#17 第八十五噺
田んぼから這い出してきた愛衣花・エル・ターナーは、細い脚の裏側に茶色い固まりを流しながら、
畦道に踞って震えている宮代蛍の脇腹を蹴った。
白い体操着の横に冷たい泥がかかった少女は、うひゃっ!と声を上げ、変な風に体を捩りながら土の上を横向きに転がっていき、
紬の足にぶつかって静止すると、すごく嫌な顔をして汚れた部分を引っ張った。
蛍を跨いで乗り越えた紬は「メイカちゃん!ごめんなさい。」 と頭を下げ、「どうしよう……すぐに洗い流した方がいいよね……」と心配そうにスク水金髪碧眼少女の周囲をぐるりと回りながら言った。
蛍が立ち上がりながら「汚れてもいい格好なんだから、そのままでいいんじゃない?」と、…自分の方は体操着の汚れを気にしながら言った。「それに野生の象なんかはさ、体に泥を塗って紫外線対策したり、体温調整、お肌の保湿を行うらしいわよ。なによりも寄生虫とか、ダニやノミを防ぐことに対して効果が期待できるらしいし、これから蟲姫様の所に行くわけだから、赤ちゃん肌のアナタには丁度良いんじゃない?」
「……確かに一理あるかもしれませんね……。」そう言うと愛衣花は手の甲で、お腹についた照りのある泥を地面に向かってブチョッと払い除け、
残ったものを手首から細い腕全体にヌメ~っと伸ばし始めた。
2人の会話を聞き終えた紬が「…だ、大丈夫かしら……この田んぼ、もう、代掻きしてあったみたいだけど……」と、田んぼの中に残った幼女の人形を見つめながら言う。
「代掻きってナンですか……。」と愛衣花が、ヤバ…といった表情で紬に尋ねた。
「田植え前に、泥を平らに均しておくことよ。この作業をしておかないと、苗をしっかり定着できなかったり、雑草が生えてきちゃったり、メタンガスが発生したりするの。つまり代掻きを上手にやらないと、美味しいお米が育たないのよ。」と紬が答えた。
「え、それホントですか??メイカはお米大好きです。農家の人に申し訳ないです……」と白人少女が呟いた。
「……そうよね。」と紬がうなだれた後「……わかったわ。これは全部私のせい。私が責任持ってこの田んぼを平らに均し直すわ…」と肩を落としながら言った。
「そ、それならメイカも手伝います!…ツムちゃんの強い突っ込みは毎度のことのはずなのに……受け止め切れずに田んぼに落ちてしまったメイカにも責任があります……!!」
「ちょっと待ってよ!今日の趣旨が変わってきちゃったじゃない?!アナタ達、憶えてますか~??今から蟲姫様のお屋敷にゴミを回収しにいくんですよ??洗濯物もイッパイ溜まってんだからね?!」と蛍が大声で言った。
「「でも……でも……お百姓さんが私達のために作ってくださる大切なお米が……」」と紬と愛衣花が目に涙を溜めながら、宮代の巫女のことを両脇から迫ってくる。
「コ、コメが駄目ならパンを食べなさいよ?!」
と、追い詰められた蛍は苦し紛れにそう言ったが、
ジト~っと2人の友人に睨まれた挙げ句、
「わかったわかった……わかったから!」と叫んだ。
「じゃあね?!もう一回泥を踏み直して、ある程度掻き混ぜてから、板を使って平らに均すわよ!今からやれば一時間くらいで終わるから…でも泥だらけになるのは覚悟しておいてね!…それから急いでゴミ屋敷へ行くからね!あんまり待たせると蟲姫様が怒るわよ?!」
「あのね!メイカ本当はね!泥んこplayだ~い好き!!」
さっきまで不機嫌だった様子はどこへやら。愛衣花・エル・ターナーはそう叫ぶと「キャ~~~」と嬉しそうに目をばってんにしながら走り出し、
あれよあれよという間に、肩から水着の肩紐を剥き取って、縮んだ灰色の裏地を見せながらそれを背後に蹴り飛ばすと、
手足に塗られていた泥によって、逆スク水状態になった格好でカエルのようにぴょこ~んと泥水に再突入した。
「なんで脱ぐ必要があるのよ??!」
と、紬が悲鳴を上げ、
泥の中にぺちん☆と腹這いになった金髪少女が「ん?」と白いお尻を浮かべながら、首だけを横に向けてきた。
