#12 第九十噺
宮代蛍は、懐から御朱印帳のような見た目のマニュアル、その名も『退魔大全』を取り出し、
「どうやら蟲姫様の封印が途切れかかってるみたいなの。」と言った。
「「蟲姫様?」」と2人の少女が声を合わせて聞き返す。
「……ん、ちょっと待ってメイカちゃん…」
盛り上がってきた(?)ところで、紬が声をワントーン落とし、静かに言った。
「メイカちゃん……アナタ…、ひょっとしておチビちゃんの域を超えて、若干モラル崩壊していませんか?」
メイカは一瞬ギョッとした顔になったが、やがて残像を残しながらハイスピードでテヘペロをして、「バレた?……だって怖かったんだもん……」と赤くなりながら言った。
「ちょっとちょっと?わかってる?宮代家で決壊を破ったらダメよ??どれくらい出したの?」と蛍が言う。
「いえ…そこまででは……ちょこっと湿気を嗜んだ程度ですから……」
「ダメよ、メイカ!今すぐ着変えなさい。あ、そうだ、ツムギ?次はそれ、この子に貸してあげれば?」
「ん?どれ?これのこと?」と紬は手に抱えたデパートの包装紙を見つめた。
紬が不審がりながら包み紙を開けてみると、
……そこには黒い布の固まりが入っていた。
「こ、これって……まさか……」
「うん。お察しの通り、アナタのパンツよ!ありがとう紬。それ、助かったわ。履き心地も抜群だった!今度はメイカちゃんに貸してあげて紅?」
「メイカは紅に汚していないわ!山吹色よ!」と白人少女が口を挟む。
紬はそれを無視して「……え。ホタル?ここはアナタんちでしょ。他に代えはないの……?」と言った。
「ないわ!うちは基本着物が多いから裾除けがほとんどなのよ!さすがに今日のメイカのミニスカートじゃ、大事なところが丸見えになるから履けないわよ。」
金髪女児、愛衣花・エル・ターナーは「助かります。Thank Youママ」と言って小さな白い手のひらをこちらに向けて差し出してきた。
「誰がママよ」と言いながらも紬は、剥がした包装紙を綺麗に畳むと、「はい」と言って中に入っていた黒い布を渡そうとする。
だが愛衣花はすぐに受け取らず、首に提げたプールバッグの中から大きなバスタオルを取り出すと、
いきなりそれを頭からガバッと被った。
「……アナタ、泳ぐ気満々だったじゃない……」
そう呟く紬の目の前で、
首のところをゴムで絞ったてるてる金髪美少女は、スルスルスル……と夏色ワンピースをサンダルを履いた足元に落としていった。そしてバスタオルの中で身体をもぞもぞと動かし、足を片方ずつピョコンと斜めに上げて何かを無事抜き取り終えたようだった。
「ぜ、全部脱ぐ必要がどこにあるのよ……」そう言った紬は、パタパタと蚊取り線香の煙を愛衣花の周囲に撒いてやる。
「さ、冥界のメイカちゃん、派手スに汚したしたものをこっちによこしなさい。まだ重曹が余ってるから、洗濯しといてあげる」と蛍が言うと、
ブロンド少女は「見ちゃイヤよ♡」と真っ赤な顔をしながら、四角く畳んだ薄ピンク色の柔らかい布を、変な体勢で彼女に手渡した。
蛍がやれやれ…と首を振りながら建物の方に戻っていくと、
「ツムちゃんパンツ貸して♡」と愛衣花がタオルの下から手を出してきた。
紬は、彼女の足元に落ちたワンピースを拾い、土をパンパン!とはたいてやると「…ったく……」と溜め息を吐き、
片手に少女の夏装束を引っ掛けると、「はい、どうぞ」と言って黒い布を差し出した。
「……デカ……そしてちょっとぶかぶか…」などと文句を垂れている友人を無視し、紬は、彼女のワンピースの首元にクリップで留めてあったおしゃぶりを見つめて「アナタ、おしゃぶりのし過ぎは歯並びが悪くなるわよ……」と呟いた。
それを聞いた愛衣花はすかさず、ニカ~と笑い、一本だけ八重歯になった犬歯を指差して、「これ、メイカのcharm-pointです!日本人らしくって、メイカ、この歯ダイスキ!」と言った。
どうやらパンツを履き終わった金髪ロリ少女に洋服を返してやり、紬は「ところで、さっき外宮来神が出たとか言ってなかった?」と聞く。
バスタオルから脱皮して、夏色少女になって戻ってきた愛衣花は、「Soなんです!怖かった~~、でも、もう退治したから大丈夫です!それより、さっきホタルが言ってた蟲姫様ってなんのことでshow?」と、キョトンとした顔で言った。
すると、丁度母屋の方から蛍が戻ってきて、
「メイカちゃん、あれはちょっと一晩浸けおきしといた方が良さそうだから、今晩は預かるわ~」と言ってくる。
