少年になる。(4)
町に行った帰り道、買ったものが入っているとはいえ軽くなった荷台を今度はジャックが引く。森を通り抜ければもう少しで家に着くというところで、横から知った声が聞こえる。
「おっ、今帰りか?なんだ、今日はジャックも買い物に行ったのか。これ、今日の獲物。今の時期は動物たちが子育てをしている最中で取り放題だぜ!」」
そういって、荷台に野ウサギやら子鹿やら次々に乗せていく。ちゃっかり彼も荷台に腰掛ける。さすがに重い。そんな彼は長男のライだ。農家の息子らしく小麦色の肌。いつもは畑を手伝っているが、時々森に採集に行っている。記憶の中の小さい彼は、よく、我らが父、オリバーの背中を追いかけながらうれしそうに森へ出かけて行っては至るとこに擦り傷を作り、その日の戦利品をジャックら家族に披露していた。ニカッと笑って座ったままこちらを振り向く。そんな彼にジャックはやや顔をしかめながら言う。
「重いんだけど。どいてくれない?家まであと少しじゃん。」
「いいだろー。今日は俺の取ってきた獲物でうまいもの食えるんだから!4日後も森に入るけど、おまえを連れて行ってやってやるからさぁ。」
「どうぞ。ごゆるりとおくつろぎください。」
すぐさま満面の笑みを浮かべる。家の近くの森には遊びで入ったことはある。だが、あまり奥に入ったことはなかったし、何より動物の捕らえ方を教えてもらえるなら、冒険者を目指すものとしてその提案に乗らないことはない。いくら魔法使いになりたいからと言って、そのあたりの知識がなければ、冒険へ出て、野営の際に苦労するだろう。
「ははっ。現金なやつだなぁ。いいぞ、じゃあまずは早速獲物のさばき方を…」
そう言ってベルトに下げたホルダーからナイフを取り出す。
「やめてよ、荷台が汚れる。兄さん、絶対掃除しないじゃん。」
よいしょ、とちゃっかり荷台に腰掛けながらフィルが言う。
「でもさぁ、血抜きは早いほうがいいんだぜ。そっちの方が臭みも残りにくいし。」
「僕は多少においの強い肉より、荷台掃除の方がやだね。大体もう少しで家につくんだからそれくらい待てばいいじゃないか。」
「これだから本ばっか読んでろくに身体を動かさないやつは…。その少しで肉の味が落ちちゃうだよ!こういう採れたてのものはただ焼いてかぶりつくのがうまいんだ。おまえも一回食べてみればわかるぞ!それにほら、おまえはもっと肉をつけろ!」
ライは力こぶをつくるポーズを取る。筋骨隆々というわけではないが、しなやかな筋肉がわずかに盛り上がる。
「よけいなお世話だよっっ」
やっぱり力がないことを言われると傷つくらしいフィルがむきになって言い返す。しばらくそんなやりとりを続けていたが、荷台の横を歩く母のマリーが笑いながらもあきれたように声をかける。
「まあまあ。でもライ、荷台を汚すのはやめてほしいね。代わりに明日、昼食の用意と洗濯をやってくれるなら別にいいけれど。」
「えー!それはやだ。はぁ、うまい肉食いたかったんだけどな…。」
「子鹿のシチューでも作ってあげるから今回はがまんしなさい。それにフィルも。おまえがたくさん本を読んでいるおかげで町での買い物がずいぶん楽になったけど、一日中家にこもってるのは良くないね。今度二人と一緒に森にでも行ってきなさい。」
「えぇー。森はいいよ。歩きにくいし、虫もいっぱいいるし。父さんの畑仕事でも手伝う。」
二人とも渋々といった感じではあるが、丸く収まったみたいだ。
「ねえライ。5日後といわず、明日か明後日に森へ行こうよ。」
