↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/55

#22 第八十噺


嬉しそうな様子の蟲姫に手を引かれ、渋い顔をした蛍が大広間を出ていくと、

バスタオルおばけと化した愛衣花《めいか》・エル・ターナーが、「逃げましょう……ホタルには悪いけど今がチャンスです。ホタルも言ってたじゃないデスか?自分一人なら走って逃げられるって……」と言った。

「いや……それはさすがに……」と紬(つむぎ)が答える。「それに、よく考えたら、このまま逃げ帰ったら蟲姫様が怒りそうじゃない……?」


「じゃあ、どうしたらいいんですか!?メイカに昆虫を食べろと??」と金髪娘が、また泣きそうになりながら叫ぶ。そして青く清潔な畳に跪(ひざまず)くと、天井を仰ぎ、

「……ああ八百万(やおよろず)のカミサマ……もう二度と給食の好き嫌いは致しません……だから、どうか、どうか!このいたいけなメイカのお口にゴキブリ(むし)を入れないでください……!!」と訴えた。


「メイカちゃん?!祟り神様の支配圏でそんなこと口走っちゃって大丈夫??神様に冗談は通じないわよ?!」と紬が慌てて愛衣花《めいか》に掴みかかり、口を塞ごうとする。


『……その願い(▪▪▪▪)、しかと(▪▪▪)貰い受けた(▪▪▪▪▪)。』


「「だれ??」」と2人の少女が抱き合いながら振り返る。


「やあ、また会ったね、おチビちゃん。」

少女達の目の前には、いつの間にかサラサラヘアーで背すじをピンと伸ばした好青年が立っていた。


「と、外宮来(とぐらい)神??アナタ、生きてたの?!」と愛衣花《めいか》が、高校生くらいの男子を指差しながら大きな声を出す。

「とぐらいかみ??!」と紬も叫び、髪に巻いたおみくじの一つに手をかけた。


「アハハ、祟り神の棲み家では、おみくじは効果ないよ。……まあ、それより君の護身防具の方がよっぽど完璧だね……。このボクでも安易に手出しするのが憚(はばか)れるよ。」


「なんで、外宮来(とぐらい)神が、蟲姫様のお屋敷にいるのよ?いったいどうやって入ってきたの??蟲姫様の許可は貰ってるの??」

紬の発するそれらの言葉を無視して、稲田(いなだ)創士(そうじ)は、

「やあ、愛衣花《めいか》・エル・ターナーちゃん、お久しぶり。……まさかキミが神オムツを履いていたとは思わなかったよ……」と言った。

「へ、へんたい!!」とタオルから首を出した金髪碧眼女子が怒鳴り、紬の背中に隠れる。


「へんたい?ど、どっちが……。冷静に自分の姿を見て御霊(みたま)え……まあ、勝手に履いたこと自体は構わないよ。キミとの交際はお父様から許可を頂いているわけだしね。使いたければ使っていいよ。正直ボクも、将来の生け贄の健康状態は把握しておきたいからね。」そう言いながら創士(そうじ)は後ろポケットから鉄の御札を取り出し、表面に刻まれた緑色の数字を確認していた。「…うん、異常なし、と。キミは健康体だよ。」


