599、ケイルフリントからアトラーナへ
皆の視線が村長の笑顔に集中する。
テグーとはいったいどういう動物なのか、自分たちは何を食わされているのか。
馴染みがないだけに不安で仕方ない。
「やはり、神殿にお住まいになられる御方ですから、生き物を普段お召し上がりにならないのでしょう。
テグーは丸い大きな動物で、森を走り回っていますから罠を仕掛けて捕まえるのです。
そちらに毛皮の敷物があります。」
見ると、ピンときた。
日本で言う所のイノシシだ。ケイルフリントにいるのは、かなり大型だ。
リリスがうなずくと、横の奥方が笑って続けた。
「少しクセがある肉なので、この滋養のあるクリシュという森の木に根を生やして伸びるツタの葉を摘み、すりつぶしてスープに混ぜて作るのです。
あたしらはこの緑のスープ見ると、力が付くあれだなとわかる物ですが、アトラーナではありませんか?」
「ええ、ええ、緑のスープは初めて見ました。
この香りも。
あの木に寄生するツタにそのような滋養があるとは知りませんでした。
勉強になります。」
「この国は、ほら、木を切って運ぶ力仕事が多いでしょう。
これを食べて頑張ろうとなるわけです。
この、コリコリとするリナの実がまた元気が出るのですよ。
どうぞ、食べてみて下さい。」
「ほう、ほう、なるほど。素晴らしいですね。
では、頂きます。」
「どうぞ、お口に合わないときは、遠慮無く仰って下さいな。
こちらのサクサクに焼いたキルシュもどうぞ。」
なるほど、中身がわかって食えそうな気がしてきた。
木のスプーンでそうっと緑のスープを掬って口に入れる。
強烈な緑の香りが鼻に突き抜け、目が冷めた。
「どうです? 食えますかな? 」
「大丈夫、と思います。いえ、大丈夫です。」
でも、かなり独特の香りが強い。クセがある。
横からガーラントが、切った肉にスープを絡めてみせた。
「巫子殿、スープをからめながら肉を食べると、なかなかいけますぞ。」
ああ、なるほど、それなら。
ナイフが置いてあるので、それでギコギコ、ギコギコ、肉の角を切って、スープと一緒に慎重に食べてみる。
すると、肉のうま味とハーブの香りが上手い頃合いで、臭味なんか感じない。
「ほんとだ! 美味しい! 美味しゅうございます!
なんてごちそうでしょう、アトラーナではほとんど干し肉や塩漬け肉です。
こんな美味しいお肉は初めて頂きます。」
村長たちの顔が、喜びに沸いた。
「なんて可愛らしい。
丁度テグーが捕れて良かった。
さあ、どうぞどうぞ、お元気になられますように、いっぱい食べて下さい。」
「ありがとうございます! 美味しいです。
ほんとに、この葉っぱの香りが良く合います、よくぞ、このように肉を美味しくするものを見つけられましたね。
この実も香ばしくて美味しいし。」
ギコギコと肉を切るのが下手な様子に、グレンが無言で私が切りますとナイフとスプーンを受け取った。
別の皿をもらって、手際よく切ってリリスのスープに入れて行く。
「美味しい、美味しい、おっきいから無理かな?って思ったのに、全部食べちゃいます。うふふ、 」
「どうぞ、どうぞ、
マーサ、あれを出しなさい、ジュースと。」
「ああ、はいはい。」
リリスがパクパク食べ始めると、村長夫妻もたいそう喜ぶリリスの顔に嬉しくて、秘蔵のワインまで出してきた。
「とっておきの葡萄酒でございます。
さあ、どうぞ、騎士様方。巫子様にはちょっぴりをジュースで割って、お出ししましょう。」
「おおお!これはありがたい! 」
「ブルース様、飲み過ぎ禁止です! 」
「わかったわかった、わかっておりますぞー、なあガーラント。」
「お前はそう言いながら飲みすぎるがな。」
「わはははは! 」
仲間も屯所の人々と随分騒いで、楽しい一時が過ぎて行く。
リリスたちは、その夜トランから多めにもらっていたイモを数袋お礼に置いていくことを話し合い、翌日早朝村を発った。
フェルグ隊の案内で、途中休憩を挟みながら、安全に国境への道を進む。
夕方、日が暮れる前にはアトラーナの国境にあるトレスト公の城へ着いて、迎え入れられた。
「良くご無事で、お帰りになられました。
すぐに本城へは知らせを送ります。」
広間で領主の椅子に座るトレスト公が、神妙にリリスに頭を下げた。
「いえ! トレスト様にはお世話をおかけします。
手当の必要な者へのご配慮、厚くお礼申し上げます。」
ぺこりと頭を下げるリリスに、どうしたものか公の目が泳ぐ。
彼は、すでに発った王弟ラグンベルクから、リリスは隠された王の長子であると聞かされたのだ。
トレストは眉間にしわ寄せ、頭の中でグルグルと考えていた。
部下が行った数々の無礼、謝るべきか。
だが、世継ぎであることさえ御布令は来ていない。
しかし、隣国の騒ぎを収められたことには、礼を言うべきだ。
「巫子殿においては、ケイルフリントの侵攻を収められたこと、まことに…… 」
「あっ! いえ、私は別に何にもしておりません。
ただ、追われておいででした隣国の王子をお助けしただけのこと。
でも、たいそう隣国の方々にはお喜び頂き、本当に良うございました。」
ニッコリ語るリリスが、妙に大物に感じる。
結果的にケイルフリントの侵攻を止め、こうして世継ぎの王子の計らいで道案内までつけて貰って帰ってきたのだ。
敵対するどころか、友好を深めたと言っていいだろう。
トレストは苦笑して立ち上がり、リリスの元に行くと、腰を下ろし、片膝ついて胸に手を当てお辞儀した。
「え?? 」
リリスがビックリして固まっている。
トレストは彼の右手を取ると、額に当ててリリスの顔を見上げた。
「さすがは我がアトラーナ、王家の血を引く御方。
その素早いご判断には目を奪われておりました。
我が王子、我が巫子よ、
このトレスト、今後もこの命賭してこの砦をお守りすることをお誓い致します。」
は???
キョトンとして、リリスが途方に暮れて考える。
「申しわけありません。
お誓いは嬉しいのですが、私はまだ王家と認められてもおりませんし、そのつもりは…… 」
「えへん、えへんっ! 」 「ごほんごほんごほん、 」
ガーラントとブルースが、リリスの言葉を遮るようにでっかく咳払いした。
「トレスト公、リリス殿は今、巫子になることを優先しておられる。
どうぞ、今後とも見守って頂きたい。」
「ごほんごほんっ! げほげほげほ!
いやあ失礼、今はそのように、お計らい下さると幸い。
巫子殿はお疲れですので、休ませて頂きましょう。」
んもーーーう! 一体何なんですかーー!!
「おお、申し訳ない。気が利かず申し訳ない。
では後ほど夕食をご一緒出来れば。」
「承知いたしました! じっくりお話しできればっ! 」
違うって言わなきゃ!
一行がそそくさと退出する。
リリスは、王家と関係ない自分の立場を食事の場で弁明しようとした。
が、その夕食には食に興味を持った日の神が時々勝手に交代する羽目になり、リリスは弁解も何も結局出来ず、公はその後リリスのことを、王子と呼ぶようになってしまった。




