少年になる。(7)
熊に襲われながらも、おそらく「魔法の種」のおかげで九死に一生を得たその帰り道、あんなことがあったからだろうか、ライはジャックの少し先を歩いていた先ほどまでとは違い、ジャックの横で手を握ってくれている。ジャックの中身のとっくに成人している佐良は、少々子ども扱いされ、こそばゆい思いはすれど、どこか温かな気持ちでいるのだった。
「でも、何だったんだろうな、あの光。一瞬で光って消えたからなんもわからかったけど…案外神様が見てくれていて、助けてくれたのかもな。」
すると突然空に向かって大声で叫ぶ。
「おーい、かみさまー!助けてくれてありがとうございましたー!!ほら、ジャック、おまえも言ってみろよ。もしかしたらまた、助けてくれるかもしれないぞ?」
いや、絶対にあの神様はそんなことしない。心の中で盛大にツッコむ。
むしろあの類いの人種は自分が出来れば他人も出来ると考えている筋だ。本人が魔法を使えたなら、他の人も、学ぼうとすれば当然それを学ぶ機会が得られ、それなりに努力すれば差こそあれどまあ出来るようにはなるだろうと思っているに違いない。そうでなければ魔法を使えるようになれと命令しておきながら、魔法に関わる機会さえほぼ皆無などと言うことは起こりえない。
胸の内で一人、未だ解決策の思い浮かばない問題を問答無用で押しつけたかの人にグチグチと不満をにじませていると、顔にでも出ていたのだろうか。ライが横から声をかけてくる。
「どうした?そんな顔をしかめて。もしかして、怪我してるのか?どこだ?どこが痛い?すぐ兄ちゃんが手当てしてやる!いや、ここからなら抱えて家まで走った方がいいか?いや、でも…」
あらぬ心配をかけてしまったようだ。内なる佐良は慌てて不自然なほどの笑みを浮かべて、
「だっ、大丈夫だよ。全然痛くない。絶好調!それにしても何だったんだろうねーあの光。やっぱり神様のおかげなのかな。俺もお礼言っとかなきゃなー。カミサマーアリガトウゴザイマシター!」
よし、やや片言だが言ったぞ。一応。感謝の念なんてこれっぽっちも持ち合わせていないが。こういうのは言ったという事実が大事だもんな。うん。
しばらく歩くと、ようやく獣道の終わりが見え、空を覆っていた木々が開ける。長い一日だったと思ったが、当初の予定通り太陽はまだ真上を少し過ぎたあたりにあった。
ようやくジャックの手を離したライが少し先を歩き出す。
「なあ、ライ。どうやったら魔法使いになれるとおもう?冒険者、についてでもいいけど…」
その背中に後ろからややためらいがちに声をかける。そういえば、直接他の人に聞いたことはなかった。家族の前では軽くあしらわれてしまったが、ライなら聞けば何かしら答えてくれるだろう。そんな期待を込めて言葉にする。ライは立ち止まり、こちらを振り返りながら、首をかしげる。
「うーん、そうだな、俺はあんまり魔法使いに会ったことがないから、「これだ!」っていうことは言ってやれねーぞ?」
「いいんだ。何か少しでも手がかりになるようなことがほしい。だって、ライは俺が全く知らなかった森のこと、何でも知ってて、なんでもこたえてくれただろ?別に答えじゃなくていい。ヒントが少しでもほしいんだ。」
「俺だって、森のこと、何でも知ってるわけじゃないぞ?たまたま戸尾さんが教えてくれたり、森に入ったりして知ったことだ。今日みたいなことぐらいならこれからも教えてやるよ。…俺が知ってる魔法か。ああ、そういえば、森の中でそこだけ何かが燃えた痕跡があったり、そこだけびしょびしょになってたりするのを見かけたことがあるな。うんと前のことだけど。俺が10歳くらいのことかな?」
「この森に魔法使いがいるの!!??」
「いや、見たのはその一度きりだ。さっき言った爆発するキノコが縄張り争いでもしたのかもしれないし、たまたま葉っぱにたまっていた水が落ちただけかもしれない。正確なことは言ってやれないな。」
魔法使いの痕跡を見たことがあるというその言葉に、高揚した気持ちがわずかに落胆するが、いるかもしれない。まだ会ったことがない魔法使いが。
「ああ、でも、冒険者なら時々このあたりを通るぞ。いかにもって感じのでっかい剣持った強そうな人たち。でも、あまり近づかない方がいいぞ。盗賊まがいの冒険者崩れかもしれないし。まあ、いざって時のために身体鍛えておくのもいいかもしれないな!冒険者になりたいたいんだったら鍛えておいて損はないだろ!」
ムキっと力こぶを見せてみるライ。その手でジャックの頭をガシガシとなでる。しかし、ジャックの目をしっかりと見て落ち着きのある真剣な声で言う。
「でもな、おまえが本当に魔法使いとか、冒険者になりたいなら、俺ができるだけ協力してやるよ。つってもフィルみたいにあんま難しいことはわかんないし、身体の使い方ぐらいだけどな!」
少し、ほんの少し、視界が揺らいで目の前が明るくなった。
「へへっ、じゃあ、今度、また、狩りのこととか教えてよ。熊も倒せるくらい、身体も鍛える!」
それは大変そうだなと朗らかに笑いながら再び家へと歩き出すライの背中を追いかける。この身体の前のジャックも、こんなあたたかさにずっと触れていたから、触れていたいから冒険者を諦めたのかなと心のほんの端っこのほうで思ったりした。