「こ、これ、外宮来(とぐらい)神の呪物だったんですか??」

と愛衣花《めいか》は叫び、バスタオルの中に下から手を突っ込むと、引きちぎるようにして神オムツを引っ張り出した。

そして「ま、まだ使ってない(▪▪▪▪▪)からセーフよ!これは返します!!」と、それを稲田(いなだ)創士(そうじ)の顔めがけて投げつける。


「…おっと……」と言って、彼は顔の横で片手でそれをキャッチして、静かに中を開(ひら)いた。

「……これで使っていないと言えるのかい?」と言って、2人の少女が見えるように外に向けて垂らしてみせる。


紬(つむぎ)は目を逸らし、愛衣花《めいか》は真っ赤になって怒りながら「違うわよ!それは…!それは!最初から汚れていたのよ!!」と言った。


「はいはい。判ったよ。そういうことにしておいてあげるから。」と創士(そうじ)は言い、手にしたものをポケットに捩じ込んだ。


「……それよりもさ、キミ、さっき言ってたよね?蟲姫様の昆虫食を食べなくて済むなら、……二度と給食の好き嫌いはしないって。」


「ほら、メイカちゃん!だから言ったじゃない!アナタ、カミサマと契約結んじゃったわよ??どーすんのよ?牛乳飲まされるわよ!?」と紬が叫ぶ。


瞬時に愛衣花《めいか》の顔色が急に真っ青になり、

紬が支える暇もなく、*オロロロロロロ………*と畳に向かって、白い離乳食に似たものを、お口から垂直に落下させた。


「うひゃ?!メイカちゃん!?」と紬が身体を45度捻(ひね)って、寸でのところで離乳食が脚にかかるのを避ける。


真新しい畳を汚しながら、愛衣花《めいか》・エル・ターナーはガクッと四つん這いになり、「ツムちゃん……お背中さすって……」と呟(つぶや)くと、いつもの数倍真っ白な顔をして、唇の端から糸を引いた唾を垂らした。


慌てて紬が金髪の友人に駆け寄り、

「とぐらいかみ様!どうかメイカちゃんを堪忍してあげてください……!メイカちゃんにとっては牛乳も昆虫も同じなんです!ゴメンね、メイカちゃん!大丈夫??」と言った。

紬は愛衣花《めいか》のタオルに背中側から手を突っ込み、よしよし……と冷や汗で濡れた彼女の背骨をさすってやっていた。

半分お尻を覗かせる金髪少女の姿を薄目で見た創士(そうじ)は、

「……いや、神との契約は絶対だからねえ。でも喜んで?ボクが介在したことにより、昆虫食は免除されたよ。約束は守ってね。」と楽しそうに言った。「……おや、宮代(みやしろ)蛍(ほたる)と蟲姫が禊(みそぎ)を終えてこっちに戻ってくるみたいだぞ。じゃ、ボクはこれで。まだ無駄は争いは避けたいからね。メイカちゃん、また会おうね?」

そう言うと創士(そうじ)は片腕を上げ、螺旋状に身体を捻(ひね)ると、しゅるん……と空中にねじ切れていった。


青い顔をした頬骨の両サイドに金髪を垂らしながら、白い離乳食に俯(うつむ)いている愛衣花《めいか》の背中をさする紬は、

「外宮来(とぐらい)神って、宮代様が退治したんじゃなかった??」と呟(つぶや)いた。


「メ、メイカちゃん?どったの??」と広間に入ってくるなり蛍が叫んだ。

蟲姫は卍崩(まんじくずれ)の、黄色の紗綾形(さやがた)の着物に着替えており、紫色の袴(はかま)を履いて、綺麗な白髪には矢絣(やがすり)の赤いリボンを留めた姿になっていた。おしめ縄の連続使用で多少かぶれていた腰回りは、さきほど宮代蛍によって丹念にベビーパウダーがふられており、晴れやかな顔をした蟲姫が入ってくると、

畳の上に散らばったものを見て…

「……あらら……」と口を手で抑えながら呟(つぶや)いた。そして「……ノロかの?」と蛍の方を向いた。

それに対して蛍は何とも言えない微妙な表情を返して、「そ、そうかも…」と自信なさげに答える。

「そうかノロじゃと仕方ないな。……おぬしら今日はもう帰るとよい。」

「え?いいの?」の蛍が嬉しそうに声を上げる。

「……ああ、残念じゃが、今日はそこの2人は帰るとよい。ノロを甘くみてはいかんぞ。特に有効な治療法はないらしいから、水をいっぱい飲むとよいぞよ。その嘔吐物は、蛆とゴキブリに食べさせるから心配はないからな。」

