600、別格の友人
そこはベスレムのはずれの草原、多少場所は移動しながら、いまだにリトスの兵達が滞在していた。
いや、その様子は大きく変わっていた。
王子アラダが原因不明の病で急逝し、側近は責任を取って自害した。
そう言う事になっている。
今は大皇が指揮を執り、ヤヌーシュは副官として隣にいた。
様子が変わった大きな要因は、全ての兵を新しく入れ換え、人数を減らして騎兵を増やしたのだ。
しかも、その装備は戦でも始めるかのように重装備だった。
ヤヌーシュがうっとうしく垂れ込める黒い雲に目をやる。
ずっと彼らの頭上だけに降り続いていた雨は、アラダの訃報に合わせて新しい馬車が届いた所で、ヴァシュラムたちが温泉地から戻るとようやく止んだ。
ヴァシュラムは不気味な笑いを浮かべ、雨を降らせていた精霊を捕まえて壊したと言った。
ヤヌーシュは壊したの意味がわからず大皇の顔色を見るが、大皇は相変わらず好きにさせている。
「お爺様、これからルランに向かわれるのでございますか? 」
「さあな、 」
大皇は、酒を飲むばかりで何をするのか計画をヤヌーシュに漏らさない。
だが、確かにお爺様はこの旅の目的を言ったのだ。
美しい地の精霊に、そして火の巫子に会うためだと。
チナとラユールを連れ、少し離れた丘のような場所に登り見下ろしていると、側近のラユールが空を指さし、伝書鳥がきたようなので何か聞いてきましょうか?と訪ねる。
「 鳥? 」
城であれば、水晶で地の魔導師が伝令をするはずだ。
すでに兵の入れ替えは住んで、旅立つだけなのにお爺様はいまだ動かそうとしない。
おかしい、一体どこから来たのだ?
「 ヤヌーシュ殿 」
背後から、ささやくように声をかけられた。
ハッとして、ラユールに視線を動かす。
チナが思わずサッと後ろに立ち、ヤヌーシュを庇った。
「 誰だ 」
振り向かず問うと、思いがけない返事がした。
「覚えておいででしょうか?
私はレスラカーン様の側近、ライアと申します。」
横を見て、チラリと目を動かす。
後ろの茂みに確かに見覚えのある顔が草むらからのぞいていた。
「馬鹿な…… あのケガで? 」
「はい、巫子様のおかげで、こうして生きております。」
「巫子…… そうか、ここはそう言う国だったな。
少し待て、我らは常に監視されている。
チナがうっかり動いてしまった。ラユール、一芝居だ。」
「は、その方、ふざけるな! 」
ドンと突き飛ばされ、チナがよろめく。
チナが急いでヤヌーシュの足下に来ると、彼のベストの裾を手に取り額に当てた。
「殴れ」
ラユールが大きく手を振り上げ、手加減無しで叩いた。
倒れ込むチナに地面を指さすと、彼はヤヌーシュの足下で四つん這いになる。
ヤヌーシュは、その背に腰を下ろした。
「良かろう。下手な芝居だが、何とかするさ。
ライア殿、先のことは我が軍の汚点であると私は思っている。
謝罪する。」
「なんの、地の神殿にて巫子に手当を受けて、生還いたしました。
お気になさらず、 ……と、言いたい所ですが、これはどういう状況か、おたずねしたい。」
ふむ、と一息つく。
情報を渡すか渡さないかなど、考えたこともないが、こうして接触したのは何かの導きだろうと思う。
「先日まで弟が指揮を執っていたが、今は大皇自身が指揮を執っている。
大皇は、火の巫子に会うために来たと私は聞いているのだが、これは……
まるで、戦準備のようだと思う。
これからのこと、私は聞かされていないのだ。」
「 …… なるほど。」
ライアが潜んだまま少し考える。
空から来た彼は、位置関係がよく見通せた。
だからこそ、その結論に至ったのだ。
「恐らくは…… ベスレムの城を、挟み撃ちにする可能性が高い、 と、考えます。」
ヤヌーシュが、ビクンと顔を上げて動揺する。
その驚きを悟られぬように、立ち上がると伸びをして見回すように振り返った。
「馬鹿な! お爺様がこの国に牙を剥くとは思えない!
…… い、いや、それはまったくとは言いがたいが、目的を考えるならば、友好的に進めねば話が……
いや! いや! そうであった、お主が一番わかっている。
お爺様は使者を殺そうとしたのだった。
気に食わぬのは、あの精霊王の存在だ。
あれとの力関係は、いまだ私にも不可解なのだった。」
ラユールが、横で大げさに手を振った。
「ヤヌーシュ様、伝令が参ります。」
ヤヌーシュが顔から力を抜いて振り向くと、兵が1人駆けてくる。
「ヤヌーシュ様! 大皇陛下がお呼びであらせられます! 」
ラユールが、口に手を当て声を上げた。
「わかった! 何用か? 」
「兵を挙げると! ベスレムへ、別部隊との合同作戦でございます! 」
「 な……ッ! 」
ヤヌーシュが目を剥き、ギリギリと歯を噛みしめ足下の草をバリバリとちぎって捨てる。
大声で叫び出したいような、最悪の状況だった。
「こんなやり方が大国である、我がリトスのやり方だと?
ベスレムは、関も通らぬ大皇の列を黙って通したのだぞ?
使者を殺しかけて、それでも武力ではなく精霊の力で警笛を鳴らし続けた。
あれほど弱体化した我らを討つのは容易であったはずなのにだ。
だが、彼らは討たなかった。
目こぼしを受けたのはこちらの方なのだ。
それをお爺様はわかっておいでか?!
ベスレムなど、攻めて取れるならとうの昔に取っていたはずだ。
だが、いまだ成しえなかった。
ここは精霊国だ、その怖さの片鱗を知らされながらこんなことを…… おのれ、あの精霊崩れが!
今後リトスがアトラーナへ踏み入ることさえ許されなくなる! 」
唇を噛むヤヌーシュに、ライアが大きくため息を付いた。
「ヤヌーシュ様、それでも、我が主はあなたを友だと仰るでしょう。
そう言う方です。
どうか、敵味方となっても…… 」
「 許さぬ!!
駄目だ!! それだけは、それだけは絶対に許せぬ!!
敵味方など、私は許せぬ。
何としても!
隣国で友人が目の前に住まっているのに、会うことさえ許されぬ状況を、誰が指をくわえて見過ごすものか!
敵味方だと?? 駄目だ、絶対に! 」
「ヤヌーシュ様…… 」
普段そんな、甘いことを言う王子ではないと、ラユールは知っている。
だが、それを超える別格の友人が、初めて、この王子には出来たのだ。
それほど、あの修羅場でのあの機転に、感動されたのだ。
盲目の王子に。
「ライア殿、ベスレムを討ち、たとえ互いに人死にが出ようとも……
いや、元よりそのような事があってはならぬ。
だが、どんな状況でも、私は何としても和解へとこの命かけると、
どうか、汝の主へお伝え願いたい。」
「承知しました、では…… 」
ライアが、彼の血を吐くようないらだちを感じながら、そっと下がっていく。
だが、目を見開かねば。
何をすべきか考えねばならぬ。
城にはラクリス様が、果たして残された兵で対抗出来るのか?
ベスレムを取られれば、アトラーナの収入源である、産業の半数を取られてしまう。
我が国の大きな痛手となるのだ。




