#21 第八十一噺
愛衣花・エル・ターナーは、しずしずとい草の香りのする畳の上を歩いていき、横向きに転がった縦長のビニールパックから一枚、紙オムツを引き出した。そしてそこに印刷された裸の黄色いクマをじっと見つめていた。
「メイカっち、それ、バッタもんで粗悪品みたいだけど、とりあえず今のアナタにとっては履かないよりは百倍マシよ。あっ、あとその外国製の贋御札は付けなくていいからね、剥がしたやつはこっちに捨てなさいね。で、とりあえず今日はそれを履いておきなさい。」と宮代蛍は、自分自身は封印の切れた宮代印の正規品のおしめ縄をかき集めて、紬の差し出すビニール袋に詰めながら言った。
愛衣花は、パンツ型の紙オムツの内側に貼り付いた、シール状の御札を見つめ、爪を立てて剥がそうとしてみたが、
…無理にやると本体が破れてしまいそうになることに気付いて、
(ま、いっか。)と、そのまま脚を通すことに決めた。
……なんかこの龍神様のプリント、あんまり強そうじゃないわね………。デザインをはしょり過ぎている気がするし、簡略化されてこれじゃほとんどヘビみたいに見える蛇ない………。
愛衣花が畳にお尻をついて、それにヨイショ♡と脚を通すと、きつめのゴムがキュッと彼女のお腹に食い込み、お股が痒くなるのをカンジタ。
…その瞬間、
とある建物の一室で、
御札の使用を感知した稲田創士が、おや?といった表情でPCから顔を上げる。
……これは……蟲姫に送っておいた…、海賊版おしめ縄の反応じゃないか??
…まだ活きていたのか。
…少し前にあれを使って蟲姫をコントロールしようとしたのだが、…姫がすぐに使うのをやめてしまった為、この計画はうまくいかなかった……。
創士は、自身が前回の依り代に寄生していた頃から、宮代と三神丘の蟲姫はかなり密接な繋がりがあることは知っていた。
(蟲姫をうまく誘導すれば、宮代蛍を葬ることが出来るかもしれない……。)
今回の身体に乗り移った後、そう考えた稲田創士は、おちゃっぴーのアプリをハッキングして、今回の宮代の代替わり(?)のタイミングにうまく合わせて蟲姫の生活を嘘の情報で導き、徐々に自堕落な生活を送らせ、ひとまずは三々賀村にコントロールを失なった危険な昆虫を放つことに成功していた。
しかし創士が用意してきた海外製のおしめそのもののクォリティの低さにより、蟲姫の封印を外宮来印の神オムツに乗り換えさせることは叶わず、
てっきり計画は失敗に終わったと思っていたのだ。
それが今になって反応が返ってくるとは…。
創士は額に垂れた柔らかい前髪をフッと吹き上げ、
PCの前で目を細めて考え込むような表情をした。そして徐に壁一面に張り巡らされたモニターのスイッチを付けると、数字を目で追った。
……神オムツに貼られた外宮来の御札に割り振られた数字が、リアルタイムに反応を返している証拠に、画面に緑色の波形が左から右へ移動している。
ピコン…ピコン……
計画はこうだ。蟲姫の神オムツが濡れる頻度の統計を取り、間髪入れずに、替えのパックを納品する。多い日も安心。使い捨ての便利さに馴れてしまった蟲姫は、もう布に戻ることなど出来ないはず……。スマホとサブスク……。生活は段々と怠惰になり、姫は廃人のようになる。その心の隙間におちゃっぴーが洗脳する為に潜り込むのだ……。
……まあ、期待はしずきまい。一度は失敗した計画だ。
蟲姫がこれに依存してくれるようになれば、その供給を調節することで、彼女を制御しやすくなるはずだ。
……しばらくぶりに、この新しい身体に生まれ変わってみれば、世の中色々と便利になっていて、今までは考えついても実行に移すことが難しかった作戦が、こうやって実地で試せるレベルまで精度を高めることが可能になっていたのだ。
