#24 第七十八噺
「い、今のは違うのよ!?誤解よ誤解!」
と、赤い袴の紐を縛り終えた宮代蛍が、玄関で必死に腕を振る。
「……ホタル…いくらおぞましい食べ物だからって……あれはないと思うわ……アナタ、人として倫理が終わっているわよ……まあ、気持ちは分からなくないけどさ。」と紬が言った。
(……ご、御神水の秘密は、例え許嫁のツムギにも明かしてはならない……。)
宮代の巫女、蛍は唇を噛み「……ち、違うのよ ……紬…聞いて…ワタシがタッパーにいたしてしまったのは……か、厠まで我慢出来なかったからなの……。ホタルね、昨日からお腹の調子が悪くて……丁度手近にこれがあったものだから……つい魔が差して始末て……。」と辛そうに表情を歪めながら言った。
紬は蛍の手に提げられた、重たそうな黒いビニール袋をチラッと見て、「……そ、それなら仕方ない(?)けど…、それ、蟲姫様にもらったおみやげじゃないの?結局昨日は少しは昆虫食を食べれたの?やけに一杯包んでもらっていたみたいだけど……」と耳打ちをした。
「ナニナニ?なんの話ですか?やっぱりホタルはお腹を壊して学校を休んだのですか?」
と、愛衣花・エル・ターナーは、紬から貰った末吉のおみくじを金色の髪に結んだ顔をこちらに向け、
たすき掛けにしたプールバッグの中から桃のゼリーを取り出して言った。
「はい、ホタル、これ今日の給食の残りです。アナタの分は死守しましたよ?お腹が痛いんなら丁度いいんじゃないでスカ?」
セーラー服を着た紬の方は通学鞄の中からプリント類を引っ張り出しながら「ところでメイカちゃん?結局アナタ今日も牛乳を残したけど、何もなかったね。」と言う。
「何もないと言うと?」と、話題が変わったことにホッとした様子の蛍が、下駄箱の上に黒いビニール袋を置いて言った。
「……それがねホタル。この子が言うには外宮来神が、この子のことを生け贄に選んだらしいのよ。で、蟲姫様のお屋敷で、昆虫食を食べたくない!って願掛けをしたら、その外宮来神らしき方が現れて、牛乳を飲むのと引き換えに食事を免除してくださったってわけ。」
「いや、ちょっと待ってよ。トグライカミって。20年くらい前にママが退治してるわよ。それに蛇が甦るには新鮮な男の死体が必要だから、予防の為に村の死者は必ず当日中に火葬する決まりになってるでしょ?…勝手に何処かで野垂れ死ぬでもしない限り、そんな都合のいい依り代は見つからないはずよ?」と蛍が言う。
紬と愛衣花は、サラサラヘアの青年の首に、黒くダサいチョーカーが巻かれていたことを思い出しながら、「……そうよね…」と顔を見合せていた。
「私が思うにね」と紬が沈黙を破る。
「あの方は、外宮来神ではないと思うの。」
「と言うと?」
「あのね、最近雨が降らないでしょ?だから弁天様の使いの白蛇様が、雨乞いの儀の為に下界へ下りていらしたんじゃないかって……」
「うへ……。ツムちゃんそれマジで言ってる?雨乞いの儀を運営するとか……このクソ暑い中、地獄なんですけど……」と蛍が言った。
紬は、油断すればすぐ怠けようとするこの巫女見習いの言葉を無視し、「でね、メイカちゃんが雨乞いの処女に選ばれたんじゃないかと思うのよ。」と続けた。
蛍は黙って金髪女児のことをジロジロと舐めまわすように眺め「……なるへそ……あり得ない話じゃないわね………。昆虫食を食べないで済んだ代わりに雨乞いの処女をやらされると……。こりゃまた厄介なことを持ち込んでくれたわね……もし、そうなったらアナタ達も弁天沼の掃除を手伝うのよ……で、メイカっち?その蛇神様とはどうやってコンタクトを取るのよ?……面倒だけど、早めに打ち合わせしておかないと、もっと大変になるのは目に見えているわ……ヤレヤレ…」と大きな溜め息をついた。
