内裏ダンジョン攻略中です
「元気ない?」
実雅様が心配そうに顔を覗き込んだ。
彼が来るのを待ち構えてたはずなのに、顔を見たとたんしょぼんとなる。
「内裏で何かあった?」
「いえ、何かあったわけでないんですけど……」
うん。特に問題ない。
笛レッスンは上手くいった。
喜んでもらえた。私も楽しかった。
(なのに何がこんなに不安なのかな)
自分でもよくわからない。
だって、なんか最後こわかったよね?
どっか連れてかれそうで。
(まるで笛物語のパーティーに加えられてたような)
あの王子様のお話の登場人物になってたみたいだった。
「手を。つないでいいですか?」
実雅様がちょっと目を見開く。
勝手に出てきた自分の言葉に、自分でもびっくりする。
普段だったら恥ずかしくって言わなそうな言葉なのに。
なんだかお腹に力が入らないし。
どうしちゃったんだろ私。
「珍しいね。小霧ちゃん」
手を取りながら彼が言う。
「なんか、おかしくって」
「そんな弱ってると何もできないなあ」
”何も”ってなにさ。
相変わらず夫婦じゃないし。
いつもは気にせずいられるのに、今日はそんなことも引っかかる。
疲れてるのかな。
繋がれた手をぼんやり眺めていたら、実雅様が優しく聞いた。
「何があったの」
ほんとに何もなかったよね?
「えーと。笛の手ほどきをして、すっごく上手くなって……」
「うん?」
「『笛って何かわかった』って言ってたかなぁ?」
笛が何かなんて、私そんなの考えたことなかった。
「『今までにない感覚なんだ……!』って」
言ってるうちにモノマネ小霧が顔を出しておかしくなってきた。
今のキラキラできてたかな。
次の瞬間、宮様の冷ややかな視線がよみがえってきて、せっかく出てきた元気がしぼむ。
「――とくに何も問題はなくって」
「そう……」
「また来てって言われて……」
「……」
実雅様はいつもの笑顔で静かに聞いている。
温かい手が眠気を連れてくるのか、目を開けていられなくなってきた。
「私このままでいいんだけど……」
「……」
眠る直前、最後の言葉を口にしたかどうかははっきりしない。
実雅様が何か言ったような気もするけど、やっぱりよくは覚えてない。
翌朝、右手があったかいなと思いながら目が覚めた。
でも実雅様は、いつものようにもういない。
元気になった頭で、昨日の内裏のことを考えてみる。
(そもそもあの人は誰なのかな)
わからないから不安なんじゃない?
タダ者じゃない雰囲気と内裏のアウェイなムードで、確認できないままなんだよね。
「確認しよう!」
でもどうやって?
考えているうちに三度目の参内の日になった。
「……」
今日も王子様の横には宮様が一緒にいる。
この人いったい何しに来てるんだろ。
王子様のお目付け役的な仕事の人なのかな?
私に風当たり強いよね?なんでなんだろ。
もう思い切って聞いちゃおうか。
「あの、私に何か……?」
宮様が眉を上げ、ニヤリと笑った。
もうちょっと普通の笑顔ができないのかな。
「何も?用がないと来てはいけませんか」
「……」
めんどくさ。
なんかいちいち回りくどい言い方するよね。
どうしてなんだろ。
「くっくっくっ、宮、嫌われてるんじゃない?」
今日もキラキラしている王子様が、おかしそうに笑いながら言う。
「私を嫌う?なぜでしょう」
「あっはっは。そういうとこだよね」
楽しそう……。
この人たちと私、なんか噛み合ってなくない?
「姫、ごめんね。宮がついて来たいっていうから」
「……」
「はっはっ、確かに嫌われているようです。似た者夫婦なのかな」
――え。
(『似た者夫婦』?って、実雅様のお知り合い……?)
ピクリと反応した私を宮様は見逃さない。
御簾の向こうから、からかうような声で言う。
「彼の弱みを探ってやろうと思ったんですが」
「私は実雅様の弱みなんて知りませんよ」
思わずツンとした声が出た。
「おや――」
「私が知りたいくらいです」
「へぇ……」
ちょっとびっくりしたような反応のあと、やっぱりニヤニヤ意地悪な気配で笑ってる。
「姫ご自身も興味深いですね」
「もー。宮、そういう脅しめいたのやめてって。あっち行ってて」
「わかりました。ではあの件進めておいてくださいね」
そう言って宮様は去って行った。
(なに、『弱み』って……)
弱みを握ってどうするんだろう。
宮様って実雅様とどういう関係?
考え込んでると、王子様が優しく声をかけてくれる。
「気を悪くしないでね。かき回すクセがあって……」
「『かき回す』……?」
そんなレベルの話なの?
「悪意があるわけじゃないから悪いようにはならないよ」
本当に?
『弱み握る』って、悪意じゃないの?
なんか私、この二人に振り回されっぱなしじゃない?
うっすら身の危険を感じてるんだけど。
「でね、私と宮からの提案なんだけど」
「え……」
「次の朔日に、姫をちょっとした会に招待したくって」
「ちょっとした会?」
「うん、非公式でごく少人数のね。女性ばかりの席だよ」
女の人ばっかり。
じゃ、あの宮様も王子様もいないのか。それなら……。
(いや、そんな簡単に返事してもいいのかな?なんかこわくない?)
そこで私、何するんだろう。
女の人ばっかりって、女子会ってやつ……?
女子会って、えーと。
バッグとか、前髪の量とかそういう――。
いや、彼ぴ自慢とか、口説かれテクかな……?
ゴクリと喉が鳴る。
むり……じゃない?
「あの、それについては……」
「山吹の宮の方も一緒にどうかな」
やんわり断ろうとしたら、王子様の一言が私を引き留めた。
「え。透子様も?」
「うん。姫も知ってる人がいると心強いでしょう?」
「えぇ、まあ……」
読めない。
「気楽な席だしぜひ一緒に」
「はい。聞いてみます」
「よろしくね」
王子様がうれしそうにキラキラと笑う。
彼が笑うと空気が明るくなった気がして、すごくいいことした気までしてくる。
あれ?
半分断る気だったのに、いつの間にかその会に参加することになってる……。
(やっぱりこの王子様、ただ者じゃない気がする)
人をついついその気にさせるのが上手いというか……。
とにかく早速、透子様に文を書いてお誘いしてみる。
返事はすぐに来た。
「透子様は内裏は初めてですか?」
「もちろんよ。ふふ。緊張するわね」
こういう時の透子様はまったく緊張なんてしてないように見える。
いつものように落ち着いて、優雅な空気を纏っていた。
「気楽な席っておっしゃってましたが……」
「誰がいるのかしらね」
いたずらっぽく笑う透子様の言葉を私は緊張でスルーしてしまった。
内裏に到着し、いつもと同じ一間へ案内される。
クスクスと笑う声や囁き声が聞こえてきた。
御簾の向こうへ通されると――。
そこには、瑠璃、橙、紅梅、若草と色とりどりの衣を纏った四人の美女がいた。