「うーん、多分雨が降るんだよな。ほら、森の向こう、山のてっぺんが真っ黒い雲で見えないだろ。しかも冷たい風がこっち向きに吹いてきてる。森の中の鳥たちもあんま鳴いてなかったし。それに雨が降ったら地面がぬかるんであぶないだろ?俺はともかくジャックはあまり森に入ったことがないんだから。」
ライのことだから猟師的なカンから言っているのかと思ったが、かなり現実的な答えが返ってきた。正直意外である。
「なあ、それって俺にも出来るようになる?」
「んっ?まあ、森に入るには必要なことだからな。そのほかにも採集や狩りに必要な知識はあるけど、俺の場合、それは大体父さんに教えてもらった。でも口で教えてもらっただけだといまいちピンとこないんだよな。だから今度は俺がおまえと一緒に森に入って教えてやるよ。そうすればおまえも出来るようになる。ジャックは俺がおまえの時ぐらいの頃よりも頭いいからな。」
そう言って荷台からジャックの頭をガシガシとなでた。
家に着き早速ライが取ってきた獲物を解体する。ジャックは一度部屋に戻り、着替えをしてから外にある解体小屋に向かう。父の狩猟好きが高じて獲物を解体するための小屋があるのだ。
中に入ると、そのまま小屋に直行したライがエプロンをしながら獲物の皮を剥ぐところだった。既に血抜きは終えたようで天井からぶら下がるロープのようなものにウサギと鹿がかけられていた。
「お、来たな。そこにあるエプロン、俺が前に使ってたやつだからつけてこっちに来てくれ。ああ、やっぱり、こっち来る前に壁に下げてある右から2番目のナイフ取ってきて。今手が離せないんだ。」
言われたとおり壁からナイフを取り、ライに手渡す。ジャックは少し離れたところでそれを見守る。ライは手慣れた様子でナイフを鹿の足の付け根あたりに当て、皮を剥ぐ。
「よし、これでいいかな。こっちは大きいから後で父さんと一緒にやるよ。じゃ、こっちおいで。ウサギの解体をしよう。その小さめのナイフを利き手で持って。」
ナイフを持ちライの元へと近寄ると、ライはジャックの手を上からかぶせ、ナイフを持つ手を操る。
「持ち方はこう。あまり力を入れすぎないで。刃を入れるときは少し刃先を立てて、切るときは刃を寝かせるようにして。そう、ゆっくりそのまま滑らせる。」
プツッと刃先が沈む感触がした。後ろに腕を引くときは思ったよりも抵抗がない。
確かにこれはやってみないとわからないな。
「よし!じゃあ今度は一人でやってみろ!」
そう言って目の前に置かれたウサギに先ほどと同じように刃先を入れた。いや、入れようとした。いくらやっても刃が入らない。思い切り力を込めると、ズブッと刃先全体が隠れ、血が勢いよく飛び出てしまった。慌ててナイフを元の位置まで戻す。そのまま腕を後ろに引くが、何かが引っかかるようで、先ほどの様になめらかには切れない。
やっとの事で先ほどと同じ作業を終える。横に置いてある、ライと一緒に切ったものと比べると、ナイフを入れた線はガタガタ。おまけに周りは血だらけだ。それを横からのぞき込むライ。
「はは、まあ、最初は誰でもこんなもんだよ。さっきのは刃を入れる角度が悪かったな。あと、ナイフを引くときに、持ち手を握りすぎだ。」
「そのとき言ってくれればいいのに。」
「いや、間違って気づいた方が思い出すだろ?」
そう言ってライは再びジャックの手を取る。
「刃を入れるときの角度はこう。握り方は人差し指を立てるように、そう。」
あまりうまくはいかなかった。だが、前の世界から考えても初めて動物を裁いた。
全く魔法とは関係ないことだが、いずれ役に立つだろうか。ものは試しようとはよく言ったものだ。ふと、さきほど手に入れた魔法の種のことが頭に浮かぶ。
…部屋に戻ったら、一度魔力を込めてみるふりでもしてみようかな?




