少年になる。(1)
意識を取り戻したのも束の間、誰かの記憶が頭の中に流れ込んでくる。
「…っ!何これ!めっちゃ頭痛いし…」
そんな中見た記憶はどうやらこの体の元の持ち主のもののようだ。
ジャック、現在7歳。農家の三男坊として生まれる。どうやらこの世界には魔法が存在するらしく、流れる記憶には時折この辺を通りかかる魔法使いが使っていた美しい魔法の数々。火や水を出すのはもちろんのこと、雨が降れば空に虹を添え、星が瞬く夜にはそのうちのいくつかの光を森に飾り付ける。
まるでそこに小さな宇宙が存在するかのようだった。彼はいつか自分も魔法を使って冒険者として世界中を旅して回りたいと日々考えているらしい。
そういえばあの神様は、望みを叶えてやれとか言ってたっけな…。じゃあ魔法使いになって冒険でもすればいいのかと考えていると。また別の記憶が頭の中に流れ出す。
記憶で見せられるのは成長した彼の姿。少年と青年の狭間、15、16歳くらいだろうか。結局魔法使いにはならず、畑作業に精を出しているようだ。傍らには同じくらいの年の少女がたたずんでいる。今日の仕事を終えたのか、二人で遠くに見える家へと帰っていく。
続けざま、今度は幼い子どもに囲まれる彼の姿があった。慈しむような笑みを浮かべ、子どもと彼の妻を見やる。
…この時点まで記憶を見て私が思ったことはただ一つ。
こいつ、何を思って心残りなんていってやがんだ?誰にも知られず、一人きりで逝った悲しい独身女へのあてつけか?うん?
そう顔をひくつかせながら内心キレる一秒前、また景色が変わった。
真夜中、燃えさかる炎に飲まれる彼の家。その上にはこちらを見下ろすように竜がたたずんでいる。積み木のおもちゃの様に踏み潰される家を見つめながら、よろよろと近づこうとする。
「やめろ!俺を止めるな!こどもが、俺の子どもがまだあの中にいるんだ!!!俺の命よりも大切な…」
家に駆け寄ろうとする彼を他の男達が止める。
「やめとけ!気持ちはわかるが、あれじゃあ、もう…」
泣き崩れる彼。竜の叫び声が聞こえる。周りにいた男達は、ジャックの家を踏み潰したそれがこちらに向かって飛んでくるのに気づき、周りから離れていく。ジャックはただ、徐々に彼の幸せを破壊したその元凶が迫ってくるのをただ見ていた。遠くで、妻と生き残った子ども達の泣き叫ぶ声が聞こえる。
彼の体を竜がその口で奪う直前、
「ああ、こんなことなら、魔法使いにでもなるんだったな…。そうすればこんなもの…。」
そこで記憶は途切れた。
ふっと体の感覚が戻り、重力に耐えきれず膝をつく。しばらく動けずにいると、7歳くらいのジャックと同じくらいの少女がこちらへ駆けてくる。
「ジャックー!なにしてるの?早くしないとおいていっちゃうよー?」
やや舌っ足らずなその声は、記憶に新しいあの少女のものだ。
「うん、今行くから。待っててよソフィア」
ああ、そうか。この子はこの暮らしを守るために魔法を使いたいのか。もちろん冒険に出たいという気持ちも嘘ではないだろう。ただ、私をこの体に呼び寄せた望みはそれを望んでいるわけではない。ならば私はそのための手助けをすればいいのか、彼のこの時間を使って。
そう心の中でつぶやくと、頭の中で別の声が響く。
「ああそうだ。さすがは元の世界で異世界転生について知っているだけはあるな。おまえの今回の役割は、この魂が守りたかったものを守ることだ。」
「・・・これっていつでもあなたと会話できるんですか?というか、目の前にいなくても思考を読まれるんですか?」
もはや突っ込むのも面倒になり、普通に会話を始める。
「いや今回は初めてだからな。一応説明しておこうと思いこうしてつなげている。なに、普段はおまえの考えなどいちいち見ているほど暇ではない。つながる前に記憶の流入が起こったようだが、問題なかったようだな。おまえがこの体の主の望みを叶えてやれば自動的におまえの魂はこちらへと戻る。その際、今、おまえが使っている体で経験した記憶は身体の記憶として元の体の持ち主のものとなる。」
「・・・つまり、私がこの体で頑張って魔法を使えるようになっても、この体が覚えただけであって私自身は何も身につけることが出来ないってことですか?」
なんともいえない表情を浮かべながら神様に問う。それを聞いた彼は、満足げにわずかに唇を歪めながら
「そういうことだ。まあ、経験を積めるという点では何もとは言わないな。おまえが身体を使っている間の元の持ち主の記憶は違和感なくその人物に引き継がれる。まあ、多少周りの人間は違和感を覚えるだろうが…。そして、その身体で経験した記憶はおまえにも引き継がれる。まあ、おまえの世界の言葉でいえば、社会勉強とでも思って励むことだ。」
さすが、異世界転生なんてシステムだけある。こちらのメリットは、記憶の継続だけで、元の身体にその世界の常識以上の変化はもたらさないのだから、さほど転移先の世界自体への影響はないわけだ。
「まあ、適宜必要なことは夢ででも聞いてくれ。答えられることならば答えよう。夢の中ならおまえからでもこちらへの干渉が出来るようにしておいてやろう。では。」
業務連絡のようなほぼ一方的な通信をおえ、つながりが途切れる。
はぁーっと一つため息をついて、今見える景色をその視界に入れる。
この光景を守る。そのためには何が必要なのか、そんなことを頭の片隅で考えながら、しばらく立ち止まったままだった私、ジャックを少し先で不思議そうに見つめるソフィアのもとへと駆け出す。
「ジャック、今日なんかへんだよ?なにかあったの?」
「ううん、僕、いつも通りだよ。」
「ぼく?いつもおれ、なのに?」
「え、ええっと、そんなことより早く行こうぜ、俺、腹減っちゃったー!」
せめてこの世界の以前のジャックのことぐらい神様に問いただそうと心に決める。