「う~ん……多分、あの神オムツが蛇印の製品だったポイです。」と愛衣花が答える。
「ああ、あれね。どこへやったかしら……。使ってないやつは何処かへしまったような気もするわ……それとも全部捨てちゃったかしら………後で探しておくわ。でも何で蟲姫様の所に弁天様の蛇が出入りしてたのかしら??」
愛衣花が、「ワタシ琵琶を練習した方がEですか?」と不安そうに言う。
「いや、それよか大変なのは、雨乞いの儀で弁天堂に入る前にね、…身体中に祓詞を油性マジックで書かなきゃいけないことなのよ。中は誰も入れないから見られることはないけどね?全裸でお腹に弁所マークを入れたり、正の字をイッパイ書き入れたりする必要があるのよ。で、身体の表にも裏にも、顔にもbitchリと有り難い御言葉を隙間なく書き込んでおくの。そうしないと、悪い霊が入り込む隙間を与えてしまうからね。昔、耳に隠語を書き忘れた雨乞いの処女が、耳たぶを齧られたという記録が残っているわ。そのままその子は三日三晩泣き続けて、身体が青くなってしまったそうよ……以来、ネズミが大の苦手になったとか……。国民的に有名な話よ。」
「……コワイ……」と愛衣花は、顔をすでに青ざめさせながら、紬の腕に掴まった。
「……油性マジックって……それ後で落とせるんですよね……」
「ええ大丈夫よ。口紅で同じところをもう一回なぞれば、肌についた油性マジックは消えるわ。先祖代々宮代の知恵よ。メイカちゃん、口紅つけたことある??……とうとうアナタも大人の女の階段を上るのね~」蛍はそう言うと、伸ばした手刀を唇に当て、ウッシッシ……と笑った。
紬が「……結構大役ね……。それで更に水分も取っちゃいけないんでしょ。熱中症にならない?」と心配そうに言った。
「まあ、前もって水分はたっぷり取っておくことね。……まだ決まったわけじゃないから、それまでに雨が降ることを祈りましょ。私だって今から沼の底をさらうのは嫌よ。今度、弁天の白蛇には連絡しておくわ。じゃ、今日はアリガト。明日は学校に行けると思うから。」と蛍が家に戻ろうとすると、
金髪碧眼の愛衣花・エル・ターナーが、
「待って待って。ホタル?今日はね、お洋服が貰えるからって言うからわざわざ来たのよ?」と呼び止めた。
「あ、そうだった。ホタルのお兄さん達の服が貰えるって話、まだ活きてる?」と紬も言う。
「ああ、その件?大丈夫よ。イッパイ余っているから、好きなのを持って帰っていいわ。」と蛍も、今思い出したというような顔をして「でもあげるって言ったのはツムギに対してだけよ。……メイカもお洋服を虫に喰われたの?」と聞いた。
「いえ、うちはまだ大丈夫みたいなんですけど……昨日、スク水と白ワンピを蟲姫様のところに忘…」
と、愛衣花が言いかけた時だった。
「おおい、宮代、おるか?」と玄関がガラガラガラ……と開かれた。
「どひゃ?!ひ、姫様???」と蛍が飛び上がって驚く。
「ど、ど、ど、どうしたんですか、姫様?!お屋敷から出てきて平気なんですか??」
「ああ。平気じゃぞ。」と、いつもの卍崩れが可愛い黄色の紗綾形の着物に、紫色の袴を合わせたハイカラな姿で、蟲姫が玄関の外の石畳に立っていた。
長い白髪には矢絣の赤いリボンが留められ、足にはヒール付きの茶色の編み上げブーツが通されている。
