少年になる。(2)
「まずは基礎魔法を習得する、かぁ…。はぁ…。」
どこの世でもはじめの一歩がうまくいかないんだなぁと途方に暮れる。
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昨日、家族にやや不審がられながらもなんとか日中をやり過ごし、無事ベッドに潜り込んだ俺、ジャックはゆるりと眠りに落ちるのを感じながらも、早速あの神様へと意識をつないだ。
ゆっくりと夢の中で意識が覚醒するのを感じながら、真っ白な視界が輪郭を持ち始める。そこには、中世ヨーロッパ風のゴシックなテラステーブルに、ご丁寧にもティーセットが用意され、それまた優雅に腰掛け、茶を飲む神様の姿があった。
「あのー。すみません。かみさま?ねえ、聞こえてるんだったらせめて返事くらいしていただけませんか?おーい。聞いてますか?」
全く返答がない。というか微動にすらしない。彼にとっては、私の存在などティータイムを彩ることさえしないその辺の草程度なのだろうか。
はぁーとため息をつきながら近づき、彼の前で手を振っていると、突然彼が動いた。
「聞こえているわ、たわけ。せっかくの茶を台無しにしおって。」
「ああ、聞こえてるんですか。じゃあ、早速。彼、ジャックのことについて教えてください。あと魔法のことも。あー、あとあの世界のこととかも。それから…」
「少し待て。しかし、おまえはいつも要求が多いな。しかも全くまとまっていない。まったく。」
彼は茶を持ったまま、もう片方の手で、頬杖をつく。
「ジャックの子細については先ほど説明した以上のことを語るつもりはない。あの世界についても同様だ。あの世界を統べている私が話してしまえば、それがその世界の常識となってしまう。だから話せないといった方がこちらは正しいか。まあ、ジャックについて、強いていうならば、彼が魔法使い、ひいては冒険者になることを諦めた、いわば転換点は、10歳の頃に起こる。これだけわかっていればそれまでに何かしらは出来るだろう。」
まあ重要ではあるが、結局何がどうなるのか、大事なところは、何もわかっていないような…。
「じゃ、じゃあ、魔法については…」
「それについては少し教えてやろう。」
そう言って、持っていたティーカップを少し傾けると当然のようにその中身がこぼれ落ちる。しかしそれは、地面にたどり着く直前に茶色の小鳥へと姿を変えた。よく見ると向こうが透けている。
「へえ、よく出来ていますね。」
くちばしを指でつつこうとすると小鳥は神様の方へと飛んでいってしまった。
「これは水を操る最も基本となる魔法だ。そこにある水の形を変化させるだけ。その大きさは元の水の量に依存する。」
そう言うと、小鳥は元々入っていたカップの上に移動し、パシャッと音を立てて崩れる。すっかり元の茶としての水に戻った。なるほど。確かに色も量も変わっていいない。
初めて見る魔法にすっかり興奮した私は彼にぐっと顔を近づけ、
「じゃあ、水とか、火とか、あとはなんだ…ああ!光とか、氷とか、闇とか!そういうのとかも操れるんですか!?でも、ジャックの記憶だとそれ自体を生み出すことも出来ていたような…。」
よくあるように、精神魔法なんかもあるのだろうか?いや、魔法の世界だったら何でもあるか。聖剣と書いてエクスカリバーなんてのもあるのだろうか。妄想が妄想を呼び、頬を緩めながら「うひゃぁ~」などと一人で、それも彼の眼前で盛り上がっていると、それはもうドン引かれた。無意識に、文字通り、あたりの菜花が枯れるくらい。
ゴホンと一つ、自分を落ち着かせながら、にこやかに楚々として、佇まいを偽る。神様には依然として距離を置かれているが。
「…そのものが持つ魔力に利用して新たに生成することは出来る。魔力は貴族でも平民でも持っているが、はじめに持っている量が異なる。それに、今は詠唱を行わなかったが、基本的には使う魔法に対する詠唱が必要だ。呪文については自分で学習するといい。」
「じゃあ、ジャックの身体でも呪文さえ覚えれば魔法使えるんですね!」
「はじめから持つ魔力量が違うといっただろう。そこらの平民が並みの努力をしたところで、水を生成することどころかコップ一杯の水を操ることさえ難しい。その程度の魔力しか持っていない。対して貴族は生まれたときから、その程度の芸当ならば呪文さえ唱えればいともたやすくこなせる。世界の秩序を保つためには差をつけることも必要なことだ。」
やはりお決まりの特権制度。うん?待てよ。そう思い佐良は徐々に表情を青くする。
「コップ一杯の水でどうやって竜を倒せっていうんですか!??」
「「並みの努力なら」と言っただろう。それ以上の鍛錬を積めば貴族以上の魔力量、魔法を使うことは可能だ。現に平民であっても勇者に成り上がったものもいる。おまえの場合、その魂の期限に間に合わなければ再び現時点へと逆行するだけ。その分おまえ自身の魂はすり減るが。」
異世界にまで来たのになんとも現実的だ。だが、やっぱり勇者なんているんだなぁ、などと流しながら聞いていると、最後にとんでもないワードが聞こえた。
「失敗したら私、死んじゃうんですか!!??」
「現実世界では既に死んでいるだろう。何ら問題はない。」
いや、大ありである。望みを叶えられなかったらそれなりにいいところまでいって、なあなあに収まりはしないか、などと考えていたのに、突然の(魂の)死亡宣告。
俄然やる気になる。事故で異世界に送られ、ろくな魔法も使えずに、ただ消滅するなんてまっぴらだ。
メラメラと決意に燃えていると、
「質問は以上か?ならさっさと戻すぞ。まずは基礎魔法から習得することだな。」
では。という声が聞こえ、視界が暗転する。ちょっと、まだ、聞きたいことあったんですケド…。
再び目を開けばジャックの身体に戻っていた。勢いよく二段ベッドから飛び出し、一階へと向かう。
「母さん、俺、魔導書がほしい!何でもするから、一生硬いパンと古い牛乳だけでいいから、どうか、何卒…。」
いきなり部屋に飛び込んできて、こちらの世界ではなじみのないであろう最敬礼、土下座を流れるように披露したジャックに、既にリビングに集まっていた家族一同ピタリと動きを止める。
そんな中、3歳になったばかりの妹のアンナがとてとてと、こちらへ近づいてくる。
「まどーしょってなに?」
「魔導書は、魔法を勉強するために必要な本のことだよ。今、俺に、最も、一番、最上級に必要なものなんだ!!」
「おべんきょうするの?お兄ちゃんえらいねぇ!」
俺の妹マジ天使。一瞬で味方がいないことを悟った俺には唯一の救いだよ…。
そんな中、母のマリーがあきれたように口を開く。
「あんたね、魔導書なんてこの家の全財産はたいたって買えるわけないじゃない。いくらすると思っているの。ほら、寝ぼけたこといってないでさっさと顔洗ってきなさい。」
まあ、平民が魔法をほぼ使えないと知った時点でわかってはいたことだが、この家の財産総てと引き換えても手に入らないなんて…。この家は特に家族の多いし、そんなお金はどこにもないだろうが。こっそりと外で働けばなんて思っていたのが間違いだった。
「ちなみに、どれくらいするの?」
「大金貨2枚よ。」
以前教えてもらったのか、確か記憶で貨幣の価値は知っていたはずだ。記憶を遡ってみる。
鉄貨1枚が100円程度の価値で、10枚集めると、銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、白金貨、と桁が上がるらしい。
ふんふん、大金貨2枚。大金貨、2まい。2000万…
うん。…買うのは諦めて、うまいつてでも探そうかな…。