創士は、さてと……と手を擦り合わせると、スマートフォンを取り出し、A・RA・SAのヌイグルミと一緒に写真を取る、大宮代のメ(旧ツイスター)を確認して、
……やはり今が千載一遇のチャンス。若い巫女に業務が任されている隙に、村の鎮守を全壊させてやる。見ていろよ宮代……お前らの一族にも、我が一族と同じ地獄を味合わせてやるからな……
と考え、一人でフッフッフ……と肩を揺らして笑うのだった。
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「いやあ…あらかた片付いたわね……」と宮代蛍は、埃で汚れた体操着の襟を伸ばして首の汗を拭き、途中から額の上に巻いていた鉢巻きをほどいて、それでこめかみの汗も拭き取った。
「……ところで脱出計画は、これしかないの……?」
と紬が言う。
「ええ。そうね。これがベストな脱出方法だと思うわ。これなら気付かれずに塀の外へ出ることができる。」
「でもホタルはどうするの?私達を逃がすことができても、アナタは隠れられないじゃない…」
そう言いながら紬は、使用済みのおしめ縄が詰まった大きなビニール袋に足を差し込み、マスク越しに顔をしかめて「ウ……」と思わず唸った。
愛衣花・エル・ターナーも顔に口パンツを履き直して、丸められた紙オムツがパンパンに入ったゴミ袋に背を丸めながら入っていく。
「まあ、最悪私一人なら走って逃げられるからね。」と蛍は言い、憤怒!と真っ赤な顔をして折り畳みキャリーカートに、それぞれ2人が入った色付きゴミ袋を乗せると、
鞄から取り出したマジカルストローを少女達に渡した。
「今から、袋の口を閉めるから、このストローの先だけを外に出して呼吸して。」
「A、でもそれだと、マスクを外さないといけなくないですか~」と愛衣花が不満を口にする。
「少しくらい我慢なさい。ゴミ袋の中で酸欠で死ぬわよ??それともアナタ昆虫を食べたいの?!」
青ざめた金髪碧眼少女は、顔を上に向けながらサッと黒いビニールの中にしゃがみ込み、袋の端を摘まんで固結びにした間から、細いストローをピョコン♡と付き出して静かになった。
「これココアの香りがするわね…ありがたいわ……」と言って紬がストローを咥えながら白いゴミ袋に入っていく。
「ホタル?蟲姫様は本当にお屋敷の敷地の外に出られないの?」
「ええ、そうよ。退魔大全によれば、蟲姫様はこの敷地結界から出たら半日以上は生きられないはず。中にいる限り、その力は外の世界にも及ぶけど、自分が村に出ていくことはないと思うわ。」
「……前に遠足に来たことがあるって言ってなかったっけ……」
「まあ、そーいう楽しいイベントは何回か来たみたいね。でも、命をかける程の価値はないと見て、ここ最近は来てないみたいよ。今や蟲姫様は筋金入りの引き籠りよ。」
「ヒキコモリ……?」
紬の頭の中を、ヒキガエルとコウモリが合わさったものがパタパタと横切っていった。
ブルッ!と身体を震わせた紬は、その長い髪をへその緒のように、首にぐるぐると巻き付けると、「さあ、ホタル?閉めていいわよ。」と言った。
蛍がビニールの端を持つと、紬が「あ、ごめん、ちょっと待って。」と言う。
「なあに?早くしないと姫様が戻ってくるわよ。」
「あのさ、さっき気になったんだけど、ホタルってさ、蟲姫様とずっと友達っぽかったじゃん?この前は、初めて会うようなこと言ってなかった?」
蛍は、ははぁ~ん……とニヤけた顔をして、「許嫁として気になる?」と聞いた。
