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#23 第七十九噺


「あれ?ないです………」


と愛衣花《めいか》・エル・ターナー は、呟(つぶや)きながらプールバッグを漁(あさ)っていた。


中学校のプール横にある女子更衣室で、他のクラスメイト達に混じって、首から下をバスタオルローブで覆われた金髪女子は、「……ないです…。水着忘れました……」と言った。


すでにスク水に着替え、水泳帽に入り切らない長い髪を三つ編みで結んだ木守(きもり)紬(つむぎ)が、「あ……もしかして昨日、蟲姫様のところに干しっぱなしにしてきたんじゃ…」と言う。

「そ、そうでした……ついでにお気に入りの白のワンピースと麦わら帽子(ストローハット)も忘れました……。」


今年は記録的な猛暑のせいで、紬達の通う中学では、梅雨入り前にプールの授業が開始されることになっていた。

急遽プールには大量のジャンボタニシが撒かれ、数日のうちに苔を綺麗にし、水が抜かれた後、各家庭には良く加熱したタニシ料理が振る舞われた。

元来、龍神の加護により水源の豊富な三々賀(みさんが)村は、清らかなわき水に恵まれており、教師達がその水をプールに引くと、

宮代(みやしろ)様不在の中、

2日前に代理巫女宮代(みやしろ)蛍(ほたる)の祈祷のもと、塩素錠剤が弧を描いてポチャンポチャン……と投げ込まれたのだった。



「……もう無理ね。アナタのワンピースは今頃、虫に喰われて穴だらけになっていると思うわ。」そう言うと紬は背中を向けて、はだしの足の裏にひんやりとしたコンクリートを感じながらセーラー服を畳み始めた。

「ちょ??ツムちゃん?!そー言うアナタもおsiriに穴が空いてますけど?!」

「な??」と紬が慌ててお尻を押さえる。


「……その、ツマリ、誰でもお尻には穴は空いていると思いますけど、正確にはツムちゃんの水着にも穴が空いていると言いたかったのです!!」

「き、気付かなかったわ!きっと小さい穴が空いていて、履いたら伸びたのね!」と紬が絶望しながら、裂けた部分を指で確認した。


「これでは、2人共全裸で授業を受けるしかないですね……」と愛衣花《めいか》が諦(あきら)めたように呟(つぶや)く。

「ツムギ、幸運なことに今日の体育は男女別々な日です。こういう時の為に学校のプールには高い壁が付いているわけですし、問題ないでしょう。」

「問題あるでしょ?!ナニ言ってるの??」

「そうか……ツムギはもう女になっていたんでしたね……幼い頃はホタルと3人でよくビニールプールで生まれたままの姿で遊んだのに……メイカ、皆の加齢が悲しいです……」

「全裸は、メイカちゃんだけでもダメだからね!?……にしても、今日はホタル休んじゃったわね……昨日、蟲姫様のところで昆虫を食べてお腹壊したのかしら……」

「可哀想なホタル……」

「て、メイカちゃん??忘れてない?昨日、昆虫を食べなくて済んだ代わりに、給食を……」と紬は途中まで言って、(あ…)と口に手を当てようとして、…お尻から手を離せず唇を噛んだ。


(うp……)と喉から何かが込み上げてきた様子の愛衣花《めいか》は言わ猿(▪▪▪)のポーズで口を押さえ、

……震えながら肩をいからせて、首をすくめると、

最終的にどうにか持ち直して、涙を溜めた青い瞳をこちらに向けると「とぐらい神の言うことなど信じません。」と言い切った。


「え?信じる信じないじゃなくて、約束を破ったらダメなんじゃない??……破ったら例えば村がダムに沈められるとか……」

「龍神様でもないのに、ヘビにそんな力があるものですか!」と愛衣花《めいか》が若干偉そうに、無い胸を仰け反らせながら言う。

「……なんでそんなに強気なのよ……」と紬が言うと、

白人の女児は「だってメイカ達三々賀(みさんが)村の村人には宮代(ミヤシロ)ホタルの母上がついているじゃないですか!イザとなったら、あの大きな槍でトグライ神をぶちコロしてくれますわ!」「……じゃあメイカちゃんは今日も……牛乳を……飲まないのね?」と紬が、慎重に金髪少女の顔色を窺いながら言った。「モチのロンです!」と自信満々に愛衣花《めいか》が答えるのを聞き、紬はタオルを腰に巻くと、ようやく自由になった手で水泳帽を脱ぎながら「……まあ、そういうことならいいけど……」と言った。