「妾を心配してくれておるのか?屋敷の外に出ても半日は生きられるからな。全く問題ない。おう、金の髪、ここにおったか。丁度良かった。おぬし、昨日スク水と白ワンピを忘れていったじゃろ?届けにきてやったぞ。」
「ヒナコちゃん?!あ、アリガト……」と言って金髪女子が黒と白の布の固まりを受け取ると、
「あと、これじゃ、麦わら帽子。今年の5月は暑いの。まるで夏が来てしもうたみたいじゃ……ひょっとしたら、もう夏休みが始まらんかの?さすれば朝から毎日遊べるのにな。」と蟲姫がポム☆と愛衣花の頭に帽子を被せた。
「……姫様は万年夏休みでしょうに。」と蛍が呟く。
蟲姫は、宮代の家に集った三バカトリオの顔を順番に見て、「…まあ、正直あまり長居は出来ぬがの。今日は集まって何をしておったのじゃ?妾を仲間外れにするでない。楽しいことは一緒にしようではないか。」と言った。
お互いの顔を見合せた紬と愛衣花は、蛍の方を一度向いた後、肘で小突き合い、
最終的に紬が前に進み出てきて「あ、あの、今日は、ホタルのお兄さん達が残していったお洋服を貰いに来たんです……」と言った。
蟲姫は無い眉を上にあげ、「おう、言われてみればそんな者達もおったかも知れぬの。男のくせにスカートを履いたり、髪も伸ばして、ナヨナヨ歩いておった気味の悪い宮代の兄弟か…。そしてまた、あやつらがそこら辺の女よりもよっぽど綺麗だったのが腹立たしくてのお。……もう、今はここにおらぬようだが、先に亡くなったのか?」と蟲姫は言って、下駄箱の靴の数を確かめていた。
「いや、兄貴達は、他の村にお婿さんに貰われていったわ。」と蛍が言う。
「ふむ。そうか。」と蟲姫は気の無い返事をし、…ふと棚の上に乗った黒いビニール袋に目を止めた。
「………おや。これは昨日、妾が持たせたタッパーではなかったか?」
まずい!と蛍が手を伸ばし、それを奪い取ろうとしたが、一瞬早く蟲姫の白い手がビニール袋を掴んだ。
「…………」
「……なんじゃこの匂いは?」
蟲姫が縛ってあった持ち手を、爪を立ててほどいていくと、
……中から、液体がたぷたぷに溜まったプラスチックの容器が2つ出てくる。
「……宮代?」と蟲姫がこちらに顔を向け、
固まったままぎこちない笑顔を作っている蛍のことを見ると、タッパーの青い蓋をゆっくりと捲り上げていった。
「こ、これは………」
「いや、姫様、それは違うんです!」と宮代の巫女が一歩前に進み出てくる。
緊張した様子の紬が後退りを始める。
「……これは……、どういうことじゃ?」
蟲姫の瞳が赤く染まるのが見えた。
「ひっ!?」と紬が言って、愛衣花の手を引くと背中を向け、一目散に玄関から逃げ出していった。
「違うの!それはっ……チッ!!これまでか!?」と、蛍が腰のメノコマキリを抜こうとした刹那、
「つ、漬け物か?」と蟲姫が嬉しそうに叫んだ。
「は、はい???」と蛍も叫ぶ。
白髪の少女は、「ほう!これは、これは………美味そうじゃの。1個食べてみてよいかの?」と、一番上に乗った大きなタガメを摘まむと、
ポイッ!と小さなお口に放り込んだ。
クチュクチュクチュ………
「ふむ………」
ムチュムチュムチュ………
ポリポリポリ………
「なかなか。上品なお味じゃ……まだ漬かりきっておらぬが、適度な塩味と酸味……ご飯のお供に丁度よいな……どれ、もうひとつ。コリコリコリ……うむ。止まらぬな……」
青い顔をした蛍は、黙って祟り神の姿を見つめ続け、
「……良かったら、それ……持って帰っていいですよ……」と小さな声で言った。