「……かたじけない…」と愛衣花は赤い顔で俯き、次に紬に向かって「…今履いてるのも綺麗にして返しますね。東洋人に比べて、西洋人のは汚れやすいらしいのです…」とすまなそうに呟いた。
「………」
「………」
「……まあ、人種は関係ないんじゃないかな……気にしないで」と紬が答えると、愛衣花は「そう信じたいです」とだけ答えた。
**************
「……で、その蟲姫様っていうのはどなた様ですか?」
と、新しいパンツにも慣れてきたのか、気を取り直した様子の愛衣花が尋ねてくる。
「私もあんまり知らなかったんだけどさ、どうやら三神丘のお屋敷に昔から棲んでいらっしゃる方みたいなのよ。」と蛍が、再び『退魔大全』を開きながら言った。
「さっき改めてママに電話で聞いたんだけどさ。……どうやら、蟲姫様って子、うちの中学の同級生らしいのよ。で、ずっと不登校らしいの。」
「え?不登校?いつから?私、入学した時からそんな話、聞いたことないよ?」と紬が言う。
「150年前から。」
「はいいい??!」
「ホタルだって驚いたわよ。だいたいあのお屋敷、人が住んでる気配なんてなかったし。大昔に住んでた一族は死に絶えたって聞いてたからね。」
「で、その蟲姫様て方は、さっき言ってた通り、ずっと封印されてたんでスカ?」と愛衣花がスカートの下に手を突っ込んで、もぞもぞとパンツを直しながら言った。
「……うん、まあ、封印されてたと言うか何と言うか……とにかくママはね、毎月、三神丘のおうちに行って、蟲姫様の封印のお手伝いと一緒に、学校のプリントや宿題なんかも届けてたらしいわよ。……宮代は代々、不登校児、矢峰日向子ちゃんのお世話係をやらされてたみたいね。」
「何年卒業出来てないのよ!!」と紬がジャンプしながら蛍の肩に裏手刀を叩き込んだ。
「……知らないわよ。私に聞かれても…。150年のうち、遠足とかは何回か来たことあるらしいわよ?でもさすがに小卒だと今の時代、厳しいんじゃないかと思うのよ。中卒でも相当なものだけど…。まあ、まずは義務教育は終わらせなきゃね。」
紬は、ゴクリと唾を呑み込み、「……でも、今の話、ひょっとしたら、あの昔話の……」と言い、あ!と驚いた顔をした愛衣花が「夜寝る前に、決して水を飲んではいけません。」と叫んだ。
「そうね。日向子さんは別名『たんぽぽ姫』と呼ばれているみたいね。三々賀村の最も有名な呪いの一つよね。」と巫女服の蛍がしたり顔で頷きながら言った。
「……やっぱり……実際にあった話だったんだ……」
「De、その蟲姫様が原因で、虫が大量発生したと?」と言いながら金髪少女が、肩にとまったカメムシを見て、「キャ!」と叫んで素早く手で祓い除けた。
「そうなのよね。ただママが言うには、それだけじゃないかもしれないって…。封印はまだ切れてないはずだし、
…例えば宮代以外に誰かが蟲姫様に接触して、何らかの手引きをしている可能性があるって。そうでないと宮代の杜にまで虫が溢れるのは考え辛いとか…」
「…ふうん。それでホタルはどうするの?」と紬が尋ねる。
「まあ、明日にでも、その矢峰さんの所に行ってみるわ。これが本当に蟲姫様のせいなら、ソッコーでやめてもらわなきゃ。」と言って、蛍は首の後ろをポリポリと掻いた。
「掻いちゃダメよ」と紬が言う。
「…じゃ、ひとまず…そろそろ勉強会しましょうか」
紬のその言葉に対して、
後の2人の少女が「?」「?」と不思議そうな顔をして、こちらを見つめ返してくる。
「……アナタ達。今日は何の為に集まったかお忘れではないですよね……」
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「ただいま~」
プラチナブロンドの妖精、愛衣花・エル・ターナーは、赤煉瓦屋敷の石作りの玄関で、サンダルの紐をほどき始めた。
ターナー家は基本全員土足で生活している為、愛衣花だけはいつも玄関で靴を脱ぎ、わざわざ家用の靴に履き替えているのだった。
だが2階にある自分の部屋は完全に土足厳禁としている為、そこまではこの靴で行き、
結局部屋の前で脱ぐことにしていた。
愛衣花はキッチンのゴミバケツに魚の首を捨て、念入りに手を洗うと、水泳バッグから哺乳瓶とおしゃぶりを取り出し、台所に立つ為に折り畳み式のプラスチックの足場に乗る。
そして棚から出した消毒液を水で薄めて作った水溶液の中に、ばらした哺乳瓶をポチョンと落とす。