「いや、そういう訳じゃないけど、蟲姫様の心の許し方が気になって。…ほら、まるで幼馴染みみたいだったじゃない……」
「もう!紬嫉妬しないで♡」
「え?ツム?袋の中でshitはダメよ!それこそ窒息死しますよ!」と隣のゴミ袋から叫び声がする。そして、ストローを口から離したせいで(ゲホゲホ……)と咳込む音がした。
蛍は黒いゴミ袋を無視し、「心配しないで、ツムちゃん♡……どうやら宮代は代々、三神丘の蟲姫様のお世話をさせられているようなの。私もね?姫様の態度を不思議に思って、家で書物を調べてみたら……、宮代の娘が、だいたい中学生くらいになった時、姫様の介護を親からバトンタッチされているようなのよ……で、姫様は100年以上ずーーーーっと、
同じ宮代がここに来ていると勘違いしているみたいなの。……なんか宮代の遺伝子ってえらく強いらしくって、顔もおんなじみたいなのよ。正直いい迷惑だわ。」
「だから蟲姫様は、ホタルのことを宮代って名字で呼んでたのね。……でもあれ?さっき私がアナタのことを『ホタル』って呼んでも、姫様は気にしてない風だったよね?代々変わっているなら名前が違うことで気付かないのかしら??」
「……あれ、紬?私、言わなかったっけ?宮代の娘の名前は全員『蛍』よ。800年前からずっとそうよ。ママの名前もホタル。おばあちゃんの名前もホタル。そしていつか生まれる娘の名前もホタルよ!聞いてなかった??」
「マジですか……」と紬は言い、「…それはある意味不老不死ね。神の使いである巫女の家系について、私達は知り得ないことばかりね……」と溜め息をついた。
隣のゴミ袋がもぞもぞと動き、「……ツム…シットの後は紙を使ってください……尻を拭かないのはあり得ないです……」と呟いた。
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「おう、おう、宮代!よくやった!随分と綺麗になったな!」
緑色のジャージの上からレースのフリフリのエプロンをつけた白髪の少女が、
手にしたミトンを擦り合わせながらやってくる。
蟲姫は嬉しそうに大広間を見渡し、「あれだけあった洗濯物も汚れ物も、後はもうこれだけか!!」と言って、台車の上に乗った2つのゴミ袋に近付いていった。
「パンパンじゃの!」と蟲姫が嬉しそうに袋の側面を蹴る。
「ひ、姫様?あんまり蹴らない方が……可哀想ですし…破れでもしたら…ゴミが散らかりますから。」
宮代蛍はビニール袋の縛り口から付き出したストローの先をチラッと眺め、すぐに「さあさ、さあさ、ヒナコちゃん……汚い物はホタルちゃんに任せて、アナタは別の汚部屋で待っていて……」と姫の背中を押して、部屋を退出させようとする。
「お、宮代?ようやく妾をヒナコと呼んでくれたな。じゃが、おぬしが自分のことをホタルと呼ぶのは珍しいな……いつも妾の配下の虫になったような気になるから、蛍と呼ばれるのは嫌がっておったろう……」
「ん?あ?ああ、そう、そうよ?ホタルと呼んだら許さないから♡オシリペンぺンしちゃうからネ!」
片方のゴミ袋がガサッ…と動いた気がした。
「と、とにかく!あとこの2袋だけだから!姫様はあっちへ行って夕飯の準備の続きをしてきて!そ、そっちはもう終わったの??」と蛍は背中を押す手に更に力を込めて、蟲姫を追い出そうとする。
「まあ、だいたいは終わったぞ。今日の掃除は任せっきりで悪かったのう。妾も最後くらい手伝うぞ?」
後ろを振り返りながら蟲姫が言うが、
「いいから!」と蛍は力の限り彼女の背中を押す。
「ところで、他のオトモダチ2人はどこへ行ったのじゃ?」
蛍は「さ、先に纏めたゴミ袋を家の外へ運んでいるところなんじゃない??」と言った。