「……とにかく今日は2人共プールの授業は見学ね……さ、メイカちゃんも早く着替え直さなきゃ。教室に体操着はある?私が一度制服に着替えて持ってきてあげるわ。」


「あ!Sawでした!」と小さく叫んで、愛衣花《めいか》がプールバッグの中から、小さな透明ビニール袋に入れられた黒い布を取り出してくる。

「ハイ!ツムちゃん、これお返しします!黒うさパンツ!ありがとうございました!」


紬は「あ」という顔をしてそれを受け取り、

「……ありがと。この前はあげるって言ったけどね?正直、最近下着が足りなくて…これを返してもらえると助かるの……」と言った。

「と言うことはツムも汚しがち勢ですか?」と金髪碧眼少女が上目遣いで言う。

「いや、そういうわけではないんだけどね……最近、蟲姫様のせいで虫が多いでしょ?実は私の部屋のお洋服が虫に荒らされてしまって……。下着だけじゃなく、夏に着るもの自体が少ないのよ。」


「昨日着ていた甚平とモンペじゃダメなんですか?」

周りの女生徒達が、水着姿でガヤガヤと外へ出ていく中、愛衣花《めいか》・エル・ターナー はタオル姿のまま首を傾(かし)げて言った。


紬(つむき)が「あれはダメよ……洗ったら効力がなくなるらしいから、一度着たら3日は天日干しにしないといけないらしいの。木守家の人間が着ている間は平気らしいけど、…干している間に雨にでも降られたら、すぐに取り込まないと無力化しちゃうらしいし……。管理が難しいの。一日中家にいるお祖母ちゃんとかじゃないとケアできないわ。あれはそうそう毎日着られないのよ。」と言う。

「あ、そうだ!」とそのまま紬が手のひらで拳をポン!と打った。


愛衣花《めいか》は、クラスメイト達がキャアキャア言いながら、消毒槽に腰まで浸かっている様子を、小窓から羨ましそうに眺めながら、「ん?なあにツム?」と、気の無さそうな返事をした。


「ねえ、メイカちゃん。前にホタルが言ってたんだけどさ、宮代様の家にはお兄さん達のお洋服が一杯余っているんだって!昨日色々あったからすっかり忘れてたんだけど、宮代様の家系は、男の人でも女の服を着て育つそうなのよ。それでね?なんかもういらないからって、くれるらしいわよ。」

「……お兄さま方の服って……。ホタルのお兄さま方はスク水を着ていたのですか??」と愛衣花《めいか》が、セーラー服に着替えている最中の紬のことを見つめながら言う。

「……いや、スク水を着てたかどうかまでは分からないけど…。……て言うか水着や下着まではいらないかな……」

「じゃあ、ナニがもらえるんですか?」


「さあ。そこまでは聞かなかったけど……。今日、学校が終わったらプリントを届けがてらにホタルの家で聞いてみましょ!」

「宮代の杜かあ……メイカ、もうおみくじの髪ゴム残ってないです……全部使っちゃいました……」

「それマズくない??アナタ、外宮来(とぐらい)神に狙われてなかった?そうよ!そういえばアナタ、生け贄とか言われてなかった??」と紬が急に思い出して慌てたように言う。

「ああ、その件でしたら大丈夫です。」と愛衣花《めいか》が答える。「あれからパパに村の伝承について詳しく聞いたら、メイカは16歳になるまで生け贄にされることはないとのことで……、だからその間にトグライカミを打てばいいんです。まだあと2年もありますし、宮代(みやしろ)様が戻られたら、即刻首を切断してもらいまshow。」

「……ま、まあそうね……。宮代様なら退治してくださるでしょうね……。」と紬は言い、「にしても、メイカちゃんのお父さんは、娘が生け贄に選らばれても平気なんだね?」と呟(つぶや)いた。


「あのハゲチャビンは、生け贄のことを、神の子になる玉の輿かナニかと勘違いしている不死(フシ)がありますね。」と愛衣花《めいか》は鼻を鳴らし、「あのオヤジこそ、ヘビに丸飲みにしてもらった方がいいんじゃないでしょうか…」と遠い目をしながら言い放った。「…でも、まあ、なんか可愛い服が貰えるのなら、学校終わりにホタルの所へ行ってみるのもいいかも知れませんね。メイカは、あのお気に入りの白のワンピースを失った心の傷を癒したいです……」と言って悲しそうに項垂(うなだ)れた。


