#2 第百噺
「……これは……ひこばえ神じゃ……」
と、すみれ色の着物を着た老婆がこちらを振り返りながら言った。
縁側の下にあるタケノコが見えるようにしゃがみ込んでいた木守幸は、小さな身体を立ち上げると、丸い目をぐりぐりとさせて嫁と孫娘を見つめた。
「お祖母ちゃん、まだそうと決まったわけじゃ…」と木守久代が言う。
中学生の紬は、母と祖母に挟まれる形で、手を胸の前で祈るように合わせ、おろおろと2人の顔に視線を行ったり来たりさせていた。
「ツムギ、お前が余所者と付き合うからこんなことになったのじゃ!」と白髪の幸が、カッと見開いた瞳で孫のことを睨む。
「お祖母ちゃん!それとこれとは関係ないでしょ!ツムギ?気にせんといてね?」
柔らかそうな髪を短命ヘアに束ねた背の高い母親が、緩やかなワンピースの首から細い鎖骨を覗かせて娘の前に屈み込むと、紬の目には痩せた肋骨とベージュ色のシミーズが見えた。
「……で、でも、お祖母ちゃん?愛衣花ちゃんはこの村で生まれたから、余所者じゃないよ…」
と、母から目を逸らして俯いた紬が呟く。その声は、喉の奥に何かが詰まったようにくぐもっていた。
「こら、ツムギもお祖母ちゃんに言い返すんじゃありません!…あなたらしくもない。」と久代が言い、肩を揺らすほど大きな溜め息を吐いた。
………今、余所者と呼ばれたのは……愛衣花・エル・ターナーちゃんのことだ。
村外れに近い二本松交差点の脇にある大きな赤レンガ屋敷に住む女の子。
日本の民間神話を研究する為にアメリカから移住してきたターナーさん一家は、30年前からこの土地に住んでいて、最初の奥さんが病気で亡くなった後、
15年前に20歳以上年の離れた女中さんとの間に生まれた子供が……、この愛衣花ちゃんだった。
金髪碧眼。お豆腐のように真っ白な肌。隣村出身のお母さんはとても小柄な人で、
完全に外国人な見た目の愛衣花ちゃんに宿る唯一の日本人要素は、
お母さん譲りの、いつまでも小学生みたいに華奢で、おチビちゃんで、ロリでお姫様な見た目だけだった。
「外人はね?二十歳過ぎると急速に劣化するから」と愛衣花ちゃんは、小さい頃から口癖のように言っていた。
ちなみに愛衣花ちゃんの成績から判断する限り、実は英語がそれほど喋れないというのがもっぱらの噂だった……。今のトゥエンティーの発音は、限りなくトゥエンティーンに近かった……。
そこで宮代家の長女、蛍が割り込んできて「えー、でも外国の女の人って綺麗で羨ましいよ~。色白で、鼻が高くて、目も二重でさ。……それに、ボッ☆キュン☆ボン♡って言うの?烈火の如くボデーが爆弾みたいになるじゃん。」と言うと、光るお尻を付き出しながら背苦いポーズを取った。
「That is the question.それが問題なの。」と、3人の中で最も背の低い愛衣花が、態度だけは堂々と…、妖精のようなフワリとしたワンピースの中で脚を開きながら、無い胸を精一杯張ってソプラノボイスを張り上げて言った。「…アングロサクソンのメイカはね、体に死亡が付き始めたら、それはもう老化の始まりだと思ってるの。Soならない為にも、メイカは牛乳を始めとするNew製品は、いっさい食してはならないの!So!永遠の若さを保つためにね!」
「最近、太り気味のホタルはともかくとして……メイカちゃんはもっと食べた方がいいよ。実際体型がゼロキロカロリ過ぎて、いまだに着れるサイズのセーラー服がないじゃない。」と紬が言う。
蛍が「あ、そうだったんだ。私、てっきりメイカちゃんが中学の制服を着てこないのはアメリカ流のフリーダム文化のせいかと思っていたわ!」と言った。「登下校時も、いつもサングラスに日傘だし……ギャングかマフィアみたいよね」
続けて蛍が「…メイカちゃんのパパは……やっぱり銃とか所持してるの?」と言う。
質問に対して愛衣花が「西洋人の遺伝子は太陽光に弱いの!あと銃の所持は、村の掟で禁止されてるはずよね?」と答えた。
「いや、それ、そもそもが違法だから。」と紬が突っ込む。
「……ツム?ホタル?聞いて…メイカはアメリカの文化は嫌いよ……。銃より刀。カートゥーンよりアニメ、やっぱりハンバーガーよりご飯とお味噌汁がいいわ……」とプラチナブロンドの妖精が呟いた。
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「お祖母ちゃん?メイカちゃんは、見た目はガイジんだけど、心は日本人だよ。」
紬は自分が祖母に言い返していることに気付き、みぞおちの辺りがキュッと締め付けられるのを感じていた。
