少年になる。(6)
気を取り直して元の獣道へと引き返し、先へ進む。先ほどよりも木がうっそうと茂り、外の光も届きにくい。おまけに雨が上がった後でジメジメとしている。ぬかるみに足を取られながらもなんとかライについて行く。
「ちょっと、まって。もうちょっとゆっくり歩いて…」
ライに比べるとまだまだ背の小さいジャックは、歩幅も小さければ体力もない。しかもライはそのしなやかな筋肉で軽やかに地面に盛り上がる木の根を飛び移っていく。現在のこの身体ではあまり体力的には関係ないだろうが、毎日会社と家を往復するだけ、休日は自宅でただひたすらビール片手にだらだらとして、ろくに運動習慣のない三十路過ぎの女にはひたすらにきつい。主に精神的に。こっちの世界では身体でも鍛えようか?そうすれば、ライのような軽やかな身のこなしも身につくだろう。たぶん、きっと。
「ゆっくりでいいぞー!俺は先に罠に獲物がかかっていないか確認してくる。おまえはその辺でキノコでも探しておいてくれー。」
遠ざかる彼の声にそちらに耳を傾けるためにあげていた頭を地面に向ける。確かに木の根っこのあちらこちらにポコポコとキノコらしきものが生えている。
シイタケやエノキみたいな見たことのあるものから、毒々しい真っ赤な色をしたもの、なぜか光っているものなど種々多様だ。先ほどのこともあるので触らずにライの帰りを待つ。赤い木の実がなる木なんかよりもよほどこちらのほうがらしい。白い斑点のついた赤いキノコが突然滑るように移動しても驚かないだろう。むしろ触れられるまでそれを追いかける。いや、緑色のほうだっけか?
そんなことを思いながら、倒木に腰掛けていると、すぐそばにライが飛び降りてきた。
「今日はだめだった。雨が降ったすぐの日は動物たちも食べ物を求めて動き回からかかりやすいんだけどな。罠にはかかった形跡があったから逃げちゃったのかな?一個、結んでおいた紐自体が切れてどこか行っちゃってたし。」
「びっくりした、そうなんだ。じゃあ、今日はもうキノコ取ったらもう終わり?」
「いや、これ取り終わったら行きとは別の道を通って帰る。ほら、お楽しみって言ったろ?まずはこいつら取っちゃおうぜ。どうだ、どれが食べられそうで、どれが毒があるかわかるか?」
「…今度は触ったら歩き回ったりしない?」
ジャックの問いに少々思案顔で、
「…まあ、あるにはあるけど、いかにもって見た目してるからすぐわかるよ。目が合ったと思ったらこっちに走ってきて爆発するし。」
まさかの「爆発するし。」。しかも目があって走ってくる。パワーアップキノコでもあるのかなんて考えていたら危うく爆散するところだった。
「ここにあるのはどれも普通のキノコだから安心しろ。けど、触れるとかぶれたりするものもあるからまずは見て判断だ。」
そんなキノコがあると前世での知識を持っていて良かったと思った。ふれずに待っていたのは正解だったようだ。
あらかじめ見ていたキノコ達を指さしながら、
「じゃあ、あの傘が丸くて軸がしっかりしているキノコと、白くて細長いのは食べられて、真っ赤なやつと光ってるやつは食べられないと思う。」
「惜しい、赤いやつ以外は正解だ。」
そう言うと、ライはいかにも毒入りだと思っていたキノコを根元から取ってこちらにさしだす。
「これはタマゴタケ。変な形してるけど、バターと一緒に炒めて食べるとうまい。赤いので毒入りっていったらベニテングダケだな。傘に白い斑点がついてる。」
まさかの前世でも聞いたことのあるキノコ。よく詳しくは知らないが、何かの漫画に出てきた気がする。しかも滑るキノコに似ている方が毒入りだったとは。
「しっかし、しばらくこの辺のキノコは採ってないから量も種類もいっぱいあるな。うーん、今日は動物は捕れなそうだからいっぱい持って帰って母さんにいっぱい料理してもらうか!」
そう言うやいなや背負っていたバッグの口をがぱっとあけ、次々とその中に放り込んでいく。新しいキノコを見つけるとその都度ライが教えてくれるので今日一日で大分キノコについて詳しくなった。
「いやー、たいりょう、たいりょう!これだけあれば十分だな!」
一抱えほどあるバッグにパンパンに詰まったキノコを見ながら満足げに言う。
「じゃあ、やっとお楽しみだ。すぐそこだからもう少し頑張れ!」
ライはそう言うと、パンパンのバッグを背負って来た道を引き返す。
途中で獣道を逸れ、少し歩いたところで木を見上げて立ち止まる。
「見ろ、あそこに蜂の巣があるだろ?前回森に来たときに見つけたんだ。雨上がりで働き蜂達が蜜を集めに行くだろうからちょうどいいと思って。ジャック、ビン出してくれ。」
ポーチに詰めたビンを手渡すと、なれた様子でするすると蜂の巣があるすぐそばの枝に上る。
「悪いけど、ちょっともらうぞ。」
そう言うと、持て来たビンに入るくらいの大きさに巣を切り落とし、蜜とともに納める。
「よし、お楽しみもとったことだし、今日はもう帰るか。」
ライが枝から飛び降りようとしたそのとき、ジャックの後ろの茂みがガサリと音を立てる。何だろうと後ろを振り向くと、そこには2メートルほどはありそうな大きな熊がこちらを見下ろしていった。
「ジャック、動くな!そのままじっとしてろ!クソ、大きいナイフは下に置いてあるし、そのナイフでも太刀打ち出来るかわからない…!」
ああ、確かそうだ。熊に遭遇した場合、背中を向けて逃げるのはタブーだったはずだ。そうテレビのニュースで流れていたのを思い出す。ゆっくりと地面を這うように目を合わせたまま後退しようとする。
よし、少し距離が取れた。このまま立ち上がることが出来れば、と足下に視線を向けた瞬間その熊は獲物を見定めたようにこちらに襲いかかってくる。あっと思ったときには、持ち上げかけた身体がぬかるみでバランスを崩し倒れる。振り上げられた熊の前足がスローモーションのようにジャックの身体に振り下ろされようとしている。その熊の後ろ足に、ちぎられたような紐がついた何かが噛みつくようにあった。こいつが、罠にかかっていたのか。
ああ、逃げられない。まだ、何も出来ていないのに、始められてすらいないのに。
反射的に身体の前に持ってこられた腕でそれを防ごうとする。そのとき、胸のあたりの何かをつかむ。魔法の種といわれたものが入っているあの袋だ。無意識にそれをぎゅっと握りしめ、目を硬くつぶる。その瞬間、目の前がカッと明るくなる。
しばらく経っただろうか、それでも身体に振り下ろされる腕の衝撃が来ない。恐る恐る目を開くと、そこには胸のあたりに大きな穴があき、既に息絶えたあの熊が地に伏せていた。
「ジャック、おいジャック、大丈夫か!!?」
いつの間にか地面に降りたライがジャックの肩をつかみ無事を確認する。
「おまえが熊に襲われて、こっちからはおまえの姿が見えなかったんだ。そしたら急に光って、熊が倒れて…」
やや混乱しているのか、まくし立てるように途切れ途切れに口に出す。
「でも、おまえが無事で良かった。」
ライはジャックの身体を抱き寄せ、泣きじゃくる。
その泣き声を耳元で聞きながら、そっと自身の胸元に手を伸ばす。指先に触れるこれは一体何なのだろうか…




