転生する。
「あー、今日も馬車馬のごとくこき使われたなぁ」
私、佐々木佐良は冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、ドアを足で開ける。
座ったのはもちろんパソコンの前。一日中、四大卒の年下エリート上司になんといわれようと、こればかりはやめられない。
しがない給料を貯めに貯め、新調したお気に入りのパソコンを起動し、推しの配信を見る。
「今日も推しがてえてぇ…」
「うぉっ!いいんすか?そんな…」
一人でブツブツ、時に悲鳴に近い歓声を上げていたら、いつものごとく、壁をドンドンと鳴らされる。自分の給料で住める家なんてたかがしれている。都心の1K、6万9千円。その他光熱費数千円や、所属している意識の全くない町内会費数百円etc…
ワンルームならもう少し費用が押さえられたが、所持している推しのグッズや本に、食べ物の匂いがつくのがどうしても許せなかったため、築50数年、駅から徒歩30分、木造の極薄壁の部屋に収まっている。
学歴はないが、もちろん、いろいろな「道」は一通り通ってきた。
異世界転生、悪役令嬢、スパダリ、ヒーローものやアクション漫画ももちろん履修済みだ。
まあ、現実よりも物語に没頭していたおかげで最新の流行といえば、メイク、ファッションではなく、今季のアニメ、推しの供給。自分磨きよりも趣味を第一に突っ走ったおかげで、32歳、彼氏いない歴=年齢の喪女が誕生したのである。ちなみに、顔はまあまあとは佐良の言。
乾きかけのボサボサの髪に、いつから使っているかわからないジャージを身にまとい、集めるだけ集めた推し達や漫画を詰めに詰め込んだ、まあ、人から見れば汚部屋の中で大画面の中の推しを眺めながら、ふと今日職場であったことを思い出す。
「佐々木さん、この資料はこちらの形式でとお伝えしたはずですが。」
「佐々木さん、先日の商品の発注、一部不備があったようです。詳細確認されましたか?」
「佐々木さん…」」」
思い出すと腹が立ってきた。
「あのエリートクソ眼鏡!いちいち呼びつけて注意しないと気が済まないのかよ!!!」
ドンドンと再び壁をたたかれる。なんだか無性にムカムカする。怒りにまかせて残っていたビールを一気に飲み干し、壁をたたき返してやろうと立ちあがるが、足下がふらつき、すぐ側にあった本の塔に手をかける。
「あっ、やば」
尻餅をつき、山の様に積まれた本達がスローモーションにようにゆっくりと私に降りかかって来るところで、私の意識は途切れた。
気がつくと、知らない場所にいた。なんだかわからないけれど、神様っぽい人もいる。ああ、なんだかいやな予感がする。そうだ、これはあれだ。
経験したことはないけれど、この状況はよく知っている。
「今回はおまえか。佐々木佐良。なにをしている?早くこちらに来なさい」
まさに絵に描いたような、長身、金の瞳に長い白髪を緩くひとくくりにし、いかにも古代ローマの神様といったきらびやかな格好で優雅にたたずむ人物。
「はやくこちらに来なさい。」
整った眉をゆがめながら、そう声をかけられる。
低く、よく通る声ではあるが、決して大きくはないのに、妙に威圧感のある言葉に若干びくつきながら言われるがまま、彼の元に近づく。
「あのぉ、これって、もしかして、どこかの世界に送られたりするんですか…?」
「ほう、よくしっているな。そうだ。おまえは元の世界でその生を終えた。まあ、何というか、ある種 の事故であったため、おまえを他の世界へと送ることになった。ん、なんだ、その顔は?」
私は、顔をひくつかせながらハハハと乾いた笑みを浮かべる。ああ、やっぱり。しかもよりによって事故。
「まあいい。こちらの不手際でこのような状況になってしまったのだから、転生先は多少考慮してやろう。何か希望はあるか?」
ああ、最悪だ…。そんな風に思っていたが、ふと考え直す。
うん?意外と悪い話ではないかもしれない。
最強の冒険者になってハーレムも悪くない。美形なら男女どちらに囲まれてもいい。
いや、か弱い深窓の令嬢になって、思い切りスパダリ展開を楽しむのもいいだろうか。
それとも…
そんな妄想に一人ふけっていると、神様が汚れたものをみるような視線をこちらに向ける。
「おまえは何を考えているのだ…。こんなことを考え出すやつは私が会った中で初めてだ。」
なんと、私の思考が彼にも共有されていたらしい。まあ、お決まりといえばそうなのだが。
「そうだな、おまえに任せるとろくでもないことになりそうだ。よし、おまえは、私が決めた世界に行き、ある人物になって、その生の一部を成り代わってもらう。彼らがなし得なかった望みを叶えられたならば再びこの場へとその魂を呼び戻し、違う人物へと成り代わらせてやろう。それならばおまえのよくわからない複数の望みも叶えられるだろう。」
なんということだ。せっかくの異世界転生がただの他人の人生の一部になろうとしている。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!真面目に考え直しますから!」
「そうだな、何度か繰り返したら、おまえの望みも聞いてやろう。それまで考えておけ。」
「佐良、たすけるを良しとする。その名に恥じぬ行いをせよ」
私の叫びとは裏腹に、体と意識がうすれていく。最後に見た彼の顔には笑みが浮かべられていた。
「・・・ぉい、おい!ジャック!聞いてんのかよ!?」
手には鋤、いつもより小さい手に低い景色。見渡せばあたりは一面の畑。
「チッ、聞こえてるなら返事しろよな。だから農家の三男坊は…」
ああ、そうか、農家に転生したのか。しかもかなり貧乏の。意識を取り戻して早々、ハハハと乾いた声を出した。