年老いた幸は、一瞬怒ったような表情をしたが、やがて諦めたように首を振り、
「ツムギ……よくお聞き。」と言った。「……あの余所者の家族が、この三々賀村に来てからというもの……、
…龍神様のお池にはブラックバス…弁天沼にはアメリカザリガニ、道端にはセイヨウタンポポしか生えなくなったのじゃ。そしてここ数年で、村の池沼の至るところに穢らわしい桃色のヒナゲシが咲くようになってしもうた…………ほんと、移民を入れるとロクなことがない。」
「でもお祖母ちゃん、今回のこの竹は外来種じゃないんじゃないですか?」と久代が言う。
「だいたい外来種の何がそんなにいけないんですか?三神様のおひとり、玄武様だってカミツキガメそっくりですし…」「ヒサヨ?!なんとバチ当たりなことを……龍治さんがお帰りになったら報告させてもらうけ、……お前も調子に乗って軽口を叩くんじゃなかよ?!」
母と祖母の言い争いを聞きながら、紬は再び縁側の下を覗き込み、
乾いた毛に覆われた茶色い皮から、先端が露出し始めたタケノコの黒い斑点を見つめていた。
「ひこばえ神は切らなければならん…。」と幸が重々しい口調で言った。「じゃが……神殺しは宮代様でないと出来ぬ。」
久代は今日何度目かの溜め息を吐いて、「…解りました。今晩にでも宮代様にお願いしてまいりますわ。」と言う。
「ヒサヨ、これはツムギの役目じゃ。最初に祟り神を発見した者が宮代様に御願いを立てなればならぬ。これは大昔からの決まりごとなのじゃ。」
「*はあ*……ツムギ、ごめんね?お願いしていい?」
紬は「分かった。」と言い、「あ、お母さん?お父さんは今日何時に帰ってくるの?」と聞いた。
久代は割烹着の紐を後ろ手に結び直しながら「え~っと、7時半頃だと思うわ。そうね、それならツムギ?宮代様に寄った後、丁度いいからバス亭でお父さんと落ち合って一緒に帰ってきなさいよ。」と言う。
そして「さあて!明日はタケノコのお味噌汁ね♪」 と久代は嬉しそうに言うとサンダルを引き摺りながら台所の方へ戻っていった。
「……お祖母ちゃん?」
と紬が心配そうに祖母の横顔を見ながら言う。
「ツムギや……。お主、まさかあの余所者の家に行ったりしておらぬだろうな…?」
「……うん。おうちに上がったことはないよ。」
「……あの伴天連屋敷、噂によると家に上がる時、草履を脱がぬと聞いたが……。ということは、奴らは泥だらけの草履で部屋を歩き回っているのじゃな……ああおぞましや…決してあの家の娘をうちに上げてはならぬぞ……。」
「お、お祖母ちゃん?メイカちゃんはきちんと靴を脱ぐから…。て言うか、どちらかと言うと学校一綺麗な上履きを履いてるわよ。」
「……どうだか……あと、あの西洋屋敷、お手洗いとお風呂がくっついていると聞いたぞ…」
「あ、それ私も聞いた。ユニットバス?って言うんだって。海外だと一般的なんだってね。」
「……け、穢らわしい……。便器の中で身体を洗うとか……なんと不潔な家じゃ……」
「だから…メイカちゃんはそういうのが嫌だから、お部屋に自分用のおトイレがあるそうよ。」
「……ほう。あの娘…、御虎子にしておるのか……まあ、あの赤子のような見た目なら、それもあり得るか……今も陶器の御白虎子様を用いているのなら、それはそれで信心深いことじゃな……じゃが、あの小娘きちんと西を向いてしているかも怪しいぞ?……いや!と、とにかく、紬??あの家の娘と遊ぶのはやめるのじゃ。わしは騙されんからな!」
紬は祖母からじっと見つめられ、やがて背中に冷たい汗が伝っていくのを感じていた。
「…ツムギや?どうした?返事は?」
「……で、でも…」
「返事は?」
「は、はい……解りました……」紬はそう答えると、唇をギュッと噛み、手のひらの内側に爪を食い込ませた。
祖母がぶつぶつと文句を言いながら去っていくと、
紬はもう一度タケノコを覗き見て、…何となく最初に見た時よりも伸びたような気がして、ゴクリと唾を呑み込んだのだった。
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その夜、懐中電灯を手にした紬は、Tシャツに木綿のズボンというラフな格好で、素足にスニーカーを履いて砂利道を歩いていた。編んだ長い髪が、足を進める度に、背中と腰にぶつかってトントンと跳ねる。
まだ沈んだばかりの太陽が、山間の空を青黒く染め、田んぼの方からアカガエルが……ケケケケケケ……と断続的に鳴き声を上げている。紬が近付いてくると、それは用水路を流れる水の音と混ざり合い、静かに闇に溶け込んでいった。
