呪いのかかった魔剣で頭を強く叩きすぎたせいね……男子達が登校して大惨事になる前にアナタも回収するわ……」と言うと、ポカリ☆とマキリの柄で金髪の後頭部を殴りつけ、
力の抜けた身体を肩に抱える。
そして「ツムギ~!服は全部着れた~??帰るわよ~!蟲姫様はもう帰ったから~!」と怒鳴りながら校内を練り歩き始めた。