「……それ逆に媒介してウィルスを拡げませんか……?」と紬が言う。

「?そうなのか?おちゃっぴーはそうは言っておらぬが……」と蟲姫が、いつの間にか出していた鉄の御札(おふだ)を見ながら言う。

「……まあ、気を付けて帰るがよい。今宵は妾(わらわ)と宮代(みやしろ)の2人で楽しくディナーにしけこむこととするわ。」


「ちょっと待ってよ?私も帰っていいんじゃ

なかったの??ほら、覚えてまスカ!殺気(さっき)、私だって、私だって!!……い、今は昔、ゲリゲリラ豪雨といふものありけり……」

「宮代は胃腸が丈夫じゃろ?何年か前にアニサキスを食べた時も、兄にキスされた時くらいの拒絶反応しかなかったと言っておっただろう…」

……ママ……その駄洒落まだ言ってたのね……ギャグセンスが昭和なのよ……

と、ギャグセンスが平安(▪▪)の宮代蛍はそっと胸の内で思い、「姫様?ホタルは先日、若返ったばかりですので、そこまで胃腸が強くないのです……今日はヤッパリ帰ります……」と言った。

「そうなのか?……では、タッパー(つづら)に詰めて持ち帰るとよい。……良く考えてみるとおぬしはいつもそうじゃな。妾(わらわ)の手料理を食べた試しがないな。いつもご馳走してもらってばかりであったし……たまには恩返しをさせてくれてもよかろう??」

「いえ……お構い無く………」


紬がバスタオル姿の愛衣花《めいか》を背負い、「……儚(はかな)いでよ…」と言うと、背中の金髪少女も、「ツムちゃんこそ、嫉妬(シット)しないでよ…」と、一歩も譲らず牽制し合いながら部屋を出ていくと、

蟲姫はニコリと笑い、

「さ、宮代(みやしろ)。台所へ行くぞよ。オススメもあるが、基本好きなものを持って帰ってよいからな。」と言い、さあさ、さあさ、と蛍の腕を引っ張って歩き出した。

蛍は、ブルマに巻いたベルトにあるメノコマキリの鞘に片手を乗せ、「あ、う、うん……」と、明らかにへっぴり腰になりながら連れ去られていった。


―――――――――――――――


ここタンポポ屋敷では、立派な書院造の座敷から丁度対角線上の反対側に台所が位置しており、元々は土間であった床やかまど置場は改装され、今では現代的なキッチンになっている。

天井の煙出しは、雨風をしのぐ為コンクリートで塞がれ、壁には換気扇がカタカタと回っている。

裏口を出るとすぐそこには井戸があり、巨大なヤスデの屍体は跡形も無くどこかへ片付けられていた。


コンロに置かれたフライパンの上で、不気味な昆虫達の姿焼きがこんがりと黒くなっているのが見える。

宮代(みやしろ)蛍(ほたる)は、なるべくそちらを見ないようにしながら、「す、すり潰したりしてないのね……リ、リアル……頭も脚もついたまま……」と震える声で言った。

「コオロギやイナゴみたいな、バッタっぽいやつはな?高タンパクで、ナッツみたいに香ばしい味がするぞ。」と蟲姫はフライパンの中から一匹を小指を立てて摘まみ、ポイッとお口の中に放り込んだ。


「……じゃあナッツじゃダメなの……」と蛍が、喉に何かが詰まったような声を出す。


「お気に召さぬか?ではこれならどうじゃ?スズメバチの幼虫じゃ。ケーキみたいな濃厚な味がするぞよ。」

「……ケーキじゃダメ?」


「カミキリムシの幼虫を焼いたものは、エビの味がするぞ。」「……エビの方(ほう)でお願いします……」


「ふむ。ではタガメはどうじゃ?この大きいのは、昨日田んぼで取れたやつじゃぞ?ラ・フランスのような香りが癖になる。」

「ラ・フランス……」

蛍は涙で滲む視界の中に、巨大な腕を折り曲げたベージュ色のゴキブリを納め、「……姫様……と、とにかくタッパーに全部詰めて……帰ったらゆっくり食べるから…」とこめかみを抑えながら言った。