白髪の少女がくるん!と素早く振り返り、そのまま蛍の手のひらが、姫の胸をぎゅう…と押してしまう。
「あ、姫様……ごめんなさい……」
慌てて手を離した蛍を気にする様子もなく、
蟲姫は「……何故、外へ運ぶのじゃ?」と言った。
「な、何故って……ゴミは持ち帰って処分、洗濯物は洗ったあと御札を貼り直すためよ……」と蛍が答える。
「その必要はないぞ。」
「?」
「……庭に焼却炉があるから、ゴミは燃やしてしまえばよい。そっちの黒い袋は……多分使い捨て紙オムツの方かの?そっちはそのまま燃やしてしまって構わぬぞ。」
がさがさ!と黒い袋がもがき、形が崩れて台車の上から転げ落ちた。
「なんじゃ、なんじゃ?」と蟲姫がゴミ袋に近付き、結び目から飛び出したストローに気付いて、ピッと引っこ抜く。
「うへ……」と中から呻き声が聞こえ、
ビニールの表面が伸びきり、ヌパァ~~と内側から突っ張られると、
薄くなった部分から白い指が現れて、ゴミ袋を切り裂きながら、バスタオル姿の金髪の愛衣花・エル・ターナーが丸いオムツの塊と共に転がり出てきた。
「うわ!驚いたぞ!金の髪!何故、ゴミ袋の中に入っておったのじゃ??」と蟲姫が小さく叫ぶ。
「いえ……ちょっと……中でゴミを分別していましたら……閉じ込められまして……」と、白人少女は目に沁みる臭いに涙を流しながら言った。
「あははは……おぬしらは本当に面白いの!あと、もう一人もまさか、そっちの白いゴミ袋に入っておる訳ではあるまいな??」
ハハハ……と膝を叩いて笑い続ける蟲姫も涙を流しながら白ビニールに近付いていった。
蛍は諦めた様子で首を振り、咳き込む愛衣花を抱えるように起こしてやると、「失敗ね……」と彼女に耳打ちした。
「ツム、アナタだけずるいから出てきなさい」と愛衣花がビニール袋を蹴ると、
「なんじゃ。本当に入っておったのか……」と、呆れた様子で蟲姫が呟いた。
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「さ、ゴミを捨てたらすぐに座敷に向かうからな。最近、何だか虫が沢山取れるせいで、ゴハンは山ほど作れるからな。いっぱい食べて構わぬぞ?あと残ったものは箱に詰めて持ち帰るといい。いやあ……これだけの大人数で食事するなど、本当に久しぶりじゃな……今宵は楽しいのう宮代?オトモダチも好きなだけ食べて帰るといい!さあ宴じゃ、宴じゃ!」
白髪の美少女は、手を叩いて嬉しそうに叫び、宮代蛍の肩に腕を回すと、「なんなら今日は泊まっていくか?」と耳打ちする。
破れたビニール袋から這い出してきた紬が、もう口パンツを履いていないことに気付いた蟲姫が、
「なんじゃ。おぬし、結局髭は生えておらぬのか?」と残念そうに言い、「ところでそのストローで……何を吸っておったのじゃ?」と近寄ってきながら、畳の上に散らばった宮代印の布を見下ろした。
「………」「………」「………」「………」
「……まあ何でも良いか。ゴミを集め直したら、妾は食事前に一度着替えるぞ。
宮代?おぬしは妾と一緒に来るのじゃ。今日はもう、本当に嬉しくてな、嬉し過ぎておしめ縄がもうパンパンになってしもうたわ。さすがに客人の前でお色直しする訳にもいかぬから、奥の茶室で替えてたもれ。」
そして、白髪の美少女はもんぺ姿の少女のことを見つめると「………おい、黒の髪?…なんなら脱ぎたてをあげようか?その方が吸いやすいのではないか?」と言った。
それを聞いた木守紬は「おえ♡」とえずき、次に金髪の女児が「ツムちゃん、シットは拭いた?」と心配そうに尋ねてくるのを耳にしたのだった。




