少年になる。(5)
町へ買い物に行ってから数日後、朝、窓から差し込む薄い光がより濃い影を作るようになった頃、ジャックは目を覚ます。窓を勢いよく開け、そのまま一階のリビングへと向かう。
「おはよう母さん!あっ、ライ!今日は行けるよな?狩り!」
「おう!おまえも早く着替えてこい。外の小屋で待ってるからな。」
ライが言っていたとおり、ここ2、3日は雨が降っていた。今日、ようやく雨が上がり、念願の狩りへと連れて行ってもらえるのだ。顔を洗って自室に戻り、動きやすそうな服を着る。雨上がりでぬかるんでいるだろうから、いつもはいている靴ではなく、動物の皮で出来たブーツに足を入れる。準備も整い、いざライの元へ向かおうとドアに手を伸ばす。だが、なんとなく何か忘れている気がする。もう一度部屋を見回すと、机の上に置いたままのあの種が入った袋が目についた。必要はないと思うが、このまま置いて行くのはなぜかはばかられる。…一応持っておくか。袋を首に掛け、家を出た。
小屋ではライが狩猟のために必要な道具を、肩にかけるバッグに詰めているところだった。ジャックが来たのに気づいたライは、こちらに小さな袋のようなものを投げた。
「おまえもこのポーチ持ってけ。採集用のナイフと、小瓶なんかが入ってる。」
「小瓶なんか何に使うんだよ。もっとこの辺のロープとか、そっちの大きいナイフとか持って行った方がいいんじゃないの?」
「おまえが初めて行くんだから、いつもより深くは潜らないよ。だからそこまで大きな獲物も出てこない。まあ、せいぜいこの間くらいの子鹿とかかな。小瓶はお楽しみだ。」
大きめの荷物はライ、ポーチに収まる程度の荷物をジャックが持ち、早速森の中に入る。昨日まで雨が降っていたおかげでとても空気が澄んでいた。ふと上の方を見上げると、朝日に照らされて葉に残った露がキラキラと反射してきれいだった。
少しすると、先を歩いていたライが立ち止まる。
「ここから先は獣道になる。今日はそこを通って仕掛けてある罠を確認して、獲物がかかっていたら取って帰るぞ。途中できのことか、薬草が生えてるから、見つけたらそれも取ろう。どれが食べられて、どれが毒を持っているかなんてなれてないとわからないからなー。それも勉強だな!よーし、じゃあさっそく…。」
グーと二人のおなかが盛大に鳴る。朝、わくわくしすぎていて朝食を食べていないことを思い出した。腹が減っては戦は出来ぬ…。するとライが大きな鞄から二つの包み紙を取り出す。ぱっとそれを広げると、中にはバターをたくさん塗り、ウサギの肉とチーズをあぶったものが挟まれたバケットが入っていた。
「朝、母さんが用意して渡してくれたんだ。今日は昼頃には帰るつもりだけど軽食も。ほら、おまえの分。」
手渡されたそれはまだ温かかった。思わずそれにかぶりつく。香ばしいチーズの香りと、しっかりと火の通ったウサギは淡泊だがしっかりと肉の味がする。バケットに塗られたバターがこれまたよく合う。うーん確かにこれなら取ってきた肉をすぐにさばいてかぶりついてみたくもなる。
素早くも味わいながら朝食を食べ終わると、今度こそ、脇にそれた獣道へと入っていく。ようやく冒険者への第一歩だ。満たされたおなかとともに気分も満たされていく。
「ジャック、これを見てみろ。」
しばらく獣道を歩くと、隣を歩くライが立ち止まり、前を指さす。そこには小さな動物の足跡らしきものが茂みの向こうに続いている。
「これは何だと思う?」
「ウサギ、ほど大きくもないし、ネズミ?それかリスとか?」
「おお!よくわかったな。これはリスの足跡だ。前足の部分が大きくて、後ろ足は小さめ。ネズミだともう少し小さい。雨の降った後だと、ぬかるんで歩きにくいけど、動物たちの痕跡も残りやすいんだ。それで、この茂みを抜けると…」
ガサリと茂みをかき分け、続いている足跡を追いかける。すると赤い実のなる2メートルほどの木があった。ライは枝の先から赤い実を取り、ジャックに手渡す。
「食べてごらん」
言われるまま、それを口に含む。カリッと歯を立てると中から甘い果汁があふれる。
「!!これ、ショートケーキみたいなあじがする!」
正確に言えば、ふわふわなパンケーキにかかっている、とろとろの生クリームとストロベリーソースのようなあの味に、あの口当たりがする。
「しょーと、けぇき?なんだそれ?でも、うまいだろ!こんなもの、俺も父さんと森に入るまで食ったことなくてさ。あ。ほら、木の上にリスがいるだろ?あれはアマリスっていってな、この木に集まる習性があるんだ。」
「ねえ、この木以外にもこういう木あったりするの!?」
「うーん、確か、緑色の木の実がなる木にも集まってたな。なんかその木の実は甘いんだけど苦かった気がする。いや、なんか焼いたみたいに香ばしかったっけ?あんまりうまくないなとはおもったけど。」
それはもしや抹茶では…?!緑色でその条件を満たすものを考えるとすぐにそれに思い当たる。たまに嗅ぎたくなる、お茶屋さんの横を通り過ぎるときに香るあのかおり。甘いとなれば抹茶ラテ味なんかだったのだろうか。ああ、食べてみたい。転生してまだそれほど経っていないが、純日本人の私は既にあの味に焦がれている。
「つぎあったら、絶対取ってきて!!」
真剣そのものという様子でジャックないし佐良はライへと詰め寄る。そんなジャックに気圧されながら、ポリポリと頬をかきながら言いにくそうに、
「この木の実、なぜか森の外に出ると溶けるんだ。だからおまえ達にも持って帰れなかったんだよ。しかも教えたら絶対ほしがるだろ?森には入れないのに、それはかわいそうかなぁって…。それにこの木、」
そう言いかけたところで木が揺れる。風が吹いたのかと思ったが、違う。突然ニョキッと根っこが地上に上がると、えっほえっほと擬音をつけたくなるような感じでアマリスを枝に乗せたまま、呆然とするジャックをよそにどこかへ行ってしまった。
「ほら、急にどこか行っちゃうんだ。」
思ってもみないとんでも植物である。いや、ちょっと待って、あれ、もしかして今までで一番、身近な魔法使い(?)だったのでは?ちょ、まって、ちょっと調べさせて…。