その無邪気で微笑ましい体を、茶色い液状の土壌にめり込ませた愛衣花・エル・ターナーは、ぴちゃぴちゃと手足を動かし、
楽しそうに田んぼのなかでのたうち回っていた。
やがてキャッキャと笑いながらぐるん!と体を表に向けた白人少女に、紬は思わず目を逸らしたが、
彼女の平たい胸と迫り出した丸いお腹は、照りのある滑らかな泥で綺麗に覆われていて、その詳細を確認することが出来なかった。
「ツムとホタルも早く入っておいでよ!」と怒鳴った愛衣花だったが、
すぐに「あ……」といった表情をし、
「そっか……二人共、もう女になっちゃったんでしたよね……オバサンが泥んこ遊びしたら犯罪ですね……」と寂しそうに言った。
「誰がオバサンよ……」と蛍は言い、崩れかけたバス停のトタンの壁に立て掛けられた柄振を持ってきて、
その長い柄の先に付いた横板を、寝転んだ金髪女児の体が田んぼの中に埋め込まれるように押し付けた。
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近くの用水路で体を洗い終わった愛衣花は、棒立ちの姿勢のまま紬に手拭いで体を拭いてもらい、
同じく綺麗に泥を落とした水着を着せてもらっていた。
「メイカ……肋骨見えてるわよ……もっと食べなきゃ駄目でしょ。牛乳も飲みなさいよ…」と蛍が言う。
スク水を装着し直した愛衣花は、「牛乳?……なんですかソレ?あーそう言われたら喉が渇きましたね……」と言って、突っ立ったまま、持参していたプールバッグを「ん」と指差す。紬が「はいはい…」と中から哺乳瓶を取り出すと、シャカシャカシャカ……としばらく左右に振って金髪少女に手渡した。
すぐさま愛衣花は、…ちゅっぱ、ちゅっぱ、ちゅっぱ……とゴムの乳首に吸い付き始め、「バブー」と呟いた。
「……アナタ……まだ粉ミルク飲んでたの……?」と蛍が呆れたように首を振りながら言う。
ヨシヨシ……と金色の髪を撫でていた紬が「あ、そうだホタル?これ忘れてた」と言って今度は自分の鞄から飴玉の袋を出し、「うちのお祖母ちゃんが、蛍にどうぞって。」と言い、ブルマ女子の手のひらに一粒乗せてやった。
「お、サンキュー」と、蛍がそれを口の中に放り込む。
「……喉に詰まらせないよう、ゆっくり舐めるのよ。慌てないで。まだ沢山あるから」
と紬が言うと、蛍が「サンキュー、ママ。」と答えた。
「……ねむい…」と愛衣花がムニュムニュと言い、飲みかけの哺乳瓶をベンチに置くと、紬の体に寄りかかって「ちょっと休憩します……」と呟いて、そのままコテン☆と色褪せたモンペの股の上に金髪の頭を落とした。
愛衣花は「……なんか落ち着く懐かしい匂い……」と囁き、秒でスウスウと寝息をたて始める。
蛍が「ちょっとメイカちゃん、寝ないでよ……このままじゃ日が暮れるじゃない……」と彼女の肩を揺すろうとするが、
「待ってホタル。」と紬がその手を掴んだ。
「?」
「ねえ、ホタル、聞いてもいい?」
「ん?なあに?」
膝枕で眠るブロンド女児を挟んで、掴まれた手を握り返した蛍は、目をパチパチとさせながら幼馴染みの少女と見つめ合った。
「……ホタルはさ。……その、何というか…私と……え~と、その……どーいう関係なんだったっけ?つまり、その、知ってたの?私と……モゴモゴモゴ……」
「は?何よ紬いったい何言ってんの?」
「…いや、その、私達ってさ?昔から友達じゃない?で、幼馴染みというか、何というか……つまり、それ以上でもそれ以下でもない……はずよね?」
蛍の左の頬にある飴玉が、右の頬へ移動し、再び左の頬へ移動する際に、前歯に当たる音がカチカチとした。
「え?ツムちゃん、もしかしてアナタ、許嫁のこと言ってる?」
「ぼへっ」紬が変な声を出した。
「何をいまさら……」と蛍はもう片方の手を持ってきて、紬の手を包み込み、
「安心して、ツムギ。例え女同士に生まれてしまったからと言って、ホタルはアナタが許嫁であることを片時も忘れたことはないわ!!」と宣言した。