*************


体操着姿になった紬と愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、

狭い屋根の下で体育座りをしながら、プールの端に掴まってばた足をする女生徒達を眺めていた。

鉄板のように熱い床に、ブルマを履いたお尻を乗せた2人の少女は、夏のようにモクモクと空に立ち上がった入道雲を見上げ、

次にプールサイドに出来た水溜まりにトンボが産卵しているのを見た。

青いプールの表面には、複数のアメンボが泳いでいるのも確認できる。


「今年は梅雨とかないのかな?」と、紬(つむぎ)が言う。

「まだ5月とは思えませんね……」と愛衣花《めいか》も同意する。


「さすがにこのままだと、三々賀村も水不足になるかもしれないわね。」と紬が小さな声で言い、「宮代様がまだ戻られないようだったら、ホタルが雨乞いの儀を取り仕切ることになるんじゃないかな。」と少し真剣な顔をしてプールを見つめた。

「雨乞いってあれですか?……弁天沼でやるやつですよね?ここ数十年行われたことがないと聞きましたが…」と愛衣花《めいか》も記憶を辿るような曖昧な表情で前方を見つめながら言う。


「あ……弁天様って確かヘビと関わりが深いよね……帽子にヘビが乗ってるじゃない」と紬が言う。「外宮来(とぐらい)神は祟り神だけど、……弁天様に仕えるヘビなら、ちゃんとした神様よ。……昨日のあの男の人、本当に外宮来(とぐらい)神なの?雨が降らないせいで、メイカちゃんが雨乞いの処女に選らばれたってことはない??そうであれば、生け贄ってわけじゃあないんじゃない?」「……え~そうかな~?あの男、確か自分をトグライカミって言ってたような気がしますけど……」

「メイカちゃんが、雨乞いの処女に選出されたっていうなら、なんか納得できるかも。」と紬は言うと、愛衣花《めいか》を促して、授業の前に先生から指示を受けていた、使い終わったビート板の回収を開始する。

「あれって、弁天様のお堂に閉じ籠って琵琶を弾くんでしょ?」「え?良く知りません。」と、金髪のブルマ処女がウレタンの板を5枚重ねにしながら返事した。

「幼稚園の御花(はっぴょう)会でやったじゃない。覚えてない?帰ったらお父さんに聞いてみたら?メイカちゃんのお父さんって民族学者なんでしょ?村の風習を色々研究しているだろうから、知っているんじゃないかしら?」

「ツムのお祖母ちゃんの方が詳しそうですけど…」

「うちのお祖母ちゃんはターナー家には非協力的だから……」と言って、10枚ほど重ねたビート板がずれないようにバランスを取りながら、紬が足で倉庫の扉をずらす。

「確か、お堂に籠る時は、雨が降るまで水分を取っちゃいけないとか聞いたことあるけどね、……それはあくまで大昔の話。さすがに現代で本当の未就学児にそれをやらせたら倫理違反というか…警察に捕まる気がするから…。合法幼稚園児のメイカちゃんに白羽の矢が立ったっていうのはあり得る話なんじゃないかしら。」

「……?あの男、トグライカミって言ってなかったっけ………?」と愛衣花《めいか》は何度も首を傾(かし)げながら「…にしても暑いですね……もうパンツまで汗びちょです……」とブルマを引っ張った。


プールを終えた女生徒達が、洗眼用のY字の蛇口で目を洗っているのを見ながら、愛衣花《めいか》が「暑い……ああ……ツムちゃん……学校が終わったら泳ぎにいきませんか?蛇腹(じゃばら)川の上流で妖精の戯(たわむ)れが死体death……」と言う。

「いくらカラ梅雨とは言え、山の天気は油断しちゃ駄目よ。いつものメイカちゃんの『水死体ごっこ』が本当になるところは見たくないわ……」

紬はそう言うと、……夏の風物詩、川に仰向けに浮かぶ、お腹が白く膨らんだ金髪少女の体を思い出していた。


友人のブルマについた汗沁(じ)みを見つめながら、更衣室で再びセーラー服に着替える木守(きもり)紬(つむぎ)は、

「すごい汗ね……良かったらパンツ替える?」と言って、改めて黒パンを取り出す。


汗を洗い流す為に、更衣室の隣にあるお手洗いの方に片足突っ込んでいた愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、

「た、助かります………マタ洗って返しますので……」と弁所(べんじょ)下駄を履いた足のまま、スポン!とすっぽんぽんになると、ポンポンお腹に素早く黒うさパンツを履き直して、