次にやかんに水を入れ、粉ミルク用の白湯を準備する為に沸騰させ始めた。
愛衣花は台を降り、ダイニングの椅子に腰を下ろすと、やはり履き慣れないパンツに違和感を感じてお尻をずらしながら正座をし直す。やがて落ち着く位置を見つけると、リラックスした様子で代えのおしゃぶりを籐のかごから摘まみ上げ、お口にシュポン!と吸い付けた。
チュパチュパチュパ………。
愛衣花は、手近にあった英字新聞を手に取り、読めない文字を目で追い、いつものように漫画だけを見る。何十年も続いている有名な犬のキャラクターが遊んでいる姿を見て、クスッと笑い、
芸能欄にある、世界のビッグスターがチャリティーの為に発表した歌が大ヒットしたことを伝えるニュースを眺めていた。
背後から人の入ってくる気配がし、愛衣花はおしゃぶりを口から出して、ゆっくりと振り返った。
「メイカ。嬉しいニュースがあるぞ。」流暢な日本語で語りかけてきたのは、愛衣花の蒼い眼の父、パパ・ターナー・ジュニアだった。
「なあに、お父様。フェミコンでも買ってきてくれたの?」
「いや、フェミコンは脳に悪影響があるらしいから、うちは教育上与えないことにしてる、って前に言ったよね?」とパパ・ターナーは答えた。
「じゃあなに、お父様?」と金髪碧眼の娘は、父親の剥げた頭と、代替えで生やしたモジャモジャのお髭を眺めていた。
……西洋人は、年を取るとすぐハゲる……。この恐るべき劣化の遺伝子を食い止める為に、メイカはもっと幼児退行しなければ……
彼女は改めておしゃぶりを掴み、口に突っ込むとチュッパチュッパとやり始めた。
「お父様?それで?」チュッパチュパ。
「Yeah、それがね?お前がいない間に、ある青年がやってきてね?
……メイカのことを嫁に欲しいと言ってきたんだよ。」
「Her???!」
「アッハッハ。お父さんも驚いたよ。ハイスクールくらいのボーイだったんだけどね、どうやらお前に一目惚れしたようだよ。」
「そ、それで?!ソッコー断ってくれたんですよね??」と愛衣花は、思わずおしゃぶりの乳首の噛み切りながら言った。
「何故?断る理由がないだろう?外人であるお前が、この村社会ではなかなか受け入れられないのが、パパの唯一の悩みだった。お前、学校でも溶け込めていないみたいじゃないか?聞いたぞ?昼休み、いつも一人で教室にいるそうじゃないか。」
「な、な、な、なにを言っているのハゲチャビン!?」と愛衣花は口からゴムの乳首をプッと吐き出しながら言った。
「は、はげちゃび……??オ、オホン。」とパパ・ターナーは拳の中に向かって咳込んでみせる。「ま、まあ驚くのは無理もない。……まだお前は子供だからな。だが、あの青年には認めてやったぞ。お前が16になったら、正式に結婚を前提に付き合ってよい、と。勿論最終的に決めるのはお前だがな?」
「おい!Hug!!Embraceぞ!…最終的も何も…今すぐ拒否よ!今すぐ断ってきて!」
と愛衣花は叫んだ。
「まあまあ、そう言わないの。」と、横からメイカママがおっとりとした口調でダイニングに入ってくる。
小柄なアジア人女性が微笑みながら言う。
「なかなか良い青年だったわよ。隣村との境にある首吊り山の辺りから来たそうよ。お名前は稲田創士くんと言ったわね。創士と呼んでくださいって。」ターナーママは、傷付いた様子のパパ・ターナーを抱き締め、ツルツルの広いおでこにチュ♡とキスをしてあげた。
「そいつ知ってる!とぐらいかみよ!!ヤバい奴よ!まだ生きてたのね!む、娘を生け贄に出すとか、アナタ達正気???」
「生け贄とか……大袈裟ね……食べちゃうわけじゃあるまいし。まあ、でも、ちょっとロマンチックじゃない?もしくはエロチック?それに外宮来神って……宮代様がもう何年も前に退治してくださったでしょ?
「ナ、ナ二をほざいているのよ、お母様??ホントにメイカが食べられちゃったらどうするつもりよ?!」
「創士くんもツルツルが好きだと言ってくれてたぞ??」と頭の輝くパパ・ターナーが涙ながらに言った。
「とにかく!!今度、その男が来たらちゃんと断っておいて!!メイカは会わないからね!!」そう言うと金髪女児は走り出し、台所でお湯がピーーッと沸く音を残して2階へ駆け上がっていった。
「……照れちゃって。」
とターナーママは言い、「パパ?あの子もいつまでも子供だと思っていたけど……あと数年で嫁ぐ歳になるのね……」としみじみとした様子で言った。




