笛吹き姫と四人の美女
御簾の向こうへ通されるといい匂いがして、目のくらむような四人の美女がいた。
いっせいにこちらを見る。
「まあ、あなたが噂の“笛吹き姫”?!」
「想像してたより、ずっと可愛らしい方なんですね」
「姫が笛を吹くと鶯が鳴くって本当?」
「あら、姫の笛は人を踊らせることができるって聞きましたわ」
「違うわ。近くで聴くと恋が叶うんですって!」
「えぇ!じゃ、今日はしっかり聴かなくちゃ!」
花のような姫君たちが、口々にお喋りしてくすくすと笑っている。
すっかり気圧され、ぼうっとしてしまう。
この人たちはいったい……?
(女性ばかりって女房だと思い込んでた……)
美貌も所作も身に付けてるものも、どう見ても女房じゃないよね?
やんごとないお家に育った品格が滲み出てるもん。
うちのやんごとない枠……。
透子様を振り向くと、にっこり笑ってこっちを見ている。
どうやらここはソロパートっぽい。
「わ、私のような者がこのような場所に……本日はありがとうございます……?」
挙動不審になりながらおそるおそる口を開く。
「ふふふ。そんな緊張しないで」
「そうそう、私たちだけよ?気楽にね」
四人ともフレンドリーで、王子様が言う「気楽な席」は嘘でもなさそう。
でも、磨き抜かれた美女オーラ×4が、中流代表の私にはまぶしすぎる。3秒以上見たら目がやられる。
「そちらは山吹の宮の方ね。わざわざありがとうございます」
「以前から箏の評判はお聞きしていますわ」
「……もったいないことでございます」
はい優勝。
聞いた?今の。
さすが私の透子様。たった一言で全部持ってった。
(『もったいないことでございます』か……。なるほど)
心の中で真似っこしてみる。
「堅苦しいのはいやだわ。せっかくの時間なんだもの」
「ええ、今日はあなた方も楽しんで行ってね」
「早速一曲合わせてみません?」
姫君方が箏の用意を始めると、紅梅色の衣をまとった姫は、琵琶を取り出した。
目が合うと穏やかに微笑んで言う。
「笛吹き姫は、琵琶と合わせるのは珍しいのでしょう?」
「あ、はい。よくご存知で……」
落ち着いた口調に少し肩の力が抜ける。
琵琶、箏、笛で合わせるのは初めてだった。
(わ、音が分厚い)
いつもは透子様一人の箏だが、人数が増えると音の層が幾重にも重なる。
透子様が導く箏に、姫君方がついて弾く。
箏の響きを聴きながら、そっと笛を重ねた。
箏の音のたなびく雲に、琵琶が雨粒のように音を降らせる。
そよぐ風のように、私はそっと笛の音を乗せた。
「こんなに楽しいものなのね」
「いつもと全然違うわ」
美しい姫君方が嬉しそうに言うのを見て、私も嬉しくなった。
ただ、ちょっと気になることがある。
姫君方をじっと観察しながら考えた。
「姫はどうして笛を?姫君が笛なんて珍しいわよね」
橙色の袿の姫が私に尋ねる。
一曲合わせた高揚感で、すっかり部活後のような砕けた雰囲気になっていた。
姫君たちの眩しさにも目が慣れて、緊張もほぐれてきた。
「箏も少しは弾くんですけど。笛は持ち歩けるし、すぐ音が鳴らせるから……」
「あら、そうなのね」
意外そうな顔をされた。
そんなすごい理由じゃなくてがっかりさせたかな。
「ねぇねぇ。私どうしてもお聞きしたかったことがあるの」
若草色の袿を着た姫がワクワクした顔で私に話しかけてきた。
少しきつめの顔立ちが笑うと華やかで、場が明るくなる。
「実雅様とご結婚されたのよね?」
「え……」
きたこれ。女子会トーク始まる……?
「まぁ!いきなりそんなことお聞きになるの?」
「だって聞きたいんですもの!ねぇ姫、実雅様ってどんな感じ?」
「……どんな、とは――?」
女子会って、実雅様のこと聞かれるのか!
盲点だった。
バッグとか前髪とかだと思ってたら。
(何て答えたら正解……?)
どういうの聞きたいんだろ。
「最近つれないってあちこちの女房が噂してるのよ」
若草の姫が楽しそうに言う。
最近つれないのか。
前はつれなくなかったんだもんね。
確かにそんな噂を私も……。
あれ。ぐるぐるしてきたぞ。
ちらっと透子様を見ると、澄ました顔で座っている。けど、口の端がニヤニヤするのを隠せてないよ。
「ちょっと、姫が困ってらっしゃるわよ」
「だって評判の貴公子が夢中だなんて、気になるじゃない?」
「お文も贈り物もたくさんしたって聞いたわ?」
橙の姫も交じって尋ねる。
(なに、どこまで噂になってるの?)
前髪のことばっか気にして噂ノーチェックだった……!
何にも知らずにのこのこ出てきた私のバカ。
「あのっ、えーっと。わりと普通の人だと……」
「あら~おもしろくない答え~」
ほんと、ぜんぜんおもしろくない。
私もオーディエンスなら大ブーイングだよ。
(いや、おもしろい答えって何?)
そりゃとっておきはあるけどここで突然そんな話は……。
まって。どこまで期待に応えるべき?
いや、期待に応える必要ある?だってうっかり話したら明日には京中に噂が……。
むり!むりむりむり!!
混乱して涙目になっていると、さらにからかわれた。
「あら!かわいい~♡」
「ごめんなさい、わたくし姫のこと誤解してたかも」
若草の姫が突然ぽそりと言う。
「誤解……?」
「意外と普通の――」
「女御様方——」
(ん?女御様?)
見かねたのか透子様が言いかけた時――。
御簾の向こうに人影が見えて、涼やかな声が聞こえてきた。
「楽しそうだね」
一瞬で、空気が凛と透き通る。
四人の美女が背筋を正す。
うれしそうに、声を揃えて言う。
「主上——!」
「……え?」
いつものキラキラした雰囲気をまとって、王子様が立っていた。
「主上――?」