「はあ??☆カタコトモキモトモトキ………??☆」と、紬は目を白黒させながら口をアワアワとさせ、「ど、ど、どういう意味よ、それ??!」と叫んだ。
「う、う~~ん」と愛衣花が寝返りをうつ。
紬は素早く金髪女児の口に黄色いおしゃぶりを差し込み、胸の辺りをリズム良くポンポンと叩いた。
「むにゅ……」と言って幼女は再び静かになる。
「ナニナニ?ツムちゃん?ひょっとしてアナタ、蟲姫様とのこと心配してんの??嫌あねえ、大丈夫よ!確かに蟲姫は美少女よ。でも、ホタルと姫様はそーいう関係じゃないから!そりゃぁ、あの人は祟り神だからうまく扱わなきゃいけないけどさ、代々、宮代は彼女をうまく抑え込んできてるから!多少親しく見えたとしても、それは言ってみればビジネスで、す、か、ら、ネ!不安にさせたならゴメンね~」
アハハハ……と笑いながら蛍は友人の肩をポンポンと叩いた。
「ま、待ってよ、ホタル?!貴女、許嫁の意味、ホントに判ってる?私達、女同士よ??だいたい蟲姫様ってどんな人よ?心配する関係ってナニよ?!」
「え?どんな人かって?蟲姫様はね……白髪の美少女で、オムツをしてるわね。で、汚部屋に住んでる風呂キャンセル界隈よ。」「風呂キャ……?…てナニ?違う違う、そうじゃなくて!私が聞いてるのは許嫁の方よ!ホタルは宮代の跡取りとして女の子を産まなきゃいけないんでしょ??女である私を許嫁にしてどーするのよ?!」
蛍は肩に置いた手を優しく背中に回し、紬の長い髪の毛にそっと触った。
「さあね、将来のことはまだ分からないけど、とりあえず本妻はツムギ、跡継ぎを作るための側室(男)はお見合いかなんかで決めるんじゃないかな?多分。で、27くらいまでに子は産めばいいんじゃないかしら。」
「に、27って……?!遅くない??」
「…いや、今は普通よ。むしろ少し早いくらいよ。厚生労働省の調べによると、日本の第1子出生時の母の平均年齢は31.0歳よ。おちゃっぴーがそう言ってたっぴ♡…飴、もう一個ちょうだい。あ、その白いのはいらない、不味いから。水色のにして。」
「……妻というより、アナタ、私にママを求めてませんか……?結婚相手に母親としての役割を求める最悪な男みたいじゃない……」
紬から水色の飴を受け取りながら、蛍は「まあまあまあ。結婚とか出産なんてまだまだ先の話よ。でも安心して。いくら許嫁だからって、今の世、誰も強制はできないわ。そんなの古いし、コンプラ違反よ。さ、ママ!この話はやめにしましょ!」
……ど、どこまで本気なの?
で?金比羅の天狗様が今の話に何か関係してるのかしら??
そうか。まだ五神様の誘致の計画は続いているのね。…候補が色々いるのかしら。コンピラ違反て……なんか神様がお怒りみたいで怖いわ……。
(ゴクリ)…許嫁の件は、ひ、ひとまず天狗様に免じて(?)様子見にしておきましょう……。
紬は心の中でそう考えると、「ほら、メイカちゃん起きて!まだご幼児は終わってないわよ!」とスク水少女を揺すった。
「………お早うママ」と、愛衣花が目蓋をこすり、
紬は黙って、彼女の口に吸い付いたおしゃぶりを、しゅぽん!と引き抜いた。
「さ、ホントに夜になっちゃうわよ!急いでタンポポ屋敷に行きましょう!」とブルマ姿の蛍が言う。
「アナタ達も知っての通り、正面口は綿毛だらけだから気を付けてね。2人は裏口から回って、そこで待機しててね。勿論私だけが中に入ることができるから、屋敷からどんどんゴミを運び出すね。ツムちゃんとメイカの役割はそれをうまい具合に大八車に積んでいくこと。で、2人して今日はこのバス停まで下ろしてもらうわ。ここにゴミを溜め込んでおいて明日以降に焼却炉まで運びましょう。3往復くらいすれば十分なんじゃないかしらね?さ、頑張っていきまっしょー」と言うと、
えいえいおー! と蛍は腕を振り上げて立ち上がった。
そして、ちゃっかりと大八車の荷台に腰掛けた愛衣花のことを見て、
「アナタも押すのよ……」と静かに言い、「はあ……出来の悪い子供を持つと、きっと苦労するのでしょうね…」と紬ママにそっと耳打ちをした。