「おう、それは構わぬが…消費期限までにはちゃんと食べるのだぞ?」「……ちなみに期限はいつなの?」

「明日の夜じゃ」と蟲姫は容器パンパンに虫の屍体を重ね合わせながら答える。


「了解。ブラジャー、合点承知(ショーツ)!わかったわ。腐らせないように気を付けるわ。」と蛍は言いながら、…帰ったらソッコー捨てよ……と考えていた。

「いや、逆じゃ宮代。」「へ?逆?」「明日中に食べないと、こいつらは全部生き返るからな。これだけの量が逃げ出したら、捕まえるのは大変じゃぞ?」

(ぞ。ぞ。ぞ。ぞ。)蛍は全身に鳥肌を立てながら「え?生き返るんすか?」と言った。


「ああ、そうじゃ。あと、良く噛んで食べないと体の中で蘇って、胃を食い破るから気を付けて噛まないといかんぞ。約10回は噛むと良い。」

「待ってよ、姫様?!そんな危険なものをツムギやメイカにも食べさせようとしていたの??」

「……何を言うておる?こんなの魚の骨と同じじゃろう。注意して食べれば済むことじゃ。」と蟲姫が言う。「正直今宵は沢山作ってしもうたから一人では食べきれぬわ。宮代も少し手伝ってたもれ。」


蛍は、震える手でタッパー(つづら)を受け取って、「とは言っても…ふ、蓋が開かなければ平気でしょ?」と言った。

「まあ、そうじゃが……そいつらは中で卵を生むからのお。何にせよ、早(はよ)う食べるのがオスメスじゃの。あ、いや、オススメじゃ。」

白い綿毛のタンポポ姫は、剃られた眉を上に上げ、「2(ふた)パックでええかの?……因(ちな)みに食べた感想は聞かせてもらうぞ。まあ、無いとは思うが、食べずに捨てたりしたらすぐにバレるからな?」

蟲姫の目が微かに赤く濁る。


「お、おいしく戴きますから!あ、は、は、は、た、楽しみだなあ~~」

蛍はそう言うと、大量の黒い脚が透けて見えるプラスチックの容器を素早く鞄に入れ、

………これらを細かく砕いて、水に溶かしてからマジカルストローで飲むのはどうかしら……。その食レポでも許されるかしら……オエ……。と考えていた。

あ、そうだ!御神水で浄化してしまえば、生き返ることはなくなるかも!それで庭の隅にでも埋めてしまえばいいわ!そうよそうよ!味に関しては後でおちゃっぴーに聞けばいいんだ!!


そのアイデアにほっとした蛍は、ニッコリと笑って蟲姫を見返し、「じゃ、またね。」と言って、意気揚々と裏口を出ていった。

「次は1ヶ月も空けるではないぞーー」


蛍は裏庭に出ると後は一目散に雑草の枯れた路を突っ切っていく。


扉を潜(くぐ)るのも億劫で、塀を乗り越えた宮代蛍は、

地面に着地すると、………目の前にある洗濯物が満載された大八車と対面した。


………ちょっと待ってよ。


ツムギ達……これ置いて帰っちゃったの……。

ヒドイ……か弱いホタルちゃんに一人で運べと……。グスン。ふ、踏んだり蹴ったりとはこのことね……。

もうこうなったら明日は、丸一日を洗濯に宛てるしかないわ……

明日は学校休(やす)も………とブルマの巫女は考え、小さな背中を丸めると、荷台の内側に体を滑り込ませ、とぼとぼと暗くなった坂道を下っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。