「……いやあ確かにホタルの言っていた通りですね……ツムの黒パン、ひんやりしていて履き心地psycho(サイコ)~です。体感温度が2度下がりました!」と嬉しそうに叫んだ。


*************


その日の午後、宮代(みやしろ)の庭で、大量の洗濯物を物干しに並べていた巫女装束姿の蛍(ほたる)は、

あまりの暑さに、思わず手に握っていた漂白済みのおしめ縄で額の汗を拭いて、……洗濯バサミの数、足りるかしら……と考えていた。


……それにしても…暑っついわね……洗濯には丁度いいんだけど、こんなに連日晴れた日が続いたら、雨乞いしなきゃならなくなるじゃない……。だいたいママはいつ帰ってくるのよ……。ああいう儀式の準備が大変ってのは話には聞いてるわよ?……面倒この上ない……。

弁天沼のアメリカザリガニだって、多分泥をさらって駆除しないといけないんでしょ?!

もし、そうなったら紬(つむつむ)とメイカにも手伝ってもらわなきゃ。

……ああ、それに今夜から夜なべしてミニしめ縄を編む作業が始まるわ……。蟲姫様は遠慮なしで使い過ぎよ…。今度からもう少しセーブして使用するように言っておかなきゃ。

それにしても、このクソ暑さ。なんで三々賀(みさんが)村が熱帯化しているのかしら??

ママに聞いても、『蟲姫様のおしめ縄は交換したんでしょ?それならすぐに正常に戻るから』とか言うだけで、全く要領を得ないし。


あ、いけない、いけない。忘れるところだったわ。


蛍は最後のドビー織の白布をカラフルなピンチで留め終え、

肩に手を置いて首をコキコキ鳴らしながら母屋に戻っていくと、玄関に置きっ放しになっていた白いビニール袋を手に取った。

そして恐る恐る袋の口を引きちぎると、中からずっしりとしたタッパー(つづら)を2個取り出す。


う…………きもい……きもすぎるわ……


中で動くものがないかどうかを確認する為に、慎重に透明な側面を覗き込みながら蛍は水色のプラスチックの蓋を、そお…っと開けていった。


……………。


…………。


……良かった。まだ死んでる。


宮代の巫女はホッと胸を撫で下ろす。


蛍は手早く両方の蓋を開け、玄関でそのまましゃがみ込むと、

……善は急げね……早く窒息させて、2度と生き返らないようにしましょう…と御神水の準備を始めた。


さて。…………、…………、………。

…、……。なみなみと……たっぷりと……

、、、……。……。


ガラッ


「ホタルー?居る~?」「どひゃ?!」


宮代蛍と、木守紬は目と目を合わせ、やがて徐々に視線を下へおろしていった。


……ガラガラピシャン……。静かに紬は玄関の引き戸を閉め直す。


「ど、どうしたんですか??ツム?!」と、目の前で急に立ち止まった紬の背中に、鼻をぶつけた愛衣花《めいか》・エル・ターナーは、

瞑(つぶ)った瞼の間から涙を溢(こぼ)しながらよろけ、そのままペタン☆と尻餅をついてしまった。


紬は真面目な顔をして白人女子を振り返り、手を差し伸べると、

「メイカちゃん……私ね、基本的にはやっぱり食べ物を粗末にしてはいけないと思うの……。蟲姫様のあれ(▪▪)が食べ物に見えないからと言って……今のホタルのやり方はあまりに酷(ひど)いと言うか……ほら結局はさ?牛の母乳を(▪▪▪▪▪)飲み物として(▪▪▪▪▪▪)認められない(▪▪▪▪▪▪)メイカちゃんだって……これと同じことだと思うの……やっぱり理想論を言うとさ……好き嫌いはなるべくしないに越したことがないと思うの……」とモゴモゴと言った。

「え??じゃあツムちゃんは虫を食べるの??」

「……………」

黙ってしまった紬は、しばらく足元を見つめた後、バンバンバン!!と閉じた玄関の戸を叩いた。

「ホタル?聞いてる?メイカちゃんの牛乳嫌いを責めるなら、昆虫食だって食べないとダメだと思うの!」

返事はない。


「だからね!逆に言うと私達がメイカちゃんに食べ物の好き嫌いを語る資格はないと思うのよ!」

「ツムちゃんダイスキ!!」と金髪少女が改めて抱き付いてくる。


……よしよし…と木守(きもり)紬(つむぎ)は、愛衣花《めいか》・エル・ターナーの頭を撫でながら、

物干し竿ににたなびくおしめ縄の列を眺めて、……風があるからまだマシね……と考えていた。


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