田んぼ側に光が当たらないように、遮光板を取り付けた街灯が20m間隔で続く畦道を、蚊柱を連れ歩きながら進み、
紬は三神丘のシルエットを遠くに見ながら、宮代の杜へと続く参道に入っていた。
両脇にそそり立つ大きなクスノキの原生林。
樟脳の香りが害虫を寄せ付けないせいで、
杜に入った瞬間に、急に辺りは死んだような静けさに包み込まれる。
途中、本堂に着く少し手前で脇道に入れる場所があり、紬は、そこにある古い石造りの鳥居の前を通りかかる度に一礼することにしていた。
鳥居は、何らかの原因で片側が倒壊したまま残されていて、村人達から敬意を込めて『一本鳥居』と呼ばれている。
この神聖な門は、長崎の原爆を耐えた鳥居と同じく、かつて巨大な力を抑え込み、三々賀村を悪しき勢力から守ったと伝えられていた。
ここから先の道には、代々、宮代の巫女のみが入ることを許されている。噂によると、この細道は三神丘まで続いているということだ。
……巫女か……。
そういえば宮代様の家に女児が誕生しなかった場合はどうなるのだろう……。だが長い宮代の歴史の中で、女児が生まれなかったことは一度もない。あまりにも当たり前のこと過ぎて、三々賀村の人は、宮代の巫女のいない村のことを思い描くことが出来ない気がする。
…もし、蛍の次の代に女の子が生まれなければ宮代家は滅ぶ……。そうなった場合、守り手を失ったこの村はどうなるのだろう。
…………。
巫女がいなくなる未来を、紬も想像することが出来なかった。
………♪♩♫♬……
鳥居の前で頭を垂れ、目を閉じていた紬の耳に、聞きなれない鈴の音が聞こえてくる。
その音が途切れた途端に、杜の奥から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「……だから!三神はもうダメなの!」
……あれは、蛍の声だ……。
巫女しか入れない場所で、誰と話しているんだろう……
「三神は3月31日を持ってサービスを終了するのよ??…正直、今は4Gだって足りないわ!大容量の御神託を受け取るためにも、五神にしなきゃ!ただでさえ、うちの村は遅れているんだからね!文化が昭和50年くらいで止まってるじゃない!…3G丘は5G丘にしてもらわないと、お話にならないわ!!だいたいこの村、圏外が多過ぎるし!この参道でようやく2本!三神丘でやっとアンテナ3本だし!」
………。
ご、ご、ご、五神?!?
紬は顔を青ざめさせて懐中電灯を切り、思わず柱の陰に隠れた。
……村の三神様では足りないの?!
龍神様、玄武様、そして御白虎子様……。
更にあとおふたりも神が必要なの?!
…えーっと、す、朱雀様かしら……でもうちの村は水の聖域だから、火の神様とは相性が良くないってお姉ちゃんが言っていたわ……
「………現代の巫女はね!チャッピーとジェミナイ(良き発音)の御神託をスムーズに、村のみんなに伝える必要があるのよ!もう!ママは頭が古いんだから!!」
……チャッピー神とジェミナイ神?それが新しく加わる村の神の名??
ガサガサ、と草の擦れる音がして、紬は慌ててピョンと後ろに飛び退くと、
……今来たばかりのような顔をして、懐中電灯を灯し、脇道の石段から下りてくる宮代蛍と顔を合わせた。
「あら?紬?どったの?こんなに夜遅く。」
蛍は片手に、手のひら大の鉄の御札を握っていて、…友人の目線に気付くと素早く肩から提げた朱色の大きな巾着にそれを滑り込ませた。
蛍は白衣を上半身に纏っていて、鮮やかな色に染められた緋袴を履き、神楽を舞う時に着る、透け感のある白い千早を羽織っていた。
「あ、これ?夜はまだ寒いから」と言って蛍は襟を首もとに寄せる。
「あ」
と言って紬が、蛍の巾着を指差す。
蛍が「ん」と俯くと、紅い巾着の中で、何かが強烈に発光しているのが見えた。
「あ、ライトつけちゃった……」と言って蛍が布の袋に手を突っ込むと、すぐに光が消える。
「そんな太陽みたいに明るい光、見たことないわ…さすが宮代様の娘ね……」と紬が言った。「ホタルの名前は伊達じゃないわね。……まだ巫女見習いだと思っていたけど…貴女のこと、ちょっと見直したわ。」
「ん?ま、まあね。」と蛍は照れながらボサボサめの頭をパーにした手で撫でつけ、「で、なにかご用?」と言って笑い返した。
さて。このような感じで物語を始めてみましたが、いかがでしょうか?
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AIは使用しておりません!そこんとこヨロシク!