**************
もう大丈夫よ、と蛍に呼び戻された紬と愛衣花・エル・ターナーは、
お骨のように黒いビニール袋を膝に抱えて座る蟲姫様に、ち~っす……と改めて挨拶をした。
「……それで?今日は皆で集まってファッションショーでもするのか?楽しそうじゃの。妾も混ぜてたもれ。」
「も、もうそろそろ帰らなくて平気なんですか?」と蛍が低い声で言う。
「蟲姫様?そもそもツムギがうちに洋服を貰いにきたのは、姫様が放った虫達が、この子の夏服を喰い荒らしちゃったからなんですよ……」
「ちょ?!ホタル??そんなこと言わなくていいから!……蟲姫様?気にしないでください。わ、私、別に文句とか言ってませんから!!」と、紬が慌てて、顔の前で手をブンブンと振る。
「そうなのか、黒の髪?それは申し訳ないことをしたな。じゃが、今年の夏が暑くなったり、虫達が増えたのは妾のせいではないのだ。」
「じゃあ誰のせいだって言うのよ!」と蛍が言う。
愛衣花が不安そうに蟲姫の顔色を伺いながら、玄関に正座して、膝の上でスク水をしわくちゃになるまでギュッと握った。
蛍が「心当たりはないの?ほら、アナタのおしめ縄の使用状況を鑑みるに、呪いがだだ漏れしてませんか?何か原因はないの?」と言う。
「うむ。心当たりか……そうじゃな……あ、そう言われてみればおちゃっぴーがな?ね、チューしよ?対策には水分を取るのがいいと申しておってな?ほれ、妾はチューが大好きじゃろ?キス魔の妾は、おちゃっぴーの助言に従って、毎日水をガブガブ飲んでおるのじゃ。」
「それよ!それが原因よ!少しは水分を控えなさいよ!姫様も雨乞いの儀で節水した方がいいんじゃないの??我慢することを覚えてよ!!」
「それは無理じゃ。」そう言いながら蟲姫は遠い目をして、正座した腰を微かにもぞもぞと動かした。
そして (ふう……)と軽く溜め息を吐くと、「妾はチューをしたい。もっとしたい。ベロチューもしたい。」と蟲姫は言った。
「紬?!違うからね??」と蛍が振り返って叫ぶ。
「何が違うの……」
「ツムちゃん?その顔はゼッタイ誤解してる!ドン引きしてるじゃない!?」
「宮代、なんだかチューの話をしていたらチューしたくなってきたぞ。妾は、今日はチューするまで帰らぬぞ…!」
「ホタル…イマスグ、チューしてあげたらどうですか?そうしたらヒナコちゃんはお帰りになられるのでは……?」と愛衣花が囁く。
「姫様?!そもそもアナタ、歯を磨いてないでしょ!!殺気、お、お、お漬け物を2個も食べたでしょ!?」と蛍が怒鳴る。
早速目を閉じて待っていた蟲姫は、ゆっくりと瞼を開け、「なんじゃ?恥ずかしいのか……まあ、仕方がないの。これだけ人目があるしな。……ではちょっと厠に行って、妾は欲求不満解消に一人でGを放ってまいるから、待っておれ。」と言った。
…………。
「はあ??やめてよ!勝手に人の家にGを放たないでよ!」「では宮代もついてまいれ。妾を一人にすると多種多様なGを出すからな?」「もう!うちのお手洗いでGを出されたら敵わないわ!ほら…!一緒にイクから、うちのトイレでGは絶対やめて!!キモいから!」プンプンと宮代蛍は怒りながら、蟲姫の手を引っ張って、廊下の奥へ消えていった。
残された紬と愛衣花はもう一度顔を見合わせ、ギュッと手を握りアウト、
改めて蟲姫の恐ろしさに震えるのだった。
夏休みスペシャル短編 カレイドスコープ先生ご紹介を上げておりますので、是非お読みください。




